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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
ネームレスタワー
90/106

10月(下) 第三階層・闘争の試練

「従来の第5班の呼称は今後3班とする。そして――」


 教官からの報告は続いており、再編成の内容が告げられる。

 今さら班の呼び名など、どうでもいいではないか。


「ブッシュワーカーの所属は新生4班。1人編成の班とする」

「はあ!?」


 複数の者たちから、今度こそ驚愕の声が上がった。


「そんなに驚くようなことでもないさ」


 バリスタが横を見れば、いつの間にかブッシュワーカーの姿がそこにあった。

 彼と同じ班だった者たちは見当たらない。


「30時間以降の探索は、彼らには難しかった。潮時だよ」

「お、お前。それにしても1人編成とか……」

「逃げ続けるだけなら、1人でも可能性があると思ってね」


 他の者が言えば狂気の沙汰だが、あのブッシュワーカーだ。

 積極的に止めようとする者はいない。

 本当に無謀であれば、教官が止めているはずだ。

 それでもヴァルキリーは止めようか否かと、少し逡巡しているように見える。人がいい。


 時は既に10月下旬。7度目のアタックが開始される。





 試験開始から41時間。

 三層からの退却を開始したバリスタたちは、行く手を阻む魔物の群れに手を焼いていた。


 それまでの四足獣と異なり、二足歩行の獣人型の敵が出現し始めたのだ。

 あの迷宮守護者、ウールヴヘジンを思わせるような相手が複数で現れる状況に、バリスタも自身の潮時を悟る。


 ――これ以上試練を続けるのは、オレには無理だ。


 班の主力であるウィッチの魔法も決定打にはならず、追っ手を牽制する学者の援護も期待できない。

 全体的に遠距離攻撃型であるバリスタ班は、複数の敵に接近されると非常に厳しいものがある。


 ついに一体の獣人がウィッチの間合い内に侵入した。

 近すぎる場所では、自分自身をも巻き込むため攻撃魔法が使えない。


 金属製の短杖(ワンド)を構えて接近戦を覚悟したウィッチへと襲いかかる魔物の前に、藪の中から現れた人影が立ち塞がった。

 人影は棒状の武器を振るうと獣人の攻撃を軽々いなし、次の瞬間には相手の口腔内に武器を突き入れ打ち倒す。


「ブッシュワーカー!」


 ウィッチは安堵の表情と共に、助っ人の登場を歓迎した。


「3人とも、一度上階に退避しろ!」


 それを聞いた学者は即座に牽制を止めて上階へのスロープへと向かう。

 続くバリスタが追い付くのを確認すると、後方へと魔法の呪符を投擲した。

 閃光が一瞬きらめき、煙幕が周囲を覆う。


 4人全員が無事上階へと避難したが、依然として状況は厳しい。


「退路がすっかり塞がれてしまいましたね」

「どうする? もっと上に行って別の道を探すか?」


 自分で言っておきながら、それが更なる地獄への道だと、バリスタは予感せずにいられない。


「バリスタ、矢を仕舞え」

「は?」


 ブッシュワーカーの言葉の意味が分からない。

 今は武器を仕舞うようなタイミングではない。


「説明する時間が惜しい。装填された矢を外して矢筒に仕舞うんだ」

「…………っ!」


 怒鳴り返したいのを堪え、手を動かし矢を外す。

 この男が無意味な指示を出すことはないはずだ。


「学者は槍の穂先を仕舞ってくれ」


 言われた学者は無言で従い、革製の鞘で穂先を覆う。


「あたしは?」

「ウィッチはそのままでいい。火の魔法は使えるか?」

「えっと。森で炎を使うのは……禁じ手、なので」


 彼女は口の前で両手の人差し指を交差させた。禁止のジェスチャーらしい。


「その掟は森林火災を防ぐためのものだ。ここではそんなことは起きないのだから、禁じ手にする必要はない」

「そうなの?」

「試しに燃やしてみたから間違いない。火はすぐに消える」

「無茶苦茶すんじゃねえよ!」


 バリスタは思わず突っ込みを入れた。

 ブッシュワーカーはやはりバカなのかもしれなかった。


「おかしい……」と、学者がつぶやく。

「どうした?」

「敵は何故、すぐに追ってこないのです?」

「…………!?」


 言葉の意味を理解しようとする間にも、事態は進む。


