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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第三章 過去から未来へ受け継がれるもの
72/106

第72話 不撓不屈

「モリア、君にこれをあげよう」


 そう言うグルヴェイグから手渡されたのは、一本の巻物(スクロール)だった。


「なんです? これ」

「中を見てみたまえ」


 巻物をするすると広げ、おおざっぱに目を通す。

 モリアの目つきが、次第に真剣味を帯びていく。


「これは……」

「続きは歩きながら話そう。君のお仲間と早く合流しなければならないのだろう?」


 現在地は三階。ドニは恐らく一階にいる。

 正気を取り戻したのであれば、城内の魔物やメラクの兵たちに遅れを取るドニではあるまいが。

 巻物を巻き直すと、グルヴェイグと共に通路の奥へと進む。


「巻物について聞く前に。そもそも五大幹部は全員この城に来ているんですか?」

「いるな」

「どうやって見つけたんです?」

「星占いだ」

「…………」


 王国で星占いといえば、乙女の恋占いとほぼ同義である。

 二百歳は越えているだろうに、突然何を言い出すのか。

 いや、この魔女の言葉を額面通りに受け取るのは禁物だ。


 最悪の事態を想定するなら、幹部は全て氷壁城に来ていると考えるべき。

 進退窮まったメラクにとって極めて重要なこの試練に、参加しないと思うほうがおかしい。


 ディズノールが生きていた場合、五大幹部は残り四人。

 手下の兵もまだまだいると考えられる。

 一方こちらの戦力は、モリア、ドニ、グルヴェイグの三人のみ。

 ラゼルフがもう少し粘っていてくれれば、主力の人数だけでも五分に持ち込めたか。


 ――ラゼルフを戦力として数える辺り、僕もだいぶ疲れてるな。


 氷壁城に侵入してからどれくらいの時間が経っただろうか。

 昨夜未明――アリオトの里での戦いに始まり、ここまで歩き通しの上に複数回の戦闘をこなしている。

 探索だけなら丸二日は動けるモリアも、英雄級四人が相手の戦闘となれば体力に不安がなくもない。


「さて、それでは巻物の内容について話すぞ。それは私がセプテントリオンの北部に侵入する際、迷宮の浅層と深層を分かつ境界線を越えた、その手段について記したものだ」

「方法には、いくつか種類があるようですね」

「全部を試したわけではない。私はひとりだったからな。単独行で行ける最も効率の良い道を選んだ」


 巻物の最初に示してあった方法か。

 ただ、モリアがざっと目を通した感じでは――


「いずれの方法を選んでも、せいぜいふたりか三人までが限界では?」

「多数の人員を死なせることなく、迷宮を踏破するのは難しいからな。その場合だと、守護者級の魔物を蹴散らせるくらいの戦力が必要になる」


 グルヴェイグの巻物について――

 これは樹海迷宮の中央部を突破するための手引き書だ。

 そこに記された方法では、人数が多いほど成功率が下がる。参加人数は最大でも三人まで。

 更に、メンバー全員に相応の実力が求められる。


 人海戦術が迷宮攻略に於いて悪手なのは、ここでも変わらないらしい。

 それにしても厳しい人数制限だ。

 七人で樹海中央の境界線を突破したラゼルフ小隊は、力技で無理押ししたのだろう。

 無論、真っ当な人類にそれを真似することは難しい。


「例えば、樹海の東西外側付近まで迂回して進むようなことは可能なんですか?」

「樹海北部は中に入るにしろ外に出るにしろ、必ずその境界線に辿り着く構造になっている。見た目通りの森林ではなく、やはりここは迷宮なのだと再認識させられる現象だ」


 地続きの迷宮なのだから、歩いていけばいずれ端に着くのではないか。

 そう考えてしまう辺りが、樹海迷宮最大の罠なのかもしれない。

 王国がこれまでずっと、北の迷宮を発見できなかった理由でもあろう。


「例外は北壁山脈だろうな。この場所は樹海迷宮の影響が比較的弱く、山脈北側の果てが境界線につながるとは考えづらい。それだと迷宮生成術の限界を超えていることになる」

「山脈北側がどうなっているかは知りませんが、氷海ですかね?」


 グルヴェイグは顎に手を当て思案する。


