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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第三章 過去から未来へ受け継がれるもの
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第76話 最後の試練

 コルサスの足下に再び魔力の渦が集まり、足の裏が地面から離れる。身体が徐々に浮き上がり、更に上下逆さまの体勢となった。

 モリアの頭よりも高い位置へと昇り、逆立ちしたまま顔を上げ、()()()()()()()見下ろしてくる。


「次は逃さん」


 逆さまで横回転を始めたコルサスはすぐには向かってこない。

 つむじ風となった魔剣士は、そのままゆっくりとモリアの周りを旋回し始めた。

 今度は全方位どこに移動しようとも、確実に斬り裂く。そうモリアに伝えている。


 ――これぞ《魔剣士(ルーンフェンサー)》だな。サンの技より面白いかも。


 そう思う一方、コルサスでは決してサンに勝てなかったであろうことも確信する。

 今相対しているこの敵の情報が全く無ければ、モリアは戦うことを諦め逃げに徹していただろう。

 だが、メラクはラゼルフ小隊に敗れている。

 つまり……コルサスの強さには底があるのだ。


 そして、そのときが来る。モリアの周りをちょうど一周したコルサスは、その場で高速回転を開始した。

 上空から全ての獲物を斬り裂く嵐が迫る。


 モリアはいつの間にか剣を鞘に納めており、腰のロープを外して構えている。

 先端に取り付けられた鉄の(おもり)を、《廻風》に向けて投擲した。


「――《流星》」


 錘が光を放ち、嵐の中心点に吸い込まれる。


「――《蛇腹》」


 続けてロープまでもが全体から光を放つ。容易く斬り裂かれるかと思われたそれは、一瞬で魔剣士へと絡みついた。


「――《剛身》」


 全ての部分鎧が、燃え尽きる直前の炎の如く強烈な光を放ち、モリアは魔剣士に絡まるロープを引いた。

 そのまま身体を反転させ、《廻風》の軌道を強引に曲げて地表へと叩き付ける。

 地面を貫かんばかりの衝撃が大広間を震わせ、石畳に亀裂が走る。


 革の部分鎧から光が失せ、次々と消し炭のようになり、全て消えた。

 身に纏うものは再び、開拓服のみとなった。


 そして、コルサスは。

 コルサスは、粉塵舞う亀裂の中心でゆらりと立ち上がる。

 光を失ったロープを、三日月刀でいまいましげに断ち斬った。額からは血が流れている。


 ここまでしてようやく、モリアは魔剣士にひとつ傷を負わせたのみ。


「今のは少し効いた。だがこれでもう同じ手は使えまい」


 絡みついたロープの残骸を投げ捨てると、コルサスは再び魔力の風に覆われる。

 モリアはもう、ほとんどの魔道具を使い切っている。


「さあ、次はどう躱す」


 もはや曲芸のような飛行を続けるまでもないと考えたのか、そのまま歩いて近付いてくる。


 ――頃合いだな。


 モリアは再びショートソードを抜いた。

 アミュレットホルダーの中に仕舞われた護符、そこに刻まれたふたつの呪文。

 その片方を読み上げる。


「――《(つるぎ)の神》アマテラス」


 二竜の護符に封じられし、ふたつの加護のひとつ――

 すなわち《魔剣士》サンに宿る迷宮守護者。

 その権能を振るうための、新たなる呪符魔法。


「――我が敵を、斬り裂け」


 ショートソードの先端に、刃渡り三メートルを超える不可視の刃が灯る。

 間合いに入ったコルサスを、その斬撃で薙ぎ払う。


 詠唱された呪文に不吉な予感を覚えたコルサスは、すんでのところで跳び退いた。

 身体を覆う魔力風がまとめて断ち切られ、一瞬で霧散する。


「そ、その()()()は! 貴様も使えるというのか!?」


 だが、モリアは気付いている。

 迷宮守護者の力、人の身でそう扱えるものではない。

 もって、あと数秒。

 地を蹴って、即座に間合いを詰める。

 いかなコルサスといえど地に足を付けている以上、モリアの速さには及ばない。


 そして、コルサスも気付いた。

 敵がこれまでこの技を温存していた理由。

 百戦錬磨の猛将である彼の直感は、モリアの魔剣技が数瞬しか操れないものであると看破したのだ。


「――《廻風(ワールウインド)》!!」


 全力で魔力風を纏い、後方へと加速する。

 追撃の斬り降ろしを躱した。

 モリアの足では――いや人の身の足では、もうワールウインドに追い付けまい。



 ()()()()()()()()()



「――《狩猟の神》アルテミス」


 二竜の護符に封じられし、もうひとつの加護。

 ラゼルフ小隊最強、《魔撃手》ティーリス。

 彼女の素手による武器投擲の威力は、魔剣技のそれにも匹敵する。

 有効射程距離、驚異の三百メートル。

 長弓(ロングボウ)の限界射程にも並ぶ攻撃範囲は、魔剣技の実に()()


