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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第三章 過去から未来へ受け継がれるもの
74/106

第74話 廻風

 四方に水路が張り巡らされた広大な広間。

 ドニは、打ち身と軽い火傷の痛みに顔をしかめる。

 これくらいは怪我のうちにも入らない。

 だが、この傷を負った経緯を考えれば心が軋む。


 ――あれほど偉そうに振る舞っておきながら、なんたる失態か。


 何者かに、心を操る魔法を掛けられていたのだ。

 その記憶は鮮明に残っている。

 言動からメラクの魔術師であろうことは間違いない。

 魔術師の命令に従わされ、氷壁城へ侵入した味方――この場合はモリアひとりであったわけだが――その抹殺を実行しようとした。


 ――アリオトの戦士を率いるこの(わし)が、あろうことか客人の小僧の足を引っ張ろうとは!


 しかし、最悪の事態は免れた。

 ドニはモリアを仕留めることが出来ず、手痛い反撃を食らったものの、自身もこうして生きている。

 いや――あの小僧は()()()()に対し、明らかに手を抜いたのだ。

 命までは取らぬようにと。


 モリアのことを小僧などとは、もうとても呼べぬ。

 悔しさ、申し訳なさ、やり場の無い怒り。

 ないまぜとなった負の感情がドニの心を満たしていた。


 掛けられたはずの術はいつの間にか心の中から消え去っている。理由は分からない。


 ――メラクだ。


 こうなった原因も、そもそもはメラクにある。

 かくなる上は、氷壁城に侵入しているであろうメラクの首を、(ことごと)()ねてやらねば気が済まぬ。


 状況を探るべく、周囲の探索をおこなった。

 どうやらここは氷壁城の一階であるらしい。

 城の中庭には円形の闘技場のようなものがあり、氷の天井には大きな穴が開けられ、そこからは星空が見えていた。

 いつの間にか、日没の時間を過ぎていたのだ。

 また城内の各部屋には罠にでも掛かったのか、メラクと思しき集団の死体を複数発見する。


 モリアもメラクも、生きている者は誰もいない。

 上階へ行ったのかもしれないが、今から追ったとして行き違いになる可能性もある。

 もしモリアが今でもドニに合流する気があるのであれば、最後に遭遇した場所に引き返してくるのではないか。

 そう考え、一度大広間に戻ることにした。


 壁際に水路のある通路を進み、目的の場所に近付いたとき――


 ――いる!


 およそ十人前後。大広間の中に気配がある。

 集団である以上モリアのはずはなく、メラクの可能性が高かった。

 雑兵であればドニだけでも戦えるが、先の魔術師が相手であれば分が悪い。


 ――いや、精神魔法への抵抗は意思の力。二度と同じ手は食わぬ。


 耐えるのは一瞬だけでよく、操られるよりも速く相手を斬り殺せばいい。

 それを成し遂げるだけの実力が、自身には備わっているはずだ。

 通路の影に隠れ、耳をそばだてる。

 聞き覚えのある声がした。


「魔女はまだ見つからんのか!」

「はっ。呼び掛けにも応じて頂けず――」


 ――この声は!


 悩む必要などなかった。

 メラクの首が欲しいとなれば、これ以上の首は無い。

 声の主はメラクの首魁――


「コルサス!!」


 大音声でその名を呼ばわり、ドニは広間の中へと踏み込んだ。


「む。貴様はアリオトの……」


 そう反応したのは、総髪の黒髪に顎髭(あごひげ)(たくわ)えた壮年の剣士。

 メラクの首魁、コルサスその人である。


 ドニは素早く相手の陣立てを確認した。

 総勢はやはり十人――うち八人は雑兵と見たが、残るひとりはディズノールだった。

 コルサスにも劣らぬ強敵の登場に一瞬形勢の不利を感じるも、その異常さにすぐさま気付く。


 ――ディズノールの奴、怪我をしておるのか?


