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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第二章 迷宮と共に生きるもの
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第57話 蛇竜の王

 レミーとザジが、ワームを倒し戻ってくる。

 モリアたちもそれを出迎えるように丘から下りて、里のほうへと向かう。

 メグレズの里――すなわちその砦では、住人たちが外を窺っている様子が見えた。


 地上では二体のワームしか見えていないので、数が合わないと不安に思っているのかもしれない。

 早く知らせてやろう。

 もっともモリアがそう思うまでもなく、ロカが急いで知らせにゆくだろう。


「里の者の命は救われた。おぬしらは最高の戦士じゃ。吟遊詩人の(うた)う伝説に、末永く語り継がれるじゃろうて。ありがとうよ」


 六人が集まり、ロカが皆に礼を言う。

 モリアとザジにしてみれば、自分たちの拠点を守るためにしたことだ。

 少し面映ゆい。

 だが今だけは、この小さな友人の賛辞を素直に受け取ろう。

 詩人の歌に残されるのは御免被るが。


「…………待て」


 グルイーザが低い声で言った。

 ロカたちは、「ん?」といった感じの不思議そうな反応を示す。

 だが――


 モリアとレミーは違った。

 ふたりはグルイーザの発言が本気か冗談か、ある程度判別できるようになっていた。

 今の声色から、かつてないような不穏な気配を感じ取る。

 警戒心が最大まで跳ね上がった。

 他の四人を守るような配置に、そして武器をいつでも抜ける体勢へと瞬時に移行する。

 レミーはそのままロングソードを抜いた。


「えっ?」

「どうしたのじゃ?」


 ミーリットとロカが疑問の声を上げる。

 ザジにも何が起きたのか分からなかった。

 しかし、モリアとレミーの反応からすれば只事ではないのは明らか。自らもすぐに弓を構える。


 グルイーザは眉間に皺を寄せながら樹海の北側を睨み付けている。

 そして、モリアもその気配に気が付いた。


「もう一匹……居る? グルイーザ」

「何故だ。何故今まで気付けなかった。隠蔽? 違う。眠って……いやがったのか?」


 グルイーザはぶつぶつと自問自答している。

 気配は徐々に大きくなっている。

 ザジがその魔力を感知した。


「大きい……。話に聞く成体のワームとやらか?」

「こいつは、そんな生易しいもんじゃねえ」


 地の底から唸るような地鳴りが聞こえてくる。

 そして、轟音と共に大地が揺れた。

 ワーム出現の前兆。それとは比べ物にならない規模だ。

 樹海の樹々が、メグレズの山砦さえもが、揺れていることをはっきりと視認できる。


 そして――

 そしてその元凶は姿を現す。

 樹海の奥。大地の底からゆっくりと。

 いや、遠目にはゆっくりに見えるだけかもしれない。

 樹々が盛り上がり、土砂や岩塊が上空へと跳ね上げられている。

 樹木を巻き上げながら、巨大な何かはその高さを増していった。


 ワームだ。

 多分間違いない。

 途轍もなく巨大なワームが出現したのだ。

 その身体に絡み付くようにしていた樹木が地面へと落下する。

 土砂が落ちて舞い上がる砂埃よりも高く、それは昇っていく。


 徐々に、その表面が見えてくる。

 正面には頑強そうな鱗しか見えないが、側面には巨大な(とげ)が幾つも生えている。

 樹海の樹々は、その棘に絡め取られるように上空に持ち上げられていたのだ。

 その先端、頭部と思しき場所を見て気付いたことがある。


 ――あれは、顎の裏側か?


