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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第二章 迷宮と共に生きるもの
33/106

第33話 領主代行

 ライシュタットの地下には、広大な地下食糧庫がある。


 街が樹海に飲まれてからというもの、魔物の存在が懸念される場所だ。

 今では民間人の立ち入りが制限され、食糧調達は開拓者に依頼される仕事となっている。

 そこで、モリアとレミーは探索をおこなっていた。


 モリアはその身体に不釣り合いな、大きな背嚢を背負っている。

 背丈は歳相応、開拓者としては小さめ。

 伸ばしっ放しの茶色い髪と穏やかな表情も相まって、性別を誤解されることもある。


 レミーは対照的に背の高い剣士だった。

 頑強な体躯でありながら、引き締まった細さも併せ持っている。

 黒い髪と褐色の肌は、ライシュタットではまず見かけない組み合わせの外見特徴だ。

 百年前、北方辺境で集落ごと姿を消したとある異民族。彼はその唯一の生き残りなのである。


 彼らの本当の任務は魔物の発見と討伐ではあるが、何事もなければついでに食糧を取ってこいというのが組合からのお達しだ。

 荷運びはついでであり、彼らが本命の仕事をこなせるかどうかは別の問題である。


 ふたりは薄暗い石造りの階段を下りていく。

 階段はところどころ欠けており、いつ崩れるか分かったものではない。

 光源はカンテラの光のみ。

 迷宮石で照らせないかとも考えたが、ひと欠片の発光石だけではどうしようもなかった。

 実際の地下迷宮では、壁や天井が発光石で構成されていたりするので、視界の確保にはそれほど困らないらしい。

 侵入者を防ぐための地下迷宮よりも、街の食糧庫のほうが探索に難儀するとは皮肉なものである。


「グルイーザがいないと分かったとき、入り口の見張りは残念そうだったな」

「噂の美人魔術師を見たかったんだろうね。離れて見る分にはいいだろうけど、喋ったらがっかりするかも」

「フ……」


 モリアの軽口に、レミーは微かな笑いで応える。

 地下食糧庫に魔物が出ると決まったわけでもなし。

 グルイーザはまだ自分の出番ではないと、アニーの宿で留守番を決め込んでいた。


 階段を降りきり、大きな空間に出る。

 そこはかつて穀物や野菜などが保管されていた場所なのだろう。

 今は大量の木箱が積まれているだけだ。


「ここらの食糧はもう持ってかれた後かあ。探索許可された入り口から近い場所だからねえ」

「ああ。だが俺たちの目的は食糧ではないだろう。進めるだけ進んでみよう」


 ふたりは更に地下道を進む。

 途中の扉は無視して進んだ。特に怪しい気配は無い。

 地上の街の広さから考えれば、ただ歩くだけなら端から端まで行くのにもさしたる時間はかかるまい。

 しばらく進むと、ひらけた場所に出くわした。

 そこにはいくつかの木箱が置かれている。

 箱を開けると、中には乾燥させた豆が入っていた。

 他には小麦粉のような粉の入った袋もある。


「収穫無しだな。戻るか?」

「いや……ちょっと待った」


 何かに気付いたように、モリアは周囲の床を注意深く観察している。


「……これを見て」


 モリアはそう言って床の一箇所を指さした。

 その痕跡は最近できたもののようだ。

 その部分の床板は他と比べて色が薄くなっていた。

 さらによく見れば、その部分には埃がほとんど積もっていない。


「これは……」

「足跡だね。と言っても、人の足跡には見えないけど」


 ふたりの目の前には開け放たれた扉があった。

 その奥に続く暗い通路からは、あまり馴染みの無い臭いが漂ってくる。

 何者かが通った跡であることは明らかだった。

 問題はその大きさだ。

 人間の足どころか、身体の幅すらも優に超えている。


「行こうか」


 そう言って、モリアが足を踏み出した瞬間のことだった。

 通路の奥でずるずると何かが這いずる音が鳴り響く。

 と同時に、巨大な影がカンテラの光に照らされた。

 そこに居たのは――芋虫とも蛇ともつかない姿の魔物であった。

 全長十メートルを超えようかという体躯を持つ巨大な魔物、『ワーム』である。

 牙が生え揃った顎門は、人を丸呑みできそうなほどに大きくひらかれていた。


「……おおっと!」


 モリアたちは慌てて距離を取る。

 幸いにして向こうの動きは鈍い。

 そして何より、ここは食糧庫だ。

 周囲には充分な空間がある。

 敵は通路を埋め尽くすような巨体だが、ここなら前後左右、また天井も高いため立体的な戦術で戦うことが可能だろう。


「当たりを引いたようだな!」


 レミーが長剣を抜き放ちながら言う。

 出くわしたのが自分たちではなく民間人だったら、ひとたまりもあるまい。

 この巨体を維持するためには相当な量のエサが必要になるだろう。

 標的が地下の食糧から地上の人間に変わるのは時間の問題といえる。


 ふたりは戦闘態勢を取りつつ、相手の出方を伺う。

 モリアは腰に装備した袋に手を入れた。

 石礫(いしつぶて)を取り出すと、ワームめがけて投擲する。

 しかしワームはそれを躱すこともなく受け止めた。

 石礫はそのまま体内へとめり込み、やがて体表に戻ると地面に落ちる。

 どうやら打撃攻撃はほとんど効果がないようだ。

 続けて放たれた追撃の飛礫(つぶて)も同様にして受け取められる。

 その隙を突いてレミーが斬りかかった。

