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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第三章 過去から未来へ受け継がれるもの
64/106

第64話 ミザール

「凄いなお前。ドニの爺さんにも負けてないんじゃないか?」


 見張り番の男たちはレミーの剣技を褒め称え、やがて警鐘に起こされた他の戦士たちも次々に集まってくる。

 その中には、ドニの姿もあった。

 戦士たちを統率する立場であろう彼は、見張りたちに大声で問う。


「何事だ! 何があった!」

「白い獣が出たんだ。そしたら新参の……レミーが先頭の一体をあっという間に倒したんで、他は逃げちまった。怪我人は出てない」


 ドニは驚いた顔でレミーを見る。

 だがすぐに目を逸らすと、次の指示へと移った。


「奴らが退却したなら好都合。出撃予定の者は集合しろ! 雪が弱まり次第足跡を追う」


 ――そうなるのか。


 こうなってはもう、先回りして洞窟に行くのは無理だ。

 モリアが昨日まで考えていた予定は変更せざるを得ない。

 里の中から、ザジがこちらに気付いて駆け寄ってきた。


「こちらから攻め込もうとした日に襲撃されるとはな。(おさ)たちは里の守りが手薄になることを心配している。モリアはどう思う?」


 ザジへの返答を慎重に考える。

 圧勝のようにも見えた先の戦いだが、レミーと白い獣にそこまで戦力差があるようには思えない。

 互いに必殺の一撃を放ったからこそ、あっけなく勝負がついただけ。

 想定していたよりも厄介な相手と見るべきだろう。


「そうだね……レミーとザジは里に残ったほうがいい。討伐隊には僕が同行する」


 ふたりはすぐに頷いた。功を焦ったりすることが無いのも、彼らの大きな長所である。

 達人ふたりがモリアの指示を仰ぐ光景に、近くに居た戦士たちは不思議そうな顔をした。

 会話を聞き咎めたドニが、モリアに厳しい視線を向ける。


「待て小僧、誰がお前に来てもいいと言った。里の者に勝手な指示もするな」

「獣の巣には興味があるので、ひとりでも見に行きます。それにどのみち、ザジは置いていくつもりだったのでしょう?」


 平然と言うモリアに対するドニの怒りを感じ取って、周囲の緊張が高まった。


「隊長……話を聞いておいたほうがいい。雪に潜った獣の接近を、おれたちは誰も気付けなかった。見つけたのはその客人だ」

「オレなんか、そいつが来なかったら死んでたかもしれん」


 そう言うのは物見櫓の上に居た見張りと、壁の外を警邏していた槍使いの男であった。

 彼らの言葉にドニは意外そうな目でモリアを見ると、少し考えた後こう述べる。


「……お前の言う通り、ザジは里の守りに残す。(わし)らに付いて来るのは、確かにお前の勝手だ。レミーも好きにしろ」

「ありがとうございます」


 多少揉めはしたが、モリアの意見はそのまま採用される。

 ドニを隊長とする討伐隊は総勢十五名。少数だがいずれもアリオトの精鋭であり、彼らが留守になる里の戦力は大きく低下する。

 雪は朝日が昇ると共に止み、獣の追跡が開始された。





 アリオトの里から山を迂回するように更に北。

 そこには氷で出来た断崖絶壁のようなものがそびえていた。


 元々の地形は、山と山に挟まれた谷底のような場所と思われる。

 その隙間の空間が、膨大な量の氷で埋め尽くされているらしい。

 氷の奥まで見通せるわけではないが、岩肌の表面が凍っている状態などとは明らかに違う。

 その内部には確かに透明感があり、どこまでも青く深い。


「これが……永久氷壁」

「不思議な地形だろ? 自然に出来たものではないのだろうな」


 アリオトの戦士たちはモリアから距離を置く者もいれば、こうして気さくに話しかけてくる者もいる。

 寡黙な戦闘集団のような印象を持っていたが、里で暮らす人々は王国と変わらず様々だ。


「例の獣ですが、今まではどのように撃退していたんですか?」

「奴らは群れの中の一頭が先陣を切って攻めてくる傾向がある。そこを囲んで叩くわけだ。一頭でも死ぬと戦意喪失するのか、だいたいは逃げていくな」

「群れの後方を、例えば回り込んで叩いたりしたことは?」

「一頭ずつでもかなり手強いからな。こちらから無理に攻めたりはしていない」

「なるほど……」


