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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
ネームレスタワー
91/106

11月(上) 第四階層・焦熱の試練

 王国史上初の第三階層試練突破は、ここに成った。


 とはいえ、それは秘密主義の登塔団内での出来事。

 知る者は少なく、盛大に祝われるわけでもない。

 だが、共に戦った30名の見習いたちはその価値を知っている。

 10月末に団を除名された10名も、改めてバリスタ班の6人を称え、そして去っていった。


「さすがにもう、ブッシュワーカーが首席でいいのでは?」


 相変わらず首席のままである王子は、ばつが悪そうに言う。

 三層門番を倒した功績により成績2位となったヴァルキリーも、同じ意見であるようだ。

 3位以降もウィッチ、学者、ブッシュワーカー、バリスタと、6位までが三層試練達成者で占められた。

 貴族上位主義である幹部の意向も含めれば、順位はこんなものであろう。


「今までの成績の分もある。それにもう序列など、どうでもよかろう」


 教官からは、正規登塔士らしからぬ発言が飛び出した。

 どうやらそれが本音であるらしい。

 残るは王子の側近たちと元ヴァルキリー班の面々、他班から若干名ずつ。

 見習いの総勢は残り20人となった。




 塔内の様子について。

 あの樹人討伐後、三層の魔物はバリスタたちを一切襲わなくなった。

 こちらから近付くと逃げ出していく始末である。

 第四階層への扉を見たわけではないので、確かなことは分からない。

 が、試練を達成したとみて間違いないような変化は、確実に起こっている。


 正規登塔士たちが三層の調査に向かったが、上層への入り口は発見できなかった。

 今までの例に照らし合わせるなら、試練突破者のみで三層に向かう必要があるのだろう。

 三層試練はブッシュワーカーの編み出した攻略法を用いてもなお危険度が高く、多忙な正規登塔士がこれに挑戦することは、来年まで禁じられることとなった。





 しばらくの忙しい日々が流れ、11月も終わりかける頃――

 第三階層の木々の下を歩きながら、誰にともなくバリスタは言う。


「三層試練って、団も未達前提だったんだろ?」

「そうですね」

「ならなんでオレたち、四層の調査に行かされてるんだ?」


 登塔士見習いの年間訓練予定に、当然ながら第四階層の探索など含まれてはいない。

 王子が苦笑しながら答える。


「当代の正規登塔士もやはり迷宮探索者の端くれ。好奇心には勝てなかったんだろう」


 そこに迷宮の謎があり、中を見ることが出来る。

 それなら早く知りたいと思うのが探索者というものだ。

 バリスタ班の面々が、来年も登塔団に残るかは分からない。

 ならば、未知の階層を調べるには今しか無いのだった。


「お宝、楽しみ」

「いや、お宝があると決まったわけじゃないんだが……」


 ウィッチの軽口をヴァルキリーが窘める。

 第四階層は三層以上の危険が予想されるため、決して無理をしないよう教官から厳命されていた。


 木々の道を登り続けるとやがて頭上の枝は消え、馴染みのある石造りの天井が見える。

 第三階層の最上階。しかし、ここから何処を探せばよいか分からない。

 一行が途方に暮れていると――


『遅い……! ようやく来おったか』


 幼いような、威厳のあるような――曖昧な印象の女性の声が響き渡った。


「…………? え? なんだよヴァルキリー」

「今のは私の声じゃないぞ」


 ヴァルキリーの声には全く似ていなかったのだが、ウィッチの声とは更に違う。

 斥候役として一行の先頭に立つブッシュワーカーは、上方に軽く視線を向けつつ返答する。


「この塔の迷宮守護者か?」

『少しは話の通じる者がいるようじゃな。今扉を開けてやるゆえ、登ってくるがいい』


 振動音と共に、前方の天井が低く唸りながらひび割れ、ゆっくりと降下を始めた。

 バリスタたちが驚きながらも警戒を保ったまま見守っていると、それはやがて階段状の構造物となり、静かに床に届いた。

 一歩、また一歩と近づき、階段の下から上を覗き込んでみる。

