第71話 五大幹部
ライシュタットの大通り、そこにある茶屋の軒先にて――
「ほお……お前は帝国時代からの生き証人ってわけだ。そいつはいいな」
「樹海に引き籠もってたんで、世間のことはよく知りやせんがね……」
シェイドはグルイーザの話し相手をさせられていた。
正直なところ、あまり深く関わりたくない相手ではある。
どう考えてもこの女は、悪名高い黄金魔女の一族としか思えないからだ。
世間一般にはその一族の名は知られていない、が。
かつて帝国の間者だったシェイドにとって、それは盗賊ギルドの幹部たちにも比肩する不吉な名であった。
――王国の時代になって久しいってのに、まだ生き残りがいやがったのか……。
さりとて逃げるのも得策とはいい難い。
機嫌を損ねることのないよう、訊かれたことは洗いざらい喋ってしまうよりなかった。
「しかしドッペルゲンガーというのは、そう無制限に何人もの姿に変身できるわけじゃないだろ? お前のそれは、どういう能力なんだ」
「メラクとしてのあっしは、レプラコーンの姿にしかなれやせん。これは元々のシェイドが持っていた能力なんでさ」
「ふむ……レプラコーンの幻術、あるいは忍びの技……それがメラクの体質と合わさって、これほど強力な変身能力が発現したのか……?」
グルイーザはぶつぶつと考え事をしている。
やがてそれが終わると、視線を持ち上げてシェイドを見た。
「あたしの顔を見たとき、随分と驚いていたな。そんなに見覚えがある顔だったか?」
「まあ……そんなとこでさ」
「どこで見た? 帝国時代の話か、それとも――樹海か?」
「お察しの通り、メラクには姐さんと同じ顔の女がいやすぜ」
「ずいぶん素直だなあ。平和主義者か?」
自分のことをそんなふうに考えたことなどないが、モリアに指摘されるまで己の性格にも気付けなかったシェイドである。
本当は、傀儡の術によって忘れていただけなのかもしれないが。
「ここでシラを切ったところで、ベルーア様にはもう全部吐いちまってんで。喋るのが下手なあっしより、そっちに聞いたほうが早いですぜ」
「あたしはモリアと組んじゃいるが、この街の人間じゃないのさ」
そういう事情だったか。
しかし樹海に飲まれてしまった以上、この街の他に行く宛などあるまい。
今のシェイドと同じだ。
「メラクには力の強い幹部がいるってのがあたしの読みだったが、ご先祖サマがそこに加わってるとは笑えねえな。メラクのボスってな、どんな奴らなんだ?」
「五大幹部と呼ばれる頭目がおりやす。呼び名は……まあ盗賊ギルドの名残りでさ」
「ふむ……ちょい待ち」
グルイーザは手を上げて店員を呼ぶと、茶のおかわりを注文した。
シェイドにも、奢りだからと勧めてくる。
こうした何気ないやり取りからも、王国とは本当に平和なところだったのだと実感させられる。
「じゃ、続きを話してくれ」
「ひとり目の幹部は、《魔剣士》コルサス」
「また有名どころだな。そいつは今の時代でも有名人だぜ。世が世なら大英雄の器、どうしようもなく運が悪くて、盗賊にまで堕ちちまった不遇の男。帝国に大打撃を与え続けた盗賊ギルドの首魁だな。こいつが失脚していなかったら、今も帝国の世だったかもしれない、なんて言われてるくらいのヤツだ」
巷間の言い伝えでは帝政末期の出来事がどのようになっているのか。
興味はあったので、街に来てからのシェイドも軽く調べている。
コルサスの名はすぐに出てきた。
「概ねそんなところでさ。盗賊ギルドの幹部なんてロクな連中じゃないが……コルサスだけはあっしの目から見ても、場違いな男ではありやした。だからこそ、五大幹部の長でもあるわけで」
黄金の魔術師は、考え込むようにうつむき自問する。
「言い伝えが事実なら、平和ボケした今の王国でそいつに勝てるヤツはいない、か?」
「ところが世の中上には上がいやしてね。王国から来た赤毛の剣士にまるで歯が立たず、死にかけやした。コルサスが一方的に敗れちまったんで、メラクも敗走することになったんでさ」