 少し傾向が見えてきた。

 撃退はともかく、殲滅するとなると相当難しいのは間違いない。


 現在地は氷壁の一番下、根本の部分であり、見上げる絶壁の高さは数十メートルにも達している。

 里に居たメグレズの術師は、上からなら『氷漬けの城』が見えると言っていた。

 だがこれほどの厚さ高さの氷に阻まれていたら、上も横も関係なく内部を見通すのは無理ではないだろうか。

 上からなら見えるという理屈が、モリアには分からない。

 もっとも、あのメグレズも自分で見たわけでない。元々眉唾ものの話なのだろう。


「見えたぞ。あれがそうだ」


 先頭を行く斥候の男が振り向いて告げた。

 無論、城の話ではない。

 最近発見されたという洞窟のことだ。


 氷の壁面に窪みらしきものが見える。

 獣の足跡は降り積もった雪に薄れてはいたが、確かにそこへと続いていた。

 これまで歩いて来た道からは、ちょうど死角になっており、その洞窟の存在に気付くことが出来なかったのだ。


「近付くまで、全く分かりませんでしたね」

「だろ? 迷宮活動期に出来たものだとは思うんだが、ひょっとしたら、ずっとあったのかもしれんなあ」


 そして、一行は洞窟入り口へと辿り着く。


 幅、高さ共に十メートルほどだろうか。近付いてみればかなりの広さだ。

 洞窟内の床は凍りついた泥と霜が混ざり合い、屋外よりも獣の足跡をはっきりと残している。

 ただし、後から次々に踏み荒らされた痕跡は、そうと知っていなければ獣の足跡とは分かりづらかったかもしれない。


 先頭を斥候、続いて隊長のドニ、先鋒隊の順で洞窟内に足を入れる。

 モリアの位置は集団の中ほど、最後に殿(しんがり)の隊と続く。

 松明に照らされる洞窟の奥は、分厚い氷の天蓋を僅かに刺し貫く日の光によっても、薄っすらと明るくなっているようだ。

 すぐ横を歩くアリオトの男が聞いてくる。


「どうだ、客人。獣はいそうか?」

「近くに気配は感じられません。それより、この洞窟の中は以前にも調査を?」

「いや? 見つけたときは人数も少なかったし、入ったら命が無いだろうってんで、そのまま引き返したそうだ」

「……人の足跡が混ざってます」


 前を行くドニが足を止めた。

 即座に気付いた周りの者、前を行く斥候を含め、一斉にそれに倣う。

 どうやら会話が聞こえていたらしい。

 振り返ったドニは鋭い声で、短く問う。


「どれだ?」

「ここはもう、皆さんの足跡と区別が付きません。前方のほうが分かりやすいでしょう」


 ドニは再び前を向く。

 斥候の男が屈んで松明を地面に近付ける。

 獣の足跡に荒らされて判然としないが、言われてみればそのようにも見える痕跡が、そこかしこに散見された。

 アリオトたちが口々に言う。


「あるな……」

「誰か、ここに入ったことがあるのか?」

「そんな話は聞いてないぞ」

「待て待て、進んだ場所までは俺たちの足跡と混ざって分からないって、じゃあなんで客人は気付けたんだよ……」


 モリアの位置は隊の中ほどなのだ。

 薄暗い足下は、前を行く隊の足跡が既に幾つも刻まれている。


「この隊の人間は僕以外、全て靴底の形が同じです。明らかに違う足跡がある」

「足跡自体ほとんど見えないってのに、そこまで分かるのか……」


 前方の足跡を観察したドニは、その言葉の意味するところを察し、モリアに確認する。


「ならば、ここに入ったのはアリオト以外の者ということか」

「里で使う靴の意匠がほぼ共通というなら、そういうことになります」


 再び隊はざわめいた。


「北壁山脈の中まで入ってくるセトラーズだと?」

「大きさからいうと、メグレズの足跡ではない」

「まさか、メラクじゃないだろうな」

「客人の同胞、ってことはないのか」


 少なくとも自分は聞いていない、とモリアは答えた。

 アリオトの足跡と違うということまでは分かるが、では誰の足跡なのかというと、保存状態が悪すぎて確信は持てない。

 足跡の種類が複数あることを見るに、やはりメラクなのかもしれない。

 そして――


 ――ライシュタット製の靴っぽい足跡も、あったんだよなあ……。


 こんな迷宮の奥地まで来れるのは、ラゼルフ小隊を措いて他にいまい。

 しかし彼らは、ここより南の草原で全滅したという。

 ただひとり、消息不明の男を除いて。


 ――来ていたのか……? エリクが、ここに?


