第60話 第二章最終話・英雄の唄
結局モリアは当初の宣言通り、ぴったり十日でライシュタットへと帰還した。
街の上層部は、特例第一小隊が持ち帰った情報により大騒ぎとなった。
開拓者組合長のエメリヒは、今までよりも更に忙殺されることになる。
セトラーズの存在、魔物を率いる迷宮守護者やメラクの脅威。
街の防衛、外交など新たな課題が山積みである。
そのためか、特例第一小隊が連れ帰った七人のメグレズに関しては、領主代行の管轄となった。
「メグレズの方々には、降魔石を用いた防護壁の制作に携わって頂くわけですからね。それは元々私が手掛けている計画なのですから、協力するのは当然ですわ」
テオドラ王女とメグレズは、すぐに良好な関係を築いていた。
意外なことにロカも含めたメグレズたちは、王侯貴族に対しては非常に礼儀正しかった。
誰に対しても物腰の柔らかい、テオドラの人柄が為せる関係でもあることは、言うまでもないだろう。
モリアは素直な感想を述べる。
「姫様が領主で良かったです」
「…………!」
「どうされました?」
「モリア様に認めて頂くのは、嬉しいものですね」
そう言ってテオドラは微笑んだ。
反応に困って王女の後ろに立つミーリットに目を向けるも、彼女は王女に同意するように頷くばかりであった。
テオドラの部屋を辞すと、廊下でベルーアに出会う。
「ベルーア卿、ご無沙汰しております」
「うむ。モリアよ、少しいいか」
老魔術師はモリアに用があったようだ。
頼み事をされたモリアは、街の指定された場所へと真っ直ぐに向かう。
人通りが多い場所だった。
潜り込むなら裏通りなどよりも、むしろこういった場所のほうが良いということなのだろう。
グリフォンの目は、そんなことすらも見抜けるのか。
そう考えながら、路地の片隅で休むように座る、ある男へと近付いていく。
その男は少し変わった服装だったが、かつての開拓街には遠くの街から訪れる人間も多かった。
だから、今でもそこまで目立つほどではない。
男はちらりとモリアを見やると、視線を逸らして再び通りへと目を向けた。
その近くで立ち止まり、声を掛ける。
「何してんの? シェイド」
「なっ!? …………なんで分かったんでさ。モリアの旦那」
「この街にそんな顔の人は居ないからね」
「ま、街の人間を全て覚えてるのか!?」
「冗談だよ。本当はメラクの気配が分かるようになった」
「は?」
魔力を読むのはモリアの得意とするところだ。
メラクが変身のために使う魔力の特徴を覚えた今、正体を見抜くのは造作もない。
「はぁ……他に行くとこがないんでさ。見逃してくれやせんか?」
「僕は別にいいけど。この街の魔術師とか神殿関係者にはもうバレてるらしいよ?」
「…………」
ベルーアはシェイドの存在に気付いていた。
メラクの正体はグルイーザにも即座に見抜かれていたのだから、ベルーアがすぐに気付いたとてなんの不思議もない。
その情報は街の上層部にすぐ共有されてしまった。
「旦那が良くても、それじゃ意味はありませんわ。あっしは、あのメラクなんですぜ」
「自分の出自で自分を縛ることに意味はある? ……まあ、あるか。でもメラクなんて半ば壊滅したようなものだし、シェイドは好きなように生きたらいいんじゃないの」
「この街で、それは許されるんですかい?」
モリアは上層部からの要望と、シェイドの立場の妥協点を探る。
「そうだね……。今後この街で何か不審な事件が起きたら、まずシェイドが疑われる。それが嫌なら、その都度無実を証明することだね」
「……それがあっしの仕事ってことで、いいんですかね」
*
アニーの宿で荷物を置くと、自分の部屋から出た。
廊下を歩くとグルイーザの部屋の扉が開き、黄金の魔術師が顔を出す。
ローブは着ておらず、例の派手な魔導服姿である。
