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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第三章 過去から未来へ受け継がれるもの
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第69話 先祖返り

 ライシュタット開拓者組合――

 そのカウンターには、人が寄り付かず閑散とした一角がある。

 生物を射殺せそうな眼光で周囲を睥睨(へいげい)する禿頭の大男、ギルターの座る受付がそれだ。


「ギルターの旦那、アレは違いやした。ただのコソ泥でしたぜ」


 珍しくもその前に座っているのは、小太りの見すぼらしい開拓者。

 その男は、見慣れぬ黒鉄札だった。

 風采の上がらない薄い髭以外は特徴に乏しい顔。

 従来の特例開拓者制度は廃止されたのだから、黒鉄札に新顔が増えるはずもない。

 志願特例とかいう物好きを除けば、だが。


「殺しの捜査をしている家に盗みに入ったってのかよ。紛らわしい……」

「そっちの事件も、第二小隊が解決しそうではありやすね」


 この男、メラクのシェイドである。


 モリアと出会ったときの小妖精レプラコーンの姿ではなく、街の人間に擬態している。

 開拓者組合で彼の正体を知るのは、モリアとエメリヒ組合長、ギルターのみ。

 (しの)びとしての諜報能力を、街で起こる事件の捜査解決に活かしてはどうか。という適当な提案をしたのはモリアだが、当面はギルターの預かりとなっている。

 モリアと共に行動すれば、どうしてもメグレズやアリオトとの接触は避けられない。


 メラクである彼を囲っている現状が発覚すれば、ライシュタットの政治的信用に関わるかもしれなかった。

 そういったことを街の上層部のどれだけが理解、把握しているかは疑問ではあるが。

 元より王国には、投降や亡命をしてきた敵兵を無碍に扱う気風がない。メラクに直接の恨みがあるわけでもない。むしろ拠点を滅ぼされたメラクのほうが、自業自得とはいえ王国に対する恨み骨髄であろう。

 ラゼルフ小隊が勝手にやったことだし、その事実を知らないなどといっても、メラクからすれば言い訳にもなるまい。


 しかし当のシェイドはといえば。


 ――メラクはどう考えても、おかしくなっちまってやしたからね……。


 群れを離れた今だからこそはっきりと分かってくる。

 催眠魔法(ヒュプノティズム)――

 自分も確かに、その影響下にあったのだと。


 ならばメラクの五大幹部のひとり、《傀儡師(くぐつし)》ベネジウスこそが全ての元凶なのだろうか。

 だが、他の四人がベネジウスにおもねるような気配は一切無かった。諜報の頭目だったシェイドからみても、そこは間違いないはず。

 それに、五大幹部の長は《魔剣士》コルサスだ。ベネジウスではない。




 組合の建物を出たシェイドは、街の通りをうろついていた。

 樹海に二百年住んでいた彼からすれば、もはや知らない文化、知らない世界といっていい。

 しかし、意外にも文明は発展していない。むしろ帝国時代より退化しているフシがある。

 建物の規模や住民の衣類が特に顕著で、辺境の田舎街ということを差し引いても、少し見窄(みすぼ)らしい印象があった。


 昔読んだ書物では『百年後の帝国予想』と題して、文明が大きく発展した世の中の予想図が描かれていたが。それらの予想は全くの的外れだったということになる。

 帝国が滅んだことで、失われた技術も多かったのだろうか。


 モリアから仕事の斡旋をされたとき、知らない文化の中で揉め事の解決を手伝うなど無茶だとは思った。

 が、客観的に距離を置いて見ているからこそ、見えてくるものもある。

 そうして事件を解決し、受け取った報酬は街の運営資金――すなわち税金から支払われていた。

 実に二百年以上の歳月を経て、再び権力側の駒となったシェイドである。




 あまり周囲の人間と目を合わせぬよう、うつむき加減で歩く。

 ふと、街ゆく人々の中に妙な気配を感じた。


 ――あれは……?


