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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第二章 迷宮と共に生きるもの
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第34話 神殿騎士

「継承権十六位というのは、そもそも王になることが可能なのか?」


 虚を突かれた。


 レミーは頭も切れるので、口調はともかく相手の立場を慮り、発言にも気を遣う。

 彼に対する周囲からの最近の認識は、そんなところだろう。

 それほど間違ってはいないが、他人より少し付き合いの深いモリアの見立てはやや異なる。

 彼はあまり他人に興味が無いので余計なことを言わない、というだけのことだった。

 レミーにも好奇心はある。知性とは好奇心が(もたら)すものだ。

 王族に対する純粋な興味が、権威を恐れない精神に包まれ、先の発言となって飛び出したのである。


 親父さんは今にも倒れそうなほど青ざめている。

 モリアも正直帰りたかった。帰る場所はここなのだが。

 ミーリットは困ったように微笑んでいる。

 宿の外には何人もの衛兵の気配がするが、彼らに聞かれたら面倒なことになっていたかもしれない。


「戦乱の世であれば分かりませんが、今の時代では名ばかりの王位継承者ですわ。気楽なものですよ」


 モリアとレミーが座るテーブルの向かいにテオドラは腰掛けている。

 護衛のミーリットはその後ろに立っていた。


 当の王女は全く気にした様子がない。

 ミーリットが何も言わないのも、テオドラ王女の人柄を理解してのことなのだろう。


「それに、今の私は王女というより……。もうご存知かもしれませんが、このライシュタットの領主代行を務めさせて頂いております」


 そう言ってテオドラは優雅に微笑む。

 領主代行とは、実質的な権限を持った代官のような立場だろうか?

 彼女はまだ若いように見えるが、年齢はいくつくらいなのだろうか?

 モリアの疑問に気づいたのか、王女は補足するように言った。


「実際の仕事はほとんどリーセがしているのです。皆様も、リーセのような戦える指導者を求めているのでしょう。私は街の議会の方々を納得させるために、その身分を利用したに過ぎません」


 利用した、というより利用されたと言うのが正しいのだが、それを本人が言うと角が立つのだろう。

 自然と相手を気遣う言い回しだ。


 あと、リーセというのはジークリーセのことか。

 いい加減モリアもその名前は覚えた。

 アニーを凄腕の魔術師と誤解させたことで、翌日に怒られたのは記憶に新しい。

 あれはジークが勝手に勘違いしたのだが。


「とはいえ、私も一応は王家の人間ですから、何かあれば力になりますよ。例えば――」


 モリアとレミーを交互に見てから、テオドラは少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「――私も、モリア様たち特例第一小隊と共に迷宮の調査へ向かう、とか」

「姫、それは……」


 ミーリットがさすがに見かねたのか口を挟む。

 モリアはそれに少し引っ掛かりを覚えた。

 モリアやレミーが不敬ともいえるような発言をしたり、テオドラがかなり突っ込んだ話をしても黙っていた彼女である。

 ただの冗談を窘めるというのはいささか不自然だ。


 ――本当にやりかねない、ということかな。


「いえ、姫様の手を煩わせる必要はないでしょう」


 モリアはそう答えた。

 もちろん本心だ。


「そうですか。残念です」

「第一小隊とは?」


 疑問を口にしたのはレミーだが、それに対してはモリアが答える。


「ほら、特例開拓者って僕ら以外に何十人もいるでしょ。彼らも順次小隊を再編成してるから、区別するために番号を振り分けられたんだよ。僕とレミー、非公式だけどグルイーザを入れて特例第一小隊」