 狙うのは頭部。


「むっ!?」


 ワームは意外にも急に素早く身体をくねらせ、正中線への攻撃を避けた。

 空振りに終わった斬撃によって胴体部分が切り裂かれ、体液が飛び散る。

 モリアはカンテラを地面に置くとショートソードを抜いて、死角となる頭部の裏側に回り込む。

 レミーの攻撃を避けたことで生まれた僅かな隙を突き、ワームの胴体を駆け上がった。


 ――そこか。


 魔力を探知する鋭敏な感覚が、魔物を操る根源の位置を突き止めていた。

 そのまま体表を走り込み、ショートソードをワームの後頭部に突き立てる。

 ワームは大きく痙攣した後、次第に動きが鈍り始めた。

 モリアは跳び降りてカンテラを回収する。


「なかなか厄介な相手だったな」

「そうだね」


 手持ちの武器で有効な損傷を与えられる部位は少ない。

 ふたりは慎重にワームの様子を観察することにした。

 しばらくすると、ワームの身体に変化が訪れる。

 身体が収縮し始めたのだ。

 最終的には元の大きさの七割くらいになったところで変化が止まった。

 もはやただの肉塊だ。


「死んだのか?」

「分からない。やっぱりグルイーザにも来てもらえば良かったかな?」


 ショートソードをワームの後頭部から抜くと、肉片を一部切り取った。

 後で確認してもらうためだ。

 ふたりはそれ以上の深追いはせずに、一度地上に戻ることにした。





 開拓者組合の組合長室にて、エメリヒに報告をおこなう。

 地下食糧庫には魔物が居たこと。

 倒した後の様子は確認したが、念のため死骸を処分する小隊を派遣して欲しいということ。

 そしてこれらの情報は組合経由で街の領主に伝えられることになるらしい。


「領主……」

「そう。当面の代行が決まりましてね」


 領主は不在で、代行者も適任が居ないと聞いていた。


「テオドラ王女に、街の統治をお願いしたのです」

「王女?」

「モリア君とは、顔見知りだと聞いていますが」

「知りません」

「ジークリーセ様と懇意にしているのも、そのご縁だと……」


 そう言われて思い当たる節があった。

 ジークに会った日――つまり街が樹海の獣に襲撃された日。

 ジークの上司に当たる高貴そうなご令嬢が居たことを思い出したのだ。


「ああ……そういえば」


 名前は聞いていなかった。

 そもそも会話すらしていない。

 なんでまた王族が、こんな辺境の地に居たのか?

 それは割とどうでもいいことだった。色々あるのだろう。


「ところで、地下食糧庫の捜索でひとつ許可を頂きたいんですが」

「なんでしょう」

「あの地下通路、貴族用の脱出路とか隠し通路、あったりしません? そこも調べておくべきかと」


 エメリヒは難しい顔をして黙り込んでしまう。

 あまり聞くべきことではなかったかもしれない。


「別に調べるのが開拓者である必要はありませんよ。じゃあ僕はこれで」


 モリアは話を切り上げると、組合長室を辞していった。





 翌朝、宿の一階に下りてきたのはモリアとレミーのふたりだった。

 店主は厨房に居るが、アニーとグルイーザはまだ寝ているのかもしれない。


 そのとき、店の扉がひらかれた。

 早朝から来る客もいないことはない。

 親父さんは自分が厨房に居るときであれば、いつなんどきであろうと食事の注文は受けるからだ。


 店に入ってきたのは、神官服の上に金属製の鎧を装備した神殿騎士だった。

 年の頃はモリアと同程度の、栗色の髪を編み込んだ少女だ。

 金属製の長柄の先端に錘が付けられた戦鎚(バトルハンマー)を背負っている。


「あれ……君は確か」

「ミーリットです。その節はありがとうございました、モリア殿」


 そしてその後ろにもうひとり。

 浅紅の長い髪をなびかせ、王国技術の粋を集めたようなドレスを身に纏う少女。

 赤みががったブロンドの髪はかなり希少な髪色だ。

 モリアがかつて彼女をかなり高貴な出の人間と直感したのも、この髪色によることろがあったのかもしれない。

 これでも街中では目立たない程度に地味な意匠のものを着ているのだろうが、見る者が見れば分かってしまうだろう。


 この少女もモリアとそう歳は変わるまい。

 だがその歳にして、少女はこの街の命運を双肩に担っていると言っても過言ではない。


 レミーと親父さんは無言だ。

 レミーはともかく、来客なのだから親父さんは挨拶くらいすると思ったが、疑わしそうにモリアのほうを見ている。

 強面の開拓者が押し寄せても動じない親父さんだが、お偉いさんは苦手のようだ。

 そのような目で見られてもモリアに覚えはない。

 心当たりならあるし、その疑念も間違っていないとは思うのだが。


「姫、こちらへどうぞ」


 ミーリットに促され、王女テオドラは店内へと歩み入る。


 ――姫、姫か。


 なるほど街中で王女と呼ぶわけにも行くまい。

 姫ならそれなりに高位の貴族を呼ぶのにも不自然ではない。

 モリアもそれに倣うことにした。


「はじめまして、で良かったですかね? 姫様」


 だがモリアの気遣いは、次のひと言で砕かれる。


「お会いするのは二度めですよ? モリア様。名乗るのが遅れましたが、私はこの国の王位継承権第十六位、王女のテオドラと申します」


 ゆったりとした微笑みに柔らかな声を乗せて、王女はそう名乗った。

 同時に親父さんが落とした皿の割れる音が、宿の中に響き渡った。

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