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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
ネームレスタワー
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7月 第二階層の試練

 今月7月の第二階層試練に挑む権利を持つのは、ここまで残った60人の見習いたちである。

 バリスタ班は3人とも無事に残ることが出来た。

 もう一ヶ月粘れば、団が就業先を斡旋してくれる50位以内に入ることが出来る。

 バリスタの目標に届くまであと少し。


「先月も言ったが、途中で退却することは出来ない。リザードやウールヴヘジンのような強敵を引いてしまったら、全滅の危険性はそれなりにあるだろう」


 パーティの中から一部の者が離脱、棄権を表明するケースもあるらしい。

 人数が少なくても成績加点上の不利なく参加できるというのは、これが主な理由だったのだろう。

 元から5人しか居ない班もある。

 しかし、3人しか居ない班はバリスタたちだけだ。

 ヴァルキリーがそれに待ったをかける。


「待ってください教官。3人での参加を認めるんですか?」

「そうだ」

「しかし、今回の試験は危険だとあれほど――」

「危険なのは確かだが、この3人であれば突破できる可能性が高いと俺が判断した」

「可能性……ですか」


 根拠はそれだけなのか、というやや非難めいた口調だった。


「頭数を増やそうが、確実に生きて帰れる者などいない。自分でそう思っているなら考えを改めるべきだ」


 ヴァルキリーは渋々意見を取り下げた。

 教官の話を受け、思うところがあったものか。試験が始まる前に5名の見習いが不参加を表明する。

 無論、それを笑う者などいない。


 第二階層試練に挑む見習いは55名。

 再編成した者たちも含め、6人パーティが7班。

 5人パーティが2班。

 3人パーティが1班。

 計10班が試練に挑むことになり、今回も王子の班が初日の一番手だ。

 バリスタ班の出番は9日目。ブッシュワーカー班が最後となる。





 試験1日目、王子率いる1班が試練を達成した。

 学者が話を聞いてきてくれたが、第二階層の魔物が出ること以外、内容自体は前の試練と代わり映えしなかったそうだ。


「入り口の扉、試しに開けてみようとしたりはしなかったのかね」

「それで失敗しても問題なので、触る人はいないと思います」

「でも、確認は、しておきたいかも」

「登塔団が我々を騙している可能性は低いでしょうが、可能性を模索するのは大事なことです」


 バリスタ班が最初にやることは、退路の確認になりそうだ。




 2日目、ヴァルキリー率いる2班も問題なく試練突破。

 3日目、4日目は5人編成の班ということもあって、やや苦戦したようだが両班とも無事に帰還する。

 そして5日目。

 今期の見習いで、初の犠牲者が1人出た。


 戦闘中に倒れ、危険な状態になった者はこれまでに何人もいた。

 それを考えると、ほんの紙一重の運の悪さだったのかもしれない。

 部屋の外に待つ正規登塔士の治癒師に見せたときには、もう事切れていたのだという。

 打ち沈む5班の面々に、掛ける言葉も見当たらない。


 そんな中でも教官ら正規登塔士の面々は、遺体を故郷に送還すべく手続きを進めていく。

 王子は仲間の神官に命じて簡易的な葬儀の場を設け、死者への祈りが捧げられた。


 迷宮探索に死は付き物であり、見習い登塔士から犠牲者が出なかった世代など存在しない。

 それは最初から分かっていたことだ。

 それでも彼らの多くにとって、同期の初めての戦死は軽くはなかった。


 そして翌日。

 次に試練に臨む6班の者たちも、より強い緊張感をもって迷宮に向かう。

 だが――


 彼ら6人は、1人として生きて帰っては来なかったのである。




 試験官の正規登塔士が扉を開けたとき、部屋に残されたのは6人の死体だけであったという。

 既に試験の終わった見習いたちも増援に駆り出され、死体は全て回収された。

 死体の損傷内容から、戦った相手の魔物も特定される。

 それは元から出現が予想されていた魔物の一種に過ぎず、決して勝てない相手ではなかった。

 それでも、死ぬときは死ぬ。

 6班は人数不足から再編成された班であり、連携にも問題があったのかもしれない。


 翌日以降に試験を受ける予定であった7班と8班の12名は、全員がその日のうちに試験を辞退した。




「それが現在の状況だ。貴様らはどうする?」