 その先にあるべき上階の様子は薄暗がりの奥に隠され、窺い知ることはできなかった。


「なあ、なんだよさっきの声」

「試練を設定していた者、でしょうね……」

「ブッシュワーカー、君は心当たりがあるのか?」


 王子にそう問われ、ブッシュワーカーは首を横に振る。


「登塔団は三層までの試練達成条件を元から知っていた。だから、言葉を話す迷宮守護者の存在までは予想できる。ただ、それがどんな存在なのかは全く分からない」

「きっと。おっかない顔の、女の人」

「人の形をしていれば、まだマシだがな……」


 ウィッチとヴァルキリーはそれぞれに、自身の思い描く強敵の姿を想像した。

 バリスタは聞くだけ無駄と知りつつ先頭の斥候に声を掛ける。


「この先どうなってんのか、誰も知らねえんだろ? でも行くんだよな……」

「もちろん。(オーガ )が出るか(ナーガ)が出るか。さあ、進もうか」


 無神経な斥候はそう答え、石の階段に最初の一歩を乗せた。





 階段を上りきった瞬間、重く湿った熱気が頬を打った。

 空気は淀み、赤く染まった(もや)が視界を(ゆが)めている。

 誰かの小さな咳が漏れた。呼吸するだけで喉が焼けるような錯覚を覚える。

 その空間の中で、王子が最初に沈黙を破る。


「ここが……第四階層」

「迷宮の中なのに、迷う要素が全然無いね」


 ブッシュワーカーが言うように、空間は塔内をそのままくり抜いたような広い円形。

 高く遠い天井は、やはり階層の最上部だろうか。

 第四階層は通路も小部屋も、全く存在しない大空間だった。


 その室内を、岩肌と熱砂の床が覆い尽くしている。

 所々に存在する床の裂け目からは溶岩がじわりと滲み出し、鈍く赤い光を放っていた。


「もしかして、あれ。階段、かな?」


 奥に見える壁面には崩れかけた岩棚がいくつも突き出し、不規則に組まれた足場のようでもある。

 足場は周囲の壁を螺旋状に進み、天井へと続いていた。


「上層への道を隠す気はないようですね。しかし――」


 階段の始まる場所の前には、溶岩溜まりが床を覆い尽くしている。

 とても歩いていけそうにはない。

 その手前にあるのは、黒焦げた台座とその上に据えられた石の構造物。

 ヴァルキリーがそれを見て推測を述べる。


「あれは何かの祭壇か?」

「調べて、みる?」

「近付いたら魔物に襲われるとか勘弁だぜ? あの熱で溶けてる床とか怪しくねえか?」

「溶岩に潜む魔物というものも存在しないではありませんが、あの浅さでは隠れようがないかと」


 遠目にも底が透けて見えるほど、溶岩の層は薄い。


「魔物の気配が全く無いのが、逆に怪しいね。先に行くから、少し間を空けて付いてきて」

「気を付けろ、ブッシュワーカー」


 恐怖という感情を何処かに置き忘れているのではないかと思われる斥候は、逡巡する仲間を置き去りに先へと進む。

 王子の忠告にも振り返らず、手を軽く振って返事の代わりとしただけだ。

 三層試練では厳しい態度も見られたが、今はそんな雰囲気を欠片も感じない。

 先の謎の声に対して、警戒心を抱いていないようにすら見える。


 あっさりと溶岩溜まりまで到着したブッシュワーカーは、1人で祭壇の観察を始めていた。

 追い付いたヴァルキリーが声を掛ける。


「どうだ? 何かありそうか?」

「上に何かを設置するタイプの祭壇だね、これ」


 祭壇の上の窪みは、確かに何かが置かれるのを待っているような、無言の威圧感を放っている。


『その通りよ。これより第四の試練を開始する』


 突然聞こえてくる謎の声に、何人かがびくりと肩を震わせた。


「心臓にわりいなあ……」

「えっと。謎の、声?」

「あなたのことは、なんと呼べばいい?」


 王子が祭壇の向こう、何も無い空間に問いかけた。


(わらわ)に名など無い。ネームレスと呼べ』

名無し(ネームレス)、か……。分かった」

「おい、その名前って。この塔の親玉ってことか?」

「じゃあ、迷宮支配者? あれ? でも……」


 ウィッチは何かが納得いかないのか、首を傾げた。

 ネームレスはバリスタたちの反応を無視して話を続ける。


