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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第三章 過去から未来へ受け継がれるもの
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第70話 傀儡師

「僕はやっぱり、仲間に掛けられた催眠をなんとかしたいと思います」

「あの術は放っといてもそのうち切れるぞ」

「それまでドニが生きていればいいけど……」

「短期的で強力な催眠をすぐに解除したいのなら、それこそ術師を殺すしかない」


 術師が直接影響を及ぼしている場合なら、術師の命を奪うだけでいいということか。

 ふと、疑問が浮かぶ。


「ベネジウスが死んだら、メラクたちも正気に戻るんだろうか?」

「長期的な洗脳は抜けるのも時間がかかる。価値観を破壊するような切っ掛けでもない限り、ずっとそのままかもな。メラクのような集団の場合は同調圧力も相まって思考能力を奪う。そこまで至るともはや魔法でもなんでもない。人の心を操り動かす傀儡(くぐつ)の術の真骨頂というわけさ」


 確かに恐るべき術だが、絶対的支配というわけでもないように聞こえる。

 集団心理を利用したものであれば、シェイドのような異端者が残ってしまう余地もあるということか。

 初めて会話したときのシェイドは随分呆然としていた様子だったが、何か価値観が破壊されるようなことでもあったのかもしれない。


「下手な欲を出すのは、やめておきたまえよ」


 モリアの考えを見透かすかのように、黄金の魔女は忠告する。


「人間はアールヴよりも短命で、ドヴェルグよりもか弱き存在。だからというわけではないが、たまに常軌を逸した英雄が生まれることがある。たとえば……そうだな、君はいくつだ?」

「十五です」

「上には上がいるのだ。君はその十五歳という(よわい)の割に大した腕前だが、この世には僅か十二歳で初陣初勝利、そのまま将軍になって連戦連勝みたいな――正真正銘、早熟の怪物とでも呼ぶべき存在だっていたわけだからな」


 その話は知っている。有名な昔話だ。


「それ、実話なんですか? 生き証人のあなたが言うなら、詩人の歌よりは信憑性ありそうですけど」

「直接それを見たわけではないが。数多の戦場の勝敗が、その怪物の登場で引っくり返されたのは……恐らく事実ではある」


 グルヴェイグは、遠い昔を懐かしむように目を細めた。


「まあ、強さだけが英雄の全てではない。どちらかといえば、厄介ごとに巻き込まれやすい体質こそが、英雄の条件ともいえる」

「確かに、負けて死んだけど人々に愛される英雄とかもいますからね」


 モリアはその飛礫(つぶて)の特技を見た者から、伝説上の投石の達人――すなわち投石術の英雄を引き合いに出されることが度々ある。

 物語などで人気のその英雄も、若くして死んだとされているのだ。

 そうした儚さも、人々の心を惹き付ける要素のひとつなのだろう。


 長話もここまでだ。

 頭の中の地図を参照し、下り階段の方角へと目を向ける。


「では、僕は仲間の様子を見に行きますので。それじゃ」

「待ちたまえ、私も行こう」

「ベネジウスが近くに潜んでいるかもしれませんよ?」

「君と手を組むと言った以上、多少の危険は分かち合うさ」


 真意は測りかねるが、グルイーザに似て誠実な性格のかもしれない。

 グルヴェイグと共に再び階下へと向かう。




「そういえば、あなたも四方竜が目当てで樹海に来たんですよね。この城には竜殺兵器を探しに?」

「もうそんなことまで調べが付いているのか。とても昨日今日セトラーズになった者とは思えないな」

「人から聞いた話です。でも僕にはどの辺りまでが本当のことなのか、さっぱり分かりません」


 そして、ラゼルフから聞いた断片的な情報を彼女に話すことにした。

 ただしフィムのことについては、北の迷宮と直接関係はないので黙っておく。


 迷宮支配者にして四方竜がひとつ、《白氷竜》ドゥーベを封じる武器が竜殺兵器。そしてその管理者がミザールである。竜殺兵器は人類にしか扱えず、管理者のミザールでも扱うことは無理だということ。


 ドゥーベは一度消えたが死んではおらず、そもそも四方竜は死ぬことがない。帝国が滅んでから、長らく四方竜は放置されていたという。本来なら、迷宮活動期の度に然るべき処置をしなければならなかった。


 四方竜は人類のみならず、あらゆる生命を滅ぼすことを目的とする存在。四方迷宮は彼らに捧げられた城であり、セトラーズは彼らを育む餌であり生贄だったということ。


 帝国の意図は不明だが、竜におもねることで滅びを遅延させる狙いがあったのかもしれない。


「だいたい合ってる」

「合ってるの!?」

「しかし帝国の動機……意味合いが多少異なるな。()()()はそもそも人類が抑え付けられるような存在じゃないんだ。デカい迷宮を造ってそこに封じよう、なんて理屈は普通なら通用しないのさ」


 ――ふむ?


