特技
私には戻りたい過去がある。
『あぁ、あの時あの言葉をちゃんと言えていたら』
『あの時意地にならずに行動していれば』
『君の手を握り返していれば』
「君を選んでいれば」
世界にはありふれているようで、凡庸で、当たり前ですらある過去を悔いる言葉たち。でも、私にとっては綺麗な思いだけでは済まされない今でもその時の中で鮮やかに動き続ける時間であるのだ。
私にはとある特技がある。
“誰もが応援したくなるメジャーで活躍できるような煌びやかな運動能力?”
“異世界に転生して無双な人生を送る能力?”
“IQの高さで難事件をポイポイと解決してしまうとある少年や青年、刑事のような能力?”
‘人の気持ちがわかる能力?’
そんな誰もが羨む力を持っているのであれば思い出になりきれないこの時を引きずる必要もないだろうさ。人生はうまくいかない、だからこそ面白い。
誰だよ。こんな言葉をこの世に誕生させてしまった奴は!
「まったくその通りだよ」
現実世界で生きるしかない人間には戻れない過去がある。歳はとる。お腹は減るし、行きたい場所に同時に現れることはできない、顔や愛される能力がないとトップアイドルになる事は不可能。
だからこそ、自分に見合った人生や出会い、運命を選択する必要がある。工夫して歩みを面白く彩る事をしなければ長い道のりを完走することなんて出来ない、そんな理由できっと十人十色という言葉が産まれたのだろう。
「あれ?なんの話をしていたっけ?」
あ、そうそう。特技の話。長い人生を彩る私の特技。勿体ぶっていたわけでもないよ。それは夢をみる事。
ある時は遺跡があるジャングル、またある時は知らない人との出会い。人を救うこともあれば、銃を持つ事もあるし、ただ話を聞いてあげるだけな時もあれば魔法を使ったり自分が死んでしまう時すらあった。おんなじ夢に何度も辿り着く事もあったけど、前回の道筋を必要な時に思い出して行動を変えたら変える必要がなくなったのか2度と訪れる事はなくなった。不思議♪
なんだか用済みと言われているみたいだけど、退屈はなかったし、平凡な現実世界を生きる以外のスリルもあって私はこの特技が好きだった。
夢の中での出来事が現実に影響することは無かったと思う。ただ、あの思い出した感覚は何度かあったかな。
そんな体験を繰り返しているうちに私は自分の昔いた時間に辿り着けていた事に気がついた。
全てが懐かしい景色と匂い。プールの水が七色に煌めいて揺れている。制服姿になった自分を受け入れてしばらく過ごしたその先にもう一度出会いたかったあの懐かしい君の姿を見つける。
少しの間私の中の時間が混乱を見せた。
「あぁ、やっぱり」
あの頃のくすぐったい感情、後悔が私自身を春の風のように通り過ぎていく。久しぶりに逢えた君は久しぶりなのに何も変わらない。
私と同じ意地っ張りの負けず嫌い。深く静かに響く以前の声。心を溶かす笑顔、あと誕生日が少し早いからって兄貴顔はしないで欲しいけど目尻の優しい瞳。思わずため息が一つ溢れてしまった。
じっと見つめすぎてその時は意地悪を言われてしまったけれど、今日は違う会話ができる予感がする。
今日は寝る前に携帯を触ってちょっぴり夜更かしするのもやめよう。誰かからLINEがきても『ごめーん、寝てた』って言い訳しよう。
青色のパジャマは着たし、布団に着いたら髪を綺麗にとかして寝た方がいいかな。口を開けて寝ていたらどうしよう…もう一度歯を磨く?
これ、考えすぎて寝れないやつ。
でも今度は素直になれるように今になって気が付いたこの気持ちに報いるように着飾る事なく眠りにつこう。
目を閉じたその先に君が笑っていますように、。