 恐らくこのワームは今、モリアたちの方向に下側を向けている。

 下側は接地面であるからして、棘が生えていないのだ。

 先端部は徐々にこちらの方へと倒れ込んでくる。

 モリアたちを――いや、厳密には里のほうを向こうとしている。


 (かお)だ。


 そのワームには(かお)があった。

 顎門が、鼻が、眼球が。

 接地面を除く上半分を無数の棘で覆われた、それはまさしく――


 まさしく、『竜』の貌がそこにあったのだ。


「蛇竜の王……」


 グルイーザが絞り出すように言った。


「蛇竜の王じゃと!?」

「ワームの最終進化形、迷宮守護者リントヴルム……。おい、里の住人を避難させろ。今すぐだ!」


 あの『蛇竜の王』とかいう迷宮守護者は、明らかに里のほうを向いている。

 だが、里というよりは人の集まりに反応しているのではないか?

 だとすれば、避難に果たして意味はあるのか。

 それでも、猶予など許されない。

 ロカも、他の者も、里に危機を伝えるべく動こうとした。

 動こうと、したのだ。


 オオォォォ――と、咆哮が響く。


 ワームと同じ唸り声、しかし相手はまだ遠く離れているというのに、ここまではっきりと聞こえる。

 どさりと音がして、走り出そうとしていたロカがその場で倒れた。

 あのザジが、よろめいて膝を突いた。

 レミーが、ロングソードを地面に突き立てて身体を支えた。

 グルイーザでさえも、苦悶の表情で耳を塞ぐ。


「ど、どうしたんですか皆さん!」


 何故か無事なミーリットは異常事態に目を見張っている。

 彼女は神聖魔法による、恒常的な加護を受けているのかもしれない。

 体格に比して異様な腕力を持つのも、その効果なのだろう。

 耳を塞ぐことに意味がないと悟ったグルイーザは、両手を離し叫ぶ。


「これは……麻痺咆哮(パラライズロア)! なんてえ威力だ!」


 あの咆哮は、聞いた者を無力化させる効果を持っていたのか。

 モリアはミーリットに向けて言う。


「ミーリット、なんらかの加護で皆をあの声から守れないかな。ロカは担いでいくしかなさそうだけど、すぐここから逃げてほしい」

「そ……それじゃあメグレズの里は……」


 身体の小さいメグレズは、咆哮に耐えられなかったのだ。

 砦の中はもしかしたらまだマシかもしれないが、まともに動ける者がいるかは分からない。

 仮に動けても、外に逃げれば確実に気を失うだろう。


「そっちは、僕がなんとかする」


 苦しそうな表情のグルイーザが、モリアを咎めるように言う。


「馬鹿なことを言うな……。煉獄じゃヤツの核には届かない。お前も逃げるんだよ……」


 倒れているロカを見た。

 メグレズの里には結局まだ訪れていない。

 思い入れなど何もない。

 メグレズの技術があれば、ライシュタットの助けになる。

 そう思ったから協力したまでだ。

 身命を賭して遂行するようなことではない。


 でも――


 この小さな友人が。

 見ず知らずの里の住人である、モリアに救いの手を差し伸べたのだ。

 未知なる樹海迷宮でも生きていけるという、希望の道をライシュタットに示したのだ。

 思えば最初に出会ったセトラーズが彼であったことは、なんという幸運か。


 この友人が悲しむところは――見たくない。


「試すだけ試してみるよ。逃げるのはそれからで」


 グルイーザはモリアを睨み、目を閉じて、再び目を開けると言う。


「お前、本当に勝手だよな。タコ坊主の言う通りだわ」


 タコというのは南方海に棲むという、悪魔のような姿の魚のことだろうか。

 もちろん図鑑でしか見たことはない。

 八本足の知人に心当たりはなかったが、丸い頭という共通点から、ギルターのことを指しているのだと思い当たった。


「リントヴルムの核は頭部の棘に守られているから、それをなんとかする必要がある。それから、いくらお前でもあの咆哮を間近で受けるのは無理だ。前のワームみたいに、口腔内を攻撃しようなんて考えるんじゃねえぞ」


