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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第一章 樹海に飲まれるもの
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第30話 不死者の王

「門が……動かねえ!」


 城壁内の門番から怒鳴り声が届く。

 彼らからは見えないが、門の外側は樹木兵が倒れ込んで塞いでしまったのだ。

 頭上から木の枝が何本か降ってきたので、起こっていることの想像は付いているのかもしれない。


「魔法で操られた樹木は、魔物とは見做されないのか?」


 敵は樹木兵を飛び道具のように扱って、障壁内に放り込んできた。

 降魔石の意外な弱点に、グルイーザは歯噛みする。


 しかし全く効いていないわけでもなく、倒れた樹木兵が動く気配はない。

 魔神級の迷宮守護者にはそもそも障壁が通じないという話もあり、そうだとすれば非常にまずい。

 目の前には新たな樹木兵が四体、そして数え切れないほどのゾンビの群れが樹海の中を埋め尽くしている。


「あたしに気付かれずに、ここまで……!」


 グルイーザの索敵範囲を見切って、その外側に展開していたのだろうか。

 それにしては接近が速い。

 隠蔽魔法で気配を遮断していたのかもしれない。

 先の敗戦を踏まえ、戦術を変化させてきたということか。


 モリアは敵影の中にセルピナの姿を確認した。

 覚悟していたとはいえ、やはり心はざわついている。


 河川港の建物や設備が次々に崩れ、同時に城壁を揺れが襲う。

 向かってくる樹木兵は四体。

 その気になればもっと多くの数を出せるはずだが、大軍と戦うのでもない限り、あまり意味はない。

 セルピナは多勢と戦うときにこそ、最も力を発揮する魔術師なのだ。


「植物魔法なんて、本来こんな大規模な術じゃねえんだが……」


 グルイーザがぼやくように言った。

 周囲の兵も口々に驚きの声を上げている。


 城門を少し避け、左右の壁に取り付くのが樹木兵の目的だろう。

 その後は、ゾンビの群れが樹をよじ登って街に攻め込む。

 そんな戦術だろうか。


 眼下ではレミーが樹木兵の進路正面に立ち塞がっている。

 逃げようと思えば逃げれるはずで、ならばなんらかの考えがあるのだろう。

 モリアもそれに乗ることにした。


「壁が崩れるかもしれないので、皆さんはすぐに退避してください。グルイーザも」


 見張りたちは素早く北門の反対側に居る者たちに合図して、自分たちも城壁塔に向けて駆け出した。

 グルイーザは袖口から火成石を取り出してモリアに渡す。


「使うかどうかはお前に任せる」


 樹木兵とアンデッドを率いる迷宮守護者が、モリアの身内であることをなんとなく察しているのだろう。

 その心遣いが少し嬉しかった。


「ここからだと届かないから、百メートルまで近付いたら使うよ」


 グルイーザは頷き、自身も退避すべくその場を離れた。




 モリアは壁上からレミーの動きを見守った。

 どうも信じ難いことに、正面から樹木兵を捻じ伏せる気らしい。

 動作に迷いが見られなかった。


 両者が激突したかと思われた瞬間、レミーはするりと根の上を通って樹木兵の向こう側へと着地する。

 同時に樹木兵がこちらへと倒れ込み、無数の枝が城壁へと伸ばされた。

 枝の先端が次々と壁に衝突する。


 壁の石材が砕かれる音と共に足元が盛大に揺れた。

 だが、その瞬間には既に最寄りの枝の上へと跳び降りている。

 傍から見れば無謀にも思えるその行為は、モリアにしてみれば何十回も繰り返しおこなった戦法のひとつに過ぎない。

 しかも、この樹木兵はレミーの攻撃によって自重を支えるのが精一杯であり、ほとんど動きが無い。

 枝の上を伝って一気に反対側まで駆け抜け、下部の枝を一本経由して地上へと降り立った。


 樹木兵を完全に抜き去り、レミーと合流する。

 樹海を埋め尽くすゾンビの群れを見ながら、レミーはモリアに聞く。


「どうする? やはり頭を叩くか?」

「そうだね。その前に少し数を減らそう」


 城壁塔の方角に振り返ると、壁上に居るグルイーザが見えた。

 目が合い、頷いたように見える。


 正面に向き直り、セルピナの位置に向け全力で火成石を投擲した。


「後ろをお願い」

「心得た」


 モリアが駆け出し、数メートル後方にレミーが続く。

 同時に、巨大な火柱が樹海から立ち昇った。

 百体を超える敵が巻き込まれたはずだが、両翼にはまだ大量のゾンビが控えている。

 吹き飛ばされたゾンビに巻き込まれて延焼する個体も多いが、致命傷には遠いのかバラバラと樹海から飛び出してくる。