 姿勢こそ崩さないが、側頭部及び露出した上腕部に、尋常ではない打撃痕がある。

 常人であれば、立っていることも難しいほどのダメージと激痛があるはずだ。

 少なくとも、あの状態ならばドニの相手は難しい。

 実質相手はコルサスひとり。またとない好機だった。


「ドニか。老けたな」


 コルサスは慌てることもなく、ただドニに話し掛けるだけだった。

 自分たちの首領から指示が無いため、手下たちも動かない。

 ディズノールは黙って様子を見ている。


「お前は何十年も変わらぬな、コルサス。いや、お前だけでなくディズノールもそうだ。これは……どういうことなのだろうな」

「今さらそれを聞くか」


 眉間に僅か、不快そうに皺を寄せコルサスは言う。


「貴様らアリオトが樹海に現れて百年。それだけの歳月をかけて我らメラクと樹海の覇を競ってきたというのに、アリオトはメラクのことを何も知らん。知ろうともしない。剣を振るうしか能のない、哀れで滑稽な一族よ」

「相変わらず口の減らぬ奴だ」

「いや、もう我らもアリオトを笑えぬ」

「…………?」


 メラクの首領は、自嘲するかのように口角を上げた。


「魔撃手はどうせ何処かでこそこそ隠れておるのだろうが、他は死体以外誰も見当たらん。メラクの生き残りは、ここにいる十人のみ。これを哀れで滑稽と言わずしてなんと言う」

「なんだと?」


 アリオトの里に来ているメグレズの術師たちは、メラクの里が壊滅したという情報を持っていた。

 彼らの言うことなど話半分に聞くのがアリオトの常であったし、当のメグレズたちもそれを不確かな情報として扱っていたのではなかったか。


 ――まさか、本当のことなのか?


 だとすればここにいるコルサスたちは、敗残兵もいいところではないか。


「儂を操って、同士討ちをさせようとした魔術師がおるはずだ……」

「傀儡師か。奴なら上で死体になって転がっておった。貴様でなければ誰が殺った」


「ならあの王国人の小僧だ。あいつに決まっている」と、会話に割り込んだディズノールが歯噛みする。


 王国人の小僧とは、まさかモリアのことか。

 ドニの分かる範囲でこの場に居ない挑戦者といえば、もうモリアしかいない。

 あの小僧がディズノールにこれほどの手傷を負わせ、更には傀儡師とやらを倒し、ドニを正気に戻してくれたというのか。


 里に来たメグレズの術師どもはモリアのことをなんと言っていた。

 奴らは()()()()()()()()()()()()、小僧のことをこう評したのだ。モリアは――


「ドニよ。以前までなら余興で貴様の剣に付き合ってもやれたが、今は余裕がない」


 コルサスの言葉に思考を中断される。

 その剣士はメラクの集団から歩み出て、コツコツと足音を響かせながら広間の中央へと進んでくる。

 それを受け、ドニも広間の中央へと歩を進めた。

 今までの戦いを余興などと、本当に口の減らぬ――


「今日でお別れだ。私の()()()()を見せてやろう」


 言葉と同時、コルサスの足下から魔力の暴風が吹き出した。

 風圧は剣の間合いから遠く離れたドニの場所にまで伝わってくる。

 これほどの魔力を人体から直接発せられる使い手など、今までの人生で見たことがない。


「お前、魔術師だったのか!?」

「剣術を修め、同時に魔術を修めただけであれば、それは確かに剣士であり魔術師でもあるというだけだ。――剣と魔を融合させ、いずれが欠けても成立しない独自の技術を持つ者。帝国ではその兵種を《魔剣士(ルーンフェンサー)》と呼ぶ」


