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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
ネームレスタワー
88/106

8~9月 最後の憩い

 先月7月末の成績について。

 7名が死亡したため、成績順による除名者は3名のみとなった。いずれも、試験の不参加者。

 試練を突破した36名は大幅に加点されたのだから、これは当然の結果である。


 残る見習いは50名。

 入団時に比して、とうとう半分の人数にまで絞り込まれた。

 登塔団による就業の斡旋を目的とするならば既に安全圏。どころか、バリスタの現在順位は29位であり、順当に行けば10月まで残留できる成績だ。


 しかし彼の心は晴れない。

 死んだ同期の見習いたちと、それほど交流があったわけではないが。

 彼らの中には、最初の弩弓訓練で一緒だった者もいた。


 ――仲間の犠牲の上に得たものなんて、素直に喜べないぜ……。


 それでも、多感な時期に両親を失った彼はそれなりに、身近な者の死への耐性はあった。

 例え周りの者が死んでも、自分はまだ生きている。

 すべきことを行い、喜ぶべきことは喜ぶ。今までと変わることはない。


 彼は残る同期の中でも、比較的早くに気持ちを切り替えることが出来た。




「実家からは、出たいの」


 昼食の席にて、ウィッチはぼやくように言う。


「長女だから、家に居ると、家督を継ぐことになる。ややこしい。弟が先に生まれてたら、良かったのに」


 ハーフデックの彼女は家族から疎まれているわけではないものの。

 親類縁者まで含めれば、家長を継ぐことに疑問を挟む向きもあるだろう、ということらしい。


「ん? 貴族の家督って長男が継ぐんじゃねーの?」

「多くはそう。だけど、王家が性別問わずの絶対的長子相続制、だから。それに倣う家も、あるにはある」

「そうだったのか。そういや昔は、女王が即位することも何度かあったらしいぜ」


 最近覚えた、にわか知識をバリスタは披露する。

 無論それを聞いている学者とウィッチに対しては、神官に神の教えを説き、天文官に星詠みを論じるかの如き行いであろう。


「王国の創始者からして大英雄、《建国女王》ですからね。必然的に王家は男系優先の相続制にはならなかった、という歴史的背景があります」

「そうなんだ……」


 互いに知識の優位性を誇示する意図など全く無いのだが、なんとなく敗北感を覚えるバリスタであった。


「ねね、そういえばさ。ガーゴイル」

「あん?」


 唐突に話題を変えられた。

 気を使われたかのようなタイミングだが、この女はそういうタマではない。

 ただ好きなように喋っているだけである。

 人付き合いが苦手にもなろう。


「迷宮守護者ガーゴイル、だよな。それが?」

「ヴァルキリーから、聞いたんだけど。夜中に塔の上から、石の破片が降ってきたのを、見た人がいたらしいの。壁を登って、ガーゴイルと戦った人、いるんじゃないかって」

「やけに伝え聞きって感じだな」


 ヴァルキリーが直接見たわけでもないらしく、全て伝聞推定で構成された話だった。


「それに、ガーゴイルと戦うなんて無理だろ。一方的にやられるだけだ」

「でも、人が落ちたにしては、死体も血の跡も、無いんだよ? 迷宮守護者はほら、ザーッと灰になって、消えちゃうらしいし」

「んじゃあ、何一つ証拠が無いんじゃねえか……」


 馬鹿げた話だが、バリスタにとって気晴らしにはなった。

 学者はこのような中身のない話題には関心がないものか、特に見解を述べることはない。


 厳しい訓練の数々もいつしか日常に溶け込み。見習いたちにとって、さしたる苦でもなくなりつつある。

 先月の出来事がまるで幻だったかのように、夏の日々は穏やかに過ぎていく。


 8月末には、試験不参加者のうち10名が除名され、登塔団から去っていった。

 残る見習いは、あと40名。





 ヴェストゥルムの街の、何処とも知れぬ場所。

 密室の中では、6人の男たちが円卓を囲んでいる。


「王子。周囲に人の気配はなく、呪符魔法による盗聴の心配もありません」

「分かった。それじゃあ始めてくれ」


 見習い登塔士首席の王子と、その班員たちである。

 彼らの中には幼い頃より王子の側近として付き合いのある者もいれば、入団してから仲間に加わった者もいる。

 他にも王家ゆかりの貴族は見習いとして在籍しているが、ここに居る5人の班員の共通点は、全て王子に次ぐ成績最上位の者たちということだ。


「来月10月の試験を終えれば、最後に残る10名の見習いもほぼ確定するでしょう」


 副官らしき男は、皆にだけでなく王子に対しても同時に話しているためか、言葉遣いは丁寧だ。


「今の成績のまま推移すれば、我々6名とヴァルキリーはその中に残ると考えられます。ただし――」


 副官はそこで言葉を切って皆を見た。