「参考にするよ。ありがとう、グルイーザ」


 言われずとも正面から攻撃するのは懲りたので、試すつもりはなかった。

 頭部は棘も含めると外殻が分厚く、煉獄の射程距離では核まで届かないということだろう。

 対策は思い付かないが、傾向は分かった。


「ミーリット、あとお願い!」

「必ず帰ってきてください! モリア!」


 皆に背を向けて駆け出した。

 蛇竜の王はゆっくりと前傾姿勢へ移行している。

 もし他のワームと同じように走り出したら、攻撃の切っ掛けも掴めない。

 何より、あの巨体で動けばあっという間に里に到達してしまう。

 迷宮守護者リントヴルムとやらが、どれほどの格かは知らないが。

 高位の迷宮守護者であれば、降魔の障壁も意味を成さないという。


 急がなければならない。

 メグレズの里周辺特有の荒野を駆け抜け、樹海へと突入する。

 そのとき、腰に括り付けた荷物から微かな魔力を感じた。


 ――なんだ?


 立ち止まっている暇はなく、走りながら自分の身体を見下ろす。

 魔力はどうやら、魔除けの札(アミュレット)を仕舞うためのベルトホルダーから漏れているようだ。


 あの神樹フェクダの枝に無造作に置かれていた、アルゴの装備品である。


 不審に思い、ホルダーを開けて一枚のアミュレットを取り出す。

 手に取った札は、光を放ちながらぼろぼろと崩れ去った。

 光の粒子は再びホルダーに戻り、他の札に魔力を宿したようだ。

 その札も手に取ってみたが、同じように崩れ落ちる。


「なんなんだ? こんなときに」


 今はこんなものに構っている場合じゃないが、はっきりいえばこの装備品はかなり怪しい。

 アルゴへの手掛かりだと思って一応は所持していたが。

 今から危険な戦いに挑むというのに、僅かな不安要素も残したくはなかった。

 モリアはその場で急停止する。


 ホルダーの中の札を、まとめて掴み出す。

 それらの札は次々に崩れ落ち、光の粒子はまたホルダーの中へと戻っていく。

 何度か繰り返すと、最後に二枚の札が残った。


 片や、アルゴが作成したらしい魔導護符――『二竜の護符』。

 この札からは相変わらずなんの反応もない。

 問題はもう一枚。

 先程から漏れ出ている光の粒子は、最終的に全てその札が吸い込んでいる。


 その札は、『風刃の呪符』と呼ばれるアミュレットだ。 


 光の粒子の正体は、呪符に込められていたはずの魔力である。

 ぼろぼろに擦り切れ力を使い果たしたと思われていた呪符は、最後に残されていた『札そのものを形成している魔力』を分解し、一箇所へと集めたのだ。

 懐かしい魔力が風刃の呪符を満たしている。

 モリアは確信した。


 ――アルゴは、生きている。


 この戦場の何処かで。

 いや、ひょっとしたらそれよりも前から。

 モリアのことを見守っている。

 何故姿を現さないのか。

 今はそんなことはどうでもいい。


 モリアは再び走る。

 地響きと共に、蛇竜の王はその胴体を完全に樹海へと沈めつつあった。

 下に生えていた樹々は、次々に薙ぎ倒されていく。


 モリアは側面から近付いていった。

 標的は今にも走り出しそうである。

 倒された樹木に跳び乗り、その上を駆ける。

 そして、蛇竜の体表から生える巨大な棘へと跳び移った。


 ――セルピナの樹木兵相手に何度も繰り返した動きが、こんなところで役立つとは。


 そのまま胴体へと駆け上がった直後、蛇竜は走り出した。

 振り落とされぬよう、背中の上に垂直に生えた棘に掴まる。

 棘の長さはおよそ三メートル。

 胴体の直径は十メートルを超える。その上更に棘が生えているのだ。


 確かに煉獄の呪石で攻撃しても、これでは表面を削るだけで終わってしまう。

 鱗や棘に掴まりながら、頭部を目指した。


 頭部の首周りは更に太い。

 もはや棘というより角の付いた兜であった。

 その奥で、魔力核は守られている。


 魔力核の直上に辿り着いた。

 風刃の呪符を取り出すと、角の表面に置く。

 呪符は僅かな光を発し、その場に貼り付くように留まった。

 モリアはすぐに十メートルほど後退する。


 ――ぎりぎり巻き込まれない位置……この辺りか?


