第61話 極北の里へ
モリアは十五歳になった。
ライシュタット開拓者組合の広間は、今日も開拓者たちで賑わっている。
最近の彼らが主に受け持つ仕事のひとつは、井戸掘りであった。
街の各所にある井戸は現在でも使えるか、あるいは後から復旧したものもあるらしい。
元々の水脈と樹海の地下水脈が接続されたのだろう。
逆に、しばらくしたら枯れてしまった井戸もある。
その枯れ井戸も場所によっては、更に深く掘れば使えるのではないかと期待されているのだ。
そんな日常風景の組合受付で、モリアはギルターから自由開拓者昇格についての説明を聞いている。十五歳になったため、年齢制限の問題は解決したからだ。
自由開拓者――白鉄札になることは確かに当初の目的のひとつであったのだが、今となってはあまり意味がない。
説明を適当に聞き流しながら、モリアは考えごとをしていた。
――人類個々人の強さを比較する場合、ラゼルフ小隊の魔人やセトラーズのメラクを除外するのはもちろんだけど、アリオトも普通の人間に含めるのは不公平じゃないのかな。
などと、そんなどうでもいいことを考えていたのである。
ならば目の前に座るギルターこそが、人類最強の戦士なのではないだろうか。
もちろんモリアは大陸全土の戦士を知っているわけではないので、これも意味のない思考である。
あと、ジークリーセを差し置いてもいいものか。
でもジークは多才な上に美人である。
人類最強の称号くらいはギルターに譲ってあげてほしい。
「おい、聞いてんのかモリア」
「聞いてるよ」
聞いてはいる。
興味がないだけだ。
「ひと通り聞いた感想としては。部隊再編とか面倒が増えるだけだし、今のままでいいんじゃないかなって」
「レミーも白鉄札に上げちまえば、お前らの編成には別に問題ないだろ。でもそうだな、特例第一の空きをどうするか……。黒鉄札の何割かは、お前が抜けると士気が下がりそうではあるな」
特例開拓者は犯罪者や借金で首が回らなくなった者たちの集まりなので、その中の誰かを全体のリーダーにするのは抵抗があるのだろう。
かつての反乱で懲りたということもある。
かといって白鉄札の中から総隊長を選んでも、上手くいくかどうかは分からない。
モリアが黒鉄札のお飾りのリーダーになっている現状は、彼らを納得させるのに無難な状態といえた。
開拓者組合の中でも指折りの腕利きとして、もはや疑う者のいないモリアが自分たちの代表である。
そのことが彼らの自尊心を少なからず慰めているのだ。
「まあ、その話はまた今度聞くよ。僕は第二小隊が黒鉄札の代表でもいいと思うけどね」
「よくねえよ……」
特例第二小隊は、モリアとギルターの協議の上で選抜されたパーティだ。
能力に問題はないが、社会的には問題しかない面子ばかりの小隊である。
とはいえ街を守るのは主に衛兵と白鉄札であり、黒鉄札は補佐でしかない。
だから、そこまで心配するようなことでもないのだ。
「アリオトの里だったな。レミーとザジによろしく言っといてくれ」
「分かった」
開拓者組合を辞すと、アニーの宿に戻ることにした。
明日はアリオトの里へと発つ日である。
その夜、宿屋一階から食事の客が居なくなった頃。
グルイーザはモリアの向かいに座りテーブルの上にいくつかの呪石を取り出すと、その説明をする。
「使い方は以上だ。なくなったらまた取りに来い」
「うん、ありがとう」
それはこの街に戻ればまた会えるということ。
呪石そのものも無論有り難いが、彼女がまだこの街に留まるつもりなのが少し嬉しかった。
とはいえ、ずっとではないのだろう。
なんとなく、いつの間にか居なくなってしまうのではないか。
互いに相手のことを、そう思っているのかもしれない。