 他の男たちがそれに応え、議論を行う。


「来月の試験内容は未だ発表されていません。内容次第では逆転される可能性もあるでしょうね」

「それはあまりに弱気ではないか?」

「そうでもない。配点の中身は成績の伸びから推測するよりないが、学者たちの班とブッシュワーカーは特に高い評価を受けている」

「3人で試練を突破してみせたのが大きいか。なら、ブッシュワーカーは?」


 副官がその疑問に答える。


「あの班は他の5人の実力が低い。にもかかわらず、犠牲者無しで試練を成功させた功績ですね」

「なら、注意すべきは学者、ウィッチ、バリスタ、ブッシュワーカーの4名ですか」

「そうなりますね。あと別に、我ら以外の上位10名がヴァルキリーであろうが彼らであろうが、それ自体はいいのです。そうですね? 王子」


 問われた王子は少し姿勢を崩し、穏やかに告げる。


「そうだ。彼らが俺たちにとって、邪魔者でなければそれでいい。君たちの意見を聞こう」


 再び班員たちの話し合いが始まった。


「成績順だとまずは学者ですが、彼は辺境の無名な家の出身で、周辺の情報はほとんどありません。しかし、取り立てて問題のある人物という印象も無い」

「いや、それなんですが――」


 言葉を挟んだのは、考古学の分野に於いて学者に次ぐ成績の男だった。


「彼の言う魔物や迷宮、帝国史などの知識――半分くらいは出鱈目な内容なんです」

「えっ? でもあの男の成績は……」

「そこなんだ。正しい知識もあるんだよ。誰にも負けないくらいにね。だからわけが分からない」

「彼の言うことはどう出鱈目なんだ?」

「どんな学術書にも載っていないような、未知の話をするんだよ。民間の迷信のようなものまで、事実であるかのように話すこともある」

「虚言癖でもあるのか?」


 答えは出ない。

 学者については、無害ではあるが褒められた人物でもない、という評価に落ち着いた。


「次はウィッチ。彼女については出自も目的も明白です」

「ハーフデックですからね。苦労もあるのでしょう」


 味方をも巻き込みかねない高火力魔法のせいで、戦闘面では危険物扱い。その上、話も通じにくい。

 積極的に関わりたい相手ではないが、同情の対象でもあるというのが皆の共通認識だった。


「バリスタ。彼も出自、目的がはっきりしています。この街の衛兵志望だそうで」

「なんの問題も無さそうですね」

「登塔団で上位の成績を修めながら、辺境の街の衛兵志望なのか……」

「無欲すぎる」

「いや、彼は楽な仕事に就きたいんだ。ある意味誰より贅沢だよ」


 そういうものかと、皆はそれぞれに受け止める。

 将来の近衛騎士とは真逆の生き方を目指す男に、どのような感想を抱いたものだろうか。


「最後にブッシュワーカー。彼は出自も目的も不明だ」

「調べても分からないのか?」

「平民の出自なんて調べようがない」

「余所の街の平民がどうやって入団した。よほど強力な後ろ盾が無いと――」

「登塔団はそういった個人の秘密を決して漏らさない。逆に言えば、登塔団から見て問題の無い人物ということでもある」


 大物貴族の推薦を受けた者は、むしろその人脈を強く誇示するのが常識だ。

 それをしない者はむしろ、痛くもない腹を探られることになる。

 だがそれは所詮貴族の理屈。平民である彼が後ろ盾について話さないのは、そういう契約であるからと考えることも出来る。


 2月の森林訓練では皆を驚かせたブッシュワーカーだが、以降そこまで目立つ存在でもない。

 彼についての答えは出なかった。


「ありがとう。興味深い報告だった。特に学者の知識については意外だったね」


 王子はそう感想を述べると、少し居住まいを正す。


「ウィッチについては俺も皆と同意見だ。しかし、バリスタについては全く違う」

「えっ……?」


 皆は驚いたように王子に注目した。


「弓矢の最大飛距離は三百メートルなどと言われることがあるが、限界射程と有効射程は似て非なるものだ」


 突然話が飛んだが、弓矢であればバリスタに関する話なのだろう。


「矢を三百メートル飛ばせる射手も、的に当てられるわけじゃない。まして、生きている獣を仕留めるなど。地元の猟師たちによれば、バリスタにはそれが可能らしいけどね」

「しかし王子。証拠がありませんし、大げさに言っているだけということも考えられます」

「3月にバリスタが人命救助をした話を覚えているかい? あの事件で彼は、四百メートル先に居る熊の額を射抜いてみせた。その瞬間を復数の兵士が目撃している」

「…………!」

「さて。この話を踏まえ、バリスタの実力をどう評す?」


 王子は先ほど学者の評価を語った男に質問した。


「それらの話が事実であれば、彼は当代無双の射撃手ということになりますね。まあ、グレートクラックの東側か、あるいは北方大樹海の奥地にでも、知られざる弓の達人が隠れ住んでいたならその限りではありませんが。そんなものはまず存在しないでしょう」