 試験6日目の夜。

 そのように告げる教官の部屋に集められたのは、9班の3名と10班の6名、計9人。

 それぞれの班は9日目と最終10日目に試験の予定である。


「それなら、ぼくらの試験は明日でも構いません」


 学者は試験参加の可否ではなく、日程についてのみ答えた。


「あたしも、大丈夫」

「オレも問題ない」


 見習いの中でもとりわけクセの強い9班の3名は、いずれも臆したところがない。

 成績上の序列こそ下位ではあるが、実戦での単独戦力としての彼らは、決して弱者ではない。


「ならば、9班の試験は明日に行う」


 教官はそう言うと、次に10班の代表に視線を向けた。


「俺たちも、その翌日でお願いします」


 正規登塔士並の戦力と目されるブッシュワーカーを擁するだけあって、10班の代表にも恐れは見られない。

 彼らの戦術は5人が防御と補佐に徹し、ブッシュワーカーが攻撃を務めるというもので、第二階層における魔物の撃破数は1班、2班に次ぐ第3位の結果を残していた。

 バリスタはこう考える。


 ――あいつ、今までの模擬戦では手を抜いてやがったな。今回は本気ってことか。


 この試験では仲間の命が懸かっているのだから、それも当然だろう。

 試験日程は、あと2日で終了する予定に変更された。





「やっぱり開かねえな」


 試験開始直後、試練の部屋に入ったバリスタが最初に行ったのは背後の扉を開ける試みだった。

 万一開いてしまって試練失敗となったら、「話が違う」と文句を言って再試験を要求する、というのは学者の提案。


 ――こいつ、意外といい性格してやがんな。


「では、始めましょう」


 学者は短槍を片手に提げたまま、前に出て歩みだす。

 このパーティでは彼が1人で前衛を務めているのだ。他班が見たら正気を疑う陣形である。

 後方でバリスタはクロスボウを、ウィッチは金属製の短杖(ワンド)をそれぞれ構える。


 洞窟内に出来た大空間のような広間。

 ぼんやりと灯る迷宮石の明かりが、3人の見習いを照らしている。

 バリスタはクロスボウを構えたまま、視線を周囲へ巡らせる。

 それは、空気の震えと共に現れた。


「出たな……」


 部屋の中央に揺らめく影が姿を見せる。

 巨大なトカゲ――いや、リザード。

 全長はおよそ4メートル。鉱石のような硬質さを思わせる鱗に、赤く光る目。

 唸るような声を発しながら、更にもう1体がその隣に現れる。

 2体同時。前回の試練でブッシュワーカーが戦った門番と同じ構成だった。


「一層と共通の魔物。とはいえ二層の魔物と比べても遜色ない相手ですね」


 言うと同時に、学者は前方へと駆け出した。

 バリスタとウィッチはその場から動かない。

 これまでの塔内実戦訓練で分かったこと。

 学者には、どういうわけか敵の攻撃が当たらないのだ。


 力が強いわけでも、動きが特別速いわけでもない。

 呪符魔法の心得があるそうだが、それを使うところすら見たことがない。

 ただ最小限の動きで、当たり前のように攻撃を避ける。


 学者の動きに対してバリスタが得た感想は、「戦い慣れている」ということに尽きる。

 バリスタも言うほど実戦というものを知っているわけではない。

 だが、他に表現しようがない。

 以前の学者はパーティの後衛を務め、その腕前を全く発揮することなく最初の試験までを終えたらしい。


 2体のリザードのうち、片方は明らかに学者を狙っている。

 もう片方は、後方に控えるバリスタたちに注目しているようだ。

 学者は自分を狙う一体を無視し、もう片方へと斬り込んでいった。


 意表を突かれる、という意識がこのようなトカゲにあるのかは不明だが。

 ともかく一体のリザードはまるで無防備なまま、学者の攻撃を許してしまった。

 短槍の先端で、眼球の表面をかすっただけのような攻撃。

 たったそれだけだが、これでリザード2体の敵意はどちらも学者へと向けられる。


 巨体が躍動し、外見からは想像も付かない素早さでリザードたちがうねる。

 しかし素早く突き出され開閉した顎が、狙った獲物を捕らえることはない。

 学者は2体の攻撃を難なく躱し、先程よりも速い動きで部屋の奥へと走り去る。

 いずれのリザードも、後衛のバリスタたちに横腹を見せた形となった。


 クロスボウの短矢(ボルト)が空を裂き、硬質な鱗へ垂直に突き刺さる。

 いかな剛弓とはいえ、この鱗の曲面部分に当たれば弾かれてしまうことだろう。

 だがバリスタの放つ矢は敵の胴体のうち、床と垂直になった中央部分にのみ次々と命中する。