「それしか考えられないかな。氷海を経由して東方辺境外海から南方海に出ることは、不可能ではないのかもしれない」

「北壁山脈を越えること自体が、迷宮攻略より難しそうに思えます」

「私もそう思う。船で氷海を越えるのも、今の技術では難しいだろう」


 話の途中で下り階段を見つけ、ふたりは二階へと下り立つ。

 巻物の内容については分かった。

 しかし、モリアにはもうひとつ疑問がある。


「何故、この巻物を僕に?」

「君は、このセプテントリオンで一生を終えていいような人物ではないからだ。出来ることなら、その旅路を私も見届けたいものだが」

「……それも、星占いですか?」

「そうだ」


 黄金の魔女は真顔で答えた。

 なんと返したものか分からず、無言で通路を進む。




 それは、交差路を通過しようとしたときに起きた。

 モリアは決して油断していたわけではない。

 一階への下り階段へ向かう道へと交わる、もう一本の道。

 死角になっていたその道の中央に、ひとりの人物が佇んでいたのだ。


 ――こんな近くに来るまで、気付かなかったとは!


 反射的にそちらのほうへ身体を向け身構える。

 半歩ほど遅れて歩いていたグルヴェイグが、その人物に気付いて驚きの声を上げる。


「君は――」


 その人物が何者であるか、改めて問うまでもないだろう。

 石畳の床、中央に堂々と立つその姿。

 ゆるやかに波打つ長い黄金の髪と、その美貌に浮かぶ不敵な表情。

 歳の頃はモリアのよく知る魔術師と――いや、外見の全てが生き写しだった。

 身に纏う魔導服の系統までもがよく似ている。


「――イルゼ!」

「ごきげんよう、おふた方」


 その名を呼ぶグルヴェイグに返されたのは――

 スカートの裾を少し持ち上げ、軽く膝を曲げる優雅な挨拶だった。


 いったいどうやってモリアの索敵を潜り抜けたのか。

 隠蔽魔法などモリアには通じない。

 見た目も来歴も典型的な魔術師であるこの人物が、シェイドにも匹敵する隠形の術を心得ているとでもいうのだろうか。


「不思議そうですわね、()()()()?」


 ――名前を。


 いや……。

 これほどの立ち回りを見せる相手が、自身の名を知っていることくらいは不思議でもなんでもない。


「そう驚くようなことではありませんわ。わたくしにはシェイドの真似事は無理ですし、隠蔽魔法はモリア様にバレてしまいますでしょう? ですからわたくし――」


 イルゼは不敵な表情をゆるめたかと思うと、柔らかく微笑みながらその種明かしをする。


「――おふた方が通りそうな道で、じっとしていただけですわ」


 そんな簡単だが根気のいる方法で、ずっと待ち伏せをしていたというのか。

 しかも、不意打ちをするでもなくあっさりバレている。隠れる意味が無い。


「呼吸の音をどれくらい抑えればいいのか分からなくて、少しドキドキしてしまいました。心臓の音までは、さすがのモリア様も聞き分けられないのですね?」


 ――嘘だ。


 生きている人間である限り、たとえ動かなくてもこの距離でモリアが見逃すことはない。

 やはり、なんらかの術を併用していたはずだ。


 モリアにも見抜けない系統の魔力はいくつか存在する。

 恐るべきは、それを看破した上で的確に術を構成する実力か。

 あと、グルイーザの顔で上品な話し方をされると頭が混乱する。


「イルゼ、君は――」

「少しお待ちください、お母様。まずは、モリア様に話があるのです」


 グルヴェイグは言葉を止めてモリアを見る。

 敢えて返事をせずに様子を見ていたのだが、これ以上は難しいようだ。


「……何かな?」

「あなた、氷壁城の試練を達成する気がありまして?」


 本心を包み隠したところで、この稀代の魔術師から情報を引き出せるとは思えない。

 ここは正直に答えてみるべきか。


「最初は余り興味がなかった。でも今は、竜殺兵器が必要なんじゃないかと思い始めている」

「多分、お考えの通りですわよ」

「君は人の心が読めるのかい?」

「そういうわけではありません。これは――そう、星占いですわ」

「流行ってるのそれ?」

「ふふ……そんなところです」


 黄金の魔女が言うからには、(いにしえ)の占星術か何かの符牒なのだろうか?


