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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
ネームレスタワー
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12月 震天箭

「竜殺……兵器?」

「簡単に言えば四方竜は死なないから、とどめは必ずその矢で刺す必要があるってこと」

『本当に簡単に言いおったな……』


 この超然とした存在である謎の童女でも、ブッシュワーカーの言動に引くことはあるらしい。

 バリスタは新たな問題を抱えて唸っていたため、そんなことには構っていられないが。


「1本……機会は一度だけ……」

『案ずるな。震天箭(しんてんせん)は1本だけだが、その竜殺兵器の所有者は、触れた武器全てを震天箭のレプリカに変える能力を一時的に会得する。レプリカは所詮レプリカでしかないが、試し撃ちには使えよう』

「うーん……?」


 立て続けに理解を超える知識を流し込まれ、バリスタは再び唸る。


「取り敢えず試してみれば。クロスボウの短矢(ボルト)を使ってみなよ」


 言われて短矢を取り出してみたが、特に何も起きない。


『能力とは意思に応じて発現するもの。望む結果を念じてみよ』


 すると、短矢は見る間に長く黒い影となり、震天箭と同じ形になった。

 ブッシュワーカーが興味深げにその複製品を覗き込む。


「本物と全く見分けが付かないな」

「いや……オレにはなんとなく違いが分かる。偽物は所詮、偽物だということも」

「これも変えられるか試してくれ」


 ブッシュワーカーは持ち歩いていた戦杖(ウォースタッフ)を寄越した。

 第三階層以外では、結局全然使っていない。

 試してみると、これも同型の矢になった。


「さっきと違いはある?」

「元がでかかった分、杖のほうが重みがある感じだ。でも鋭さがない。あとは実際撃ってみないと分からない」

『まあ、汝が言うように元の武器で違いは出る。それこそ魔剣でも材料にせねば大した差は無いがの』


 手持ちの武器といえば、短矢とあとは護身用の短剣くらいである。

 屋上には普通の矢は用意されていなかった。

 そうなると、複製ですら貴重品だ。

 しかし試し撃ちもしないわけにはいかない。


 南東の空が朱に染まりはじめ、長い夜が静かに終わろうとしている。

 バリスタは弩弓に複製矢を装填し、薄明るくなった空に向けて撃つ。

 矢は風や重力の影響をほとんど受けずに真っ直ぐ進み――遥か遠方でようやく速度が減衰して地上に吸い込まれていった。


「…………。おい、なんだよこりゃあ! この矢はどんだけ飛ぶんだ!?」

『二千メートルじゃ』

「盛りすぎ。千七百メートルだね」

「いきなりこんなもん扱えるか! あとお前はなんで距離が分かんだよ!?」


 塔の屋上から正面を見据えていたバリスタはふと、その中にひとつの()()を見つけた。

 暁光の中の黒い点。それはわずかに動いている。


「ゼファー!?」

『来おったか……!』

「あれが黒雷竜か。全長25メートル、翼開長30メートルってとこだね」

「またお前は……」


 翼開長はともかく、何故正面から全長が分かるのか。

 形状から推測できるのかもしれないし、適当に言っているだけかもしれない。

 バリスタはブッシュワーカーのほうに振り向く。が、その動作に対し全く反応が無い。

 彼の目はゼファーに向けられてはいるが、その実何も見ていないのではないか。


 ――こいつ、何をしているんだ?


 バリスタの脳裏に一瞬浮かんだ記憶――『呪符魔法』。

 第四階層で祭壇に設置されていた、ウィッチ曰く秘宝級のアミュレット。

 あるいはそれとは全く別の呪符かもしれないが。


「目標の秒速30メートル、あと八百秒後に震天箭の射程距離に入る。そこから街の上空に到達するまで45秒。それまでに仕留めるんだ」

「無茶苦茶な要求すんな!」


 恐らくは世界最高の観測手が付いているというのに、勝てる気がしなくなってきた。

 45秒では事前準備の分も合わせて4発撃てるかどうか。

 距離五百メートル超はバリスタにも未知の領域で当てられるとは思えず、勝負は実質最後の10秒程度。

 追加で3本、短矢を複製矢に変えた。

 ゼファーに見られてしまうであろうから、もう試し撃ちも出来ない。

 バリスタは精神を研ぎ澄ませる。

 ここからは――狩りの時間だ。


「射程内に入るまで、あと60秒」


 先ほど撃った矢の軌道を頭に思い描く。


「あと10秒、9、8――」


 黒点から生物の形へと変貌した標的に対し、命中させるイメージを構築する。


「――1、ゼロ」


 引き金を引いた。

 黒鉄の矢が、黎明の光に影を走らせる。


 ――外した!


 だがかなり惜しい。

 千七百メートル先の標的に対し、超人的な狙撃力ではある。

 それでも、当たらなければ何の意味も無いのだ。


「目標中心線から右に22メートルのズレだ。高低差は――ごめん、良く分からない」

「???」


 ――他はバカみたいに正確な数値を出すのに、高度だけ分からないとはどういうことだよ!?


 ブッシュワーカーの観測が、通常のそれと異なることはもはや明白。

 高低差くらいは自身の目測でいくしかない。


 ――上に6メートル程度か?