「うん、やってみる。どうすれば、いいの?」

「ここから最下層までの道を、真っ直ぐ燃やしてほしい。出来る?」

「え? そんなに本気、出していいの?」


 ウィッチが最も得意とする火の魔法を使わないのは、先ほども言っていた理由の通りだ。

 それにしても。


「出来んのかよ……」


 第二階層までに見せていた彼女の火魔法は、まだ本気ではなかったのだ。

 スロープへと短杖を向けたウィッチは、遥か遠い祖先――デックアールヴの血を呼び覚まし力を発現させる。

 空気が震え、烈火の奔流が解き放たれる。

 階下の戦場は一瞬にして業火に呑まれ、獣人たちの断末魔が響き渡った。


 周囲の枝が爆ぜ、一部が燃え落ちるも延焼する様子はない。

 火勢は急速に収まりつつある。


「よし、このまま脱出しよう」


 ブッシュワーカーは燻る残火がなおも赤く脈打つ通路へと、ためらわずに向かう。

 よく見れば彼が手にしている武器は、その辺で拾ったかのような木の枝である。


「あれで獣人倒してたのか。マジかよ……」


 今までの苦戦はなんだったのかと思うほどに、あっさりと脱出は成った。

 学者は終始黙ったまま考え込み、ウィッチは実に上機嫌で。


「いっそ。階層全部、焼き払うのは、どお?」

「効果的だと思うけど、それで試練達成と見做されるのかは微妙なところだね」


 前を行く怪物2人の間では、さらっと恐ろしい提案が為されていた。





 訓練所に戻ると、既に1班と2班の姿があった。

 いずれも記録は40時間。

 全員疲労の限界といった体だが、ある者は教官と今後の相談を。またある者は、三層から帰らないままの3班4班が気になり待機していたらしい。


「ウィッチ! 無事だったか、良かった」

「ヴァルキリーたちも。揃ってる、ね」


 ここに試練参加者16名が勢揃いし、教官がねぎらいの言葉をかける。


「登塔団の歴史に於いて、これだけの人数が40時間を超える記録を出したことは類を見ない。貴様らはよくやった。1班と2班からは棄権の申請を受理したため、両班の試験はこれで終了とする」


 教官から褒められることも珍しいが、その後の発言のほうが驚かされた。

 いや、当然のことと受け止めるべきだろうか。

 バリスタたちに向けて、教官の言葉は続く。


「両班が棄権を表明した今、貴様ら4人を同着の試験成績1位とする。これ以上試験を続ける意味はほぼないが、次は3班と4班で競争でもするか?」


 冗談だろ、と返しそうになる。

 今度こそ死ぬかと思ったのだ。これで終わりでいい。

 成績最下位だった頃を思えば、夢のような結果を残している。

 だが。


 少しだけ。

 ほんのわずか、未練がある。

 今までの3人だけではもう無理だが、もしかしたら――

 横に座るブッシュワーカーにちらりと視線を向けると、彼は今まさに教官へと発言するところだった。


「順位は何位でも結構ですので、班の再編成を認めてもらってもいいですか?」

「なに?」

「4班は解散とし、僕が3班に加入します。そして――」


 ブッシュワーカーの口調はいつもと変わりがない。

 そうなることは当たり前のことだとでも言わんばかりに、彼はその言葉を口にした。


「次のラストアタックで、第三階層の試練を突破します」




 他の誰かが声を発するよりも早く、王子が立ち上がった。


「君は――君たちは、あの先を更に戦えるというのか!?」


 ヴァルキリーは大きく口を開けたまま、言葉を失っている。

 教官は表情を変えずにブッシュワーカーを見ていたが、やがて声を出して。


「試練の突破と言ったな……。根拠を聞かせてもらおうか」

「第三階層の魔物は――()()()()()()()を標的と認識し、これを追跡する習性を持っています」


 突如――今まで誰も聞いたことがないような情報が開示された。

 その内容を咀嚼するにつれ、教官の、岩のごとき不動の面持ちが音を立てるように崩れていく。

 微動だにしなかった眉がわずかに震え、目が見開かれる。額には冷や汗さえ滲ませていた。

 誰もが言葉を告げることも出来ず、場は水を打ったように静まり返る。


「剣や槍は言うに及ばず、先端の鋭い棒であろうとも、武器を取った人間を襲う。正確には刃物を探知するわけではなく、そういったルールの基に魔物たちは動いています。一定の距離に近付くまでは、こちらを発見していようが無視される」

