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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第二章 迷宮と共に生きるもの
54/106

第54話 忍び

 北方草原で三十人の同胞を殺した者たちを討て。

 シェイドはそう命じられた。


 ――無駄なことを。


 面子が大事だということはシェイドにも分かる。

 メラクは恐れられなくなったら終わりだ。

 他のセトラーズの報復を招けば、いずれ疲弊して瓦解するだろう。


 だが今は守るべき拠点もなく、同胞も残り僅か。

 武威を示すことになんの意味があるのか。


 あの王国人の小僧とアリオトの小娘、ついでにメグレズもひとりいたが。

 奴らに差し向けられた追っ手は五十に満たない。これでは前回と大差ない。

 また同胞が無駄に死ぬだけではないのか。


 前と違うのは、魔術師などの搦め手を得意とする者が多数いることだ。

 勝率は確かに上がったが、それでも不安は残る。

 敵を討つことがそれほど大事なら、幹部が出向けばいい。

 それならば確実に勝てる。


 ――もしや、捨てられたのか。


 メラクが樹海迷宮を流浪する身となった今、シェイドたちは足手まといなのかもしれぬ。

 三十もの手勢を失ったシェイドに対して罰はなかった。

 無駄に戦って死ぬより情報を持ち帰ることこそが大事、というのはシェイド側の理屈に過ぎない。

 幹部の考えまでは分からぬ。

 首尾良く敵を討てれば良し、そうでなければ死ねということかもしれない。




 標的の追跡はさほど難しくなかった。

 僅かな痕跡もシェイドは見逃さない。

 最初はメグレズの里に向かっているのかとも思ったが、途中で路を逸れている。


 シェイドの名と能力は、かつて帝国末期を生きたひとりのレプラコーンのものである。

 帝国上層部に仕える、盗みと暗殺を極めた《(しの)び》と呼ばれる兵種。

 歳老いたレプラコーンの(しの)びは、自分の技術を後世に残したかった。

 ゆえに自ら、その寿命と名を今のシェイドに差し出したのだ。


 前例がないわけではない。

 長命種のメラクに自分の知識を引き継がせる者は、他にも存在した。

 なんらかの使命感を持った者が、自分の死後を憂いて後継者を求めるのだ。


 メラク自身は成長とは縁遠い存在。

 長命ゆえに、もしくはその特性ゆえに――あるいはその両方。

 つまらない者を模倣すれば、メラクもつまらない存在となる。


 しかしメラクは帝国の国民であり、簡単に他者の寿命を奪えるわけではない。

 無法を通せば、国民ではなく討伐対象となってしまうのだ。

 そんな状況の中、盗賊ギルドは命を奪っても構わない相手だった。

 影に潜んで生きるメラクにとって、この上ない隠れ蓑。


 ――その成れの果てが、あの愚かな同胞たちだ。




 標的はメグレズの里の近くにある地下迷宮にいるらしかった。

 発見したのは遠距離の索敵に優れた魔術師である。

 現場に到着した兵たちがざわめく。


 そこには巨大なワームの幼体……いや、成体に成りかけたそれの死骸がふたつ、横たわっていた。


 死後間もないことから、倒したのは例の一行に違いない。

 一体はメグレズの魔法武器で頭部を貫かれているのだ。


 だが、もう一体はなんだ。

 ワームの上顎がごっそりと消え失せている。

 まるで鋭利な刃物で、丁寧にこそげ落としたかのような断面だった。

 こんな――こんなことが出来る相手とは、戦うべきではない。


 兵たちは他に選択肢がない。

 それに、勝てると思っているのだ。

 北方草原でやられた者たちは下っ端にすぎない。ここには腕の立つ戦士や、複数の魔術師もいる。

 それでも地下に乗り込むのは分が悪い。逃げられたなら、そのときは追えば良いということになった。

 奴らが出てくるのを、じっと待った。




 地上に出てきたとき、敵の人数が増えていた。