「熊を撃ったのは弩弓だよな。あれは弓矢やクロスボウより飛距離からして上なのでは?」

「弩弓とは大軍の真ん中に撃ち込むものであって、ひとつの獲物を狙い撃つような兵器ではない」

「なら、バリスタが異常な撃手である事実に変わりはないな……」


 皆の意見が落ち着いたところで、再び王子が話す。


「バリスタは魔法が使えないそうだが、戦技もこの域に達するともはや魔法と区別が付かないな。まるで伝説のルーンシューターのようじゃないか。なにしろ――」


 一瞬、目を細めて鋭い眼光を見せ――


「彼がその気になれば――王都神殿の屋上から、王城の窓の中を狙い撃つことさえ可能なのだから」


 班員たちは、ここでようやく王子の言わんとするところに気付く。

 バリスタは悪人ではないが、将来何処に士官するのかはまだ誰にも分からない。

 ヴェストゥルム登塔団で30位以内の成績は、貴族から引く手あまたといっても過言ではない。


「バリスタは絶対に王家が確保すべき人材だ。いや、俺の直属にしたい」

「王家の命ならなんでも聞くという時代でもありません。どのように勧誘します?」

「彼の望むような仕事を()てがえばいい。それが彼にとって最良の報酬なのだろう? 別に激務をこなしてもらう必要はない」

「なるほど確かに……そもそもあの男、政務や護衛に向いているとも思えません」

「そのときが来れば俺が直々に動く。今は静観しよう」


 皆が将来の主君の命に頷いた。

 どうやら今の話が、最も重要な議題であったようだ。


「そうそう、ブッシュワーカーの話がまだだったね」


 王子は思い出したかのように付け加える。


「出自も目的も不明というけれど、彼は地底都市『ケイブ』の人間なのではないかな」


 意外な内容に、皆が顔を見合わせた。


「東方辺境の迷宮都市、地底都市ケイブ……」

「東西迷宮都市の仲の悪さは有名です。ネームレスタワーの宝を狙って間者を送り込んでくるというのは、もうすっかり昔話だと思っていましたが」

「そもそもネームレスタワーに宝なんてあるのか?」

「無さそうですよね。でも全ての人間があきらめたわけじゃない。大迷宮グレートクラックの冒険者は、そのような人種なのだと聞いています」

「ケイブ冒険者組合の取引先には大物貴族がいくらでもいる。後ろ盾には事欠かない、か」


 矛盾点は無さそうだが、どうも腑に落ちないといった感じで、副官が意見する。


「しかし、突拍子もない推測とも思えます。何故そのような発想に?」

「ヒントは教官が教えてくれた。彼の呼び名さ」

「呼び名?」

「ブッシュワーカーというのは迷宮都市ケイブの、伝説のレンジャーの二つ名でもあるんだ」

「初めて聞く話です……。それが彼の正体だと?」


 王子は否定するようにかぶりを振った。


「いや、別人だ。ブッシュワーカーとは《建国女王》を助けた英雄のことで、過去の人物だし実在すら疑わしい。公の文書には何処にも記述がなく、王族にしか伝えられていない。叔父上――教官は王族の遠縁だから、その話を聞いていたんだろう」


 今現在、登塔団に在籍しているほうのブッシュワーカー。

 その正体が東の間者であるなら、登塔団にとって好ましい存在ではない。

 しかし、教官がそれを知って放置しているなら関与すべきではない、というのが王子の考えのようだった。





 見習い生活も残すところあと3ヶ月。壁上射撃訓練にて。

 この訓練を行える回数も、残りわずかとなった。

 バリスタは前方で観測を続ける同期に尋ねる。


「9月も終わるってのに、来月の試験内容には一切触れないのな」

「今までと同じなら伏せる意味もない。第三階層は少し毛色の違う試練なのかもしれない」


 遠眼鏡を覗いたまま相手は答えた。

 試験が第三階層の試練だと決まったわけではないが、ここまで来たらそれ以外には考えられない。

 だが、三層への立ち入りは未だ禁じられている。


「ウィッチが言ってたんだけどさ。塔の外装って上下に大きく六分割されているらしいんだな。んで、一層と二層の高さを内部で目測すると、ちょうどその分割された高さと一致するらしい」


 接眼部から目を離して振り返ったブッシュワーカーは、呆れたように半眼を向ける。


「らしいらしいって、全部伝え聞きじゃないか」

「オレたち半年以上あの塔を探索してるのに、第三階層でやっと半分なんだぜ?」

「王国建国から二百年未踏破の迷宮だ。一年足らずで頂上に行けるほうがおかしい」

「うん」

「でもその不満には大いに同意する。こんなことをダラダラ続けても何も進まない」

「うん?」

「いっそ外から頂上を目指そうと思ったけど、二層辺りでガーゴイルが増えすぎて駄目だった」

「お前かよ! 塔の壁登ったってヤツは!」


 言ってから周りを見回した。

 付き添いはもう必要ないだろうとのことで、近い場所に衛兵は居ない。


「お前なあ……」


 ヴェストゥルムでは、愚かな行為を指して『塔の壁を登る』などと喩えるほどなのだ。


 ――コイツ……もしかしてバカなのでは?


 いや、それとも。


 在りし日の食堂で聞いた会話。

 それは東方辺境の落淵絶壁を、地中深くまで降りていく命知らず共の物語。

 迷宮のより深きを目指す者――冒険者。


 目の前の同期を見て、そんな話をバリスタは連想したのだった。

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