 ゼファーの移動によって刻一刻と変化する有効射角を、瞬時に計算して引き金を引く。

 影と影が交差した。


『当てよったか!』


 2発目の複製矢は、確かに命中した。


 ――なら、次の一撃は震天箭で勝負をかけるか?


 そう思った瞬間、絶望的な光景が目に飛び込んでくる。

 黒雷竜が急激に軌道を変え、上昇を始めたのだ。

 真っ直ぐ一直線に突っ込んでくるなど、こちらに都合の良い妄想に過ぎない。

 何故こんなことも予想できなかったのか。


 いや。そうではない。

 超長距離狙撃など、元より当たるはずはなかった。

 だからゼファーは、矢を回避する必要などなく真っ直ぐに突っ込んでくる。

 そういう前提だった。当ててしまったからこそ、この事態が起きたのだ。

 結果論だが、バリスタは2発目で震天箭を使うべきだった。


 推定高度四百メートルまで上昇した標的は、今やはっきりと視認できるようになった眼光をネームレスタワーに向ける。

 高空から滑空して、突撃する気なのだ。

 照準調整も一からやり直しだし、弩弓の対空能力ではとても対処しきれない。


 ――ど、どうする!?


「これを使え、バリスタ」


 ブッシュワーカーの声だった。

 見れば彼の手には、先端が尖った小さな金属の棒が載せられており、それをバリスタに差し出している。


「は……?」


 ――そんなもん、まともに飛ばせるわけが……。


 そう思いつつも手は動き、その棒を受け取っていた。

 この男が無意味な提案をするはずはない。

 太い釘のような形状のそれは、瞬く間に巨大化し黒鉄の複製矢と化す。

 弩弓に装填し、射角を目一杯上げる。


 今まさに、黒雷竜は降下を始め向かってきていた。

 条件が何もかも変わってしまったため、初撃と変わらない。

 しかもバリスタは、初撃で的に当てられることがほとんどない。


 ――それでも。


 それでも、最初の一射を放たねば何も始まらないのだ。

 そして、引き金は引かれた。


「――《飛剣》」


 ブッシュワーカーがそうつぶやいた瞬間、放たれた複製矢が光を帯びる。

 矢は更に、空中で軌道を変えて猛然と加速した。

 黒雷竜まで瞬時に到達し、その翼を貫通する。

 風圧が震動となって大気を震わせる。


 翼に風穴を開けられた竜は空中で体勢を崩し、きりもみ状に回転しながら降下を続けた。

 その軌道は下方へと逸れ、城塞都市の壁の下、高台の断崖部分に激突する。

 街は再び震動に襲われた。


 あまりの出来事に、バリスタは次の矢を装填することも忘れ固まっていた。


『グレートクラックの魔導兵器か。珍しいものを』 

「あ、あんな武器があるなら最初から出せ! ……もっとないのか」

「残念だけど今ので最後の1本だ。それに、これで倒せたって意味は無い」


 四方竜は死ぬことがなく、震天箭でとどめを刺さねばならない。

 多分それが、竜を封印するということ。


 バリスタは遥か下方、崖下の谷間に落ちた黒雷竜の姿を見る。

 次が最後の一撃だ。失敗は許されない。

 相手がどのような存在であろうとも。どう考え、どう動くのか。

 誰よりも遠く離れた敵を狙うため、誰よりも獲物の心を読む。


 ――より遠く……より正確に……。


 集中を続けるバリスタの思考は、ついに四方竜とすら同調しつつある。





 それは、元はただの現象だった。

 この世界にとっては、装置と言い換えてもいい。

 バリスタに馴染みのある存在に例えるならば、機械弓。

 人類の終焉を決定づける、それの引き金を引くのは人類自身。


 剣神の巫女を筆頭に、数多の戦士がそれに挑んだ。

 帝国初期の時代より続くそれらの戦いは、情報過多でよく分からない。

 戦いを繰り返すほどに、その現象は変化を生じる。

 装置は意思持つものへと、徐々に進化を見せているように思えた。

 それは、ひとつの竜だった。


 歴史が現代に近付くにつれ、映像も鮮明になっていく。

 無限に続く水の底では獣人の巨漢が。

 落淵絶壁の地底峡谷では銀髪の幼い少年が。

 雪の降りしきる氷山では黒髪褐色肌の戦士たちが。

 それぞれが、竜に抗うことを試みていた。


 そして、その最後の場面では――





「――バリスタ!」


 ブッシュワーカーの怒鳴り声で意識が戻る。


 ――気を失っていたのか? どのくらいだ?


 バリスタの視線は黒雷竜に固定されたままだ。

 だが、その竜は体勢を立て直し、再び飛び上がろうとしている。

 竜と街を隔てるものは、もはや城壁一枚のみ。


 竜の心と今や完全に同調したバリスタは、ついに震天箭をその手に掴む。


 淀み無く装填を行い、迷わずに引き金を引く。

 同時に、ゼファーは素早く頭を持ち上げ、一気に空中へと駆け上がった。

 城壁の上に竜の巨体が浮かび上がった瞬間――


 震天箭は、吸い込まれるようにその頭部を貫いていた。


 城壁の内側に居た人々は――おとぎ話の塔の竜が、灰となって崩れ去る光景を目撃する。

 ヴェストゥルムの街に、新たな伝説が生まれた瞬間であった。

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