「何故……貴様はそんなことに気付けたのだ」


 ブッシュワーカーは水筒を手に取り水を口にして、それを静かに置いた。

 彼の周りだけが日常であるかの如き振る舞いである。


「単独行だと、『誰も武器を抜いていない状態』が結構ありますからね。魔物の索敵能力が突然低下したら、嫌でも分かりますよ」


 皆が記憶を探る。

 槍などの長尺武器は瞬間的な抜剣が出来ないため、抜き身のまま探索するのが普通だし、他の武器でも抜き身で持ち歩く者はいる。

 敵をこちらから先に発見した場合などであっても、たいていの場合はすぐに武器を抜く。


 それらの行動は、第三階層では全て裏目に出るというのだ。

 ロッドを持つ魔術師やハンマーを扱う神官など、刃物を用いない探索者は存在する。

 だが、彼らが戦士の護衛なしに試練に挑むなどあり得ない。


 そもそも登塔団の歴史上、単独で第三階層の試練に挑んだ者など、前例があるのだろうか?

 精鋭を集め、入念な準備を持って試練に挑む登塔団なればこそ、誰もその真実には辿り着けなかったのだ。

 ブッシュワーカーが単独で40時間を生き延びたことが、先の発言の説得力を大幅に増していることは言うまでもない。


「教官。投石器(スリングショット)と、近接戦闘用の戦杖(ウォースタッフ)がいくつか必要です。ありますか?」

「……すぐに用意させる!」


 教官は勢いよく立ち上がり、大股で部屋から出ていった。


「バリスタ。クロスボウの弦をスリング用の石袋(ポーチ)に換装して、投石弓(バレットボウ)として使え。多分それでいけるはずだ」

「そ、その手があったか!」


 皆がブッシュワーカーへ畏怖の目を向ける中、ヴァルキリーが彼に問う。


「お前の言う方法を使えば……私たちでも更に先に行ける、のか?」

「この方法が試練の最後まで通用するという保証はない。40時間の相手で限界なら、やはり棄権するべきだ」


 その言葉に、ヴァルキリーはがっくりと項垂れた。


「ちょっとブッシュワーカー!」

「ん?」


 ヴァルキリー班の、小動物を思わせるような小柄な少女――その名も《首刈り兎》。

 見た目に反してかなり腕の立つその人物が、ブッシュワーカーに抗議する。


「私たちがあんたらより力不足って言いたいわけ!?」


 見習い同士の揉め事も無いわけではないが、極めて無駄な行為だとバリスタは思っている。

 もっともそれは、誰からも競争相手と認識されなかった彼だからこその、甘い考えといえなくもない。


「なんだありゃ……」

「兎ちゃん、ね。ブッシュワーカーのこと、気になるんだって」


 隣に座っているウィッチから、恐ろしくどうでもいい情報を聞かされた。

 気になっている相手なら何故、突っ掛かるような真似をするのか。


「どちらが迷宮探索に向いているかなど些細な問題だ。僕はただ、君たちにも無事に生き残ってほしいと、そう思っている」

「えっ……私のことが心配なの……?」

「んなこた言ってねえだろ」

「聞こえる、よ?」


 思わず声に出してしまったが、小動物が気付いた様子はない。

 ただ、ヴァルキリー班の面々からは「黙ってろ」という視線を向けられた。


「ま、まああんたほどの人がそう言うなら、私は棄権でも構わない。でもヴァルキリーは、ここで終わるような子じゃないの。私が不甲斐ないせいで……」


 悲しげに目を伏せる小動物の雰囲気に飲まれ、周囲が沈黙する。

 あのブッシュワーカーも、こういう場面で気の利いた台詞を述べる技術は持ち合わせていないらしい。

 学者がその沈黙をぼそりと破る。


「ところでバリスタ。塔内探索の最適解は6人なのですから、まだ枠に余裕はありますね?」

「どうした急に?」


 それを聞いたヴァルキリーは、やおら椅子から立ち上がった。

 頷く班員たちに後押しされるように、ブッシュワーカーの前に立つ。


「わ……私も、お前たちの班に入れてくれないだろうか?」

「僕はこの班じゃ新参だ。バリスタ、君が決めろ」

「なんでオレ!? リーダーとか特に決めてないだろ?」

「3人だけならともかく、人数が増えたら独断も必要になります」

