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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第二章 迷宮と共に生きるもの
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第46話 メラク

「魔物でないとしたら、セトラーズってことになるのかな」

「この辺りに集落はないはずじゃがな。吾輩らもこうして移動している以上、何が居てもおかしくはないか」


 現状を把握したロカから、気配と隙が消える。

 彼は決して魔法頼みだけの術師ではない。

 非力な種族ゆえか、精霊の力が無くとも潜伏の技術に長けていた。


 もっともそれは、少しばかり膂力に優れていたとしても同じこと。

 迷宮内に於いて、人に出来ることには限りがあるのだ。

 優れた戦士――あるいは冒険者には、『隠れる』能力が必須であるともいえる。


 モリアは地形を見渡すと、草原の中にある高台を目指して移動する。

 時折、岩塊だけでなく樹木が残っている場所もあった。

 ただ進むには邪魔なだけの障害物も、多数を相手に戦うなら有用な遮蔽物となる。


「――見つけた」


 高台から複数の人影を捉える。

 ロカも岩を足場にして草の隙間から僅かに顔を出し、示された方向を確認した。


 草原を進む者は三人。

 ひとりは背が低いが子供ではない。やたらと幅が広く、屈強な体格の老人に見える。

 残るふたりのうち、片方はあまり特徴のない中年の男。

 もう片方は細身の体型で、髪から突き出たような耳が妙に目立つ。


 老人と細身の男が持つ雰囲気は、半妖精、亜人などと呼ばれる種族を連想させた。

 体格がそれぞれ異なる割に、皆同じような意匠の衣類を身に(まと)っている。


「どういう集団なんだろう?」

「最悪じゃ……。あれは『メラク』だ」

「メラク? あの中のどれが?」


 以前話に出ていた、曰く凶暴なセトラーズ。


 ――こんな過酷な環境に放り込まれたら、凶暴になるのも仕方ないのでは?


 モリアなどはそう考えてしまうが、だからといって同情するわけではない。

 戦闘になる可能性は低くない、そのように再認識する。


「全員じゃよ。メラクとは複数種族で構成されるセトラーズ。盗賊ギルドの末裔と言われておる。あの服装、間違いないわい」


「盗賊ギルドのセトラーズ? そんな(くく)りもあるのか……」


 例えば複数種族の盗賊が集まる隠れ里か何かがあって、それが迷宮に飲まれたとする。

 ならば、そういったセトラーズが誕生してもおかしくはないということだろうか?