 なんのために、という疑問がまず浮かぶ。

 エリクという男はかつて、冒険や迷宮というものに人一倍憧れる少年だった。

 ならば、世界の北の果てを目指すことに不思議は無いようにも思えるが。

 小隊が全滅した直後なのである。

 あの情に厚い男が、暢気(のんき)に冒険を続行するとはとても考えられない。せめて一度は引き返すはずだ。

 何か理由があるのか。


 エリクはライシュタットの現状を知らない。

 彼ならば単身で樹海を脱出してしまうかもしれないし、そうであれば今のモリアに探すのは無理だ。

 現状、行方不明になったエリクよりも、モリア自身を含む街のほうが危機的状況にある。

 そう思ったからこそ放置していたのだ。


 ――何か、何か理由があるのなら。


 追って確かめなければならない。再び。


「なあ。これがいつの足跡にせよ、その後に獣が出入りしてるよな」

「じゃあ侵入した連中は?」

「喰われちまったんじゃないか」


 喰われる、か。

 その可能性は無くもないが、白い獣は人や家畜を喰ったりしないのではなかったか。


「考えても答えは出まい。儂らの目的は獣の討伐だ。このまま進むぞ」


 ドニの声に皆が無言で頷き、再び進軍を開始する。

 洞窟は更に奥へと続き、通路は徐々に広くなっていく。

 想像していたよりも長い距離だ。なのに白い獣は一向に姿を現さない。

 やがて討伐隊の前に現れたのは意外な――

 いや、これ程の距離を進んだのだ。それは必然だった。


 広大な氷の洞窟の奥地。

 その終点にあったのは、途方もなく巨大な城の――その、城門だったのだ。


「氷壁城……!」

「こんなところから入れたのか!」

「じゃあ獣は……?」

「奴ら、氷壁城を根城にしているのか?」


 足跡は真っ直ぐ城門へと続いてる。

 ライシュタットのそれを更に巨大にしたような城壁は、氷の天蓋に阻まれ、例えばよじ登って中に入ることなどは不可能だ。

 普通に門から入るよりない。

 門は開かれており、その中まで氷漬けということはなかった。

 そこには確かに空間があり、奥には建造物が見えている。

 洞窟内より明るいのは、城壁や建物の表面が発光石で出来ているためだ。


 門の前まで進んだ辺りで、皆が自然と足を止める。

 ここから先は引き返せないと、そう感じさせるだけの何かがあったのかもしれない。


『アリオトの者たちか……』


 声が響いた。

 声はすれども姿は無し。

 性別の判然としない、それでいて常人の声ではない。

 誰かが、呆然とした声で問い返す。


「まさか――ミザールなのか」

『然り……。百年の時を越え、再び氷壁城の試練に挑もうというのか』


 かつてアリオトがこの地に来た時、一族を代表するひとりの戦士が氷壁城の試練に挑戦し、迷宮守護者ミザールから褒美として百年の繁栄を与えられたという。

 その話は昨日メグレズから聞き、今日は道すがらアリオトの男からも聞いた。


「おい、試練だってよ」

「どっちにしても、入るしかないだろ」

「全員で行ってもいいものなのか?」

「どうすんです? 隊長」

『然り』

「え? 今のどれに対する返事なんだ?」


 アリオトたちの相談に、ミザールの声が普通に混ざっていた。

 まだ話は続いていたのか。


「お前たち、少し黙ってろ。ミザール……試練とは、どのようなものなのだ」


 ドニが代表して問う。

 返事は無い。


「我々は、白い獣の群れを追ってきた。中にいるのだな?」


 沈黙が続く。

 ドニは振り返って、ちらりとモリアを見た。

 膠着状態をなんとかしたいのだろうか。

 モリアは声を上げる。


「僕はアリオトじゃないけど、試練を受けてもいいのか?」

『構わぬ』


 返事があった。

 狙ったわけではないのだが、皆が驚いて一斉にモリアを見る。


「答えたくない質問には答えない、そういうことなのかな」