 樹海から戻った元反乱軍の黒鉄札のうち、戦闘や力仕事に向いていない者は開拓者を引退させて、別の仕事に振り分けられた。

 モリアの進言によるものだが、エメリヒ組合長も大いに賛同し、すぐ実行に移されたのだ。

 その結果、特例開拓者の総数は生き残りの半分ほどになっていた。


「実は他にも、折り入ってお願いがあるのです」

「お願い?」

「はい。もしよろしければなのですけど……私の専属衛士になって頂けませんか?」

「それも辞退させてください」


 即答した。

 見ればミーリットは呆れたように溜息をついている。

 その反応から察するに、これもテオドラの冗談なのだろう。


「そうですよね……リーセも断られたと言っていましたし」


 街の最高権力者となったテオドラの直属というのは、考えようによっては今まで以上に自由に動ける可能性もある。

 だが、一長一短だろう。

 例えば、「街から逃げ出したいので樹海の外まで護衛してくれ」などと命令されても困る。


 王女様はなかなか憎めない人格のようだが、その発言内容はやや奇抜で少し予測の付かない人物といえた。

 田舎の街ひとつを治めるような器ではないのかもしれない。

 今やライシュタットは、ただの田舎街というにはあまりに特殊な場所だが、果たして――


「では、私も譲歩いたしましょう」

「譲歩?」

「私などではモリア様たちの足手まといになるのは必然。そこで、私の衛士の中でもリーセに次ぐ腕前であるこの神殿騎士ミーリット。彼女を特例第一小隊に加えて頂けませんか?」


 なるほど、今までの話はこのための前振りだったのかとモリアは考える。

 王族であることや街の最高権力者であることを明かし、その上で断られることが前提であるような話を振る。

 その後に譲歩して本命の交渉をする、という流れだ。


 しかしモリアもレミーも権威に対して全く悪びれるところが無いので、そもそも効果的な交渉になっていない。

 この聡明な王女も当然そこには気付いているはずだが、それでも会話そのものを楽しんでいるようにも見える。


「私からもお願いします、モリア殿」


 ミーリット本人からも頼まれたということは、やはりこれが本命か。

 モリアたちは樹海調査の最前線にいるわけで、街の上層部としてはつながりを持ちたいのは当然のことだ。

 エメリヒ率いる開拓者組合ばかりが力を持つのも問題があるのだろう。

 ミーリットは王女直属の衛士であるだけでなく、その兵種は神殿騎士だ。

 領主派閥、神殿派閥の双方に関わりが深かろう人物なので、特例第一小隊の政治的均衡を取るのに適任といえる。


「レミーはどう思う?」

「神殿の人間ということは、治癒魔法を使えるのか?」

「ええ。ミーリットは戦技も魔法も一流で、《小戦乙女》の異名をとっているくらいなんですよ。あ、ちなみに《戦乙女》と呼ばれているのはリーセです」


 部下を褒める内容になった途端、急にテオドラの言葉が熱を帯びる。


「ひ、姫。このおふた方の前で武芸自慢など……」


 ミーリットが頬を染めて止めに入った。

 なんとなく、彼女たちの人柄を表すようなやり取りだ。

 しかしモリアとレミーは別のことを考えている。


「治癒師……しかも自分で戦える」

「そんな使い手がいれば、対アンデッド戦は随分楽になっただろうな」

「もう少し早く来てくれていればね……」

「で、ですよね~」


 ふたりの会話内容を察したミーリットが、申し訳無さそうに相槌を打つ。


「いえ、僕らの話なのであなたが気に病む必要はありません。それでは、これからは調査の協力をお願いしても?」

「……! は、はい!」


 モリアがそう言うと、ミーリットは表情を輝かせた。

 それを見てテオドラは微笑みつつ言う。


「良かったですね、ミーリット」

「ありがとうございます、姫」

「さて、貴族でもあるミーリットを加えた調査部隊なのですから、この街の地下にある隠し通路の探索許可を出せるでしょう。調査、よろしくお願いしますね」


 ――その話か!


 モリアが組合長に頼んだ隠し通路の調査許可。

 貴族が有事の際に脱出するため造られたであろうそれは、街の最高機密のひとつだ。

 だからエメリヒとて、簡単に首を縦には振れなかった。

 その条件を最初から言っていれば、ミーリット加入の話はすぐに済んだはずだ。

 だがテオドラはそれを交渉材料にせず、モリアが了承した後で御礼のように付け加えた。


 ――この姫様はやっぱり……。


 器が大きいか、奇抜な変わり者かの、どちらかであるらしい。

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