「竜にとって都合の良い空間と都合の良いエサを、かの存在に差し出し支配者として望むままにさせる。そこの住民である迷宮守護者や魔物たちでは、決して迷宮支配者を倒せない。そうした条件付け――縛りを経ることで、初めて竜を封じられる可能性が出てきたんだ」


 グルヴェイグの言わんとするところが分かってきた。

 術者に不利な条件を課すことで、より強固な呪いを生成する。呪術の基本にして奥義。

 迷宮守護者が竜殺兵器を使えないのは、それが理由か。


「伝説で語られるような竜と、(くだん)の竜は別物なのさ。厳密には、その圧倒的理不尽な存在に対し『竜』と呼称したに過ぎない。計画を実現するためには、『竜』を四つに分割する必要すらあった」


 四つ。それはつまり四方迷宮それぞれに君臨する――


「物理的に切り刻んだわけじゃないぞ。その竜には形なんか無い。帝国の術師たちは良くやったよ。白氷竜ドゥーベというのはな、四分割された『竜』のひとつを実体のある存在として、人類が抵抗し得る形に具現化させた、その結果の姿なんだ」


 ――ドゥーベには元々、形など……無い?


 ザジは以前、アリオトの里近くで白竜が目撃されたと言っていた。

 その後、北方草原で討たれたというドゥーベ。

 この城で見たものの意味。そして、形の無い存在。

 それらの情報は、モリアにある仮説を浮かび上がらせる。

 形は無い……が、ドゥーベという存在自体はひとつだけだ。


 ――だから、あんな不可解な動きを?


