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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第二章 迷宮と共に生きるもの
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第58話 命の循環

 勝利は出来た。

 しかし、まだ由々しき問題が残っている。


 蛇竜の王は風刃の呪符で重傷を負った際、その頭部をいつの間にか大きく持ち上げていたのだ。

 集中していて気付かなかった。

 現在地は樹海の樹々よりも高く、地上まで数十メートルはある。


 このまま蛇竜の死骸が落下し地面に叩き付けられれば、モリアも尋常ではない衝撃を受けるだろう。

 死ぬ可能性もなくはない。

 未知の事態すぎて、どれくらいの確率で死ぬのか見当もつかない。

 ラゼルフも、こんな状況の知識については教えてくれなかった。


 衝撃で弾き落とされたら、更に死ぬ確率が上がる。

 身体をしっかり固定すべく、ロープを引き寄せる。

 妙な手応えだった。


 見れば、ロープを掛けている(とげ)の表面が、灰のようになって崩れ始めている。

 足が少し滑った。足元も同じように崩れているのだ。

 この現象は。


 ――迷宮守護者が斃れるときの、灰化現象か!


 今足場が消え去って、地上に落ちたならば。

 確率も何もない。確実に死ぬ。


 ――本当にそうか?


 樹木の枝葉が衝撃を和らげる可能性はないだろうか。

 いや、真下の樹木は蛇竜が潰してしまっている。

 足先から落ちて、一命を取り留める可能性は?


 即死さえしなければ、ミーリットの治癒魔法でなんとかならないだろうか。

 なお、モリアは彼女が治癒魔法を使うところを一度も見たことがない。

 テオドラ王女によれば腕は確からしいのだが。


 色々考えるものの、半ばあきらめかけている。


 ――これはもう、自分ではどうしようもないな。


 蛇竜の王が、灰のようになって崩れていく。

 その上に立つモリアも、するりと下へと落ちた。


 だが、数メートルも落ちないうちに。

 灰が吹き散らされる中に、何故か足場があった。

 身体に何かが纏わり付いて、パキパキと折れていく音がする。

 そのまま空中で引っ掛かるように停止した。


 この感触は、樹木の枝葉だ。

 自分が今落ちたのは、密集する枝の上のようだ。

 何故こんな高い位置に。

 いや……何故蛇竜の王が居た位置に、こんなものがあるのか。


 柔らかい風と共に、視界を遮る灰は散り散りとなってやがて消えていく。

 そして、眼下の風景を一望した。


「これは……」


 モリアは、樹海に生えるそれよりも、遥かに巨大な樹の頂上に居た。




 慎重に樹を降りていく。

 ある程度下に進むと枝も太くなってくるので、枝から枝へと跳び移り、素早く降りる。

 半分ほど進んでも、なお樹海の樹々よりも高い。


 つい先程まで、こんなものはなかったはずだ。

 この場に突然、巨大な樹が生えてきたとでもいうのか。

 途中まで降りてよく見てみれば、この樹には見覚えがあった。

 この枝の上に、登ったことすらある。


「迷宮守護者――フェクダか!」


 突如現れた大樹は、あの神樹フェクダに間違いない。

 ただし、今まで見てきたものとは比べ物にならない巨大さだ。


 樹海で尽きた命を循環させる――植物の特性を表すが如き力。

 恐らくはそれこそが、この迷宮守護者の能力だ。

 この神樹フェクダは、やはり樹海で死んだ生物の力を吸い取ることが出来るのだ。

 倒れたばかりの蛇竜の王の力を用いることで、急激な成長を実現させたに違いない。

 だが。


 ――余りにも、都合が良すぎる。


 まるで、モリアを助けるかのようにこの樹は出現した。

 風刃の呪符を最初にモリアに寄越してきたのも、このフェクダなのだ。


「ああ――」


 分かってしまった。

 理解してしまった。

 風刃の呪符に力を与え、この場に大樹を出現させた理由を。

 それらの現象を起こしたフェクダの意志を。


 全てに気付いたモリアは今、確かにその意志を感じ取ることが出来ていた。


「アルゴ……。()()()()()()()




 そして、フェクダ――アルゴは意志を言葉として伝えてくる。


『白氷竜ドゥーベとの戦いでね。ぼくが最後に倒れたんだ』

「…………!」


 姿は見えない。

 それでも、確かにアルゴの声だ。


『以前言った通り……迷宮で命を落とした者は、いずれ別の存在となる。ぼくの場合は、このフェクダの一部となったわけさ』

「アルゴは、それで――」


 それでいいのか、と言いたかった。

 だが……モリアの知るアルゴならば、恐らく。


『セルピナには済まないことをしたと思う。間に合わなかったんだ。迷宮で循環する命のひとつとなってもいいなんて、ぼくぐらいだろうからね』

「自覚、あったんだ……」

『まあね』


 アルゴの説明に、少し疑問を感じて聞く。


「アルゴだけが残って、セルピナが間に合わなかったって、なら他の皆は……?」

『院長はそもそも人間だから、死して迷宮守護者になることはほぼあり得ない。フィムは、どうなったのかよく分からないんだ。そして、セルピナは間に合わなかった』


 ラゼルフ、フィム、セルピナは、最初に命を落としたということだろうか。


『ぼくはね、モリア。兄弟が死んだときにも備えていた。望まずして、迷宮に飲まれる者がいないように。だから、魔導護符を作った』


 迷宮に飲まれないために、魔導護符を。

 アルゴはあれを形見だと言っていた。ふたり分であるとも。

 では、『二竜の護符』とは誰の形見だというのか。

 モリアにはもう、答えが分かっていた。


『それは、きみのふたりの師匠――サンとティーリスの形見だよ』


 やはりそうなのか。

 そして、その護符はただのアミュレットではない。

 アルゴは、兄弟の心が迷宮に飲まれることがないようにと護符を作ったのだ。

 それが意味するところはつまり――


「魔導護符をその身に宿した者はいわば魔物の一種。だから、別の魔導護符に封じることが出来る。そういうことなのか……」

『そう。そしてそれこそが。迷宮の命の循環から魂を隔離する、ぼくが思い付ける唯一の方法だった』


 モリアは二竜の護符が納められたホルダーへと無意識に触れた。

 このアミュレットには、サンとティーリスの魂が封じられているのだ。

 その事実を、どう受け止めればいいのか分からない。


 この護符は、まともに機能することはないとアルゴは言っていた。

 然るべき呪文を唱えても、ふたりがこの世に蘇るわけではない。


『モリアのもとに――サンとティーリスを帰してあげたかったんだ』

「…………」


 そうだ。難しく考える必要などなかった。

 ただ、こう言えばいい。


「ありがとう、アルゴ。ふたりの形見は、確かに受け取ったよ」


 アルゴの姿は見えないが……そっと頷いたような、そんな気配を感じ取った。

 そして――


『あ、忘れてたけどエリクは多分生きてるよ』

「いや……忘れてたって」

『モリアも忘れていただろう?』

「それは、まあ」


 あの男が死んだとか言われても、そう信じられるものではない。

 だから無意識に除外して考えていた。


『あと最後に。あまり周りの人を振り回してはいけないよ』

「どういう意味?」


 アルゴの気配がフェクダの奥へと遠退いていく。

 別れを悟ったアルゴとモリアは、互いに最後の言葉を交わす。


『モリアは、ラゼルフ孤児院一の問題児だったからね』

「アルゴたちにだけは、言われたくないんだよなあ……」

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