「あたしも、バリスタが無難、だと思う」


 賛同はしているものの、ウィッチのバリスタ評は微妙だ。

 しかし、無難とはよく言ったもの。

 この中で、バリスタが最も常識的な思考の持ち主であることは間違いない。


 そんなやり取りを、王子は毒気の抜けたような穏やかな顔で見つめていた。

 側近たちは黙って成り行きを見守っているが、やがて王子が言う。


「すまないが、皆……」

「皆まで言わずとも分かります。どうかご武運を」


 王子は頷き立ち上がると、新生バリスタ班のほうに向け歩いていく。

 6人編成最後の枠に、名乗り出るために。





 王子、ヴァルキリー、学者、ウィッチ、ブッシュワーカー。

 バリスタ率いる『ヴェストゥルム登塔団見習い1班』の6名は、今や唯一の第三階層探索パーティとなった。

 そして今、8度目の挑戦――ラストアタックへと挑む。


 探索行は順調に進んでいく。

 普段使いの剣などは一応鞘に収めて装備しているが、王子とヴァルキリーは長剣大の戦杖を剣のように振るう。

 ブッシュワーカーと学者は、長めの戦杖を槍のように扱っていた。

 魔物を先に発見できれば、ほぼ戦闘は起こらない。

 通路を塞ぐ相手は、投石弓を構えるバリスタが水を得た魚のように仕留めていく。

 ウィッチはかつてのように出番がなくなり、隊列の中央で暇を持て余していた。


 安全地帯で4度の野営を経た後、王子は懐から円盤状の物体を取り出して確認する。


「試験開始から69時間……あと、3時間で達成だ」


 ヴァルキリーは珍しそうにその機械を見つめた。


「王子、時計を持っていたのか?」

「さすが、王族」

「なんだトケイって?」


 皆疲れてはいたが、あと少しで試練が終わる。

 そう確信し、気力は充実していた。


「降魔樹の光が限界です。間もなく、安全地帯は解除されます」


 現在地は3層の最上階。

 安全地帯を探すことがこの試練の肝であるため、降魔樹を発見できなければこのような奥地にまで来る羽目になる。

 いや、もしかしたら試練終盤には。

 最上階付近にしか、降魔樹は出現しないのかもしれない。


「もう休息場所を探さないんなら、最後まで動かないほうが無難じゃねえか?」

「出た、無難のバリスタ」


 ウィッチに妙な呼び方をされ、リーダーの威厳などあったものではない。

 更に王子がバリスタの提案に異を唱える。


「前に遭遇した巡回中の群れは、対処が少し難しかった。少しずつでも移動したほうがいい」


 以前戦った嫌な相手を思い出し、その方針で皆の意見はまとまった。

 最後なればこそと慎重に歩を進める一行は、程なくしてある事実に気付く。


「どうなってんだ、こりゃあ」

「階下へのスロープ、何処にもありませんね……」


 三層の樹木は性質を変化させるだけではなく、たまに()()()いる。

 それ自体は承知していたが、最終局面でこう来るとは。


「待った! 皆下がれ!」


 先頭を行くブッシュワーカーの警告と共に、目の前の床がほどけるようにうねり、無数の枝となって襲い掛かってきた。

 全員が慌てて後退する。

 床に広げられた大穴から、全高5メートルほどの樹木が蠢きながら這い出してくる。


「な、なんだこいつは!」


 怒鳴りつつ、バリスタは投石弓から石弾を放つ。

 獣の頭蓋をも叩き割る石礫は、分厚い樹皮に多少めり込むだけで、そのままぽろりと階下へ落ちていく。


「じゅ、樹人の魔物……」


 常に冷静なはずの学者が、顔面蒼白になって魔物の名を告げた。

 戦況把握に長けた王子が叫ぶ。


「ウィッチ!」

「任せて!」


 応えたウィッチは短杖を振りかざし、樹木の化け物はたちどころに業火に包まれた。

 だが、誰の目にも明らかなほど効きが悪い。

 動きを止めることなく、巨大な根を床へと乗り上げてくる。


「こんの~」


 火勢は更に激しさを増し、樹人の足元の床が炭化を始める。

 限界を迎えた床は唐突に崩れ始め、轟音と共に樹人は階下へと墜落した。

 しかしそれで死ぬような相手ではなく、激しく動き回る音はなお聞こえてくる。