 どうも少し引っ掛かるものがあるが、その考証は後回しでもいいだろう。


 それよりも、盗賊ギルドという集団について考えてみる。

 開拓者、あるいは冒険者組合といった――食い詰め者、ごろつき用の受け皿といっても差し支えないような組織。

 そんな組織にすら入れなかった者たちが、最後に行き着く場所。

 必然的にケチな犯罪者の集団になりがちで、開拓者組合のような戦闘集団にとっては、さしたる脅威でもない。


 ――けど、それは現在の王国での話だな。


 旧帝国が崩壊した原因のひとつとして、反体制の有力な人材が盗賊ギルドに流れたからという説がある。

 帝政末期の盗賊ギルドは、国家を転覆させる程の反乱勢力だったという見方もあるのだ。

 もしそれらの末裔がメラクだというなら、厄介な勢力であることは想像に難くない。


「なんで奴らが、こんな北部まで出てくるんじゃ……」

「この草原、現状だけを見るなら安全な場所だからね。目を付けるのも自然なんじゃないかな」


 とはいえ樹海中央部を根城とするらしい集団が、このような離れた場所の異変に気付いたことは不可解である。


「幾つものセトラーズを壊滅させてきた集団じゃぞ。里の近くに出没するとなると、ワームよりも厄介な問題になりかねん」


 モリアはロカのことを信用する前提で、今現在の探索を進めてはいる……が。

 ロカ本人に騙す気がなくても、正しいことを言っているのかどうかはまた別の問題だ。

 メラクがいかなる集団かは、モリア自身の目で見極めなくてはならない。


「草原に目ぼしい生き物が居ないのなら、周辺地域に狩りに行く必要がある。特定の集団がここを根城にした場合、行動範囲はかなり広くなることが予想されるね」

「嫌な予測を立ておる。返す言葉もないわい」


 メラクがこの草原に拠点を築いた場合、迂回路を進んでも鉢合わせる可能性が出てきてしまう。


「少し現状を調べたほうがいい。アリオトの援軍を連れ帰るにしても、途中でメラクに遭遇したりすれば――」

「メグレズの信用にも関わる、か。確かにおおよその数ぐらいは知っておきたいのう」


 精霊魔法が使えれば、調査は比較的簡単に済むはずであった。

 この広い草原を歩いて調べたとしても、見落としがあるかもしれない。

 逆に相手に見つかってしまう危険もあるだろう。


「メラクを死なせたら、マズいこととかはあるかな?」

「むしろ生かしておいたらマズいことしかないが……。何をするつもりなんじゃ、モリア」


 唐突に放たれた物騒な発言に、ロカが怪訝な顔をする。


「彼らが何故ここに居るのか、どれくらいの人数が居るのか。本人たちに直接()いてくる」

「な――何を言っておる!」


 ここにライシュタットの面々が居れば、「またか」と思うところではあるが。

 ロカはまだ、モリアの隠された一面を知らない。


「ライシュタットは樹海に来たばかりで、メラクと争った過去はない。だから僕ひとりなら、少しくらいは情報交換が出来るんじゃないかってね」

「そんな甘い奴らではない。情報を搾り取られた後に殺されるだけじゃ」

「かもね。そうなる前にどうにかするつもりだ。僕の腕は信用できない?」


 しばし黙った後、ロカは率直(そっちょく)な所感を述べた。


「吾輩には、おぬしがどの程度の腕前なのかよく分からぬ。一匹までならワームを殺せると言うとったな。それが事実なら、確かにメラクの二、三人など問題にもなるまいよ」


 頷くと、ロカにはここで隠れていてもらうよう提案する。

 もし時間が経っても自分が戻らないようであれば、草原を迂回し単身アリオトの里を目指してもらう。


 そこまで言い含めると、モリアはひとり草むらの中へと姿を消した。





 三人組の後方へと近付く。

 そこそこ腕が立つように見えるが、気配を読むのはそこまででもないらしい。

 狩りの獲物を無造作に引きずっているため、追跡者が草を擦る音にも気付かないのだろう。


 近付き過ぎるのも不自然だ。

 程々の距離で追跡を止め声を掛ける。


「あのう、すみません!」


 男たちは驚いたように振り向くが、まだ緊迫感は無い。

 だがモリアの姿を見るや、素早く武器に手を掛けた。


「誰だ! お前は!?」


 ――今の反応、他にも仲間が居るのは確定だな。


 武器を構えられたとはいえ、攻撃が届くのは細身の男が持つ弓矢だけだ。

 モリアは初めから両掌を相手に向けて、戦う気はないと意思表示している。

 これもまた大げさな演技という気もするが、多少の不自然さには目を瞑ってもらうしかない。

 自分の立てる作戦に穴が多いことは、モリアも自覚するところである。


「樹海で道に迷ってしまって。助けてください」


 嘘をついてしまうと、交渉が上手くいった場合に後々面倒だ。

 話の内容に矛盾が生じて、あらぬ疑いをかけられてしまう。

 言いたくない情報は、はぐらかして伝えるしかない。

 精霊魔法が使えず道に迷ったのは事実だ。別に嘘ではないと、自身に言い聞かせる。


「お前は、どこの集落の者だ」

「集落……? 気付いたら突然樹海の中に居て、何が起きたのか……」


 男たちは顔を見合わせ相談する。


「新参のセトラーズか? どうする?」

「王国人だろう。殺せばいい」

