第47話 混戦
モリアが何もしなくとも、メラクとライシュタットはいずれ接触していただろう。
そして、その出会いは恐らく不幸な結果を生む。
誰が接触しても同じなら、『開戦の原因』という貧乏くじを自分が引いても構わない。
開拓者や衛兵が無駄に命を落とすよりマシというものだ。
今一度死体を目視する。
倒れた男たちが着る服には、鍵をモチーフとする刻印があしらわれていた。
確かに盗賊ギルドの紋章である。
現王国では、盗賊であるなどと自分からバラす者はいない。
普通は盗賊ギルドの構成員であることは隠すものだ。
旧帝国末期の感覚なのだろうか。
全盛期の盗賊ギルドであれば、むしろ周囲を威嚇するためにわざと存在を誇示することすらあったという。
外界から隔絶された迷宮の中で、彼らの時間は当時のまま止まっているのかもしれない。
死体を悠長に調べている時間はなかった。
今は、敵勢力に共通する特徴を確認するだけだ。
向かってくる集団の側面に回り込むように、モリアも移動を開始する。
草むらに隠れるよう、身を低くして駆ける。
対してメラクの一団は、姿を隠すことなく前進していた。
三つの小隊に分かれ、左右に展開している形だ。
服装は先程倒した男たちと同じ。
人間とあまり変わらぬ外見の者だけでなく、かなり異形の種族も混ざっているように見える。
単なる被り物の可能性もあるが、もう少し近付かないと分からない。
敵はこちらの位置を把握していたはずなのに、隊列の動きに変化が見られない。
モリアが場所を変えても、相変わらず先程の位置に向けて移動している。
考えられる理由は幾つかある。
自分たちが移動している音で、こちらの音を聞き取れなくなった。
あるいはモリアという敵の存在ではなく、殺された味方の状況しか把握していない。
――グルイーザやロカのような、魔法による索敵じゃなさそうだ。
ならば幾分かはやりやすい。
片翼のパーティに近付き、飛礫の射程距離に捉える。
空気を切り裂く飛礫の音と共に、最初のひとりが倒される。
続けてふたり、三人――
草むらに伏せようとした四人目は、そのまま頭を砕かれた。
頭部を守るように防御姿勢を取った五人目は鳩尾に投石を受けて崩れ落ち、やはり頭に止めの一撃を貰う。
中央の小隊が異変に気付いたとき、片翼の小隊はすでに全滅していた。
中央を崩すべく前進したモリアは、そこで指揮官らしき敵の姿を確認する。
人間と変わらぬ体格と服装、しかし頭部の形状が著しく異なっていた。
その敵は、ネコ科の猛獣のような頭をしていたのだ。
――獣人族!?
初めて見る。
それはそうだ。獣人族など希少種も希少種。
北の辺境などで見かけるはずがない。
その五感は人間よりも野生の獣に近いらしく、ならば遠距離から戦闘を察知されたのも納得だ。
接近中に見つからなかったのも、先の推測から大きくは外れていないだろう。
一瞬、『こんな希少種を殺したらマズいのではないか? 学術的な意味で……』などと考える。
もちろん考えただけであり、実際に手を止めるわけではない。
五感に優れる獣人は、石礫の一撃を急所から外した上に、白兵戦での身体能力も高かった。
それでもモリアの技量には及ばず、中央の小隊は全滅。
残る小隊も駆け付けたが、程なくして全て倒された。
草原に居たメラクの総勢約三十のうち、半数が死亡した。
残りがどう出るかは分からないが、これで終わりでいい。
戦争であれば、とうに終了している割合の犠牲者数だ。
もちろんここに居るのがメラクの全てなどとは思っていない。
報復もあるだろう。
しかし、口封じのための皆殺しになどする気はない。
――そんなことに、意味は無い。
見えていないだけで他にも伏兵や斥候が潜んでいるかもしれないし、それらの者が逃げれば同じこと。
それに事実を隠蔽するくらいなら、初めからこんなことはしていない。
ライシュタットを新たな戦いに巻き込んでしまうかもしれないが。
彼らとて降りかかる火の粉を払えるくらいでなければ、この樹海では生き残れないだろう。
ふと、メラクへの疑問――心に引っ掛かっているものの正体が判明した。
メラクの総数は知らない。
しかし、ひとつひとつの種族であれば、そこまでの人数はいないのではないか。
今戦った敵部隊に獣人はひとりしか居なかった。
全体での割合もそう変わるまい。
ならばどうやって長い歳月、種を根絶やさずに保ってきたのだ。
――やっぱり何かおかしいな。メラクという集団は。
新手が近付いてきた。
こちらに来ていなかった残り半数の集団から、何人かが向かってくる。
様子を見に来ただけかもしれない。
降伏の使者であればよいが、彼らはそういうことをするガラだろうか?
そもそもモリアはまだ草むらの中に隠れているので、見つかってはいないだろう。
他にも獣人種がいるのなら別だが。
瞬間――――怖気が走った。
今まで感じたこともないような、言い知れぬ脅威。
視界の塞がれた草むらの遥か向こうから……草を千切るような音が、凄まじい速度で近付いてくる。
何度も聞いた音だ。
それはモリア自身が投げる飛礫が、草を千切り標的に襲いかかるときのそれと同じ音だった。
同じだが、違う。
速度も威力も、飛礫よりずっと上だ。
命の危機を直感し、反射的にその場から跳び退く。
音を立てて気配を発してしまうことなど、構っていられない。
そもそもこの『攻撃』をしてきた相手には、すでに居場所を察知されいる。
跳び退く瞬間にそれが見えた。
草むらの中を猛烈な速度で飛来したのは『矢』だ。
どこから射っている?
ほとんど水平に飛んできたということは、射手も草むらの中から射ったということだ。
敵の姿も見えない、自分の周囲すらも見えない、そんな状況からここまで正確な一射を放ったというのか。
跳び退いた後、即座にモリアは跳ね起きた。
矢の飛んできた方向を確認する。
誰も居ない、何も見えない。
こちらに向かってきている他のメラクは視界に入った。
射手は彼らではないし、恐らくたいした使い手でもない。
だが。
――見えているのがふたりだけ? 他はどこに行った?
第二射が放たれた。
今度は矢が放たれた場所をほぼ特定できた。
五十メートルほど先の草むら。
しかし、誰の姿も見えない。
草むらに跳び込んで二射目を躱す。
矢は斜め上空に向けて飛んでいった。
敵はやはり草原の中に身を沈め、低い位置から射っているのだ。
こちらも身を低くして草原を駆ける。
この射手に対して隠れる意味はあまりないようだが、これほどの相手だと残るふたりの存在も面倒だ。
彼らの相手をしているときに射たれたら、矢を躱せない可能性も高い。
今は辛うじて躱しているが、これ以上近付かれるとそれも難しくなる。
だが、最低でも三十メートルまで近付かなければ飛礫での反撃すら出来ない。
冷や汗が流れる感覚。
レミーと初めて会ったときにも似た予感。
それは――『この相手には、勝てないのではないか?』という予感だった。