 それを考えるのは後だ。

 モリアは何かの気配に気付いたように立ち止まった。

 通路の奥をじっと見据えている。

 モリアとの付き合いが浅いグルヴェイグは、それが危険な兆候であることに気付けない。


「どうした?」

「……まるで、見てきたように言うんだなと思ってさ」

「私の代では、まだ過去の魔女たちの記憶があったからな。ここは宝物を仕舞うための迷宮なんかじゃない。『竜』を収容するための監獄(ダンジョン)なのさ」


 人類の天敵ともいえる絶対者、力の象徴がドラゴンだ。

 それでも、形の無いよく分からない存在よりはマシということなのかもしれない。

 世界に普遍的に存在する、見えざる神の如き力に対抗せよと言われたらどうしようもない。

 四方竜という名と形を与えることによって、辛うじて対抗する取っ掛かりが出てくるということか。


「セトラーズは、じゃあ本当に帝国が差し出した生贄だと?」

「四方迷宮を形造る術式の上ではそうだ。だけど――」


 グルヴェイグは、自問するようにつぶやいた。


「帝国の連中は、望みを託していたんじゃないか? 『竜』に形を与え、抵抗し得る存在にしたのは、いったい誰のためだ? 竜殺兵器とは、誰が使うために造られた?」


 考えるまでもない。

 迷宮深層にまで来れる者がいない以上、それを使えるのは――


「それを使えるのはセトラーズのみ。続きは余が話してやろう」


 突然会話に割って入った男の声。

 グルヴェイグがはっとしたように顔を上げる。

 今モリアたちが向かっていた場所。水路のある階層を一階と仮定するならば、現在地は三階に当たる。

 予想より少し早く遭遇してしまった。


 グルヴェイグは避けて通るよう忠告してくれたが、特定の敵を見つけ出すのが難しいのと同様に、特定の敵に出会わないよう進むのもまた難しい。

 老齢の魔術師然とした男が、行く手を遮るように通路の奥から歩いてくる。

 会話するにはやや離れた距離で男は立ち止まった。接近戦は好まないのだろう。


「随分と見覚えのある顔の女だ。連れの小僧は見ない顔だが、着ている服はよく覚えているぞ」

「君は……ベネジウスだな」

「竜殺兵器か。そのようなくだらぬものを探しに、こんな場所までご苦労なことだ」


 いったいどこから話を聞いていたのだろうか。

 もし遠くの声を聞くような魔法があるのならば、モリアよりも広大な範囲を索敵できるに違いない。


「くだらない? それがなければいずれメラクも、君たちが滅ぼしたセトラーズと同じ命運を辿るというのに?」

「確かにメラクは全てを殺してしまう。もっとも、そう仕向けたのも余ではあるのだが」


 ――質問をするのは、まだ早いか。


 ベネジウスとの会話をグルヴェイグに任せ、モリアは黙って話を聞く。


「傀儡の術で同胞を操っていたと? 私には(ゆる)やかな自滅に見えるな」

「余は話相手がメラクしかおらぬことに飽いておった。もう少し深い事情も教えてやろう。余に他のセトラーズを殺せと命じたのは、《白氷竜》ドゥーベに他ならん」

「…………。いや、そうか。だから名前が『メラク』なのか」


 ドゥーベが意思疎通できる存在だったということも、注目すべき点ではあるが。

 グルヴェイグとベネジウスから聞いたそれぞれの情報を合わせると、次のような関係が浮上する。


 北方の伝承にある七つ星。

 天枢(ドゥーベ)天璇(メラク)天璣(フェクダ)天権(メグレズ)玉衡(アリオト)開陽(ミザール)揺光(アルカイド)

 それらに因んだ名を持つ迷宮守護者とセトラーズ。


 メグレズは《神樹》フェクダに導かれ、アリオトはミザールに導かれた。

 そして、メラクは《白氷竜》ドゥーベに導かれたセトラーズだった。

 迷宮支配者として他の守護者とは一線を画す存在。セトラーズを喰らう立場であるはずのドゥーベが、セトラーズを導くということが盲点だったのだ。


 喰らうといっても物理的に食べるわけではなく、迷宮にやって来た新たな生命を奪うだけでいい。

 命は循環して迷宮を――つまりはドゥーベを支えるのだから。


 この話には七つ目の星である《揺光》が欠けている。

 が、星の名前自体には別に意味がないので、そこは問題ではない。

 むしろモリアが気になるのは《白氷竜》や《神樹》といった、二つ名のようなものがミザールにだけは無いことだ。

 それがあれば、ミザールの正体に見当が付いたかもしれないのだが。


「人類の天敵の軍門に下る。そのような危うい提案が受け入れられるはずもない。だから君は全ての同胞を洗脳したんだな」

「全てではない。余を含めて五名のメラクが、直接ドゥーベに導かれておる。雑兵どもにしても、半数は勝手に流されておるだけだ」


 五名。メラクの五大幹部。

 そこは気になるところだ。モリアは初めてベネジウスに話しかけた。


「では五大幹部というのは、あなたに操られているわけではないと?」

「ん……? 無論、余の催眠に掛からぬ者などいない。が、奴らを催眠に掛けるのは骨だし、そもそも同志なのでそんなことをする必要がない。それに余は魔撃手が苦手でな。対立するなど割に合わぬのだ」


 モリアが質問することが意外だったのか、あるいはつまらぬ質問と感じたか。

 ややぞんざいな調子で返された。

 それこそが、ベネジウス自身の隙とは気付かずに。

 狩りの獲物を見つめる目で、モリアは思考を重ねる。


 ――《ルーンシューター》が苦手?


 ベネジウスは同じ五大幹部のひとり、カイエに苦手意識を持っているらしい。

 ラゼルフ小隊の魔撃手(ルーンシューター)、ティーリスにも恐らく歯が立たなかったのだろう。

 催眠魔法(ヒュプノティズム)の射程距離の問題だと推測できる。


 せっかく判明した弱点も、こう近付かれてしまっては意味も無いが。

 ここはもう傀儡師の間合いなのだ。

 また距離があったとして、通常の弓矢や投石で仕留められるような相手でもないだろう。

 弱点を補うよう対策するのは、この水準の使い手であれば当然のこと。


「君たち五大幹部がそこまで愚かだったとはね。そうして行き着く先は自身の破滅ということに、なんら代わりはないだろう?」

「余らが本当に、あのような化け物を信奉しているとでも思ったのか」


 意外な返答だ。

 しかしグルヴェイグはそれも予想の範疇だったのか、表情を動かさない。


「かの四方竜が封印されることもなく、ああも力を削られることがあろうとは。恐るべきはラゼルフ小隊、奴らは実に良い仕事をしてくれた。今こそ、ドゥーベの力を余の手中に収めるとき」

「馬鹿なことを。四方竜がそれしきの存在なら、先人たちも苦労はしない」

「試しもせずに何を言う。余はそのためにミザールの力を借りに来た。竜殺兵器などに用は無い」


 どこまで本気なのだろうか?

