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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第二章 迷宮と共に生きるもの
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第44話 形見

 野営をおこなうに当たり、障壁の呪石も併用するか聞いてみたが不要とのことだった。

 降魔石を用いる結界はメグレズの里でも使われているが、外では精霊魔法のほうが使いやすいのだろう。

 以前にグルイーザも、移動には不向きだと説明していた。


「見張りの交代は?」

「不要じゃ。何かあれば精霊が起こしてくれる」


 火の精霊力によって燃え盛る焚き火は、どういう仕組みか野営地を暖かな空気で満たしている。

 そういえば、防寒については普段以上の準備をしていない。

 北壁山脈まで出向く予定はなかったからだ。


 焚き火の前に座り、ホルダーの中身を改めて確認する。


 モリアは呪符の使い方をひと通り教わっていた。

 アルゴの作成した呪符であれば、起動呪文も分かる。

 呪石魔法は呪符魔法と似たような術であるため、グルイーザの講義も一日で卒業できたのだ。


 ホルダー内にある呪符は擦り切れ、その力をすでに失っている。

 試しに呪文を唱えてみるまでもなく、使用することは不可能だろう。

 そのうちの一枚を手に取って眺める。


 強力な攻撃魔法を発動する『風刃の呪符』。

 万全な状態のこれを持っていれば、ワームにも容易く勝てたはず。

 アルゴがどれだけ優れた魔術師だったのかと、今にして思い知らされる。


「そもそも迷宮内の異物って、自然消滅するんじゃなかったっけ」


 これが何者かによって、つい最近置かれた物なのではないかという疑いがますます強まった。


「それは一概には言えんのう。樹海部分は地下に比べて修復はゆったりだし、その理屈だと地下迷宮で財宝を発見することだって出来ないじゃろ?」


 ラゼルフやグルイーザも、似たようなことを言っていた気がする。

 物や死体が消える条件も様々ということか。


「発見なんてした試しもないがの。迷宮の財宝なんぞ」


 そう言ってロカはからからと笑い、モリアも釣られて少し笑う。

 守銭奴妖精ですら、北の迷宮で財宝を見つけたことがないらしい。

 これはラゼルフ小隊も含め、世の盗掘家が失望するには充分過ぎる新事実だ。


 まさかこの安物のベルトに、古代秘宝に匹敵する価値があるわけでもないだろう。

 そう思って残りのホルダーを調べていると――


 一枚、全く見覚えの無いアミュレットが混ざっていた。

 その一枚だけはまるで新品のように綻びが無い。

 紋様のパターンから、それがどのような種類の呪符かだけはモリアにも理解できた。


 ――これは……『魔導護符』!?


