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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第三章 過去から未来へ受け継がれるもの
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第68話 鬼人

 ドニを撒くため、階段を上り移動を続ける。

 あまり上階に移動したくはなかったが、結果的に追い込まれてしまったともいえる。

 メラクの催眠術師が本当に存在したとしても、それを特定し、狙って追うことはグリフォンの呪符を用いても不可能なこと。

 ならどうするのか。


 ――この城にいるメラクを、片っ端から倒せばいい。


 好戦的なメラクのことをいえぬ、極端な結論だった。

 仕掛けてきたのは向こうの側だ。文句は言わせまい。


「ミザール、メラクの居場所を聞いてもいいか?」


 返事は無い。


「なら、手っ取り早く他の挑戦者に会うにはどうすればいい」

『上階を目指せば、汝の望みは叶うであろう』


 自ら試練に飛び込んでいく方向であれば、あっさりと返事を寄越すようだ。

 現金なものである。


 更に上階へと進んだ。

 頭の中の地図に従い、気になっていた場所へ向かう。

 城内にはいくつか、尖塔の内部であろうと思われる円形の部屋がある。

 そのうちのひとつに着くと、出入り口の外から部屋の内部を観察した。


 ――床のごく一部……何箇所かに、発光石以外のものが使われているな。


 分かりやすい目印、とでもいうべきだろうか。

 確信があるわけではないが、一応覚えておくことにする。

 部屋から立ち去り、通路の奥へと進む。


 曲がり角の先から、強めの光が射す場所へと着いた。

 今までの場所よりも空気が冷たく、少し流れてもいる。


 ――外の光か?


 進んで覗き込んでみれば、やはり複数の窓がある。

 しかも、今度は氷で埋め尽くされてはいないようだ。


 モリアの考えでは、上階に行くほど城は氷に覆われているはずだった。

 水路と大広間があった場所を一階と考えても、現在地は城壁よりも高い場所と思われる。

 窓からは近くにある他の建造物が見えているし、氷で塞がれているにしてはやけに光が強い。


 ――もしや……。


 窓に近付き、身を乗り出す。

 そこは高い建造物に囲まれた円形の中庭のようだった。

 正面奥の建物まで二百メートルは離れているので、直径二百メートルの空間ということになる。

 地上の中庭はすり鉢状の地形になっており、詩人や書物の物語に出てくる闘技場を連想させた。

 いや、それよりも――


 空が見える。


 城の上部を覆っていると思われた氷の大天蓋は、そこに大きな穴を開けていた。

 穴の大きさは目測で、直径百メートルはあるだろうか。

 そこから日の光が射していたのだ。


 ――氷壁城は上からなら見える。こういうことだったか。


 山の上からでは、角度的に穴から全てが見えるわけではないだろう。

 しかし大穴周辺の天蓋は、永久氷壁の高さに比べればまるで薄い。

 割と透けて見えるのかもしれない。


「ミザール、あの穴はなんで開いてるんだ?」


 返事は無い。

 いつものことだが、今回はそのことに引っ掛かりを覚えた。


 ――穴のことを聞かれるのは、何か不都合があるのか?


 永久氷壁の奥底にわざわざ隠されたように建つ城。

 それが上からなら丸見えだとか、片手落ちというよりむしろ不自然だ。

 あの穴は自然に出来たもので、そこにミザールあるいは別の何かの意思は介在していない。


 ――それはないな。


 永久氷壁が自然の地形などであるはずがない。

 採光や換気のため?

