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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第二章 迷宮と共に生きるもの
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第37話 根の迷宮

 翌朝、朝食を終えた一行は、さっそく隠し通路の調査を再開した。

 まだ日が出て間もない時間にもかかわらず、例の屋敷の周囲には多くの衛兵や開拓者が集まっている。

 街の有力者が住むこの区画に、魔物が侵入してはたまらないのだろう。

 普段は見かけないような、貴族の側近と思われる衛士たちもちらほらと姿を見せている。


「凄い警戒だな」

「早いところ調査を進めないと、城壁側が手薄になりそうだなあ……」


 周囲にはモリアたちのことを知らない者も少なくなかったが、入り口を通された段階でその正体に思い当たったようだ。


「あいつらが特例第一?」

「ガキ三人と異民族って……どういう組み合わせだよ」

「ここに集まった連中より、奴らのほうが適任だってのか?」

「その通りだ。戦っているところを見れば分かる」


 名の知れた衛兵長の発言に、首肯する者も多かった。

 その発言と反応には冗談の気配など微塵もない。

 通路へと消えた第一小隊を見送る者たちは、しんと静まり返った。




「モリアと組んでからは、あのような目で見られることも少なかったからな。少し懐かしい気分だ」

「私は気まずかったです……」


 ミーリットも王都ではそこそこ名の知れた存在らしいが、この街では無名だった。

 グルイーザは特に気にした風もない。

 地下食糧庫を進み、昨日破壊した壁の場所までやって来た。


「あ、あー。地下迷宮だなこりゃ。こっちが本体だったか……?」

「セプテントリオンは樹海迷宮というより、普通の地下迷宮部分が本命ってこと?」

「まだ分かんねーけど。本命を隠すために、自然環境を模した迷宮で包み込む様式もあらあな」


 言うやさっさと迷宮内に入ってしまった。

 前衛を務めさせるには少々不安が残る彼女ではあるが、その索敵能力は一流だ。

 危険は無いということなのだろう。


「セプテントリオンを俯瞰すると根のような形になるとは言ったが……文字通り地中にも根を張っていやがったか。あるいは街が転移する場所の条件にも、地下迷宮と隣接することが必要だったか……?」


