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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第三章 過去から未来へ受け継がれるもの
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第79話 アルカイド

 円形の闘技場を囲む建造物と、そこに開けられた無数の窓。

 そのひとつから、白い獣が姿を見せた。

 そして、他の窓からも次々に新たな獣が現れる。


「先に見つかってしまいましたか。先制攻撃を逃したのは痛いな」

「そうなのか?」

「竜を封じることが出来るといっても、武器としての使い勝手は今ひとつなので」

「一度里まで、退却したほうがいいのではないか」

「そうもいきませんね。あれを見てください」


 一番高い場所の窓に立つ獣の背に、巨大な白い翼が生えていた。

 獣は翼をはためかせて中庭の上空に舞い上がり、天蓋の下でゆっくりと旋回を始める。

 よく見れば他の数体の背にも、同じようなものが生え始めている。


「奴らが空を飛べるとなれば、里はひとたまりもないぞ!」

「虎に翼……」


 グルイーザがそんな表現を使っていたと聞くが、今見ている光景がまさにそれだ。

 完全なドラゴンの形となるまで、あと一歩といったところか。


「では、作戦を聞いて下さい。僕は竜殺兵器の使用中、ほぼ無防備になります」

「……? いやしかし、もう獣の群れがそこまで――」


 いつなんどき、窓から跳び下りて襲いかかってくるかも分からない。

 獣の数は、目視できるだけで三十体はくだらない。


「敵を倒すまでにどれだけの時間がかかるかは分かりません。その間はドニ、あなたが僕を護衛してください」

「なんだと!? それほどまでに扱いづらい武器なのか?」

「竜殺兵器そのものというより、補助の術に問題があります。少しくらいなら、攻撃を躱すことも出来なくはないですが……」


 ドニは一瞬言葉を失い、しかしすぐに絞り出すような声で怒鳴る。


「戦いで死ぬことなど、今さら怖くはない。だがそれは無理だ! 儂の力で抑えられるのはせいぜい一度に一体。お前をあの群れから守り切ることなど不可能だ!」

「それで充分です」

「何故だ!」


 群れを観察していたモリアは、ドニへと向き直る。


「今までアリオトはあの獣の群れに対し、先陣を切って突出してくる一体を集中攻撃して、群れ全体を無理に攻めることはしなかった。また群れの側も、総力で攻めてくることはなかった。……そうですよね?」

「その通りだ。だが、それがなんだと……」

「たった一頭でも、あのレミーを本気にさせるほどの力を白い獣は持っている。にもかかわらず、何故今までその程度で済んでいたのか。あの獣たちは群れに見えても、全て合わせて白氷竜ドゥーベなんです。いいですか、あの白い獣は――」


 人差し指を立て、顔の前に持ち上げる。


()()()()()()()()()戦うことが出来ない」

「な……?」

「もちろん、他の個体も全く動けないわけじゃない。でも、戦えるのは同時に一体だけだ」

「ほ、本当なのか!? それは!」

「さあ? ただのホラ話かもしれません」


 ドニは口を開けたまま、今度こそ言葉が出ない。


「こちらから積極的に攻めなければ、勝利できない戦いがあります。危険を承知で踏み込まなければならない瞬間は、必ずくる」


 今が――


「今が、そのときです」


 ドニは歯を食いしばった。

 そして、モリアに向け力強く頷いた。


 モリアはそれを見ると、手に握り込んだ石礫(いしつぶて)を上空に――真上へと放り投げる。

 真っ直ぐ上に向けて投げられる距離など知れている。

 だが石礫はそのまま上昇を続け、城の高さを越え、氷の天蓋の大穴をも抜け、星空へと吸い込まれていく。


「竜殺兵器――《揺光(アルカイド)》」


 上空に爆発するような光が発生し、石礫は無数の光へと分裂した。

 夜空に浮かぶ星々のように、大穴を通した光はモリアを照らす。


 獣が動き出した。

 最も低い位置にいた一頭が、闘技場へと向けて跳び降りた。

 ロングソードを抜いたドニが、その前へと立ちはだかる。


 闘技場の中心で、モリアはアミュレットホルダーから一枚の札を引き抜いた。

 モリアが考える、「この竜殺兵器をより効果的に運用する」ための、必須ともいえる『呪符魔法』――

 その起動呪文を、今再び読み上げる。


「グリフォンの目(ズアイ)――開眼(オープン)


