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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第一章 樹海に飲まれるもの
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第28話 模擬戦

 宿に入ると、何人かの酔客と店主しか居なかった。

 夜も遅いのでアニーは寝ているのだろう。

 グルイーザも今日は疲れているはずだ。


「こんな時間に珍しいね、モリア君。グルイーザ君なら、もう部屋に戻ってしまったよ」

「ですよね。なら――」


 明日また来ます、と言いかけて。

 グルイーザとの別れ際に言われたことを思い出す。


「部屋、空いてますか?」

「ひと部屋しか埋まってないよ」


 親父さんはそう言って苦笑した。


 夕食後、鍵を受け取ると店の奥に入り階段を上る。

 泊まるのは二度目なので迷うこともない。

 いつものように宿舎に戻ったら、いつものように独断専行で動いてしまいそうな予感がした。

 レミーは良くも悪くも器が大きい男なので、モリアの行動にあまり口を挟まないからだ。


 前回泊まったときと同じ部屋に入り、すぐに眠りについた。





 樹木の形をした怪物が(うごめ)いている。


 おとぎ話や詩人の物語、あるいは迷宮を探索する冒険者たちの武勇伝に出てくるような、動く樹の怪物――『樹人』と呼ばれる魔物に酷似したそれが、根を足のように動かして移動しているのだ。