 こんなロクに窓も開いていないような陰気な城を建てた者が、そんなことに気を使うものか。

 あの穴は、何か途轍もなく不吉な理由であの場所に開けられている。

 そう良からぬ想像をしたとき――


 ガシャン――


 金属の擦過音。

 金属鎧を装備しているであろう何者かが、こちらに近付いてくる。

 ミザールが教えてくれたとおり、他の挑戦者がやって来たのだ。

 モリアは通路の先を見やると、角を曲がって姿を現した者に声を掛ける。


「これだけ明るくなってれば、そりゃあ気になって見に来るよね」

「その格好……貴様も王国人だな」


 グレートアックスを携え鋼の腕甲と脚甲を装備し、赤みを帯びた肌を持つ筋骨隆々の大男。

 モリアはひと目で男の正体がメラクであることを見抜く。

 ライシュタットの開拓服を知っている辺り、ラゼルフ小隊との戦いで生き残った者に相違あるまい。


 その大男――すなわちメラクのディズノールは、大斧(グレートアックス)を構え言い放つ。


「王国人は死ぬべきだ」

「流行ってるのそれ?」


 軽口を叩きつつ、モリアはショートソードを抜いた。

 体格に似合わぬ瞬発力で、ディズノールは即座に間合いを詰め一撃を繰り出す。

 だが、モリアに比べれば遅い。

 次々に繰り出される大斧の連撃も、常に壁を背にして移動するモリアを相手に精彩を欠く。


 大斧は一撃ごとに壁に動きを阻まれ、それでも戦闘巧者のディズノールによって相手を追い詰めたかと思えば、ちっぽけな小剣で攻撃をいなされ振り出しへと戻される。


「ほう……」


 力では何者にも負けぬと自負するディズノールではあるが、小兵ならではの戦い方に長けたモリアに(にわか)に注目する。

 思ったよりも長く楽しめそうな相手だと、そう考えたのだ。

 あくまでも、優位に立っている側としての思考である。


 一方のモリアにしてみれば。素早さであれば上だが、「防御に徹していればやられない」くらいのものでしかない。

 こちらから攻める道筋がほとんど浮かばなかった。


 ――参ったねどうも。物凄く強いんだけどこの人。


 モリアはこの大男を、ライシュタット開拓者組合のギルターに匹敵する脅威と判定する。

 であれば、まともに太刀打ちできるような相手ではない。

 手札を何枚か切れば戦えないこともないが、今使っても良いものか。


 ――駄目だ。まだ他の挑戦者たちの全貌が分からない。


 切り札には限りがある。

 このような分かりやすい手合いに、急いで使うことはない。

 戦いの最中に生まれた僅かな膠着を好機と捉え、質問を飛ばす。


「あなたの仲間に、催眠魔法を使う術師がいたりしない?」


 大男は突然の質問に動きを止め、面白そうにしながら言葉を返す。


「何故そう思う? いや……兵どもの馬鹿さ加減を見れば、それくらいは分かりそうなものか」


 ――やはり、そうなのか。


 モリアが聞きたかったことの、答えを述べたも同然の言い方。

 次の言葉を少し待つが、何もなさそうなのでぽつりと言う。


「……やめた」

「何?」


 こんな筋肉塊が、探し求める催眠術師であるはずもない。

 片っ端からメラクを倒すという方針を、早くも撤回する。

 ハズレにまで付き合うのは時間と手札の無駄だ。


 モリアは唐突に、ショートソードを鞘に納めてしまう。

 更に振り返って、その場から逃げ出した。


「は……?」


 一瞬何が起きたのか分からず、大男は口をひらいて固まった。

 が、すぐに正気に戻って――


「少しは骨があるかと思えば、なんの真似だそれは!」


 ディズノールは怒りに肌を赤く染め、猛然とモリアを追い始めた。

 不利になったから逃げる、というならまだ分かる。

 だがあの生意気な王国人は、明らかに余力を残しているのだ。


「すぐに捕まえて、息の根を止めてやる!」


 ディズノールは気付かない。

 モリアが相手の足に合わせ、手を抜いて逃げているというその事実に。


 先ほど通過した尖塔の部屋へとモリアは戻ってきた。

 当然ながら行き止まりである、その部屋へと侵入する。


 大男の足音が近付いてくる。

 ドニであれば、あの怪物といい勝負が出来たのではないか。

 本人が望むかはさておき、飛礫(つぶて)で援護すれば勝ちの目もあっただろう。

 巡り合わせの悪さを思わなくはないが、嘆いても仕方がない。

 どのような状況でも、最善と信じた選択を積み重ねるしかないのだ。


 そして、大男は部屋の前に立つ。

 出入り口を塞がれ、部屋に逃げ場はない。


「観念したか。せいぜい足掻いてみせろ」


 大斧を構え直し、こちらへと歩み寄ってくる。

 あと一歩で間合いに入る。