 迷宮の魔物を封じ使役するための呪符。

 しかし、描かれている魔物の絵図は初めて見る。


 それは、二匹の竜をあしらった護符であった。





 いつの間にか眠りに落ちていたのであろうか。

 パチパチという焚き火の音、ロカの寝息、風に揺れる微かな樹々のざわめき以外は何も聴こえない。


 目蓋を持ち上げ、焚き火の向こうに揺らめく人影を見る。


 その人影は――

 開拓者が着るような安物の服の上から、やはり安物のマントを羽織っていた。


 同じ魔術師の兄と姉でも個性が出るものだ。

 セルピナはローブの上から革鎧という、なりふり構わないような珍妙な格好だったが。

 今、目の前に居るこの男――すなわちアルゴは、戦闘を意識した装備をしていない。


 実際彼は、探索よりも研究を好むような人物だ。

 短めのくすんだ金髪に線の細いシルエット。一見穏やかそうな眼差し。

 性格が穏やかなのは別に間違ってはいない。いないが――


 地元の役人から腫れ物扱いされるラゼルフ孤児院の印象は、どちらかというと直情的な性格の兄弟たちが原因だった。

 アルゴはそのイメージからは程遠い。


 だがこの男はラゼルフの研究分野における直弟子であり、あの魔導護符の実験に最も深く携わった人物だ。

 畢竟(ひっきょう)まともな人間とは言い難い。

 よく知る者からすれば、ある意味彼こそが孤児院一の危険人物なのである。


「アルゴ……」

「とうとう、追い付かれてしまったようだね」


 ――まるで、見てきたようなことを言うじゃないか。


 モリアは手にしたアミュレットホルダーを示して告げる。


「忘れ物を預かってるけど」

「ああ、それはモリアにあげるよ」


 こんな使い道の無いものを渡されても困る。


「どの呪符ももう使えないでしょ。いや、一枚だけ使い方が分からないのもあったけど」

「二竜の護符だね。それは、ぼくが作ったんだ」

「アルゴって、魔導護符を作れたの?」


 魔導護符の作成は失われた技術。

 ラゼルフ孤児院の実験は、既存の護符を利用しているに過ぎない。


「いや、初めての試みだよ。多分護符としてはまともに機能しない。でも、どうしても必要だった」

「ふうん。どんな魔物が封じられてるの、これ」


 アルゴは苦笑しながら――


「形見だよ、それは」


 形見?

 思い当たるのは――


「もしかしてアルゴの……」

「そうじゃないよ。それはふたり分だから」


 そういえば、札に描かれた竜は二匹いる。


「竜の形見?」

「竜はなんというか……力の象徴だからね。思い付きでそうしたんだ」

「アルゴが作る物だから、どうせ碌な物じゃないんでしょ」

「酷いなあ。ぼくの研究を分かってくれる兄弟はエリクだけだよ」


 エリク――

 ラゼルフの話す冒険譚に、無邪気に憧れていた孤児のひとり。

 勇敢で善人で、街の役人が頭を痛める問題児。

 というより、エリクに限らず孤児の半数程度はそんな感じだった。

 彼らは皆、魔導護符がもたらす強大な力を素直に望んでいた。


 魔導護符の実験対象として実際に選ばれた六人は、ヒネた性格の者のほうが多かった気もするが。

 アルゴの嘆きも分からないでもない。

 現実とは皮肉なものである。


 ――まあいい。聞きたいことは他に山程ある。


「フィムとセルピナに会った」


「なら、もう理解しただろう? 迷宮で命を落とした者は、いずれ迷宮に吸収されてまた別の力に使われる。ぼくたち六人の場合は、本来の意味での迷宮守護者になれるのかもしれない。……でも、セルピナはその役割を拒否してしまったみたいだね」


 まるで拒否することが例外のような言い草だ。

 普通は拒否するだろう。

 ただ、目の前のこの男は普通ではない。


 命を落とした際に本来の迷宮守護者になれると言われたら、アルゴの場合は喜んでそうなってしまうような危うさがある。


 ――いや……もしかしたらすでに?


 もしそうだとしても、アルゴを非難するわけではない。

 モリアにとってアルゴとは、元よりそういう人物である。


 善悪だとか倫理だとか、たとえ他の兄弟と価値観が対立していたとしても。

 その研究を否定し、戦わなければならない未来が訪れたとしても。

 モリアは決して、アルゴ自身を否定するつもりはない。





「起きたか」


 そう声を掛けてきたのはロカだった。

 日はまだ高く、眠っていたのはほんの数時間らしい。


 意識がはっきりしてくると、夜までにもっと距離を稼がねばならぬことを思い出して身体を起こす。


「もう動けるかの」

「問題ないよ。進むならやっぱり昼間のほうがいいからね」


 兄弟たちの夢を見ることは別に珍しくない。

 アルゴの話が出たばかりなのだから、アルゴの夢を見ることも自然なことだ。


 だが――


 いつぞやのセルピナの夢のように、奇妙な現実感があったことは否めない。

 迷宮では何が起こるか分からない。

 前回と同様、本人が近くに居る可能性も捨てきれなかった。


 必要とされるのであれば、必ず助けに行く。

 そうではないのかもしれない、とは思いつつ。


 アミュレットホルダーのベルトを腰に巻いて装備する。

 中身の呪符が使えずとも、この手掛かりを捨てるには早い。


 モリアの中では、セルピナとの戦いが記憶に深く刻まれている。

 だから、ある可能性をどうしても危惧してしまう。

 今は確信に足る材料などほとんどないが、それでも頭から離れない可能性。


 ワームを率いる迷宮守護者の正体は、アルゴなのではないか――ということ。


 ――アルゴが望んでそうなったのなら、それは別にいいんだ。でも……。


 メグレズの里を守ることが、ひいてはライシュタットの街を守ることになる。

 それはセルピナとの約束でもあった。

 もしもアルゴと対立するようことが、実際にあるのならば。


 決着はせめて――――自分の、この手で。

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