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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第二章 迷宮と共に生きるもの
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第40話 異種族

 目が覚めると、障壁の効果がまだ残っていることを確認した。

 寝ているうちに新たな敵が近付いてくることは無かったようだ。

 障壁の呪石をポーチに仕舞い、部屋の外を窺った。

 外に出て、改めて周囲の様子を探る。

 背後では、障壁の効果がゆっくりと薄れていく気配が感じられた。


 まだ通路は続いているが、ここまで苦戦するような場面は無かった。

 順調といっていいだろう。

 しばらく進むと広めの空間に出る。

 その壁面には、何かの塗料で描かれたかのような絵があった。


 物語本の挿絵のようなそれは、神話か何かを題材にした絵画に見える。

 壁画には吟遊詩人や役者の着るような衣装の人物。

 そして、獣人や小人などの亜人種が描かれている。

 帝国時代には、これらの種族も今の王国民と別け隔てなく暮らしていたという。

 南の辺境では今でも少数の異種族が暮らしており、それらの歴史が事実であったことを辛うじて現在に伝える証拠となっていた。


 気付いたことがある。

 この部屋の壁や天井の発光石は全体の半分程度の面積だ。

 他の壁材からは障壁の呪石と同じ気配がする。


 ――ここも降魔石による安全地帯か。


 部屋の隅には泉もある。

 そしてもうひとつの出入り口先には、上り階段が見えた。


 泉の水をひと口飲んで座り込み、これまでの探索を振り返ってみる。

 途中の部屋で寝ていた時間は分からない。

 地下だったので周囲の状況からは推測できなかった。


 体感では眠りについたときは、まだ早い時間だったように思える。

 いつ休めるか分からないので、それでも構わないと考えたのだ。

 そのため眠りも浅く、それほど長い時間は寝ていないだろう。

 あの場所から歩いた時間もさほど長くはない。

 今は真夜中頃なのではないか。


 そうなると、奥に見える階段を上るべきか否か。

 地下迷宮内では昼夜での有利も不利もないが、地上ではそうはいかない。

 夜行性の獣が相手なら、人間が不利なのは自明の理だ。


 ――様子を見るだけなら構わないだろう。


 想定以上の強敵が現れても、この部屋に逃げ込めばいいだけだ。

 こんなに楽な条件は無い。




 階段を構成する素材も降魔石だった。

 迷宮を造った者の気持ちになって考えてみる。

 なるほどこのような重要な出入り口で戦闘が発生し死体で埋まるようなことがあれば、死体はいずれ消滅するとはいっても不便であることに変わりはない。

 あるいは、地上と地下の魔物が互いの縄張りを侵さぬようにするためか。


 階段から見上げると、樹海の樹々と夜空が見える。やはり夜中だったようだ。

 途中まで上ったところで、妙な気配に気付く。

 生物とも、魔力とも付かないような気配だ。

 敵意や飢えのような緊張感は伝わってこない。

 樹海の獣は非常に好戦的なので、このような相手は珍しい。


 もし相手が夜行性の魔物であれば、昼間に出直せば出会わずに済むかもしれない。

 だがこの先地上を進むことになれば、嫌でも夜に移動しなければならない場面が出てくる可能性もある。


 ――どんな相手か、見ておこう。


 そのまま地上まで階段を上り切った。


 外の気温は街より肌寒い気がする。

 しかし北に進んだのだから気温が下がるだろうと、自分でそう思い込んでいるだけかもしれない。

 樹々の間から見える空は薄暗く、星々の光が瞬いている。

 夜の樹海には不思議な空気が満ちていた。


 例の気配は、グルイーザが使っていたような隠蔽魔法を使っているらしい。

 モリアにその術は効かないが、向こうは見つからないと思っているのだろう。


 そう思ったそのとき――




「階段を上ってきたということは、魔物ではなく……迷宮守護者でもなさそうじゃな?」




 暗闇から響く声に、正直かなり驚いた。

 隠蔽魔法を使っておきながら、自分から場所を知らせたこともそうだが。

 樹海の終着点も近いこのセプテントリオンの奥地で、よもや人語を解する存在に遭遇しようとは。


 いったいどのような可能性があるものかと、素早く思考を重ねる。

 ラゼルフ小隊の人間ではない。聞き覚えの無い声だ。

 では他の開拓者か。このような場所まで来れる人間など、そうは居ないだろう。

 高度な知能を持った魔物――あるいは迷宮守護者。

 どうしても後のほうほど可能性が高くなる。


 その割に、襲いかかってくるような気配が無い。

 モリアは暗闇の中に潜む者との対話を試みることにした。


「……あなたは、何者ですか?」

「吾輩はロカ。メグレズの里の者じゃ」


 口調に似合わず声は若い。というより、子供のように高い声だ。

 声の主の名前、里とやらの名前、どちらも覚えがない。

 だが、里とはどういうことか。

 樹海迷宮の住人が里を形成するというのか。

 いや……それを言うならライシュタットだって人里だ。

 可能性のひとつとして、自分たちと似たような立場の相手という説が浮上する。


「僕はモリア。ライシュタット開拓者組合の所属です」

「ライ…………知らんな。メラクではないのか」


 ガサガサと草をかき分けて、それは姿を現した。


 ――子供?