 生来に備わる強大な魔法抵抗力(マジックレジスタンス)

 彼自身が魔法を使えない原因ともなっているその能力。

 矛盾するようだが、これもまた魔力なのだ。


 あの魔撃手カイエの『先祖返り』として受け継がれた膨大な魔力は、しかしカイエとは全く異なる形で開花する。

 モリアの魔力を吸い上げ続けるグリフォンは、眠れる力を振るうべく(そら)を舞う。


 その視界には今、氷壁城に潜む全ての獣の気配が捉えられていた。





 ドニが白い獣と戦うのは、これが初めてではない。

 しかし仲間の援護もなくただひとりで、しかも背後のモリアを守らねばならない状況で。

 久しく感じていなかったほどの重圧のもと、この強敵と戦わねばならないのだ。


 ――あのレミーという若造は、たったの一太刀でこの獣を斬り伏せたというのか!


 そのことに対し、驚きや対抗意識など、様々な感情が浮かんでは消える。

 あまりいい感情ではないという自覚はあった。

 だが、あの男がいれば里の未来は安泰なのではないか。

 自分の全てを受け継ぐべきなのは、あのレミーではないのか。


 何も、里に縛り付けようというのではない。

 彼の先祖がそうであったように――旅に出ては、また里に帰ってくる。

 そんな存在が、アリオトには必要なのではないか。


 そのような未来を、この目で見たい――


 先に死ぬのは自分だ。

 その意志は変わらない。

 だが自分が死ねば、モリアも死ぬかもしれないというこの状況。


 まだ死ぬわけにはいかない。

 そのために今ドニが出来ることは、ひたすらに剣を振るうことのみ。


 獣の一体が、ついに倒れた。

 灰のように、ぼろぼろと崩れ去っていく。


 僅かな緊張感の途切れ――

 その心の隙を縫うように二体目の獣は――


 ドニではなく、モリアの背後へと迫っていた。


「しまっ――」


 ドニの心が凍り付いた瞬間。

 天地を貫くような一筋の光が、獣を貫いた。

 二体目の獣も、灰となって崩れ落ちる。


 目を閉じたままモリアは言う。


「――あと三十四体」


 ――これが、竜殺兵器!


 その現象について考える暇はない。

 獣たちはいつの間にか窓から跳び下り、観客席のようにも見える階段部へと進んでいる。

 空を旋回する個体も、その数を増やしつつあった。


 三体目の獣が闘技場へ降り立つ。

 竜殺兵器の攻撃速度では、とても間に合わないのではないか。

 それでもドニは剣を振るい、足掻くことしか出来ない。


 斬り結ぶ最中に、またも先ほどの光が見えた。

 翼の生えた獣が一体、上空より墜落して観客席へと激突する。

 モリアの声が響く。


「――三十三体」


 この城に来てから、ずっとモリアの足を引っ張り続けてきた。

 そのことに、ずっと心を乱されてきた。

 背後で再び、地面への激突音。


「――三十二体」


 モリアが数える間隔は、徐々に短くなっている。

 眼前の獣の首を刎ね飛ばした。

 これであと三十一体。


 自分の誇りなど、もはやどうでもいい。

 そう吹っ切れたドニは、心を奮い立たせ吠える。


「次だ! 来い!」


 ――絶対に、モリアを死なせはせぬ。


 今こそ、その誓いを果たすとき。

 流星が三度瞬き、ドニの剣が更に一体の首を刎ねる。


「二十六体、二十五体――」


 流星が獣を貫く間隔はますます短くなり、遂に一秒を切る。

 モリアは数えるのをやめた。


 天から降り注ぐ流星。

 上空より振り下ろされるグリフォンの爪は、今や完全にモリアの制御下にあった。


「こっ……これは……」


 ドニは呆然として、剣を振るう腕を止める。

 もはや意味が無い。


 流星の暴威は止むことなく、氷の天蓋を、城の天井を、床を。

 あらゆる障害を撃ち貫き、次々と獣を仕留めてゆく。


「あと一体」


 背後上空より襲い掛かる獣に対し、モリアは振り向くこともない。


「――(ゼロ)


