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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第三章 過去から未来へ受け継がれるもの
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第63話 白い獣

 北方草原を越えて半日ほど、モリアたち三人は遂に北壁山脈の麓へと辿り着いた。

 ザジの指し示す方角には、山を少し登った辺りに集落のようなものが見える。


「伝承の北の果て、北壁山脈かあ。感慨深いね……と言いたいところだけど。レミーのご先祖たちは、とっくにここまで着いていたわけだ」

「迷宮の力で飛ばされたことを、到着したと呼べるのならな」


 もっともなことをレミーは言う。

 ライシュタットの街にしても、悲願だった樹海奥地への到達を素直に喜ぶ者もおるまい。


「当時は悲運を嘆く声も多かったのだろう。ここで生まれた私には分からない感覚だが」


 いずれはライシュタットでも新たな命が育まれ、ザジのような生来のセトラーズとなるのだろうか。

 氷雪で白く染め上げられた銀嶺の山々を見上げつつ、やがて一行はアリオトの里へと近付いていた。

 足下は既に、降り積もった白雪に覆われている。

 物見櫓(ものみやぐら)の上の見張りがこちらに気付いたのか、里の入り口が開かれ人が出てくるようだ。

 その中には、先に到着していたメグレズたちの小さな姿も混ざっていた。





「ではレミーは、百年前に里を離れていたため事なきを得た者たち、その子孫ということか。よくぞ来てくれた。これもミザールの導きかの」


 里の寄合所にて、燃え盛る炉(ファイアピット)を中心に里長やアリオトの長老、メグレズたちが集い、モリアとレミーを歓待した。

 同族とはいえ遠く離れて生活していたレミーが彼らに受け入れられるのか。そこをやや心配していたモリアだったが、取り越し苦労のようでひとまず安堵する。

 メグレズたちがモリアのことまで大げさに褒め称えるのには閉口したが、アリオトたちも守銭奴妖精の発言は話半分に聞いているようだ。

 戦いを生業とする里で、武勇を褒められても居心地が悪い。


 ――それにしても。


 モリアは会話に出たミザールという言葉が少し気になっていた。

 その名前は『白氷竜ドゥーベ』や『神樹フェクダ』などと同じく、北の地の伝承にちなんで付けられた名と思われる。

 アリオト、メグレズ、メラクといった各セトラーズの名も同様であろう。

 長老の言い方からすると、ミザールとは土着の信仰対象か何かだろうか。

 だとすればフェクダ同様に、新手の迷宮守護者という可能性も考えられる。


「――モリア殿は、何か聞きたいことはあるかね?」


 名を呼ばれ思考を中断した。

 レミーの生まれ育った集落のことやアリオトの里について、話題はまだまだ尽きないと思われるが、一段落したところなのだろう。

 切り出すには頃合いだ。


「白い獣について、聞かせてもらえますか?」


 座の空気が引き締まる気配がした。

 ザジがそもそも里を離れていた目的、メグレズの精霊術師たちがここに派遣されている理由。

 いずれもアリオトの里を襲う魔物に対抗するためだ。

 ザジによれば、里長たちは百年に一度の迷宮活動期が(もたら)す異変と考えているらしい。


「奴らが里に来なくなればそれでいい。(わし)は最初、そう考えておった」


 そう口火を切ったのは、ドニと呼ばれる男だった。

 アリオト特有の黒髪は老齢のためか真っ白な総髪となっており、白髭も合わせ、褐色肌との対比も印象的な偉丈夫である。

 このドニは他の老人たちと異なり、レミーを迎えても無愛想なまま、むしろ値踏みするかのような鋭い視線を向けていた。

 メグレズたちに持ち上げられるモリアに至っては、興味を持たれてすらいない。

 ザジはそのことが面白くないのか、時に反発するようにドニを睨み付けていた。


 ――この人は現役の戦士みたいだな。


 他の長老たちは既に戦いから引退した身なのだろう。

 重鎮の中でもドニだけは纏っている空気が異なり、よりアリオトらしい人物という印象がある。

 ここまでの会話にほとんど参加していなかったが、モリアと同じく『白い獣』の話をする機会を(うかが)っていたのかもしれない。


「二度目の襲撃があったとき、迎え撃つだけでなく、根本的な解決が必要なのではないかと思い始めた」


 ドニはこれまでの経緯を語り始めた。

 新参のレミーとモリアに、わざわざ説明してくれるような親切な男には見えない。

 どちらかといえば、長老たちに再確認を促すかのように話している。


「三度目の襲撃を撃退後、追跡をしたものの犠牲者が出たため、それ以上の深追いは出来なかった。四度目は距離を空けて足跡を慎重に追ってみたが、氷壁城の周辺で痕跡を見失った」


 ――氷壁城?


