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【短編】地獄に落ちた猫のオプション

 屁みたいな間の抜けた返事はまさに「へ?」と一言だった。俺の口から屁が出たとでも言おうか。申し訳ないと平謝りされたが、ここで怒っても仕方ない。男が廃るっていうもんだ。だが、あの責め苦はキツかった。閻魔直々に冤罪だったと謝罪され、事務方の屈強なインテリ鬼には「手違いでした」と。それだけかよ!

 よく見ると、事務方のそのインテリ鬼は舌を抜かれていた。なにもそこまでしなくてもいいのに、と思ったがこれはこれでヤツラのケジメの付け方ってもんなんだろう。地獄っていっても、事務所周りはどこか人間のカイシャってやつにも似ていて、おどろおどろしくもない。


「今度は人間に生まれ変われますから」

そう言われてもピンとこない。たしかに憧れの人間だ。アリ、蜂、鳩、バッタ、鷲、鯵、鰤、鰹と哺乳類まで長かった。この前やっとこさ、猫に生まれ変わった。で、早めに死んだ。死んだら誰かと間違われたのか、地獄行き。ドロボウ猫というシャレの効いた罪状だった。何も盗んだ記憶もないが、やってないことの証明ができない以上どうしようもなかった。

 とんでもないくらい苦しめられたが、今日で終わりと思えばホッとする方が先に立つ。たった一週間ほどだったが、地獄ってのはもう金輪際ごめんだ。

 お詫びと言ってはなんですが、と仰々しく事務方が舌ったらずな言いぶりで、

「今度は人間に生まれ変わる際に、どんな願いもかなえて差し上げますから。お金、美しさ、地位、名誉、腕力、なんでもおっしゃってくらさい」

 舌ったらず野郎にどうも、同情してしまう。

「あのさぁ、俺にいつもメシくれてた、あの女の子ってどうなった?」

「え、っと」

 舌ったらず野郎がなにかポチポチと触ってる。調べているのか?その四角い板みたいなもので。あの子は死んだのか?その四角い板は前から気になっていたんだ。俺ほどの転生のベテランになると、地獄の変化も死ぬ度によくわかる。ずいぶんと進んできたって感じだ。

「あ、彼女まだ亡くなっていませんね、一応と言いますか、生きてはいらっしゃいますが」

「どういうことだよ?」

「母親、この方は地獄行き確定なのですが、

恋人らしい男、この方は厳し目の地獄行きですが、えっと」

「まどろっこしいなぁ、だから、どういうことだよ」

「二人から虐待されているようですね。食事をまともに与えられていません」

 なんてことだ。毎日俺に、パンって食べ物をくれてたあの子。パサパサであんまりウマいとはいえなかったが、あのパンのおかげで俺は助かった。俺はあれで生き延びた。そのあとすぐ死んじまったが。

 冬が来て、正月っていうのか、あの子が来なくなったもんだからその辺の犬とか猫たちに訊いたら、冬休みっていうらしい。メシくれる学校ってのが、休みになるって訊いた。

「死にそうなのか?」

「はい、そうですねぇ、とにかく栄養状態が悪いようで」

 舌ったらず鬼野郎の歯切れが悪い。


 人間に生まれ変わって、オプションでなんでも叶えてくれるって言ったよな?と俺は舌ったらず鬼野郎に再確認し “ある申し出”をした。ここでは判断つかず、とにかく閻魔様に確認させて欲しいと言われた。半日待たされた結果、了承を得た。俺の願いはしぶしぶのようだったが叶えてくれた。何度も特例と厭味ったらしく言われた。


「それで、あの猫はもう行ったのか?」

 閻魔は椅子から立ち上がり、座りすぎて凝り固まった身体を動かしながら訊いた。

「はい、さきほど人間にということで、送り込み済みです」

「しかし、欲のないやつじゃの」

「そうですね、オプションをあの子が来た時に使ってくれ、ってなかなか言えませんね」

「お、もう舌は治ったのか」

「ええ、その点は人間とは違いますから」

 舌ったらずの鬼は舌が再生していた。

「そうだ、児相と警察には連絡済みだな?」

「はい、こういうことやらないんですがねぇ。先ほど、下界の鬼・死神・悪魔・妖怪もろもろに通達を出しましたので」

 元舌ったらずの鬼は得意げに言った。

「やっぱり、猫っていいな」

「そうですね」


 閻魔と元舌っ足らずの鬼は満足そうに、あの猫が生まれ落ちた下界を眺めた。それは、あの子が住む町とは地球半周分離れていた。


(おわり)



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