『この階層は、ほとんどが火成石(かせいせき)で構成された迷宮じゃ。先に進むには、相反する力を持つ迷宮石――霜冷石(そうれいせき)を祭壇に捧げねばならぬ』

「試練の他にも、色々と聞きたいことがある」

『階段に到着した時点で、試練達成と見做そう』


 王子の質問も丸っきり無視され、説明は続いた。


『霜冷石を発見できねば時間と共に溶岩が広がり、(なんじ)らは焼き尽くされるじゃろう。では、健闘を祈る』


 今の時点ですら、熱気で体力を削られているのだ。

 これ以上溶岩が広がれば、直接焼かれるよりも早く命を落とすかもしれない。

 ヴァルキリーの表情が苦渋に歪む。


「くっ、なんて恐ろしい試練なんだ……」

「あったよ、霜冷石」


 ウィッチが足元の石を拾った。

 よく見れば、その辺りには同じ石がいくつも転がっている。

 祭壇に石を置くと涼やかな空気が周囲を満たし、先ほどまでの息苦しさは完全に消え失せていった。





 数時間後。

 祭壇の前で佇む一行は、霜冷石の魔力が溶岩の海に浸透していく様をただ眺めていた。

 ここまでの進み具合から学者が計算した結果、あと丸1日はかかるらしい。

 定期的に霜冷石を捧げる必要こそあるが、その石は有り余るほど無造作に落ちているので何の問題もない。

 ヴァルキリーがぽつりと漏らす。


「この試練……簡単すぎないか?」

「時間。無駄に過ぎてく、だけ」


 ネームレスに何度も問いかけを試みるも、一向に返事はない。

 王子と学者は周辺を調べたが、得るものは特になかった。

 ブッシュワーカーに至っては、試練を無視して広大な空間の隅のほうまで探索に出かけてしまっている。


 バリスタは第三階層ですっかり手慣れた野営の準備を済ませると、ブッシュワーカーの様子を遠目に確認した。

 少し前から、同じ場所で止まったまま動いていない。


「ちょっとブッシュワーカーの様子、見てくるわ」

「あたしも、行く」


 暇で仕方ないという気配を隠しもせず、ウィッチが付いてくる。

 試練の祭壇から離れると、再び熱気が襲ってきて顔をしかめた。

 階層の端まで着くと石で出来た構造物が設置されており、ブッシュワーカーはそれをじっと見つめていた。


「あれ? 祭壇。他にも、あったんだ」

「うん。遠目にいくつか見えたからね。それを調べて回ってたんだ」

「試練と関係あるのか?」

「ないと思う」

「それ。魔力補充の祭壇、かな?」


 バリスタが2人に聞いたところによると、特定の魔道具に魔力を補充する祭壇、というものがあるらしい。

 目の前の祭壇は呪符魔法のアミュレットに魔力を補充する機能を持つらしく、なるほど祭壇上部のホルダーには、一枚の札が収められている。

 ブッシュワーカーの持ち物だそうだ。


「ん? お前の魔法適正は不動の最下位だろ? なんで呪符なんか持ってんだ」

「呪符は、適正関係ない。誰でも使える、けど?」

「そうだっけ……でも学者は呪符魔法が使えるって――」

「それは。呪符が作れるって、意味」


 呪符を扱うことは誰にでも出来るが、作成するには魔法の適正が必要、と説明された。

 講義で教わっているはずだとも。記憶には無い。


「じゃあオレにも使えたのか……」

「古代語の理解が前提なんだけど、バリスタは古代語読めるの?」

「う?」

「絶対無理。聞かなくても、分かる」


 ブッシュワーカーとウィッチに立て続けに指摘され、以降バリスタがその話題に触れることはなかった。

 しばし無言の時間が続いたが、やがてブッシュワーカーは振り向き告げる。


「悪いけど試練のほうは、しばらく皆に任せてもいいかな?」

「いーよ。あたしたち、頼ってね」

「ところでその呪符、どんな魔法なんだ?」


 言った瞬間、ウィッチにぐいと袖を引っ張られた。


「魔法の詮索、ダメ」


 そういうものなのか。

 言われてみれば学者も、自身の持つ呪符について説明などしない。

 そのまま袖を引っ張られて祭壇から立ち去った。


「おい、分かったからもう離せって」

「お宝……」

「は?」

「あれ……とんでもない呪符、底が見えない、祭壇の魔力を全部使っても容量にまだ全然足りてない、多分グレートクラックの秘宝級、中身はなんなんだろう、魔導護符っぽいし魔神級の迷宮守護者か何か、もしあの中身が満たせるなら――」