「奴の集落を聞き出してからだ」


 その会話を聞いて、少し馬鹿馬鹿しくなってきた。

 ロカの話には対立勢力としての感情も混ざっているだろうと考え、慎重に行動したのだが。

 本当に聞いた通りの凶暴な集団であるらしい。

 ならば遠慮は無用だが、下っ端ではない群れの長の意見も聞きたくはある。


「待ってください。取り引きは出来ませんか? あなた方の代表者に会わせてください」


 何故彼らに他の仲間がいることを知っているのか。

 そう聞かれたらそれまでだが、丁寧に交渉するような相手ではないと見切りを付け、雑に本題に入る。

 その提案はあっさりと無視された。


「お前の仲間はどこに居て、集落はどこにある」

「方角が分からなくて……」


 北壁山脈が見えているのに、方角が分からないという設定は無理があるのでは。

 そう自分に問いかけてみるも、相手がそこを追求する気配はない。


「話にならないな。殺そう」

「それは本当にメラクの総意なのか? あなた方の判断で僕を殺し――後々問題にならないと、本当に言い切れるか?」


 モリアの雰囲気が豹変した。

 先程までと打って変わった、鋭い声が男たちの耳に突き刺さる。

 メラクの三人は一瞬硬直した。気付けばいつの間にか距離を詰められている。

 会話をしながら、モリアは少しずつ標的に近付いていた。


「僕を殺すのは代表者に会わせてからでも遅くはない。違いますか?」


 交渉が成立するにせよ決裂するにせよ、もうひと押しで結果が出る。

 三人の命は、彼らの行動次第だ。


 ピィィィ――と、草原に音が鳴り響いた。


 鳥や獣の声とも違う。笛の音だろうか。

 男たちはハッとしたように、武器を持つ手に力を込め直す。


「お前の仕業か!」

「他にも仲間が居やがったな!」


 ――警笛の音か。


 思い当たるのはロカのことだが、笛が鳴ったのは全く別の場所だ。

 ロカの居場所からは遠く離れている。

 ならば今の笛は、モリアには全く関係がない。


 だが――もはや取り返しは付かなかった。


 細身の男が持つ弓から矢が放たれる。

 その矢がモリアの横を通過すると同時に、男は()()った。


 自身に向けられた弓矢の射線は最初から分かり切っている。

 僅かに身体を動かすことで(かわ)し、同時に放った飛礫(つぶて)は男を一撃で絶命させた。


 続けざまに、背の低い男の頭蓋が砕かれる。

 この草原では背が低い敵は見逃しやすいため、優先的に仕留めたのだ。


 三人目の男は何が起きたのかも分からなかったが、咄嗟に身体を前に沈めた。

 飛び道具による攻撃を想定し、視界の悪い草むらへと潜る。

 やはり練度は悪くない。ライシュタットの平均的な衛兵よりも上と見た。

 そうでなければ、この樹海迷宮で悪名を馳せることなど到底不可能であろう。


 モリアも身体を前に沈め、距離を更に詰める。

 真っ直ぐに突き込まれた槍を避けると、すれ違いざまにショートソードで首を裂く。


 決着まで数瞬だった。


「さて……」


 転がった死体を眺めながら、何故こうなったのかを考える。


 ――どう足掻いても、戦いを避けられない相手もいる。


 軽率な接触が招いた結果といえなくもないが。

 モリアは、自分のことは棚に上げる性格であった。


 血を流さずに済むならと短い努力もしてみたが、結果はこの通り。

 メグレズはセトラーズ同士で協力する道を、メラクは排他的に自分たちのみを守る道を選んでいる。

 それだけのことと割り切っておく。


 警笛が鳴らされた方角へと意識を集中させる。

 草原のあちこちで集団の動く気配がした。

 ライシュタットへの影響は追々考えるとして、今はロカの安全が優先だ。


 総勢は恐らく三十人程度。そのうちの半数が、こちらに向かってくる。

 笛の鳴った方向とは逆なのに、何故こちらに来るのか。

 今の戦いを察知されたのかもしれない。

 そうだとすれば、恐るべき探知能力だ。


 逃げるのが得策だろうか。いや、そんなことはない。

 この相手の索敵、追跡方法は未知数だ。

 逃げても後手に回るだけだし、ロカを守り切れるかどうか分からない。


 ならば、最も確実な方法は。


 ――残念だけど、手心を加える余裕は無いな。


 メラクの構成員はそこそこに強かったが、それだけの集団ではあるまい。

 樹海北部で生き残るためには、メグレズの持つ精霊魔法のように相応の力が必要なはず。


 複数種族で構成されるが故に、互いの弱点を補えるというのも強みではあるだろう。

 だが、ばらばらの構成員をまとめ上げるものは何か。

 モリアはそれを、強力な統率者の存在ではないかと考えている。


 出来れば、幹部の顔を先に確認しておきたかった。

 三十の兵より、ひとりの強者のほうが重要なこともある。

 かつて開拓拠点で起きた反乱もそうだった。


 半ば閉じられた双眸に殺意が宿る。

 無駄な殺戮を好むわけではない。

 しかし、生存競争の相手に中途半端な情けを掛けることもない。


 メラクは――『交渉の相手』から『狩りの獲物』へと変わったのだ。

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