 コルサスは左右の腰に差した二本の三日月刀(シャムシール)を抜き放つ。

 ドニも応えて長剣を抜いたものの、相手が何をしてくるのかは不明。


「剣術だけであれば、貴様はまさに好敵手であった。せめて我が『魔剣技』にて散るがいい」


 魔剣士の身体が、ふわりと宙に浮く。


「む!?」

「――《廻風(ワールウインド)》」


 呪文と同時にコルサスが動く。

 空中を滑空するように、あっという間にドニとの距離を詰める。

 その身体から発する魔力の風は、コルサス自身をもくるくると回転させながらドニの()()へと現れた。

 上下逆さまの体勢――視えない空中の足場でもあるかのように、頭上から攻撃を仕掛けてくる。


「うおおっ!?」


 回転する二刀を辛うじて防ぐ。

 だがその直後にはコマのように回るコルサスが背後を取る。

 ドニは前方に踏み込みながら振り返って長剣を振るい、辛くも追撃を弾き返した。


 空中で逆さまになったままのコルサスは、回転を止めてドニに向くと感嘆の声をもらす。


「ほう。初見の攻撃を捌くとはさすがだな」

「…………!」


 言葉も出ない。

 全く未知の剣筋を躱すことなど、容易くはないのだ。

 あと一歩で死ぬ、それほどの際どい防御だった。


 なるほど魔法で宙に浮かべたとしても、まともな人間に空中戦など出来はしまい。

 コルサスの剣技と身体能力があって初めて成立する、まさに『魔剣技』だ。

 あとどれほど、技の引き出しがあるのか見当も付かない。

 ドニがその全てを捌き切るまで死なない可能性など、少しでもあるだろうか。


 ――反撃をせねば、負ける。


 メラクの集団を背後に抱えるのはまずい。

 円を描くように歩き、位置変えを試みる。

 ドニの意図などお見通しであろうコルサスも、ゆっくりとそれに応じ空中で円を描く。


 ふたりの位置がちょうど入れ替わった瞬間――


 爆発するように空中を蹴った魔剣士は、二刀を構えたまま竜巻のように突進した。

 王国では詩人にも(うた)われる伝説の魔剣技、《廻風(ワールウインド)》。

 この技の間合いに入ってしまった以上、横に跳んで躱すなどということは不可能。

 正面からのいかなる攻撃、魔法すらも暴風に飲み込まれ、コルサスには届かない。


 ドニは長剣に精神を集中させ、裂帛の気合と共に《廻風》へと突き込んだ。

 金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。

 だが激突の衝撃でドニは吹き飛ばされ、空中を真っ直ぐ突き抜けたコルサスは、弧を描いて再びメラクたちの元へと舞い戻った。


 剣を弾き飛ばされたドニは、全身を切り刻まれ、骨を砕かれ、満身創痍で地面に叩き付けられる。

 身体を動かそうにも、感覚が無い。


 ――届かなかったか……。


 諦めが心を満たしていくと同時に、戦いで死ねるという満足感もあるにはあった。

 心残りは。

 心残りはなくもない。里の未来を、まだ、この目で――


 石畳の上を足音が響く。これからとどめを刺されるのだろう。

 しかし妙だ。

 足音はメラクと反対のほうから響いてくる。


 地面に着地したコルサスは、()()()を初めて見る。隣の男には見覚えがあった。

 ディズノールもまた、現れたモリアを見て怒りの炎を目に灯す。

 だが次の瞬間、その視線は横のエリクに釘付けとなり、驚愕の色がその表情を満たしていった。


「何故……奴がまだ生きている」


 メラクの兵たちはやはり動かない。コルサスからの命令がない。

 それにアリオトより格下の敵がふたり増えたところで、どうということはないのだ。

 十人対ふたり。自分たちだけでも始末できる相手のはずであった。


 ドニの倒れる位置とメラクたちとの距離はだいぶひらいている。

 モリアは妨害されることもなく、そのそばに歩み寄った。


「駄目だ……コルサス……」


 コルサスは強すぎると忠告したかったが、ドニにはもう話す力もあまりない。

 モリアはベルトの横に下げられた瓶をはずすと蓋を開け、中身の液体をおもむろにドニへとぶち撒けた。


「むぉっ?」


 瓶の中身がすっかり空になると、モリアはそれを無造作に投げ捨てる。

 それを見たドニは無性に腹が立って。


「な、何をするか! 儂はようやく戦いの中で死ねるのだぞ! お前は年寄りへの敬意というものが――」


 上体を起こしながら怒鳴り付けて、その途中で気付く。

 何故、まだ身体が動くのか。


「それだけ元気ならあと十年は戦えるでしょ。薬が効くまでもう少しかかるし、回復するまで下がっててください」

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