 興奮しているのか物凄い早口だった。

 何を言っているのかさっぱり分からない。

 呪符の中身を、思いっきり詮索しているということだけは伝わってきた。





 すっかり冷えて固まった溶岩の上を一行は進む。

 歩いてみれば、まるで大したことのない距離だった。

 壁面から突き出した岩棚の上に、ブッシュワーカーは片足をトンと載せる。


『ここに第四階層の試練は達成された』


 ネームレスのおごそかな声が響き渡る。

 対して、バリスタ一行の顔はしらけきっていた。


『もう帰ってよいぞ。第五階層の試練は後で考えておくゆえ』


 信じ難い発言を聞いた気がした。


「はあ~!?」

「考える? 今、から?」

「もしかして……四層の試練もただの思い付きだったのではないか?」

「試練とは、本当は第三階層が最後だったのではないですか?」

「ならば何故、こんな茶番劇(ティーテイル)をしたんだ」


 王子の言うティーテイルとは、吟遊詩人が本番の劇と劇の間に演じる、軽い余興劇のことである。

 お茶でも飲んで休憩しながら軽く楽しむ余興。

 四層試練を例えるには、やや大げさというか辛辣ですらあった。

 口調とは裏腹に、王子も少し苛立っているのかもしれない。


『地上に戻れば分かることじゃ』


 それっきり、ネームレスは沈黙した。

 ブッシュワーカーがぼそっと発言する。


「……足止めが目的だったのかな」

「二百年以上も未踏破だった迷宮で、オレたちを足止めする意味なんてあるのかよ? 数日なんて誤差じゃねえか」

「王国や登塔団の歴史から見れば誤差ですが、別の視点から見ればそうでもないのかもしれません」


 王子がぴくりと眉を動かし、学者のほうに顔を向ける。


「どういう意味だい?」

「今は百年に一度の、迷宮活動期と呼ばれる時期なんですよ」


 ヴァルキリーも続けて質問する。


「それは聞いたことがあるが、百年に一度ということは今年一年間なのか?」

「それこそ一年程度は誤差でしてね。昨年なのか、今年なのか、それとも来年なのか。そもそも一年間と決まっているわけでもありません。誰にも分からないのです」

「迷宮活動期という短い期間から見れば、わずかな足止めにも意味がある……。学者、君が言いたいのはそういうことか?」


 王子の言葉に、学者は頷きを返した。


「何が目的なのかまでは、分かりませんけども」





 一行は第一階層まで戻ってきた。

 この階層では通路に魔物が出ないため、わざわざブッシュワーカーが先行するほどのことはない。

 それでも彼は、皆に距離を空けて付いてくるよう指示していた。

 一階まで降りてすぐに、彼は片手を上げて停止のハンドサインを出す。


「ここから先は慎重に進もう。妙な匂いがする」

「匂い? そんなもんするか?」


 バリスタが他の者にも確認しようと首を巡らせると、学者が珍しく厳しい表情になっている。


「学者、分かんのか?」

「嫌と言うほど嗅いできましたからね……。これは――()()()()()です」


 前方から甲高い靴音が響いた。

 全員が咄嗟に、身に帯びた武器に手を伸ばす。

 通路の先から現われたのは、王子の側近の1人だった。


「ブッシュワーカーか! 王子は!?」

「後ろ」


 指で後方を指し示されてすぐに、王子の存在に気付いたようだ。


「お……王子! 大変なことが!」

「落ち着け、何があった」

「て、敵襲です! ヴェストゥルムが攻撃を受け、街の南側が炎上……更に――」


 息を切らしながら、側近はその事実を報告する。


「登塔団本部が――壊滅……団長以下、団員たちの生存は絶望的です……」

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