 本人よりも、あちらに聞いたほうが早いかもしれない。


「ミザール、そんな願いもアリなの?」

『構わぬ。が、我の用意する報酬は機会を与えるところまで。結果は知らぬ』


 ミザールから返事があった。

 いったいこの迷宮守護者はどういう立場なのか。

 ベネジウスの言うことが実現できるとは到底思えない。しくじれば竜を封印できない。

 その結果は、ミザールにとってどうなのだろう。


 ベネジウスは物語に出てくるときと同様、悪役黒幕の如き男だった。愚かしい欲望を持つ辺りまでそっくりである。

 いや、現実の彼のほうがなお酷い。

 それでもモリアは――こう考えている。


 ――ベネジウスの目的、見方によってはなかなか面白い発想だな。


 もしかしたら、ミザールもモリアと同じように考えているのではないか。

 ミザールは竜殺兵器の管理者。竜を封じる役割といっていい。

 それが何故、対立するような目的の者にまで試練を受けさせるのか。

 誰にでも公平に試練を受けさせなければならない。

 そういう縛りを持つ迷宮守護者だとしたら、それだけのことではあるのだが。


 一方で――

 グルヴェイグは、会話をしながらも常に仕掛ける機会を窺っていた。

 催眠魔法に掛かる前に、一瞬で相手を仕留めなければならない。

 モリアがミザールとの会話を始めたとき、ベネジウスの意識は明らかにそちらに向いた。

 その好機を逃さず、静かに練り上げた魔力を解放しようと――


「馬鹿め。とうに掛かっておるわ」


 ベネジウスに対して明確な攻撃の意思を持つと同時、グルヴェイグは身体の自由を失った。

 恐怖に引きつる表情のまま、彫像の如く沈黙する。


「言うまでもなく小僧、貴様も同じ術に掛かっておる。どうする? 余を攻撃しようとさえしなければ、生き延びることも可能かもしれぬぞ」


 その目に嗜虐的な光を宿し、ベネジウスは口元を歪めた。


「だが、ただで見逃すとは言わぬ。その魔女を殺せ」


 ベネジウスはモリアに交渉しているわけではない。

 彼の発する言葉のひとつひとつが、人の心を操り動かす傀儡の術なのだ。

 ドニに対しても、似たような『命令』をしたのだろう。


 モリアの右手が――その意思とは無関係であるかのように、不自然な動きでショートソードを抜く。

 そして、音もなく素早く動いたモリアの手によって、小剣の切っ先は人体の正中線を正確に刺し貫く。

 哀れな犠牲者は、自分の胸に深々と突き立った小剣の柄を見て、驚愕の声を漏らした。


「な……ぜ…………どうし――――」


 恐怖に見開かれた目を凍り付かせたまま、()()()()()()絶命した。


「悪いけどその手の術、僕には効かないんだよね」


 これでドニに掛けられた催眠も解けるはず。

 ショートソードを引き抜き血を払う。老魔術師の死体は仰向けに倒れた。





 ベネジウスが倒れたと同時に、傀儡の術が解けたグルヴェイグはバランスを崩し、その場にへたり込む。

 彼女は床にくずおれたまま、力なくモリアを見上げた。


「な、なんだ今のは――傀儡の術を跳ね除けるほどの魔法抵抗力(マジックレジスタンス)、君はいったいどうやって身に付けた?」

「特別なことは何も。これは生まれつきです」

「生まれつきだって? それではまるで――」


 言いかけてふと、グルヴェイグは眩しさに目を細める。

 突然降ってきた光に、しかしモリアは気付いていない。

 黄金の魔女はモリアの頭上、天井よりも更に遠くを見上げるようにして固まった。

 彼女が星占いと(うそぶ)いて(はばか)らない、超常の力――予知能力。

 グルヴェイグの目にのみ、その光は視えている。


揺光(アルカイド)……」


 七つ目の星――その輝きがモリアを照らす、未来の光景を。

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