「モリア様に知っておいて頂きたいのは、竜を力でなんとかしようとする考え自体が、間違いだということです。あの、ラゼルフ小隊が失敗したように」

「いや、それは――」

「本当は竜殺兵器を取りに行くつもりだったなんて、ただの言い訳ですわ。百年ごとにこんなことを繰り返していても、いつかは失敗する。というより、既に失敗しています。二百年前と百年前、そして今度で三回目――――何回までなら、失敗しても許されるのかしら?」


 対症療法ではいずれ破綻が訪れる。イルゼの言う通りだろう。

 モリアも実はそこが気になっていた。

 でも今までは、それしか手段がなかったのだ。


「封印に二回も失敗してなお世の中が無事なのは、ある意味帝国が滅んだおかげ。竜の力はこの世界の生命の総力と比例しているのです。とりわけ人類の文明は大きな比重を占めていたので、それが退化した今、竜もすやすや眠っている」


 帝国が滅んだことで多くの技術が失われ、文明が退化したことは、論じるまでもない事実だろう。


「でも生命の総力が増えて、竜もそれに合わせて大きくなれば。いずれ両者は世界という器を埋め尽くしぶつかり合い、そして――」


 彼女は両手で球形を覆うような仕草をした後、それを開いて手のひらをこちらに向ける。


「――パァン、ですわ。あなたが破裂させた『気球』と同じですことよ。あれも、失われた技術のひとつですけれども」

「それで、ベネジウスの案なのかな?」

「滅びよりはマシといったところでしょうか。でもわたくし、そんな未来はご免被りたいですわ」


 ではどうしろと言うのだ。


「君は自分の力でそれを解決するために、魔女の力を抱えたまま、私の前から消えたのではなかったのか」


 ずっと黙って聞いていたグルヴェイグが、話に割って入る。


「残念ですけど、もう時間がありませんのよ。誰かに託すのは当然ですわ」

「なら、君の望みと私の望みは矛盾しない。当代の魔女グルイーザにその記憶、差し出してもらおうか」

「嫌ですわ、ぼんくらなお母様の指示に従うのは。わたくし、反抗期でしてよ」

「二百も越しておきながら何を言うか!」

「心はいつでも、イルゼの姿となったときと変わりませんもの。『模倣する影』とはそういうもの」


 そろそろ、このふたりは無視してドニのところへ行くべきかもしれない。

 モリアの出る幕はなさそうだ。


「あら、どこへ行く気ですの。話はまだ終わってませんわよ」


 パチンと指を鳴らす音と共に、意識が急速に遠退く感覚がした。


 ――この僕に、精神魔法を!?