 アリオトがふたりもいる。

 まともに戦おうとすれば、どれだけ被害が出るか分からない。

 逃がさぬよう取り囲んで、可能ならば魔法で仕留めるべきだった。


 しかし、相手の狙いも同じであった。

 新手のローブ姿の敵は魔術師だったのだ。

 使われたのは恐らく、一定以下の体力の者を死に至らしめる魔法。


 この戦いの要であった魔術師たちは、ひとり残らず即死した。

 腕の立つ戦士は残ったものの、それでは足りない。

 力任せでは、奴らには勝てないのだ。


 息を潜めて戦況を見守った。

 前回もそうしていれば、見つからなかったのだ。

 北方草原の戦いで最後に見つかってしまった理由。

 恐らくは隠蔽魔法に反応されたのだと、シェイドは結論づけた。


 あの王国人の小僧は、魔力の流れに対する感覚が鋭い。

 魔法抜きであれば、あの小僧よりも自分のほうが上のはずだ。


 そのはずだったが、奴は今ひとりでこちらに向かってきている。

 メラクの兵、四十六人は全滅。

 生き残ったのは、またもシェイドだけだった。




 ――どうして、ひとりで来る?


 その理由を考える。

 あの小僧は、敵の中で最も動きが速い。

 シェイドが逃げても、今度は息の根を止めるまで追いかけてくるつもりだろうか。

 向こうの立場にしてみれば、シェイドを逃がしたせいで今回の襲撃を受けたようなものだ。

 当然の判断かもしれなかった。


 見つかった理由は分からない。

 今度は逃げ切れぬだろう。


 ――やるしか、ねえのか。


 討ち取れるならばそれで良し。

 負ければ死ぬだけだ。

 自由な人生に憧れもしたが、所詮自分には無理な世迷い言だった。

 (しの)びとなることを選んだのは、かつての自分ではないか。


 相手の側面を取るべく、樹木の枝を伝って移動を開始する。

 敵の視線は真っ直ぐこちらを追尾した。


 まさか――見えているはずがない、と思いながらも短剣を投擲する。

 僅かな動きで躱され、お返しとばかりに石礫(いしつぶて)が飛んできた。

 こちらも僅かに移動して躱す。


 石礫は、樹木の表皮にめり込んでいた。当たれば只では済まない。

 こちらの短剣には限りがあるというのに、向こうはその辺の石ころを武器に出来るのだ。

 下手をすれば、威力すら相手のほうが上かもしれない。


 ――そりゃあねえぜ。


 慌てて他の樹に跳び移る。

 追撃するように、更には行く手を阻むように石礫が飛んでくる。

 動きを完全に見切られていた。


 自分が今まで見つからなかったのは、戦闘に参加せず、動いていなかったからにすぎない。

 戦おうと動けば、即座に反応される。

 自分のほうが相手より上など、思い上がりだったのだ。


 樹の陰に隠れるように移動する。

 石ころで樹木は貫けまい。

 追ってきたのがアリオトの小娘だったならば、それすらも警戒する必要があったが。


 敵の足は速い。

 体力は未知数だが、『長時間追跡されたら負ける』とシェイドの直感が告げていた。

 真っ直ぐ逃げれば石礫の的、蛇行して逃げれば追うほうが速いのだ。


 今の体力ならまだ石礫も躱せる。

 近付いて反撃するしかない。致命傷には至らずとも、足止めできればそれでいい。

 相手の周りを旋回するように、樹の陰を伝って距離を詰める。


 短剣と石礫が交差する。

 互いに決め手にはならず、位置を入れ替えるように移動する。


 ――いける。


 中距離戦なら互角だ。

 逃げようとすれば確実に負けるだろう。

 だが死中に活を求めれば、決して戦えない相手ではない。


 ふと、違和感を覚えた。


 ――なんだ、これは。


 今居る場所は、小僧が潜んでいた樹の前だ。

 目の前の樹の幹に、何かがある。

 札のようなものが、貼ってある。


 それは――()()()()()()()()()()()()()()だった。

 シェイド自身も呪符魔法の使い手なのだ。見間違えるはずもない。


 ――うっ!