 最後の獣が貫かれ、氷壁城からその気配は消えた。





『見事だ。モリア、ドニ。向こう百年は白氷竜が目覚めることはないだろう。だが――』

「他の四方竜が本当の意味で目覚めれば、北も南も、東も西もないか」

『然り。全てはただひとつの真なる竜。この星に生きる命が、向き合わねばならぬもの』


 ミザールはこの世界のことを『星』と表現した。

 モリアが今立っているこの大地も、天に座す星々のひとつという意味のようだ。

 いつかこの目で、その全貌を見ることは叶うだろうか。


「それじゃあドニ、行きましょう。立てますか?」

「あ、ああ……」


 座り込み肩で息をしていたドニは、少しよろめきつつも立ち上がる。

 瞬く星々の光は薄れ、朝の陽光が空の色を変えつつあった。


 中庭から城内へ、そして再び城の外へと進む。

 ドニの隣、半歩ほど後を進むモリアは、最初にくぐった城門を初めて内側から見た。

 氷の天蓋は城壁の上へと被さっているが、城門の上は空洞になっている。


 そこに、その人影は立っていた。


 二十歳前後と思しき細身の男。

 髪の色は銀髪、腰にはロングソード。

 服装も見慣れたような一般的開拓者の装備。

 首から提げられているのは、やはり白鉄札に違いない。


「フィム……」


 ラゼルフ孤児院の長兄は、モリアに向けて頷くと――存在を揺らめかせるようにして、その姿を消した。

 遥か東方より続く彼の長い冒険もまた、白氷竜と共に終焉を迎えたのだ。


「どうかしたか、モリア」

「いえ、なんでもありません」


 そして、モリアたちは城門の下へと進む。

 今度は転移させられることもないだろう。


 色々なお宝を入手した気もするが、その中で残った物は《グリフォンの呪符》と《グルヴェイグの巻物》のみ。

 竜殺兵器はもちろんのこと、魔道具やら霊薬やらは、ほぼ全て失われてしまった。

 一本だけ残った《飛剣》は、お守り代わりにポーチへと放り込んである。

 モリアにとっては《二竜の護符》さえ手元にあれば、それでいい。


「ドニ」

「なんだ」

「僕ひとりでは白氷竜に勝てなかった。あなたが共に来てくれて本当に良かった」

「………………!」


 ドニは、何も言わなかった。

 モリアはそれを気にすることもないように、城門の外へと向けて歩く。


 氷壁城では試練に挑む者たちとの、多くの出会いがあった。

 だが、生きてこの城門を出られたのは――


 入った時と同じく、モリアとドニのふたりだけであった。





 永久氷壁の洞窟を抜けて目にした朝の光に、ドニは目を細めた。

 獣の脅威は去り、再び生きて里に帰る。

 今しばらく、その未来を見守ることが出来る。

 ミザールが予告した通り、ドニの望みはモリアによって叶えられた。


 ドニは心中で唸っていた。


 ――何か、何か言わねばならぬ。


 このままでいいはずはない。

 だがモリアへの礼は、到底言葉で言い表せるようなものではない。

 ドニの葛藤を他所に、時間は過ぎていく。


 やがて、アリオトの里と樹海への分かれ道に差し掛かった。

 モリアは樹海の方向へと一歩進み、そこで立ち止まる。


「里には寄っていかぬのか」

「街で待つ人たちに、急ぎ伝えたいことがあるので」

「レミーはどうする。里に残すのか?」

「彼がライシュタットに戻る気があるかは分かりませんが、せっかくの里帰りです。ゆっくりしていけばいい。あ、それと――」


 何かを思い出したように、モリアは付け加えた。


「後で街から人が来るかもしれません。もし合流できたら、レミーにはそっちを手伝ってほしいかな」

「伝えておこう」

「お願いします。それじゃ」


 実にあっさりと、モリアは去っていく。

 その背中を見つめたまま、ドニは動くことも出来ない。

 まだ、礼のひとつも言っていない。

 このままでいいはずはない。

 ドニは叫んだ。


「メグレズたちが、言っていたことは事実であった!」


 その叫びに、モリアは振り返った。

 ドニは、やっとのことで、言うべきことを絞り出す。

 メグレズの術師連中は、()()()()()()()()()()()()――彼をこう評したのだ。


「モリア。お前は()()()()()だ」


 その言葉に、モリアはニッと笑顔を返す。

 そして再びドニに背を向け南へと向かう。

 北壁山脈から見下ろす大樹海は、朝の陽光を受け緑青色に煌めいていた。

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