 接敵するまでに、五十メートルの距離を詰めた。

 ドラゴンブレスで焼かれた地面から猛烈な熱気を感じる。

 樹海の中はまだ燃えているが、構わず走った。

 左右から襲いかかる獣を無視して進む。

 背後でロングソードが獲物を斬り裂く音が響く。


 突如、前方の樹海内の炎が掻き消された。

 セルピナは恐らく無傷だ。

 彼女は魔法由来の現象を打ち消す、攻撃魔法無効化の力を持っている。

 魔術師同士の戦いでは無敵に近い。


 更に十メートルを進む。

 少し懐かしい顔。

 血の気が無いようにも見えるし、虚ろな視線にも見える。


 ――正直、見た目の違いが分からない。


 セルピナは元から顔色が悪いし、疲れたような目をしていたのだ。

 しかし彼女の纏う異様な魔力が、生前のそれとは変質してしまったことは疑いようもない。

 ゾンビと実際に対峙し、その魔力の特徴を覚えた今のモリアには。

 セルピナがアンデッドと化し、二度と元には戻らないということがはっきりと分かってしまう。


 セルピナの足許から、(つる)のような植物が生え始めている。

 モリアの飛礫(つぶて)同様、その植物魔法の射程は半径三十メートル。

 ひとたび獲物に絡み付けば、人間の筋力で(ほど)けるようなものではない。

 攻撃の初速ならモリアのほうが上ではあるが、一撃か二撃で仕留められなければ、勝敗の天秤は容易く相手に傾くだろう。


 ドラゴンブレスの火柱が、完全に消え去った。

 更に十メートルを進んだ。

 残る距離は、互いの間合いである三十メートル。


 セルピナは、かつて模擬戦でそうしていたように、両腕で自分の頭部をかばった。


 十二歳を越えてからは、模擬戦でセルピナに負けたことはない。

 彼女では、モリアの攻撃を躱すことも耐えることも出来なかったからだ。


 アンデッドに成り果てた今の彼女はどうなのか。

 痛みや怪我でその動きを止めることは出来ない。

 アンデッドが怯むことはない。

 頭を潰す、首を刎ねる。あるいは心臓を貫かねば、決着はつかないのだ。


 投石で首を刎ねるのは無理だ。頭部は腕で守られている。

 残るは心臓。

 安物とはいえ、レザーアーマー越しに心臓を潰すのはやはり難しい。

 折れた骨が心臓に突き刺さる可能性もあるが、運任せに過ぎる。


 それでもモリアは、迷わずに投げた。




「セルピナは僕より遥かに強いけど――」


 大樹海はちっぽけな人間などよりも強大な存在だ。

 それは間違いない。

 だが人々は樹々を切り倒し、燃やし、開拓することが出来る。


「――勝つのは僕たちだ」




 セルピナは両腕で抱え込むように頭を伏せていた。

 生前の記憶がそうさせたのか、頭部さえ守れば致命打は防げるはずだった。

 下を向いている彼女の虚ろな目に映るのは――


 レザーアーマーの上、心臓の位置に突き立った一本の短剣(ダガー)だった。


 まだだ。

 まだ心臓には届いていない。

 だが次の瞬間、ダガーの柄頭(つかがしら)石礫(いしつぶて)が激突し、心臓に刃先をめり込ませる。

 不死の肉体を操る魔力の糸が断ち切られ、強大な力が霧散する感覚がセルピナを襲った。




 武器投擲(とうてき)――


 それは必ずしも投石術より優れた攻撃というわけではない。

 だが、ほんの僅かな攻撃特性の差異が勝敗を分けた。


 レザーアーマーは本来そう簡単に刃物が通る防具ではないが、セルピナが身に付けているのは量産品の安物だった。防御力はたかが知れている。


 モリアは模擬戦で武器を投げたことはない。

 どころか投石術の師匠を除き、人前でこの技術を使ったことがなかった。

 自分よりも強い兄弟たちと、いつか戦う日が来るかもしれない。

 そのときのために、それは秘匿され続けていた。




 モリアの背後で、獣たちが斬り裂かれる音が止んだ。

 アンデッドの気配が消えていく。

 セルピナは、よろめいて数歩前に進んだ。


「モリア……ずっと……あなたを探して――」


 ようやく会えた探し人は、それだけ言うと地面に倒れた。

 その身体も、長い黒髪も、灰のように崩れ、そして消えていった。

 ローブと革鎧、そして短剣だけが、その場に残される。


 彼女との会話を思い出す。




『モリア。もし私の心が樹海に飲まれてしまったなら、そのときは――』

『――そのときは、僕がきっと()()()()()よ』




 しゃがみ込んで革鎧をそっと持ち上げ、短剣を回収した。


「約束は守ったよ……セルピナ」


 ローブに触れてみるも、人の温もりは残っていない。

 彼女が死んだのは今ではなく、ずっと前なのだから当然だった。

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