「残り時間はあと少しか。出口を塞がれたことといい、恐らくあの追跡者は僕らを逃がす気がない」

「なんだよそりゃ。結局オレたちに試練を突破させる気なんか無いってことか?」

「そうじゃない。あの樹人こそが『第三階層の門番』なんだ」


 皆がブッシュワーカーの言葉にはっとする。

 そうだ。この階層に門番が居ないなど、ただの思い込みだったのだ。


「火の魔法。効いて、ない」

「樹人の弱点は火と相場が決まっているけど、ウィッチでも無理なのか。対策は抜かりないみたいだな」

「どうすんだ? 投石弓なんかじゃ、全く歯が立たねえぞ」

「なるほど……。この試練を考えた()()()()()は、いい性格をしている」


 ブッシュワーカーは黒幕の存在を確信するかのように言った。

 バリスタが敵の思考をトレースするように、彼もまた、見えざる相手との対話を試みる。


「刃物が使えないのだから、打撃武器や魔法に頼らざるを得ない。しかし門番には、打撃も魔法も通じない……。バリスタ、装備を戻して矢で攻撃してくれ」

「いいのか?」

「どうせこの相手で最後だ。構わないさ」


 バリスタは手早く換装を済ませると、壁を登り始めた樹人の幹、中央部に向けて矢を放つ。

 命中はしたが、浅い。


「なんつう硬さだよ」

「末端部分が動いている瞬間、そこを狙ってみてくれ」

「こうか?」


 難しい注文を、しかし難なくこなしてみせた。

 比較的細い枝部分とはいえ、矢は先ほどより深く突き刺さっている。


「やっぱり今度は刃物が弱点なのか……。ヴァルキリー」

「は、はい!」


 急に話を振られ、教官に対するかのように返事をしてしまうヴァルキリー。


「僕が先行して敵の攻撃を引き付ける。君の剣でとどめを刺してほしい」

「わ……私がか?」

「僕の剣では核まで届かない。あの硬い樹皮は、動いている間だけは柔らかくなる。核の周辺が動いた瞬間を狙って、それを斬るんだ」

「ま、待て。核とはなんだ?」


 ブッシュワーカーは振り返り、ヴァルキリーの目を見ながら答える。


「君が魔物を攻撃するとき、無意識に狙っている魔力の根源点だ。君には核が視えている。それを意識して斬れ」


 心当たりがあるのか、ヴァルキリーは驚きの表情のまま固まった。

 そしてぽつりと言う。


「分かった……やってみよう」


 返事を聞くや、ブッシュワーカーは大穴に向かって駆け出した。

 そのまま跳躍して樹人上方部の枝へと跳び移る。

 てっきり相手が登ってくるまで待つのかと思っていたバリスタたちは、その光景に度肝を抜かれた。


「え……? 私もやるのか? あれを!?」





 同情を禁じ得ない視線が、ヴァルキリーへと集中した。

 当の彼女は、今やその理由を理解してはいる。

 ブッシュワーカーの言う樹人の核とやらは、『幹の頂点に近い場所』に視えているのだ。

 登ってきてからでは剣が届かない。


 ――今! やるしかない!


 樹上のブッシュワーカーを追うように枝を振るう樹人の動きを凝視する。

 目標までは距離があるので、動きを見てからでは駄目だ。

 枝全体を動かすときに、幹そのものを回転させる瞬間こそが好機。


 ブッシュワーカーの動きに対応する敵の予備動作を見切り、ヴァルキリーは駆け出した。

 地面を掴む鉄靴を爆発するように蹴り出し、弾丸のような跳躍を見せる。


 蠢く幹の中心めがけ、人体の正中線を斬り降ろすように斬撃を放つ。

 ロングソードの切っ先は樹人の力を支える魔核を捉え、縦一文字に断ち割った。

 魔物の命脈を絶ったという手応えがある。

 そのまま相手もろとも、階下へと落ちていった。


「うう……」


 まともに着地できなかった身体のあちこちから悲鳴が上がる。

 戻って治癒魔法を受けるまでは、動けもしないだろう。

 仰向けに倒れながら、しかし彼女は恍惚の笑みを浮かべ――


「一瞬だが視えたぞ、剣の極意が。ああ……騎士叙勲の目標が、霞むほどの高揚感だ――」

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