 なんとも奇妙な言葉が出てきたものだ。

 こんな辺境の奥地に、城など建つはずもないので何かの比喩であろう。

 いや、迷宮の中ならあり得るのだろうか。


 ドニはザジを一瞥すると、「そこまではお前も知っての通りだ」と告げ、話を続ける。

 その後も少人数で周辺の調査を続けた結果、永久氷壁と呼ばれる地形の壁面に、今までには無かったはずの洞窟を見つけたらしい。

 風雪に晒されない洞窟内、外側から見える範囲でも、獣の足跡のようなものが確認できたという。

 そこが白い獣の巣なのではないか、ということだ。


「里にはメグレズの術師が滞在しており、ザジも戻ってきた。座して待つだけでは少しずつ犠牲が増えるばかり。攻め込むには今しかない」


 里長たちは難しい顔をして黙り込む。

 なるほど、ドニの考えは理に適っている。一方で長老たちが渋るのは、今までの戦績を考えれば、巣に攻め込んでも勝ち目は薄いと思ってのことだろう。


 ドニがレミーや自分に冷たいのも、気の所為ではないとモリアは考える。

 ザジはやはり貴重な戦力であるようだし、百発百中の弓の腕前は里の防衛にも向いている。

 その彼女が里を長々と留守にした挙げ句、連れ帰ったのが若造ふたりだけでは、期待外れもいいところだったはずだ。


 ――白い獣の巣とやらは、調べておく価値はあるな。


 何も初手から総力戦を挑む必要はないのだ。

 崩し方は、敵を知った後で考えればいい。

 今この場で発言しても、モリアの意見などドニは聞き入れまい。

 長老たちが結局ドニの提案に折れ、明日の朝にも討伐隊を出発させる決定を、モリアは黙って聞いている。

 レミーはそんなモリアの様子を、胡散臭いものでも見るような目で眺めていた。




 翌日の準備のためにドニが寄合所から出ていくと、モリアはそばに座るメグレズの術師に話し掛ける。


「さっきの話に出てた、氷壁城って何?」

「永久氷壁の奥深くにあるという、氷漬けの巨大な城じゃ。上からなら見えるらしいがの、雪山を登るのは命懸けじゃからよって、見物のためだけにそこまでする者はそうはおらん。無論ワシも見たことはない」


 メグレズによくいるタイプで、見た目は子供のようだが老練さを感じさせる話し方だ。

 彼が言うに氷壁城とは、驚いたことに文字通りの城ということだった。

 遥か昔に城が建っていた場所に迷宮が出来たのか、それとも地下通路同様、迷宮施設の一部なのか、はたまた迷宮に飲まれた北方辺境の建造物なのか。由来は色々と考えられる。

 モリアは声を潜めた。


「その近くに洞窟が出来たってことだったね。場所は?」

「先回りするつもりか」


 ボソリと言うレミーに笑顔を向けると、返事はせずにメグレズへ向き直った。

 それを聞いたメグレズも悪そうな笑みを浮かべると、紙とペンを取り出して詳しい説明を始める。

 長老たちは明日の準備に忙しくなったためか、その様子に構うことはない。

 ひと通り場所を聞き終えると、もうひとつ気になったことを思い出す。


「そうそう、ミザールっていうのは?」

「ほれ、ワシらメグレズがその昔に樹海の民となった際、神樹フェクダの導きのおかげでセトラーズとして生き永らえたって話があるじゃろ?」


 メグレズの里近くに生えた、巨大な神樹を思い浮かべる。

 モリアにとっては、孤児院で共に暮らしていたアルゴの墓標ともいえた。

 アルゴは別に死んだわけではないが、似たようなものである。


「知っての通りアリオトも百年前、よりによって北壁山脈なんぞに飛ばされてしまったわけじゃが。氷壁城を統べる迷宮守護者、ミザールの導きで生き永らえたというんじゃな」


 セトラーズに対して友好的な迷宮守護者、と考えて良いのだろうか。


「氷壁の奥ってことは、中には入れないんだよね?」

「今は城には近付くことも出来んし、当時のアリオトは迷宮に来たばかりで混乱しとった。なのでどうやったのかも分からんらしいが、迷宮活動期なら城に行く方法があったのかもしれんのう」


 氷壁城の近くに、白い獣の巣があるという。偶然だろうか?