 気配を消していたときといい、いったいどれだけの実力を秘めているのか。

 そして、モリアの意識は闇に閉ざされた。





まどろみの雲(スランバークラウド)……? 馬鹿な! 傀儡の術すら効かなかったモリアだぞ? そんな初歩的な魔法で!」


 倒れ伏したモリアを見て、グルヴェイグは驚愕の声を上げた。


「傀儡師なんかと同列に扱われるのは心外ですわ。あなた、それでも創世の蛇の眷属ですの?」

「イルゼ……私と君に、そこまで力の差など無いはずだ」

「なら覚悟が違うのですわ、半端者のお母様。本物のお母様は、あんなにも強かったというのに……お忘れになったの?」


 実際、忘れてしまっている。

 記憶を引き継いだ魔女は、歳月と共に徐々に力を失っていく。

 それでも本物であれば短命ゆえに生涯現役であることも珍しくはないが、長命種たる今のグルヴェイグはそうもいかない。

 同じく長命種であるイルゼが今なお強いのは、誰にも記憶を引き継いでいないからだ。


 本物の魔女が次代に力を引き継いだか否かは、『模倣する影』である彼女たちにも影響を及ぼしている。

 変化に乏しいドッペルゲンガーの精神すら、長い旅路で疲弊し擦り切れてしまったかのようにさえ思えた。


「本物のイルゼも、君のような捻くれた娘ではなかったがな!」

「今の不甲斐ないあなたが、イルゼを語るのはおよしになって」


 やや怒気を込めてイルゼは言った。


「お母様は一族の継続を、イルゼは竜の終焉を望み――それぞれの『影』たる、わたくしたちに託したのですから」


 ここで和解できるくらいなら、二百年以上も袂を分かったりはしていない。

 記憶を回収する手段は、不完全ながらも構築済だ。

 実力を行使するより他にない。


「そうか……そうだったよな。どうやら私も思い出した」


 しかし魔力を練ろうとした刹那、またもあの感覚に襲われた。

 両足が地面に縫い付けられたように動かない。


「これが本当の、催眠魔法(ヒュプノティズム)というものでしてよ」


 なんという実力か。

 イルゼは本当に、ベネジウスの遥か上を行く魔術師なのだ。

 何か叫ぼうにも口が動かない。

 言ってやりたいことは、山ほどあるというのに。

 魔力を込めたイルゼの右手が、グルヴェイグの顔へと迫る。


 突如――


 何かに反応するように、イルゼはグルヴェイグの前から跳び退いた。


 それは、交差路の奥より飛来した。

 空を斬り裂く音と共に、回転する物体が石畳を砕く。


 両者の間に突き立ったそれは――樹海の樹々を伐採するための、()()()()()


 かけられた催眠が解け、グルヴェイグはその場にたたらを踏む。


「散々エラそうに大物ぶっておきながら……なに苦戦してんだ、グルヴェイグ」


 グルヴェイクは声の主に視線を向ける。

 今日という一日、もう何度驚かされたか分からない。

 それでも彼女を驚かしたいずれの出来事にせよ、その理屈だけは理解できていた。

 だが、最も驚いた今この瞬間。この出来事だけは、全く理解が及ばない。


 その人物が身に纏うは、ライシュタットの開拓服。

 ボサボサの髪に剣呑な目つき、首に提げられるは銀色の認識票――白鉄札(しろがねふだ)

 ディズノールとの戦いで命を落としたはずの、あの開拓者の男。


「な、何故……君が生きているんだ!? ()()()!!」

「あら、お久し振りと言うべきかしら」

「ああん、誰だテメ――なんかお前、グルヴェイグに似てんな?」


 かつてのメラクの里における戦い――

 メラクは総数が多かったため、その男――エリクはメラクの姿かたちをほとんど把握していなかった。

 イルゼの側にしてみれば、七人しかいないラゼルフ小隊の顔を覚えているのは当然のことである。


 絶対的な強者の余裕に満ちていたイルゼの目に、今初めて警戒の色が浮かぶ。


「あなた……不滅者(イモータル)でしたのね? ディズノールはとんだ節穴ですわ」

『然り。このような珍しい挑戦者は――初めて見る』


 イルゼに同意するように、ミザールの声が辺りに響く。

 そんなことは気にも留めず、また石の床に伏すモリアの存在に気付くこともなく、エリクはふたりの魔女に問う。


「ディズノール……あのデカブツか。奴はどこだ」

「さあ、存じません」

「ならテメエがオレの相手になるか?」


 グルヴェイグは絶句したままだったが、イルゼは涼しげにエリクの言葉をいなす。


「謹んでお断りいたしますわ。不滅者と戦うとか、樹海の落ち葉を掃除するのと同じくらい不毛ですもの」


 魔女の足下、その影が急に濃く、大きくなった。

 影は瞬く間に広がり、エリク、グルヴェイグ、倒れたモリアの下へと広がっていく。

 やがて城内の一角は――なんぴとたりとも侵入できぬ、暗黒空間(ダークゾーン)と化した。

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イルゼはイルゼで、メラクらしいような感じがあんまりないけれど、モリアになにかしらの期待は抱いてそうな感じ。なにかまではわからぬけれど。
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