 身長は一メートル程度。

 街で会ったならば子供にしか見えなかったかもしれない。

 しかし先程からの発言内容、それに態度からは、はっきりとした意思が感じられた。


 その小人は厚手の服を着込み、防寒用の柔らかそうなとんがり帽子をかぶっている。

 子供が寝るときにかぶるような帽子にも似ているな、と場違いな感想が脳裏をよぎった。

 薄茶色の髪にやや丸みを帯びた輪郭は、ともすれば普通の子供よりも愛嬌のある外見かもしれない。

 それでも、決して外見通りの生物ではないだろう。


「どうやら人間のようだが、人間でもタチの悪い者は多いというからの。おぬしはいきなり斬り掛かってきたりはせんようじゃな」


 月明かりに照らされた顔が軽く笑う。

 ロカと名乗った小人は、付いて来るよう促した。

 少し悩んだが、小人の戦闘能力はモリアには遠く及ぶまい。


 ――『全てが敵であるとは限らないってことだ』


 記憶の中のグルイーザの言葉が、頭の中にこだました。




 ロカの後に付いて歩き、道なき道を進むことしばし。


「樹海にはたまに外の王国から人がやってくる。ひとりやふたりではなく、大勢の集団でな」

「それは……」

「そして大抵の場合、全滅する」


 集団神隠しなどと言われていた現象の、裏付けとなる証言だ。

 全滅しなかったのが、彼ら――メグレズの里なのだろうか。


 そもそも、彼らはどこから来たのか。

 この樹海に古くから住んでいるのか、それとも別の地からやってきたのか。

 帝国時代であれば、小人族の国民がいてもおかしくはない。


「あなた方メグレズは帝国の種族でいうと、何に当たるんですか?」

「おぬしらの言葉だとブラウニー……いや、レプラコーンじゃったかの?」


 聞いたことのある名だ。

 ブラウニーやレプラコーンといった種族は、帝国時代には国を構成する多様な種族のひとつだったとされているが、今の時代には生き残っているという話を聞かない。

 民間では伝承上の架空の生物だと思われているくらいの存在だ。


 ――前者は善良で、後者は厄介な種族なんだっけか?


 果たして目の前の存在はどちら寄りか。


「あなた方の種族は、どれくらい樹海に?」

「何百年も前といわれておるのう。吾輩は樹海生まれじゃよ」


 そうであれば、王国では絶滅種と考えられてもおかしくはない。

 迷宮に飲まれて今日まで生き延びてきた種族。

 そして、他に樹海に飲まれた者たちが全滅していくところも見ているという。


「何故、僕を里に案内してくれるんですか?」

「カネじゃ」

「お金?」


 聞き間違いだろうか?

 えらく俗物的な答えが返ってきたのだが。


「そうじゃ。おぬしか、おぬしの里の者が持っておろう。吾輩たちはセトラーズを助ける。対価としてカネを貰う」


 ――セトラーズ?


 開拓者とか、入植者という意味の帝国語だ。

 今の時代でも、開拓者をセトラーと呼ぶことがある。


 メグレズは迷宮に飲まれた者を『セトラーズ』と呼ぶらしい。


「ちょっと待って」


 ロカを呼び止めると、モリアは背負っていた背嚢を下ろす。

 食糧調達時に使った大型のものではなく、普段使いの自前の背嚢だ。

 荷物を探り、貨幣を入れた袋の中から銀貨を一枚取り出した。


「王国貨幣しかないけど……これでいいの?」

「うむ……うむ。これよこれ」


 求められている相場が分からないが、このような危険な場所で助力が得られるというなら、出し渋ることもあるまい。


「使えるのそれ? こんな樹海の奥地で」

「馬鹿もん、カネの価値に変わりはないわい」


 人間よりもどちらかといえば、精霊、妖精に近い存在であると思われるメグレズ。

 一部の魔物、鳥類などには財宝を集める習性があると聞くが……。

 どうやら彼らメグレズも、その手合いであるようだ。

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