 この怪物は『樹人』ではない。

 これの正体はかつての同居人――無名ではあるが、恐らく王国でも十指に数えられるであろう大魔法使い、セルピナの操る『樹木兵』だ。


 ――夢か。


 モリアはこれが夢の中だということを、ぼんやりと知覚していた。

 セルピナの事を考えていたから、彼女との模擬戦のことを思い出したのだろう。

 街の南側の森、狩人たちも訪れないような奥地でそれはおこなわれていた。


 十指に数えられる魔法使いというのは適当だ。

 グリフォン()(アイ)以外は該当者を知らない。

 セルピナ以外の孤児院の兄弟や、院長のラゼルフも、もしかしたらその中に入るかもしれない。

 最近知り合った黄金の髪の少女も、候補のひとりだろう。

 いや、いずれも少し大げさか。

 王都や迷宮都市を差し置いて、北の辺境にそんな優秀な人材が集中しているはずもない。


 樹木兵から伸ばされた枝がモリアに向かって振り下ろされたため、そこで思考は中断された。


 飛び退いて樹の枝を大きく避ける。

 これが人間の振るう剣であれば最小限の動きで避けるだけだが、樹木兵の振るう腕だとそうはいかない。

 叩きつけられた地面は爆ぜ、周囲のものを巻き込んでいく。

 太い枝から分かれた無数の細かい枝とて侮れない。

 この速度で振るわれれば、人間の皮膚など容易く切り裂くだろう。


 樹木兵はもう一体居た。

 モリア目掛けて、今度は横薙ぎに枝が振るわれる。

 垂直に跳んで躱す。

 その枝は、最初の一体が振り下ろした枝に命中した。


 動きが止まった枝に跳び乗る。

 一見無謀な行動にも見えるが、モリアは度重なる模擬戦の経験によって樹木兵の動きや癖を熟知している。

 敵を振り落とそうと動く枝の動きにも体重移動で柔軟に対応し、その上を駆ける。

 速いのは枝の先端だけだ。樹の幹に近付くほど動きは緩慢になる。


 枝の上を移動し幹を通り過ぎ、更に反対側の枝の先端に向かって駆ける。

 枝は先端に向かうほど動きの激しさを増し、振り落とされる前に自分から跳び降りた。

 すかさずモリア目掛けて背後から振るわれる枝を、振り返らずに躱す。


 そのまま前方に駆け抜け、樹木兵を抜き去った。

 術者であるセルピナとの距離は五十メートル。


 セルピナは咄嗟に頭部を腕でかばった。

 胴体にはローブの上から安物の革鎧(レザーアーマー)を着込んでいる。

 投石の衝撃をいくらかは和らげることが可能だ。

 それでも命中すればタダでは済まないだろう。

 痛みで動けなくなるかもしれないし、折れた骨が内臓に突き刺さるかもしれない。

 モリアが走り、セルピナとの距離は三十メートルになった。


 そこでセルピナは降参した。


 中距離戦闘用の強力な魔法もあるにはあるのだが。

 それをモリアに当てるまでに、飛礫(つぶて)の一発や二発は受けてしまうだろう。

 その時点で、即死を免れたとしても戦闘不能に追い込まれてしまう。

 セルピナからすれば、モリアは相性の悪い相手だった。


 モリアは改めてセルピナの姿を見る。


 高い身長。長い黒髪。

 前髪の隙間から覗く視線はどこか(はかな)げで弱々しい。

 兄弟たちの中では珍しいタイプだった。


 セルピナはラゼルフの研究を否定はしなかったものの、同時に不安も抱いていたようだ。

 旅立つ前に、彼女はモリアにこう言った。


『モリア。もし私の心が樹海に飲まれてしまったなら、そのときは――』


 ――そんな言葉、セルピナは言っていただろうか?


 ラゼルフたちが行方不明となる前。

 樹海の正体が北の迷宮であったことなど、誰も知らなかったのだ。

 心が樹海に飲まれる、などという表現を使うはずもない。

 今の自分の記憶が混ざった夢なのだろうと、モリアは考える。


 夢の中のセルピナに、言葉を伝える。

 これはかつての自分が、間違いなく彼女に送った言葉だ。


『――そのときは、僕がきっと()()()()()よ』


 そこで場面は途切れた。





 目覚めてから少しして、ここがアニーの宿の二階であることを思い出す。

 一階に下りると、大あくびをしているアニーに遭遇した。


「ふあ……あふ? モリア、泊まってたんだ?」

「おはよう、アニー」


 アニーに挨拶をし、店主から白湯を受け取り飲んでいると店の扉がひらいた。

 見るまでもなく、入ってきた者がレミーということは分かる。


「モリア、ここに居たか」

「これからはこっちに泊まろうと思ってね。レミーもどう?」

「考えておく」


 反乱鎮圧に加わった黒鉄札にも結構な報奨金が支払われる。

 他の者は借金などと相殺かもしれないが、レミーにその心配はない。

 宿代くらい、どうということはないだろう。


 それに、レミーほどの人物が大部屋暮らしというのもどうなのか。

 異民族であるが故に、組合から不当な扱いを受けていると周囲に誤解されたら、全体の士気に関わるかもしれない。


「城壁の見張りから報告があって、お前と――多分グルイーザにも確認してほしいことがあるそうだ」

「分かった、今行くよ。グルイーザは寝てんのかな?」

「起こしてくるね」


 話を聞いていたアニーがすぐに階段を上っていく。


 結局今回も、急に連れ出すことになってしまった。

 しかしこれは不可抗力というものであろう。

 不機嫌そうに下りてくる少女の顔を予想して、モリアは苦笑した。





「それでェ? 今度はなんなんだよ」


 三人で朝の街中を城壁塔に向けて歩く最中。

 案の定、機嫌の悪い魔術師に対してレミーが説明する。


「北門の外にゾンビが何体か現れたらしい。統率がとれている感じではないらしいがな」

「あたしらが最初に第一拠点に向かったときも、はぐれてんのが居ただろ。人間も魔物も完璧じゃないのさ」


 レミーが言うには、降魔の障壁が効いているのかいないのか、素人目には判断が付きにくいので確認してほしいとのことらしい。


 城壁塔を上り、再び北門の上に向かう。

 壁上を歩いている間も、地面を何体かの獣のゾンビがうろついているのが見えていた。


 実際には、見た目でゾンビかどうかは判断できない。

 しかしほとんどの獣に大きな負傷があり、行動も普通とは言い難い。

 壁に向かって歩き、何度も頭をぶつけていたりする。

 魔法による識別などせずとも、ゾンビで間違いなさそうだ。


 北門に着き、観察を続ける。

 降魔石から半径五十メートル程度、より正確には降魔石の位置が地面よりも高い場所にあるため、それよりはやや狭い範囲。

 そこにゾンビは侵入していない。左右すぐ近くの壁にぶつかっている個体は居る。


「効果範囲には確かに居ないけど、ゾンビに意思が感じられない。たまたまそうなっているだけかもしれず、判断がつかない。と、そういうことですよね?」


 モリアの問いに衛兵たちは頷く。


「あたしは術の効果が継続しているかどうか判別できるから、術自体は発動しているとしか言い様がないな。奴らに効いているという証明が必要なら、誰か囮になって連中を引き寄せてみればいいんじゃねーの?」


「なら俺が行こう。お前たちは上から見ていてくれ」


 レミーはそう言うと、城壁の通路を引き返していった。

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