「それじゃ、お言葉に甘えて」


 モリアは足下にある、()()()()()()()()()を踏んだ。


 その瞬間――

 部屋にある全ての石畳が消滅した。


「あ――?」


 突然訪れた浮遊感に、ディズノールは足下を見た。

 床が無い。

 いや、厳密にはあるのだ。

 ただしそれは、現在地よりも数十メートルは下だった。

 その遥か下方に、見覚えのある者たちが居る。

 それは十体以上もの――折り重なったメラクたちの死体だった。


 落とし穴(ピットフォール)――


 尖塔を丸ごと使ったそのトラップは、恐らく氷壁城の試練――その開始位置のひとつ。

 落下死したメラクの集団は、開始早々にこの罠で壊滅していたのだ。


 モリアは(かぎ)付きロープを前方へと放つ。

 部屋の出入口上部を飾る装飾部に、それはしっかりと巻き付いた。


「きっ、貴様~ッ!!」


 大男の叫びが降下していく。

 モリアはロープのフックを支点として、振り子のように前方へと向かい足から壁に着地する。

 そのまま壁を駆け上がり、出入り口へと跳び込んだ。


 振り返れば、床が全て元に戻っている。

 予想通りの挙動だ。

 下から見たとき、この部屋は見えなかった。部屋の床――下から見れば天井だが、それはすぐに復旧すると当たりを付けていたのだ。

 駆け上がるのがあと一瞬遅ければ、モリアも階下に叩き落されていただろう。


 ロープを軽く振って装飾からフックを外すと、畳んで背嚢へと仕舞う。

 ラゼルフから貰った(おもり)付きロープのほうは、癖が強く扱いづらいので腰に下げたままだ。


「確実性には欠けるけど、ひとまずはこれでいいか……」


 大男の生死は確認できなかった。

 多数の死体が転がっていたため、石畳への直撃は免れるかもしれない。

 それでも、ただでは済まないだろう。普通は死ぬ。


 今はメラクの催眠術師を探し、ドニを正気に戻すことが先決だ。


 ――元に戻れたら、ドニはなんて言うだろうか。


 北の迷宮セプテントリオンのセトラーズは、メラクに対する遺恨が強い。

 ふと、メラクのシェイドのことを思い出す。

 彼を街に呼んだ覚えはないが、モリアの選択が彼の運命を変えてしまったことは間違いない。

 一族を離れた彼がセプテントリオンで生きていくことは、あるいは不幸なことなのではないか。

 乗りかかった船。

 シェイドに対しても、モリアなりの答えを示さねばならないだろう。


 パチパチパチ――と、間の抜けた音が唐突に響く。

 これは。そう、拍手の音だ。

 音の主へとモリアは目を向ける。


 発光石に照らされる、薄暗い通路に浮かび上がる黄金の髪。

 身に纏うは旧帝国の遺物――魔導服。

 人心惑わす、良からぬ魔物を連想させるかのような絶世の美貌。

 この女は――


「実に素晴らしいな少年。あの《鬼人》ディズノールを無傷で退(しりぞ)けてしまうとは」

「《鬼人》ディズノールだって?」


 怪しげな女を警戒しつつも、その名に驚きを禁じ得ない。

 それは(オーガ)の血を引くと噂され、帝国末期の戦場で数多の敵兵を(ほふ)った英雄豪傑の名であった。

 メラクには正真正銘の英雄――正しくはそのドッペルゲンガーだが、それが在籍していたのだ。


「そうとも、英雄ディズノールだ。あんなのに追われては私も打つ手が無くてね。ほとほと困っていたところに君が現れてくれたというわけだ。どうだね。ここはひとつ、私と手を組まないか。そうそう、君の名前は?」


 長口上を述べる女を、モリアは冷ややかに見つめている。


「ん? ああ、私としたことが。まずはこちらから名乗るべきだったね。私の名はグルヴェイグ」

「モリア」


 名乗られたので、一応名乗り返した。


「ハハ……ずいぶんそっけないんだね、モリア。警戒するのは分かるが、私たちは共通する敵を持っているらしい。ならば、今は味方といっても良いのではないだろうか」

「そうですね。あなたが本当にメラクと敵対しているのなら、そういえるでしょうね」


 モリアとしては珍しいことに、冷淡な態度を崩さない。

 グルヴェイグと名乗る女の意図が、さっぱり読めないからだ。

 ()()()()()()()()()()()()、モリアを懐柔しようとするのは異色の戦術といえる。


「まだ疑っているのかい?」


 ずっと化かし合いを続けるのもリスクが高いし、何より疲れるだけだ。

 仕方が無いので、単刀直入に訊くことにした。


「だって――()()()()()()()()()()()?」

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