 ただしモリアの投擲技術では、一度しか使えぬであろうこの攻撃を、確実にコルサスに当てることは難しい。

 着弾までの時間差だけは、どうしようも出来ないからだ。


 ()()()()()()()()()()()()確認したことだ。

 ワールウインドは、一度最高速に達すると方向転換できない。

 コルサスが逃げの一手を打ったその瞬間――モリアから直線的に離れようとする、『実質動かない的』と化したその瞬間に――


「――我が敵を、貫け」


 勝負は決した。


 咄嗟に構えられた三日月二刀は、投擲された短剣(ダガー)によって粉々に砕かれた。

 コルサスの心臓は爆砕し、胸に巨大な風穴を開けられ絶命した。

 死体は石の床に落下し、勢いのまま転げ、跳ね回り、地面を叩く。

 そしてそのまま、二度と動かなかった。


 目標を仕留めた短剣はその場で回転しながら浮遊し、やがて力を失い地面へと落ちた。


 モリアは二竜の護符を取り出して確認する。

 表面に浮かんでいたはずの、ふたつの呪文はいつの間にか消え去っている。


 二竜は再び、眠りに()いた。

 もう二度と使えないのかもしれないし、この世の何処かにある魔導護符の祭壇を見つければ、再び使えるのかもしれない。





「まさか……あのコルサスを仕留めるとは!」

「僕だけの力じゃありませんけどね」


 だいぶ回復しつつあるドニは、モリアの戦果に目を見張った。

 それに対するモリアの反応は薄い。


 コルサスは本当に強敵だった。

 魔道具をほぼ全て消費し、残ったのは飛剣一本。

 最大の手札である、魔導護符まで切らされたのだ。


 ドニはここに至る経緯をはっと思い出す。


「モリアよ、お前に斬り付けたことは本当に……」

「メラクの仕業だったことは分かってます。気にしないでください」


 エリクは敵の死体を確認して回っており、コルサスの亡骸を見ながら言う。


「コイツがこの連中のボスだったのか。なら決着は付いたってことだな」

「いや、それなんだけどさ――」


 ヒュン――

 と、耳慣れた音がした。


 大広間の奥、通路へとつながる出入り口。

 音はそこから聴こえてきた。

 視界に映る、ごく小さなそれ――大広間中央に向けて飛来するそれは、やはりよく見慣れたもので――


 ――まずい……!


 モリアは周囲を見渡し、最も近い壁際を。

 つまり最も近い『水路』を視界に収める。


 歴戦の戦士であるドニ、そしてモリアと長い付き合いになるエリクは、その異変の意味を即座に理解する。

 これは『危険な兆候』なのだと。


「跳び降りろ!」


 叫ぶなりモリアは駆け出した。

 エリクが迷わず続き、ドニもその後を追う。

 水路に向けて三人が跳躍した瞬間――


 背後で、カラカラと『石礫(いしつぶて)』が地面に転がる音が響いた。


 突然の轟音と共に、爆炎が大広間に広がった。

 水路に跳び下りた三人の頭上を、真っ赤な業火が通り過ぎ壁を焦がす。

 たまらず水中へと身を伏せる。


 半径五十メートル、燃え盛る炎の地獄。

 この攻撃は――


「これは……火竜の息吹(ドラゴンブレス)!」


 黄金の魔女グルイーザが扱う、今は失われた呪石魔法のひとつ。

 敵はそれと同じものを使ってきている。


 深さ一メートル程度の水から立ち上がったモリアは、水路の水を掻き分けるように走る。

 後のふたりもすぐに付いて来た。

 水路には別の部屋へと抜ける水平坑があり、その中へと飛び込んだ。

 移動しながらふたりに振り向き話しかける。


「さっき言おうとしたんだけど、メラクの幹部がもうひとり残ってる」

「首領のコルサスが敗れたというのに、まだ向かってきおるのか!」

「そいつぁどんなヤツだ!」

「カイエ。名前はエリクも知ってるでしょ。ドニはどうです?」

「いや、儂は知らぬ」

「カイエ……。はぁ!? おいおい、そんなの実在してたのかよ!」


 帝国時代末期――

 その()()は僅か十二歳で初陣を飾り、十五歳で歴史の表舞台から姿を消すまで常勝無敗。

 吟遊詩人の(うた)う物語にて、今なお絶大な人気を誇る女主人公。

 振るう戦技は唯一無二、幻の兵種、《ルーンシューター》。

 大軍の中をも単騎で駆け抜け、ただ石礫(いしつぶて)にて全てを蹴散らす者。


 氷壁城最後の試練。

 それは名にし負う()()()()()()――――《魔撃手(ルーンシューター)》カイエ。

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