 いや……気配がするのではない。

 逆にそこだけ気配を感じない。

 フードを目深に被った、ローブ姿の人物が確かにそこを歩いているのにも(かか)わらず。


 ――隠蔽魔法……!


 フードの中の視線と一瞬かち合った。

 慌てて目を下に逸らす。

 だが遅かった。ローブの人物はこちらに気付き向かってくる。

 更にシェイドの行く道を塞ぎ、声を掛けてきた。


「お前だな。モリアが見逃したメラクってのは」


 この女は――

 メグレズの里近くでモリアたちと戦った際、あの場に居た魔術師ではないだろうか。


 ならば自分の正体は知られているのだ。下手な演技をする必要もない。

 あのときは遠くから気配を探っていただけで、はっきりとその姿を見たわけではない。

 うつむいた視線をゆっくりと上げたシェイドは、今始めてその顔を間近で見た。


「…………!」


 そして、シェイドの心は凍り付く。

 地味なローブを着込んでいたので、今この時まで全く気付かなかったのだ。

 フードの中から覗くその顔は――


「ま、まさか……」


 背丈から外見年齢まで、何もかもが記憶の中のそれと同じ。

 その顔は、メラクの五大幹部がひとり――《黄金の魔女》のものに相違なかった。





「こいつは驚いた。君にはそれが分かるのか」


 正体を見抜かれたグルヴェイグは、おどけたように言う。

 仮にモリアがメラクの気配を読めなかったとしても、これほど怪しい人物はいない。

 何しろ顔がグルイーザとほぼ同じ、彼女をそのまま大人にしたような外見なのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()ので、さすがにグルイーザに化けるのは無理だろうが。


 ――さて、どう出る?


「だがね、モリア」


 黙って様子を見るモリアに対し、彼女はこう切り出した。


「私は君のいうメラクであって、メラクではない」


 謎掛け(リドル)のようなことを言う。

 この期に及んでまだ誤魔化し続ける気なのだろうか。


「アリオトは昔からそう名乗っていたようだが、メグレズとメラクは違う。メラクというのは北の伝承にある天璇星(てんせんせい)の別名だね。恐らくは樹海迷宮に来てから名乗っている名前だろう」

「……興味深い話ですね」


 素直にそう思った。

 その昔、樹海迷宮に飲まれた小妖精ブラウニーの一族は――天璣星(フェクダ)に導かれて生き永らえたため、天権星(メグレズ)を名乗るようになった。そういう話なのだろう。


 グルヴェイグは慌てるでもなく、殺気を向けてくるでもない。

 その話し振りは理知的ですらある。

 モリアの知るメラクとは、似ても似つかなかった。


「私の言いたいことが分かるかな?」

「メラクというのは種族の総称ではなく、ドッペルゲンガーの(いち)集団でしかない。あなたはドッペルゲンガーだが、メラクではない」

「素晴らしい」

「それを信じろと?」


 グルヴェイグはがっかりしたような表情になると、黄金の髪をぼりぼりと掻く。


「身の証までは、立てようがないからねー」

「まあ、今はそれでいいでしょう。代わりに、あなたの元となった本物のグルヴェイグ。それがいったい何者なのか、説明してもらえます?」

「交渉が上手いな、君。では改めて名乗らせてもらおう。私は神代の昔より知識を受け継ぎ、未来へと伝えし者。創世の蛇の眷属にして、十代目《黄金の魔女》グルヴェイグ」


 説明する意思が全く感じられない、大げさな名乗りに閉口する。

 創世神の子孫とか言っているが……神殿の人間に聞かれでもしたら、魔女裁判にかけられ火炙り待ったなしだろう。

 ただ、偶然にもモリアの知る情報が、その名乗りの中に含まれていた。


「十代目? ああ、《聖女の鉄鎚》の人……」

「えっ? なんで君そんな術知ってるの?」


 その問いを無視したまま、モリアは考える。

 グルヴェイグというのは、どうやらグルイーザの先祖のことで間違いないらしい。


 神殿から目の敵にされていたという情報とも――かなり馬鹿げた理由ではあったものの一応は一致する。

 世の中には自分を神の子孫と信じて疑わない人がたまにいたりはするが、声に出して言ってしまうのはかなり問題がある。

 グルイーザも口に出さないだけで、本当はそう思っていたりするのだろうか?


