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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第二章 迷宮と共に生きるもの
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第43話 フェクダ

 もうすぐ夜が明ける。

 薄っすらとした陽光の中で、モリアはメグレズの里を視認した。

 その里は、岩山をくり抜いたかのような砦であった。

 ライシュタットに比べれば遥かに小さいが、小柄なメグレズが暮らす分にはそれほど狭くもないのかもしれない。

 難攻不落といっても差し支えない佇まい――ただし、それは相手が人間であればの話。


 深夜に見たときは地形の一部と勘違いしていたが、意外とすぐ近くまで来ていたのだ。

 つまり、里とワームの位置はごく間近ということでもある。


「里に状況を伝えてくる。ワームの場所を教えてくれ」


 手近な木の枝を拾うと、地面に図を描いた。

 砦を囲むように、三体のワームが地中に潜んでいる。

 二体の現在地はかなり遠いのだが、魔力の気配が濃厚なために辛うじて存在を感知できた。


 獲物が出てくるのを待ち構えているだけ、と見えなくもないが……。

 降魔の障壁には近付かないことが魔物の特性というなら、やはり異常である。


「ひとりで平気?」

「吾輩だけのほうが、より見つかりづらい。待っておれ」

「分かった」


 樹木もまばらな荒野を進むロカを見送りつつ、今回の件について思考を巡らせた。

 ワームたちの動きには、何者かの意思が介在しているようにも見える。


 迷宮とは擬似的な生き物であると、グルイーザは説明していた。

 生物の体内には、生命を保つための更に微細な生物が大量に居る、というのはラゼルフの教え。

 魔物やセトラーズは、恐らくその役割――――と、言いたいところだが。


「単なるエサって線も、あるんだよなあ……」


 聞く者もいないボヤキを、モリアは口にした。




 しばらくして、ロカが戻ってきた。

 ワームに動きはなく、ロカ単独であれば里への出入りは問題ないようだ。


「深夜の騒ぎを砦から見ていた者もいたので、話は早かった」


 一部の術者を除き、里からは出ないようにということ。

 北壁山脈のセトラーズ、『アリオト』の援軍を呼ぶこと。

 そして南方の新たな勢力、ライシュタットの存在を伝えたという。


「おぬしの話をしたら、皆会いたがっておったぞ」

「え? なんで?」

「新しいカネ儲けの匂いがするとか言っておった」

「ああ、そういう……」


 そういえばメグレズは守銭奴妖精であった。

 この状況下で暢気(のんき)なものである。

 その調子なら、里が数日で滅ぶということもあるまい。


 セプテントリオンの終点、北壁山脈への旅が始まった。





 メグレズの里から北に十キロほど。


 まだ昼前ではあるが、ふたりとも昨夜はほとんど寝ていない。

 ロカの提案で、一度野営をおこなうことになった。


「休むのは賛成だけど、ここを選んだ理由は?」


 一本の樹を中心に、少しひらけた場所だった。

 休むには快適かもしれないが、防御効果に特に優れた地形というわけでもなさそうだ。


「おぬしはその樹がなんであるか、知っておるか?」

「知らない。周りの樹とは少し種類が違うみたいだね」


 地元の植物しか知らないモリアにしてみれば、微々たる差だ。

 しかし樹木群の中にひとつだけ違う種があるのは奇妙といえば奇妙だし、一度認識するとその樹がやたらと目立つように思えてくる。


「それは神樹フェクダ。迷宮守護者じゃ」

「えっ!?」


 信じ難い言葉を聞いて、樹木をよく観察してみる。

 微動だにしないようだが、樹人か何かの一種なのだろうか?