 背嚢から鉤付きロープを取り出し、背中の棘と自分の身体をつなげて固定する。


 標的は走り続けるだけだ。

 この巨大な迷宮守護者にとって、モリアなど身体にたかる虫のようなもの。


 蛇竜の王にとってモリアは敵ではない。

 相手にされていない。

 存在を気付かれてすら、いないのだ。


 ――それが、お前の敗因だ。


 風刃の呪符は、術者の攻撃魔法を込めた通常の呪符とは違う。

 神代の昔、世界に拡散したと言われる神の力を集めて行使するアミュレット。

 原理としてはミーリットの使う神聖魔法に近い。

 当然モリアでは、神の力を感じ取ることなど出来ない。

 呪符があってこそだ。


 これを起動するには古代語の理解が必須だが、呪文自体は単なる合言葉にすぎない。

 グルイーザの呪石と同じだ。

 札に刻まれた言葉を王国語で読み上げれば、それでいい。


 そして、モリアは()()()を叫ぶ。


「――四方を司る北の風、セプテントリオンよ」


 世界に溶け込む普遍なる神の力。

 北壁山脈の上空には、強大な風の神力が渦巻くのだという。

 北の迷宮に冠される『セプテントリオン』の名は、風神の呼び名でもあるのだ。


「――我が敵を、切り裂け」


 呪文の完成と共に、風刃の護符は砕け散った。


 蛇竜の王が現れたときとは真逆の方向、遥か天空の彼方より轟音が響く。

 音は凄まじい速度で、呪符があった位置を目掛け落ちてくる。

 北天より舞い降りる風神の剣、不可視の風刃が蛇竜の首に叩き付けられた。


 強烈な突風が標的の首を中心に吹き荒れる。

 モリアは蛇竜の頭部後方――背中の棘を盾にして、棘と自分の身体をつなげたロープにしがみつく。


 激しい破砕音と共に、蛇竜の角が折れて宙へと舞い上がった。


 暴風は止みつつある。

 標的の頭部を覆う兜は粉砕され、内部の肉が完全に露出していた。

 魔力核はその表面から三メートル程度。


 悲鳴のような咆哮と共に、蛇竜の体は大きく震える。

 揺れる足場の上で、モリアは棘の前方へと躍り出た。


 蛇竜の背中と棘、二点を足場とした上に片手でロープを引く。

 三点で下半身を完全に固定させ、上体を捻る。

 もう片方の手に握られるのは、グルイーザより受け取ったあの呪石だ。


 ――たとえ自分たちを滅ぼすことが、迷宮の意思だったとしても。


 所詮、迷宮など人の造ったもの。

 迷宮に生かされるのではなく、迷宮と共に生きる道を模索すればいい。

 セトラーズの力でも、迷宮守護者を打ち破れることを示せばいい。


 標的を貫かんばかりに、呪石を投擲した。

 石はむき出しの肉を破り、その奥深くへと突き刺さる。


 ここでようやく蛇竜の王は、己の頭上に居る敵の存在を認識した。

 死角のため眼球で姿を捉えることは叶わぬが、その気配を察知することは出来る。

 モリアに向けて、明確にして猛烈な殺意を向けてきた。

 しかし。


 ――今頃本気になっても、もう遅い。


「――浄罪の獄炎」


 蛇竜の頭部に埋まった呪石はその力を発動する。

 展開される直径五メートルの結界は、魔力核を完全に捉えていた。

 この世のあらゆる敵を撃滅せしめる獄炎が、閉じた世界の全てを焼き尽くす。


 風刃に折られて舞い上がっていた巨大な角が、樹海へと落下する。

 それが地面に突き刺さると同時に、蛇竜の王は息絶えた。

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