 だとすれば、彼女がテオドラ王女に対してぞんざいな態度を取るのも頷ける。

 王室も創造神の子孫を自称しているからだ。

 そもそも、王国が帝国に反旗を翻す大義名分がそれだったのだ。神殿も共犯である。今さら引っ込みはつくまい。


 グルヴェイグの顔がグルイーザに似すぎていることは不自然ですらあるのだが、以前グルイーザは「先祖代々同じ顔」なのだと証言している。

 まるでドッペルゲンガーのようだと思ったものだが、本当にドッペルゲンガーが出てくるとは。


 ――グルイーザは人間、だよなあ?


 少なくともグルイーザから、メラクの気配はしなかったはずだ。


「君、もしかして当代の魔女を知ってるのか?」

「さあ? その人、先祖代々ドッペルゲンガーだったりします?」

「そんなわけなかろう。グルヴェイグは帝政末期に実在した人間の魔女だ」


 ()()()グルヴェイグは呆れたようにそう返すと、背を曲げてモリアの顔にずいと自分の顔を近付ける。

 警戒すべき動きかもしれないが、無防備なのはむしろ顔だけを突き出しているグルヴェイグのほうだ。


「……どうだ、あの子は? 私に似て美人だろう」

「は? ええ、まあ」

「やっぱり知り合いなんだな」


 ――しまった。


 今のやり取りのせいで、後でグルイーザに怒られたりはしないだろうか?

 何も与えずに情報を引き出すのは難しい、そう言って納得してもらうよりないか。


「どうも君は黄金魔女の一族と縁があるようだな。ならば私の身の証の代わりとして、彼女たちが如何なる一族なのか説明してやろう」


 ――いいのか?


 とは思うものの、好奇心には勝てない。

 教えてくれるというのであれば、聞こうではないか。


「君は『先祖返り』という現象を知っているか?」

「親には似なかったけど、祖父母には似てたっていうあれですか?」

「祖父母には限らない、かな」

「あとは……物語に出てくる皇帝なんかが、初代皇帝の再来とか言われたりしますね」

「為政者がたまに言うあれは、まあハッタリだろうね。大昔の先祖がどんな人だったか、誰もはっきりとは分からないから言いたい放題だ。長命種から見れば、真実か嘘か分かってしまうこともあるけれど」


 先祖返りは人間に限る現象というわけでもないのだろうが、グルヴェイグが言いたいのはそういうことではないだろう。


「つまり長命種であるあなたから見ても、黄金魔女とは度々『先祖返り』を起こしてる一族であると?」

「度々、どころではない。一世代にひとりは必ず現れる。魔女が子を持たずとも、近い血筋の者から現れるという徹底ぶりだ。顔が似ているだけでなく、強力な魔法の素質を持って生まれてくる」

「そういう魔術なんですか?」

「多分そうだが、子孫たちもこれがどういう仕組みなのか分かっておらず、誰にも再現は出来ない。先祖返りたちに出来るのは新たに生まれた魔女に、一度だけ自身の知識と記憶を継承することのみ」