「動くの? これ」

「いや、動かん。それは樹海の中にたまに生えていてな。それら全てを合わせたものが迷宮守護者フェクダとされている」


 なんでも樹海迷宮にメグレズがやって来た頃、精霊魔法を授けたのがこのフェクダであるそうだ。

 しかし今の世代でフェクダと交信できる者はおらず、実話なのか単なる言い伝えなのかも判然としないらしい。


「それでも神樹の周りで起きた不思議な出来事には事欠かなくてな。ここには樹木の精霊(ドライアド)が多くおるし、ここで探しものが見つかったという話も聞く」


 精霊が集まる場所であれば、その分メグレズの力は増す。

 ならば野営地にするのは合理的であるし、神樹を大切にするような逸話が作られるのも納得だ。

 これが迷宮守護者だというのはさすがに眉唾だが……。

 迷宮の仕組みを考えた場合、セトラーズを保護する迷宮守護者が存在したとしても決しておかしくはない。


 ふと、嫌な可能性に気付いてしまった。


「……知らない人が、伐採しちゃったりはしないの?」

「そういうこともあろうが、一本や二本切られたところで多分どうということはないのじゃろ。しかし、発見しても手を出さぬほうが良いとは言っておくぞ」


 ひとまずは安心した。

 知らぬこととはいえ、今までライシュタットの樹海開拓で伐採されたり、グルイーザが燃やしてしまったりとかが無かったとは言い切れない。

 むしろ開拓時にフェクダを伐採したせいで街が樹海に飲まれたとかのほうが、モリアの考える迷宮守護者らしいと思うくらいである。


 などと考えて神樹を見上げていると、違和感を覚えた。

 モリアは樹上の魔物の存在などにも常に気を配っている。

 ましてこのような、ひらけた空間に生えている樹だ。

 最初に全体の確認はしたはずなのだが。


「ロカ……。あれは……なんだ?」


 樹の枝に何かが掛かっている。

 自然物ではない。明らかな人工物だ。革製品のように見える。

 見覚えがあるような気がして、少し動悸がした。


「む? 里の誰かの忘れ物か? それにしても妙な場所に。気になるなら見てくるぞ?」


 ロカはモリアの声の調子が、いつもと少し違うことを気遣ったようだ。


「いや、自分で行く」


 神樹に近付き足を掛けると、駆け上がるように幹を登る。

 枝を渡り、すぐに目標まで辿り着いた。

 枝の上に掛けてあった、革製のベルトを拾い上げる。


 それはモリアが装備しているのと同じ、ライシュタットの量産品であった。

 麦のモチーフをあしらった刻印は、それが単なる類似品ではないことを示している。


 これは今この場所に、()()()()()()()()()ものだ。


 いや、これをここまで持ち込んだ可能性のある者たちがいる。

 ラゼルフ小隊――――。

 そして、ベルトに取り付けられた装備から、誰の所持品かまで特定できた。


 モリアは同じベルトにポーチや石礫を仕舞う袋を提げているが、このベルトに取り付けられているのは四角く平べったい革のポケットだ。それが幾つも連なっている。


 それは呪符魔法に用いる魔除けの札(アミュレット)を仕舞うためのホルダーだ。

 フタを開けて中身を確認する。

 力を使い果たして擦り切れたアミュレットの模様には確かに見覚えがある。


 ラゼルフ小隊の呪符魔術師――『アルゴ』の装備品に違いなかった。

 フィム、セルピナに続き、三人目の手掛かりをついに発見したのだ。




 樹から降りると、ロカがベルトホルダーを見て聞いてくる。


「む……? 里の様式とは違うの。いったい誰の物じゃ?」

「これはライシュタットが樹海に飲まれるよりも前に、樹海の奥へ旅立った開拓者が装備していた物だ」

「樹海の南端からここまで!?」


 信じられん、とロカは言うが。

 モリアにとって信じられないのは、アルゴの持ち物がここにあったことではない。

 この広大な樹海迷宮の中で、それを自分が()()発見したということだ。


「こんな偶然ってあるかな?」


 説明を聞いて、モリアの言い分をロカは理解した。

 ふたりで情報共有した上での結論はこうだ。

 可能性のひとつとして、アルゴもまた神樹フェクダを探索の中継地点として利用していたのではないか、ということ。

 同じ場所の神樹フェクダに、モリアとアルゴの双方が訪れる可能性は限りなく低い。

 それでもその辺の地面に落ちているのを偶然見つけるよりは、遥かにあり得る話だろう。


 あるいは――


「あるいは偶然ではなく、フェクダの意思が介在しているのかもしれぬ」


 メグレズに伝えられる、神樹に(まつ)わる不思議な出来事。

 それらが事実としたら、今回の出来事が意味するものは何か。


 ――警告……か?


 メグレズたちは、いわば神樹への信仰心のようなものを持っている。

 滅多なことを聞くのは(はばか)られるが、それでもはっきりさせておきたいことがあった。


「……フェクダは、ワームの件と何か関係あると思う?」

「おぬしがそう考えるのも無理はないが、樹木と蛇竜では司る力の種類が違い過ぎる。吾輩らメグレズの心情を抜きにしても、関係ないと断言できる」

「そうか、ごめん」


 ロカは、「気にするな」と首を横に振った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 謎が謎を呼ぶ伏線が積み上げられている時は ベットを重ねていくときのようなワクワク感があります
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