 グルイーザはぶつぶつと考察を述べながら先頭を歩き、やがて円形の部屋へと到着した。

 床の中央には直径二メートルほどの人工の泉があり、水が湧いている。

 彼女はそこへ向かうと、手で水をすくい平然と飲んだ。


「えっ!大丈夫なんですか!?」


 昨日見たときには、誰も泉に近付こうとすらしなかったのだ。

 飲める飲めないの前に、どう見ても怪し過ぎる。


「別に毒でも罠でもねーよ。地下水脈から直接引いてるんだ」


 水の安全性に関しては魔法での鑑定が出来るのだろう。

 しかし――


「飲むために用意された設備ってこと?」

「地下迷宮とは、随分と親切な場所なのだな」


 グルイーザは泉の縁石に腰掛けると、ニヤリと皆を見回した。


「迷宮都市の人間でもない限りピンと来ないのかもしれないが、お前たちは迷宮というものに対して誤解があるようだ。少し講義をしてやろう」


 座って休むように促された。

 危険な迷宮を調査しているはずなのに、なんとも暢気(のんき)なものだ。

 しかしモリアも、彼女が言わんとする意味が分かってくる。


「ああ……ここがいわゆる迷宮の『安全地帯』ってやつなんだね」

「そうだ。迷宮というのが侵入者から財宝を護るための要塞だとか、危険なものを封じるための監獄だとかいう認識は間違いじゃあない。でもそれだと半分だな」

「他にも目的があるんですか? いや……そうではなく、ただ危険なものという認識が間違っている?」


 それに答えを返したのは意外にもレミーだった。


「迷宮というのも所詮は昔の人間が造ったものだ。だから人間にとって都合の良い存在であると。そう言いたいのか」

「そう。そうだよ。あたしが言いたいのは要約すればそれで全部だ。知ってたのか?」

「一族の教えにそのようなものがある」

「ふーむ。お前の一族には王国よりも帝国時代の知識が残ってたみたいだな……」


 講義をすると言いながら、グルイーザは考え込んでしまう。勝手なものだった。

 そんな様子を余所に、モリアも泉の水を口に含んでみる。

 毒物異物の類なら自分の舌でも察知できるが、病気などを(もたら)すものは人間には知覚できないような微細な存在であるらしい。

 孤児院の院長であるラゼルフより、かつて教わった知識のひとつだ。

 とはいえ樹海の地下水など何度も飲んでいる。

 意図的に毒を加えられたものでもない限り、まず問題あるまい。


「造った本人も出入り出来ないんじゃ不便だものね。安全地帯や降魔石もそのための……。あっ」


 ――そうか。


 この部屋の発光石が壁や天井面積の半分ほどしか使われていない理由。

 残る半分は降魔石ということだ。


「気付いたか。降魔石がこれだけありゃあ、出来ることは多いな。偶然ってわけでもないだろう。《セプテントリオン》はライシュタットの街にとって、ある程度都合のいい条件を突き付けている」

「人間を生かしたまま欲しいのか、養分として欲しいのか分からないと言っていたな。どうやら前者であるらしいということか」

「無事に生き残れるのかはあたしら次第。しかし全てが敵であるとは限らないってことだ」


 ミーリットは少し話についていけなくなったのか、頭を抱えて唸っている。

 パーティメンバーの中で唯一の常識人らしいその仕草に、モリアは少し安らぎを覚えた。


「で、降魔石はどれくらい持って行っても問題ないのかな?」

「いい質問だ。当然だが大量に持って行くのは論外。地下迷宮の中にどんな魔物が居るか知らねーが、この部屋があるからこそ街への侵入は防がれている」

「あ、迷宮の石壁って削れたり破損しても、しばらくすると復旧するんですよね?」


 ようやく自分にも分かる話になったと、ミーリットが質問する。


「ああ、だから少量ずつ持ち出せば修復される可能性はあるな。ただ、あたしの知る限り無から物を生み出す魔法というものは存在しない。古代帝国の迷宮生成術とて例外ではない」


 それを聞いたレミーも、自分の考えを整理するように述べる。


「迷宮の資源や魔力が枯渇すれば、迷宮は侵入者、あるいは外部からそれを補充しようとする。そうか、それが……」

「それが街が飲まれる現象ってか? 少し飛躍し過ぎだが、あり得なくはねーだろうな」


 レミーの意見はなかなか興味深い推論だが、モリアの思考は既に降魔石の利用方法へと移行していた。

 自身の目的たるラゼルフ小隊の捜索には、拠点である街の強化は欠かせない。

 それに、探索そのものにも使えないだろうか?

 グルイーザは貴重な戦力だが、常に共に居るとは限るまい。

 モリア単独でも、確実に長距離を移動できるような手段があることが望ましい。


「この部屋を壊さないように、皆に情報共有するのは必須かな」

「そうだな。でも当面あたしらが使う分は持っていくか。ミーリット、ちょっとその辺の壁砕いてくんね?」

「え……? は、はいっ」


 ミーリットは恐る恐る、光っていない部分の壁をハンマーピックで殴った。

 ガラガラと石片が崩れ落ちる。


「とりあえず降魔の障壁を急ぎ四箇所に設置する。まずは街の脱出路の外側出口、それから東西と南の門だ。あとは……まあ追々考えるとしよう」


 石片を回収しつつモリアは考える。

 グルイーザはこぶし大にも満たないような降魔石で半径五十メートルもの距離を安全地帯にすることが出来る。

 今拾い集めた石だけでも広大な面積を防御することが可能だろう。

 しかし、呪石魔法に用いる石を造るにはどれだけの手間がかかる?

 モリアの中途半端な魔法知識でも、それには少なくない時間を要するはずだ。

 グルイーザとて目的は迷宮の調査。街を守るためにずっと引き籠もって呪石制作をおこなうことが、彼女の本意であるわけがない。


 彼女の「追々考える」という発言も、その問題と無関係ではないのだろう。

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