 先祖返りとしての身体に備わった素質。

 そして知識と記憶の継承。

 グルイーザが歳の割に熟達した魔法の技術を持つのは、それが理由か。

 でも、それにしては――


「その継承って、そこまで完全な形ではない?」

「元々そういうものだが、魔女の系譜は帝国滅亡時に一度大きく断絶しているのさ。私はそれを取り戻したい――いや……どうなのかな」


 帝国滅亡時に多くの資料が失われ、近年まで魔術師家業を廃業していた。

 グルイーザの証言とも一致する。

 本当は資料が失われたのではなく、記憶の引き継ぎがおこなわれなかった世代が存在する、ということではないだろうか。

 魔女の記憶はいったん白紙に戻り、グルイーザが持つのは王国世代以降の知識なのだ。


「学術的な意味では、それを取り戻すことに価値はありそうですけどね」

「それは君の言う通りだろうな。ただ、時と共に私の情熱は薄れてしまった。セプテントリオンに来たのも四方竜の様子を調べるためであって、()()を見つけてしまったのは偶然なんだ」


 四方竜――ここでもその話か。

 それに迷宮の外から来たなどと簡単に言ってくれるが、いったいどうやって?

 樹海迷宮の縦断はラゼルフ小隊が達成しているが、あれだけの戦力を揃えるのは余人に真似の出来ることではない。

 そして、彼女の言う『それ』とは黄金魔女の記憶に関することか。何を見つけた。


「さあ、私は充分すぎるほど話したぞ。これ以上を聞きたいのならば、君のことも教えてくれたまえよ」

「僕はセプテントリオンのセトラーズです。今の迷宮活動期で飛ばされてきたので、つい先日まではただの王国民でしたが」

「ん? 何処かの街でも飲まれたのか? ……いや、その服。まさかライシュタットが?」

「そうです」


 グルヴェイグは考え込んでいる。

 互いの情報を合わせることで色々と見えてくるものがある。

 モリアにしても同じことだ。


「……氷壁城に来たのは調査の一環か? それとも試練を受けに?」

「試練に巻き込まれたのはそれこそ偶然です。今僕が解決しなければならないのは、仲間の催眠を解くこと。メラクの術師に心当たりはありませんか?」

「知ってるぞ。《傀儡師(くぐつし)》ベネジウスだな」

「…………! それは、また」


 その男を英雄と呼んでいいものかどうか。

 物語の中では敵役黒幕こそが似合う、ある意味悪役としては人気の大物だ。


「メラクの五大幹部のひとり。アレには勝てないかな……私もどうにかしてアレを避けつつ目標を仕留めたいが」

「五大幹部……他の四人の名前を聞いても?」

「ひとりは君も会っている《鬼人》ディズノール。それから《魔剣士》コルサスに《魔撃手》カイエ。ここらは有名どころだ。君なら知っているだろう?」


 なるほど、シェイドの見立て通りだ。

 メラクの幹部たちはモリアよりも強かろう。

 伝説が事実ならば、いずれもモリアの敵うような相手ではない。

 ただ、それだけの英雄たちを揃えていながらも――


 ――それでもメラクは、ラゼルフ小隊に敗れた。


「最後のひとりは?」

「五人目は全くの無名。歴史の表舞台に立つことのなかった存在だ。そしてその五人目が、私の標的でもある」


 では、そのドッペルゲンガーこそが。


「十一代目《黄金の魔女》イルゼ。私の――娘だよ」




 実の娘ということではなく、本物のグルヴェイグの娘――そのイルゼのドッペルゲンガー。

 そういう意味であるらしい。


 そうなると、本来はひとつの時代にひとりであるはずの黄金魔女が、この時代には三人もいることになる。

 グルイーザの有り難みが急速に薄まった、などと言ったら本人に殴られそうだ。


 世の中には、同じ顔の人間が三人はいるのだったか。

 元々はその言い伝えこそが、ドッペルゲンガーと呼ばれる現象のことである。

 実在するドッペルゲンガーを見た者から、そうした説が伝承として広まっていったのかもしれない。


 伝承には続きがある。

 自身と「同じ顔の存在を見たとき」は――「その人が死ぬとき」なのだと。

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― 新着の感想 ―
不穏な引きは、グルイーザとイルゼが出合ってしまうということなのか。しかし、グルヴェイグとイルゼが出合っても危険なような?パッと見、同じ顔が三人いると混乱しそうねぇ……
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