 返事は無い。

 初めて遭遇するタイプの迷宮守護者だ。

 書物や吟遊詩人の物語で見かけるような、謎掛け(リドル)をする迷宮守護者、スフィンクスを連想させる。


 ――謎が解けなければ喰われてしまう、だったか。


 試練とやらも、どうせロクなものではあるまい。

 幸いアリオトたちには、こんな状況でも怯えるような色はない。

 元々が勇猛な一族の、その更に精鋭たちなのだ。

 引っ掛かっているのは、伝承で試練を達成したのはひとりだった、という辺りか。

 そして、白い獣は何故この城から出てくるのか、ということも。


 一行の先頭へと歩み出て、門の中をじっと見る。

 獣の足跡は、確かに城内へと続いていた。

 すぐ後ろのドニが、モリアに尋ねてくる。


「小僧、何を考えている」

「古今、人海戦術で迷宮を攻略しようとして、ロクな結果になった試しはありません。こんなものに全員で付き合う必要はないです。いや、試練とやらに付き合う必要すらない。僕らが知りたいのは、白い獣のことだけのはず――」


 アリオトたちは誰もはっきりとは口にしないが。

 ミザールと白い獣が無関係でないことは、もはや明らかだ。


「――それは、僕が調べてきます」


 そう、元々そのつもりだったのだ。多少手順が変わっただけ。

 エリクのこともある。


「いやいや、お前だけで行かせるわけにはいかねえよ。獣がいるなら尚更だ」


 ひとりの戦士がそう言って、周囲の者たちも同意する。

 モリアは城門真下の地面を指さした。


「見て下さい。人の足跡だけ、()()()()()()()()。」

「はあ?」

「確かにそうだ……どういうことだ?」

「罠、なのか?」

「いや、人の足跡なんてそんなに残ってないし、たまたまそう見えるだけじゃ……」


 確かに、新しく出来た獣の足跡に荒らされているため、視認できる人の足跡はそう多くない。

 しかしモリアには明確な違和感として、心の中で警鐘を鳴らす。


「試しに入ってみれば分かることです。でも全員で試す必要は無い。いいですね?」

「待て」


 なお呼び止めるドニに対し、モリアは露骨に迷惑そうな顔をした。


「小僧、お前の言うことが分からぬわけではない。だがアリオトの戦士ともあろう者が、客人だけを危険な目に合わせるなどあってはならない。誰かを犠牲にするくらいならば、自分が先立って死地に赴かねばならない。これから里を支えていく者たちに、そうあれと教えるのも年寄りの役目」


 アリオトの者たちが静かに聞く中、ドニはこう続ける。


「モリア、お前が儂より早く死ぬことは許さん」


 ドニは、死ぬときは自分が先だと言っている。

 別にモリアは、そんな安っぽい言葉に心を動かされたりはしない。

 付け加えるなら、昨日会ったばかりの老戦士が死のうが生きようが、モリアにとって大した問題ではない。

 出来ることならレミーの故郷の者を無駄死にさせたくない、程度のことである。


 だが、死ぬときは自分が先だという考え――

 それはモリアがここしばらく考えていた、()()()()の考えと酷く似通っている。

 苛立ちのようであり、親愛のようでもある……複雑な感情が心に渦巻いた。


「別に、あなたを死なせるつもりなど毛頭ありませんが」


 呆れたように半ば目を閉じ、そっけない声で答える。

 アリオトたちに背を向け、城門へと進む。


「行くのならさっさと行きましょう、ドニ」

「聞いての通りだ。お前たちは儂らがしばらく戻らねば……いや。何か異常があれば、今すぐ里の守りに戻れ」


 老戦士は皆にそう言ってモリアの背を追うと、その横に並ぶ。

 そして、アリオトの戦士たちは目撃した。

 城門の中ほどまで進んだふたりの姿が、忽然と消えてしまう瞬間を。

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