「お前の家族、行方は分かったのか」
「おかげさまでね。ひとりだけ生きてるっぽいけど……放っといても大丈夫そうだし、僕が探すまでもないかなあ」
「お前もレミーも、目的は果たしたわけか。これからどうするんだ。樹海を出るのか?」
「アリオトの里に行ってから考えるよ」
そうか、と言ってグルイーザは扉を閉めた。
今生の別れとでも思っているのだろうか。
それならもう少し、何かあっても良さそうなものだが。
――まあ、グルイーザにしんみりとした挨拶とか似合わないか。
そう考え直す。
宿の一階へと下りた。
リュートの音色と歌が聴こえていたので、ロカが来ているのだろう。
彼はライシュタットを訪れたメグレズたちと共に、こことは別の場所に泊まっている。
『降伏する! 敗けを……認める!』
何を詠っているのかと思えば、モリアとザジが出会ったときの話であった。
自分の発言を真似されるのは、こうも腹立たしいものか。
モリアは自分の中に眠っていた、新たなる負の感情を知ることとなった。
『弓矢と飛礫。いずれ劣らぬ達人同士の対決は、こうして互いに手を取り合うことで決着したのです』
勝手に人を歌の題材にしないでほしい。
ロカを横目で軽く睨む。
それに気付いた守銭奴妖精は「おっと」と言いながら、テーブル上の銀貨を慌てて仕舞い始めた。
「待て待て。次は伝説の兵種、忍びの末裔との対決だろう? 楽しみにしてたんだ!」
興奮したように言うのは高価な鎧を身に纏う女騎士、ジークリーセ。
彼女は一応、この街の実質的な総司令官である。
すっかり出来上がっているらしい。
普段は気苦労が絶えないのだろう。その反動かもしれなかった。
「次はそちらにお邪魔させて頂きますわい、リーセお嬢様」
「うむ。姫も喜ぶだろう」
テオドラ王女からも金を巻き上げる気なのか。
横目でじっとりと見ていると、ロカはそそくさと宿から出ていってしまった。
「伝説の英雄殿、今宵は一緒に飲もうではないか」
「飲みません。あと、伝説の英雄って僕よりずっと強いらしいですよ」
「そうなのか?」
「生き残りがいるみたいですからね。そのうち会うこともあるでしょう」
それは壮大な話だな、とジークは愉快そうに笑う。
酔っていると細かいことは気にならないらしい。
この天才女騎士は、冒険者にも向いているのではないだろうか。
彼女の向かい、ロカが座っていた椅子に腰掛ける。
扉を開ける音が響き、ザジが帰ってきた。
街のことを知るため、開拓者組合の仕事を手伝っているそうだ。
城壁の上から遠くの魔物を射る百発百中の弓の腕は、組合でも少し有名になっている。
「おお、ザジ殿ではないか。一緒に食事でもどうだ。私に奢らせてくれ」
「ありがとう、リーセ。頂こう」
そう言ってモリアの隣に座る。
「主殿! ふたりになんかこう、美味いものを頼む」
親父さんは苦笑しながら返事した。
お偉いさんに対しても、少しは免疫が付いたのかもしれない。
――王女の接客まで経験したんだから、酔いどれ女騎士くらいはね。
いくつもの皿に盛られた料理が運ばれ、ザジは目を輝かせた。
色々な品を味見しては、幸せそうな表情を浮かべる。
「これも美味しい。モリアも食べて」
「うん。食べてるよ」
ふたりを見るジークは実に楽しそうに、にやにやと笑っていた。
「アリオトとライシュタットが、貴殿らのように良好な関係で結ばれてくれればとても嬉しい」
何が言いたいのだろう。
ロカの歌にでも影響されたものか。
どうもモリアとザジの関係を勘繰って、内心勝手に盛り上がっているらしい。
――くだらないことを。
心中で呆れて溜息をつく。
いつぞやはジークとレミーに対し、似たようなことを考えたはずなのだが――
モリアは、自分のことは棚に上げる性格であった。
第二章 迷宮と共に生きるもの ~完~