硝子の煌めき
「おい、聞いてるのか?北村」
あぁ。この声は…と目を細めた私の表情はいったいどのようなものだっただろう。鼻の穴が広がった情けない顔をしていなければいいんだけれど…
「ごめん、なんの話だっけ?」
「この俺に同じ話をさせるなんて偉くなったな」
なんて憎まれ口を聴きながら嬉しそうに君は好きなオリンピック選手の話を語り出す。
そうか、今はこの頃か。
高校生一年生の春。初めての席替えで君は私の右隣だった。その時はお互い中学校も別々だったし、“はじめまして”だったからあまり親交はなかった。
仲良くなったきっかけは確か…入る部活を選ぶオリエンテーションだったかな。
うちの学校は野球部やダンス部、テニス部が大会上位の常連で強豪だったのもあり入部を希望するほとんどの子は受験前からどの部活に所属するか決めていたようだった。私はというと、なんとなくスカートが可愛いイメージがあったからテニス部に所属していた訳だけれども、まさかズボンしか履けない規則があったなんて知らなかったし、学校行事よりも練習が優先だったせいで青春はまるで訪れなかったのはお約束。さらに先輩や女子のいざこざに巻き込まれてあんな事になるとは…。もう、絶対こりごりだ。なので、絶対!テニス部だけは!何があっても入りたくない。でも、ボールがバシッと決まるあの感覚は楽しかったけどね。
でも今はまだ入部を選べる段階だよ!やふー♪
今回はあの約束を受けて君と同じ水泳部にしようと思う。小さい頃に水泳教室に通っていた事もあって泳ぎは好きだし。水の中を漂う心地いい浮遊感、プールの底から見上げる光の世界、気泡漂う澄んだ静かな空間、水と一体になれる全能感…何故自分は人魚に産まれなかったのかと本気で考えた事もある。だが、現実では思春期特有の体型が気になって入部をやめてしまったので人魚に失礼だっただろう。だけれども、ここではそんなもの関係ない。脇毛やありとあらゆる毛も気にせず思い切り泳いでやる。
そんな野心を君は知らないだろうな。知ってしまったら絶対に馬鹿にされるからこの話は墓場まで待って行こう。こんな策略家と水泳部の部室前でばったりと挨拶を交わす事になった君には同情するよ…。さらに隣の席だったものだから満面の笑付きだ。
次に君はオリンピック選手の水の切り方について白熱して語る。どこかつまらなさそうな普段の瞳とはまるで違う、太陽の光を反射するビー玉の輝きのように煌めいている。その煌めきをまとう君はまるで無垢な少年子役のようで目を離すのが惜しい。
「何じっと見てるんだよ。ヘンタイめ」
しまった。見つめすぎてしまった。しかし、私は昔のように慌てる事なく口角をあげながら大人の余裕を持って答えてあげるのだ。さあ、口よ開け!
あの頃は馬鹿にされることも多かったが、夢の中見返してやるのだ!私は私に期待した。
「みっ見てないし!!ビー玉バカ!」
あぁぁー…!!?なんてこったい。この後、意味不明な発言をした私は君の頭の上に浮かんだ?と戦う事になる。華麗な右フックを繰り出す哀れな私の姿を見て、しばらく君はビー玉のようにはにかんでいたのだった。