「赤毛の剣士……モリアの身内か」
「へえ、そうらしいですね」
グルイーザは納得したように頷いている。
この魔女にとっても、モリアの身内ならそれくらい出来て不思議はない、ということか。
――モリアの旦那本人は、そこまで強いとも思えないんですがね……。
街で孤立しているシェイドとしても、今モリアに死なれるのは都合が悪い。
出来ることなら、コルサスたちとは遭遇してほしくないものだ。
「そんなに力の差があったのか?」
「赤毛もコルサスと同じ《ルーンフェンサー》だったんでしょうが……相性が悪すぎたと、あっしは見てやす。魔剣士って兵種は、ひとりひとりが全然違う技を使いやすからね」
「コルサスの技、《ワールウインド》は今でも有名っちゃあ有名だが、それを破るような魔剣技か……」
「あっしには分かりやせんぜ。赤毛の攻撃は視えなかったんでさ」
グルイーザは魔剣技に関して、ぶつぶつと考察をつぶやいていた。
やがてそれも終わったので、シェイドは次の話に移る。
「ふたり目は《魔撃手》カイエ。人前には滅多に姿を現さねえし、たまに出てきても常に仮面を付けていて、素顔を見た者はいねえ」
「なんだそりゃ。本物は仮面なんか付けてたか?」
「素顔じゃ戦場で舐められるってんで、付けてたって話も聞きやすぜ」
「あー、それはあるかもな。なんせカイエといやあ――」
魔術師はまたも自分の考察をぶつぶつとつぶやく。
それが一段落するのを待って、シェイドは続ける。
「三人目、《傀儡師》ベネジウス。こいつが一番恐ろしい。恐らく近付いただけで心を操られちまう。近付くべきじゃないし、関わらないのが一番でさ。こいつを倒すのは無理ってもんだ」
「そういう相手に滅法強そうなヤツをひとり知ってるけど。まあいいや、次」
「四人目、《鬼人》ディズノール」
「そいつは魔法だとか、特殊な搦め手とかは持ってないって話だが」
「間違いありやせん」
「純粋な戦士か。レミーやタコのおっさんと、どっちのほうが強いかな……」
レミーというのは、特例第一小隊に所属するアリオト剣士の名であろう。
タコという人物には心当たりがなかったので、そこは聞き流した。
「ここまでの四人はまあ、どいつも有名人だな。吟遊詩人の歌の題材にもなってるし。でも、最後のひとりは全くの無名。そうだろ?」
「へえ、《黄金の魔女》イルゼ。そいつが五人目で。正直に言えば、あっしは黄金魔女の一族を元から知ってやした。でも十一代目の存在は、こいつに会うまで知らなかった」
「十一代目は、今のあたしと同じくらいの歳の頃に死んじまったと聞いている。ニセモノが出回ってるってな、初耳だが」
メラクの幹部たち――彼らはラゼルフ小隊には敗れている。
とはいえ、モリアやグルイーザたちにとっては手に余る相手だろう。
魔女の目は鋭さを増した。
「で、イルゼ。そいつ強いの?」
「よく分からないんでさ。メラクの里が滅ぶときでさえ、誰も戦ってる姿を見てやせん。ただ、コルサスやディズノールが生きて戦場から離脱できたのは、イルゼのおかげらしかったそうですが」
「カイエやベネジウスは前列で戦うタイプじゃないから、自力で逃げられたってことか……」
グルイーザは身体を半ば横へ向けたまま、足を組んでテーブルに肘をつき、横目で宙を睨む。
実に態度が悪い。
イルゼと似ているのは外見だけだ。
どちらが盗賊ギルドの幹部に見えるかといわれたら、この女のほうだと思ってしまいそうである。
「……じゃあそうだな、イルゼはどんなヤツだった?」
「顔は姐さんと同じなんですがね。話し方が馬鹿に上品なんでさ。今こうして姐さんと話してても、同じ顔でそんな話し方されると頭が混乱するというか――」
「それだとまるで、あたしの話し方が下品と言ってるみたいに聞こえるが?」
――ち、違うってえのか……?
シェイドは二の句を継げなかった。