 身をよじらせたリザードが反撃しようと顔を向けた瞬間、口腔内に2本、続けて眼球にも1本の矢が着弾する。


 バリスタは己の相手に集中してはいたが、視界の隅に映るもう1体の敵が、炎に包まれてのたうち回っていることも把握してはいる。

 というか、そんなに派手な攻撃が見えないわけがない。

 猛火の熱気はこちらにまで伝わってくるのだ。

 もし前衛で剣士が戦っていれば、ただでは済まないだろう。

 最悪、敵もろとも消し炭である。


 ――これじゃあ、普通の前衛と組んで戦うのなんて無理だよな。


 威力を加減できれば良いのかもしれないが、バリスタに魔法のことは分からない。

 分かるのは、このリザードのような強敵に対しては、これくらいの威力でないと通用しないということ。

 見習い登塔士の魔術師が使う魔法は補助的なものがほとんどだ。

 魔法だけで魔物と渡り合えるような使い手は、ウィッチをおいて他にいない。


 やがて2体の魔物は完全に動かなくなった。

 背後の扉と部屋の奥の扉から、それぞれの鍵の外れる音が聞こえた。

 学者はいつの間にか2人のそばへと帰って来ている。


「すぐに戻りましょう。この場に留まったら窒息の危険があります」


 リザードを丸焼きにした炎は猛然と煙を発し、広大な試練の間ですら視界を遮るほどであった。


「ご、ごめんなさいー」


 謝るウィッチに苦笑しつつ、バリスタたちは試練の部屋を後にした。





 翌日の試験8日目。

 10班の6名も全員が生還し、全ての日程が終了した。


 バリスタはブッシュワーカーが1人になったのを見ると、近付いて声を掛ける。


「よお、お前の相手はどんなヤツだった?」

「迷宮守護者ウールヴヘジン」

「え……お前も前回のオレと同じ門番だったのかよ、嫌な奇遇だな」

「バリスタ。君は前回、あれを倒したのか?」


 何を当たり前のことを、と言いかけて。


 ――いや、こいつのことだから。何か意図のある質問なのか?


「……ああ」

「どうやって?」

「狩りのときは相手の動きを予測する。いつもじゃないが、調子のいいときは相手の考えが分かる……ような気がする」


 言ってみて、馬鹿な発言をしたと後悔した。


「まるで魔法みたいな話だね。君の魔法適性は最下位から2番目のはずだけど」


 不動の最下位に比べれば、バリスタの魔法適性はかなりマシなほうなのだそうだが。

 魔法が使えないことに変わりはない。


「オレもそんなことあるわけないとは思う。けど――」

「そうとしか考えられないような、瞬間があるのかい?」

「お前に……分かるのか」

「三百メートル先の的を射る技術があったとしても、着弾までは時間差がある。獲物が動けば当たるわけがない。それでも君は当てるそうじゃないか」


 ――今までの狩りのことか? どこで聞いたんだ?


「君のその能力は野生の獣相手に有効でも、人間相手には発現しなかった」

「いやだから、なんで分かんだよ!?」

「そりゃあ今までの模擬戦を見てればね」

「う……」


 自他共に理解不能な野生の勘のようなものについて、批評を始める人間が現れるとは思わなかった。

 どう答えればいいのか、考えがまとまらない。

 ブッシュワーカーは少し黙り込んだ後、その考察をぽつぽつと語りだす。


「相手側の素質に依存した能力なんじゃないかな。野生の獣やある種の魔物、迷宮守護者の思考を拾うことが出来る魔法……いや、これを魔法と呼ぶべきだろうか? 古い文献だと、超能力サイオニックという先天的な能力が紹介されていることがあるけど、あれは迷信というか――」

「ま、待った!」


 バリスタは話を遮った。


「その話に興味はある。あるけど、オレに分かりやすいように説明してくれ。全然分からん」

「悪いけど僕が聞きたいくらいだ。最初はもう少し技術的な手段なのかと予想してたけど、どうも話が違う。本当にそんな力があるなら……あるいは意思や言葉を持たない者とさえ、対話が可能な――」

「すまん、オレが馬鹿だった」


 どう言い換えても何を言っているのか分からない。

 当たり前のように出来ることが、実は異常なことだと気付いたのは――親の狩りを手伝い始めた頃のことだったか。

 誰にも理解されず、誰にも話さなくなり、それを疑問に思うことも無くなって久しい。

 今、バリスタを覆う常識の殻に亀裂が入り、一筋の光明が差したのだ。


 しかしそれは錯覚だったのか、光はすぐに閉ざされ消えてしまう。

 深く考えるのは、バリスタの得意とするところではない。

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