 組織だって行動する魔物の背後には、群れを統率する迷宮守護者の存在が付き物だ。

 アリオトの問題を解決するには、彼らの信仰対象ともいえるミザールの討伐が必要、という可能性まで浮上してきてしまった。


 ――これは益々、意見が言いづらくなったな。


 後は実際に調べてから考えるしかないと、モリアは翌朝に備え寄合所を出る。

 外ではいつの間にか、激しい雪が降っていた。





 宿泊用にあてがわれた小屋の中、日も昇らぬうちからモリアは目を覚ます。

 身支度をしていると、同室のレミーも起き出してきた。

 特に示し合わせたわけでもない。モリアがやろうとしていることは里の不興を買う恐れもあるため、無理に参加する必要はないが、さりとて止める理由も無い。

 レミーの判断に任せることにした。


 外に出ると、ふたりで里の出入り口へと向かう。

 篝火(かがりび)の光に照らされた村の門まで近付くと、こちらに気付いた物見櫓(ものみやぐら)の見張りが軽く手を振ってきたので、同じように手を振って返す。

 門番たちも気付いてこちらを見た。

 外に出る理由として、『周辺の調査をしたい。暗いうちじゃないと分からないこともある』とか、適当なことを言って交渉するつもりだった。


 モリアは足を止めた。

 周囲の様子を探るように集中する。

 その雰囲気を鋭敏に察したレミーも、すぐさま辺りを窺った。

 気配を探るということに関してモリアにも劣らぬレミーではあるが、魔力感知に関してはモリアに一日の長がある。


 突如、モリアは地を蹴って駆けた。

 さすがはアリオトの戦士たちというべきか、その急激な変化にも即座に気付いた上、無意味に動揺するようなこともない。しかし、その目は一斉に警戒の色へと染まる。


 門番の間合いから僅か外側に逸れ、丸太の木製壁に向かって跳ぶとそのまま壁上へと駆け上がり、更には物見櫓へと跳び上がって、瞬く間に櫓台まで登り手すりを掴む。

 櫓の上に居た見張りが怒鳴った。


「おいっ! なんの真似だ!」

「魔物の群れだ! すぐそばまで来ている!」

「なんだと!?」


 物見櫓の下、壁の外側すぐ近くを警邏している、槍を担いだ大柄な男もその声を聞いた。

 辺りは未だ暗く、暗灰色の風雪にも覆われ視界は判然としない。

 刹那、男は手にした松明を投げ捨て両手で槍を構える。

 同時に視線の先の地面が動き、雪を突き破った狼のような何かが、五メートルもの距離を跳躍して男に襲いかかった。

 爬虫類や鳥のそれにも似た頭部が顎門を開き男に噛み付こうとするが、すんでのところで槍の柄で防がれる。


 次の瞬間、上から降ってきたモリアが体ごと獣の背にぶつかるように、勢いのままショートソードをその首筋へと突き立てた。

 かつてライシュタットにて――《戦乙女(いくさおとめ)》ジークリーセが披露した、上空からの突き降ろしである。

 呻き声と共に獣は身体を跳ね上げ、刺さった小剣を残したままモリアを振り落とす。

 体勢を立て直した槍使いの男と共に、モリアは距離を取って獣と対峙し短剣(ダガー)を抜く。


「あんた、他所から来た客人か! 助かった!」

「助かったかどうかは、まだなんとも……」


 闇の奥、雪原の下から続々と新手の獣が姿を現している。

 櫓の上から警鐘が鳴り響き、門の中からも数人の門番たちが打って出ようとしていた。

 里の者たちが起きてくるまで、この人数だけで門を死守せねばならない。


 ――まさか今の攻撃で倒れないとはね。アリオトが苦戦するわけだ。


 その時モリアの背後の壁を跳び越え、レミーが手負いの獣の眼前へと降り立った。

 獣はこの場で最強の敵が誰であるかを瞬時に悟り、その顎門をレミーへと向ける。

 抜き放たれたロングソードに宿る凄まじい剣気に、アリオトの戦士たちすら息を呑む。


 それは、ゆっくりとした動きにさえ見えた。

 下段に構えられた剣は、レミーの歩みと共に獣へと近付いていく。

 対する獣も、己が敵を喰い破らんと力を溜める。

 爆発するような蹴りと共に、獣が跳んだ。

 だがその身体はレミーの位置を僅かに逸れ、背後の壁へと激突する。

 そして、その場に取り残されたかのような――

 小剣が刺さったままの()()()だけが空から地面へと落ちた。


 モリアは群れの動向に注意を払いつつ、死体からも目を離せなかった。

 その首と身体は見るまに、灰のようになって崩れ落ちていったのだ。


 ――まるで迷宮守護者の最期だ。ただの魔物じゃないな。


 あるいはこの群れの全てが、迷宮守護者だとでもいうのだろうか。

 一部始終を見ていた白い獣たちは、一体、また一体と後ろへ振り返り。

 やがて皆、闇へと消えた。

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