 全身が総毛立った。

 脳裏をよぎるのはあのワームの死骸。

 あれは、どう考えても魔法攻撃によるものではないか。

 シェイドはそれを実行したのが、新手のローブ姿の魔術師なのだと、何処かで決め付けていた。


 あの魔力感知に優れた小僧が魔法を使えないなどと、どうして決め付けたのだ。

 そしてもしこの呪符が……ワームを殺したそれと同じものであれば。


 発動した魔法は樹木を抉り、シェイドの上半身を消し飛ばすだろう。

 あの、ワームの上顎のように。


「う、うおおぉっ!!」


 恐怖の感情が湧き上がり、反射的に後ろに跳び退いた。

 勝負はそこで決した。

 シェイドが跳び退いた正にその位置を目掛けて飛来した石礫が、脇腹に突き刺さったのだ。


 まるで、時間が止まったような感覚だった。


 樹の幹に貼り付けられたアミュレットが視界に入る。

 ゆっくりと、はっきりと感じられた。

 そのアミュレットはぼろぼろに擦り切れていて、魔力など欠片も感じ取れなかった。

 あんなものが使えるわけがない。


 ――騙された。


 そして、シェイドは地面に叩き付けられた。




 常人なら即死でもおかしくはない。

 空中にいたことと、レプラコーンの軽い体重のおかげで衝撃が緩和された。

 もちろん着込んでいた鎖帷子(チェインメイル)の性能や、忍びとして鍛え上げられた屈強な身体のおかげでもある。


 小僧が歩いて近付いてきた。

 子供のような見た目なのは、レプラコーンの外見であるシェイドも人のことを言えぬ。

 しかしこの人間は実際若造であろう。


 接近戦では勝ち目はない。

 シェイドはもう詰みの状態だった。

 人間の小僧は、倒れたシェイドのそばで立ち止まった。


「僕はモリア。ライシュタットのモリアだ」

「あっしは……メラクのシェイド」


 名乗られたので、なんとなく名乗り返す。

 裏方の(しの)びである自分が敵に名乗るなど、今まであっただろうか。


「シェイド。取引をしないか」


 何を言い出すのか。


「あっしは……あのメラクなんですぜ。生かして帰したら、今度こそ確実に、あんたに報復する。そうは思わねえんで」


 思わないのだとしたら、随分と舐められたものだ。

 この期に及んでそう思われるのは面白くなかった。

 自分はこのモリアとかいう人間と、それなりにいい勝負をしたではないか。

 実力を認められたっていいはずだ。


 そんな馬鹿げた意地から出た発言のせいで、殺されるのかもしれない。

 勝負は付いているのだ。仕方がないだろう。


 だが、モリアからの返答は思いもよらないものだった。


「メラクはそういう集団かもしれないけど、シェイドは戦うことが好きじゃないんでしょ?」


「…………は?」


 何を、言っている。


 ――そうなのか?


 戦うことが、好きではないだと。


 ――そうだったのか? 自分は?


 臆病者、卑怯者の(そし)りを受けることはあった。

 情報を持ち帰るためとはいえ、同胞を見捨てて逃げたのだ。

 どうして否定できようか。


 戦うことが、好きではない。


 そんな表現でシェイドを評する者は居なかった。

 元となったシェイドという人格、そして今の自分自身を含め。

 ずっと戦うことが人生だったのだ。

 自分も、周りもだ。


 だが本当は――元のシェイドも、今のシェイドも。


 ――そう、だったのか。


 自分の価値観が音を立てて崩れ去る、そんな感覚にシェイドは見舞われていた。





 モリアはこう考える。

 戦うことを好まない者など、いくらでもいる。

 言うまでもないことだ。

 王国でも、恐らくメグレズでも、そんなことは常識だろう。

 アリオトは少し怪しい。


 モリアが育った孤児院では、皆がラゼルフの冒険譚に憧れていた。

 憧れてはいたが、兄弟たちと模擬戦をしたり、狩りで生き物の命を奪うことが苦手な者はいた。

 そんな者たちは、十二歳で孤児院から去っていった。

 あのような環境で育っても、苦手なものは苦手なのだ。


 今の仲間たちでいえば、ミーリットもそうであろう。

 魔物相手ならまだしも、人同士の戦争には向いていない。


 別にメラクの中にも、そういう者がいておかしくはないのだ。

 グルイーザも、彼らはれっきとした帝国の民だと言っていたではないか。

 道理も通じない者たちを国民にするとは考えづらい。


 ロカが、そしてザジが、メラクについての情報を教えてくれた。

 数多の血を流した、曰く凶暴なセトラーズ。

 その言葉自体に嘘はないと思う。

 だが、正しいことを言っているのかどうかはまた別の問題だ。

 メラクがいかなる集団かは、モリアがモリア自身の目で見極めるべきなのだ。


 ――思えば、殺気を感じない戦い方だった。


 シェイドは常に安全圏を好む傾向があり、積極的に勝負に出ることが少なかった。

 逃げることが難しいと悟ったときの、最後の反撃くらいのものであろう。


 シェイドは戦いを好まない。

 これほどの戦う才があるというのに、現実とはままならないものだ。

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[一言] >アリオトは少し怪しい。 まぁ、レミーもザジも、ねぇ?
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