階段の奥に消えた魔術師を見送ると、モリアも明日に備えて休むことにした。
翌朝――
旅支度を終えたモリア、レミー、ザジの三人は宿屋の主とその娘、アニーに挨拶をする。
「世話になった。ここはいい街だな。外の世界を知らない私には何もかもが新鮮だった」
「ザジ! 次はいつ来るの?」
「次か。そうだな、アニー。里の問題が解決したらまた来たいと思う」
別れを済ませると宿を出て、貴族街へと向かう。
地下迷宮への入り口、貴族街の旧脱出路へとやって来た。
中に入るとすぐに迷宮には向かわず、隠し通路を通って街の外へと出る。
ここではロカたちメグレズが、仮設住居を建てて寝泊まりしていた。
城壁内に泊まらないというのはライシュタットの街の人間から見れば異常なことではあるが、彼らにしてみればどうということはない。
精霊魔法のみならず迷宮石の扱いにも長けたメグレズは、樹海の魔物を寄せ付けることがないからだ。
仮設住居の前では神殿騎士の少女がモリアたちを出迎えた。
「おはようございます、皆さん」
「おはよう、ミーリット」
「私もアリオトに行ければ良かったんですが……すみません」
ミーリットの本来の仕事はテオドラ王女の護衛だ。
いずれは王女自ら、外周部の防護壁を築く仕事に携わるのだろう。
今はメグレズと連携して、外部の調査や下準備に取り掛かっている。
「気にしないで。……あ、ロカ。おはよう」
「モリア。吾輩もアリオトには行けぬが、向こうには手練れの精霊術師たちが行っておるでな。おぬしになら喜んで力を貸すじゃろう」
カネは取るかもしれんがの、と小妖精は笑う。
ふたりへの挨拶を終えると一行は再び地下道に引き返し、地下迷宮へと進んだ。
迷宮石の明かりが灯す通路を北へと進む。
道中に現れる魔物はモリア、レミー、ザジの前に難なく倒されていく。
だがグルイーザによれば、玄室の中には思わぬ強敵や未知の迷宮守護者が待ち受けている可能性もあるとのことだ。
寄り道はせず、真っ直ぐメグレズの里近隣の安全地帯を目指す。
半日をかけて目的の場所に到着すると、そこで一夜を明かした。
翌日、地上へ出たモリアたちはメグレズの里には寄らず、神樹フェクダを横目に北方草原を目指す。
そこを次の野営地にするつもりなのだ。
ライシュタットから北方草原まで二日で、というのはやや強行軍ではあるが、今回のメンバーは足の速い者ばかりである。
日が沈み切る前に到着できた。
「北方草原に中継拠点を作れば行き来はしやすくなるだろうけど、気軽な距離とは言い難いね」
「開拓者でなければ移動は厳しいだろうな」
「それに、ここも安全な場所とは言い切れない」
北方草原に魔物は出ないが、ザジの心配事はメラクの残党についてであろう。
確かに、彼らの動向を掴むまでは迂闊に開拓者を派遣するべきではない。
野営の焚き火を囲みながら、レミーはザジに問う。
「アリオトの里を襲っているのは、どのような魔物だ?」
「白い獣……。爬虫類のような外見を持つ、白い四足獣の群れ」
爬虫類なのか獣なのか、どうにもはっきりしない外見らしい。
白い獣によるアリオトへの襲撃は月に数回。群れに犠牲が出るとあっさり引き上げていくが、度重なる襲撃に里も徐々に疲弊しているそうだ。
「家畜や作物、人を喰うわけでもなし。まるでただ殺すためだけに襲ってくるような――」
ザジはそう言いかけて止めた。
好戦的で無意味な戦いをおこなう生物もいないではないが、それも程度問題だ。白い獣の行動原理としては、理屈に合わないと思ったのだろう。
だが、モリアはそれを存外あり得る話だと考える。
ある種の魔物や迷宮守護者、あるいはセトラーズの一員であるメラクでさえも。
命を循環させて迷宮を支える、そんな役割を与えられているかもしれないのだから。