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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第一章 樹海に飲まれるもの
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第27話 信頼

 相談にひと区切りついたのか、エメリヒがこちらを向く。


「さて、当面の防衛方針はそれでいいとしまして」

「モリア、他になんかあるか?」

「他?」


 第一拠点に関する情報は既に伝わっているようだし、他に話すことなどあったろうかとモリアは首を捻った。


「お前、第一拠点があるかもしれないと考えて北側の調査に行ったんだろうが。そういうことを事前に教えてくれりゃあ、オレたちも少しは受け入れ体制とか整えられたんだよ」

「ああ……」


 言われてみればその通りである。

 グルイーザがたまに不機嫌になるのも、多分同じような理由からだろう。

 しかし――


「突拍子もない意見など聞き入れてもらえないから、自分だけで考えるというのは分かります。でも、今は君を信頼している者も多い。我々のことも、信じてはもらえないでしょうか」


「…………」


 組合長にそうまで言われては、ここで切り上げて帰るわけにもいかなくなってしまった。

 街の方針は街の上層部で決めればいいというのがモリアの考えだが、自分にも意見がないわけではない。


 まず、街を捨てて全住民で逃げるという選択は無理だ。

 大半は確実に死ぬだろうし、全滅も普通にあり得る。

 だが街に留まっても確実に全滅するような状況が確定したら、そのときは皆で逃げるしかない。


 今は樹海を脱出する方法を模索する一方で、いかにこの街で生き永らえるかを考える段階だ。

 少数で逃げようとする者は好きにさせるよりないが、戦力になる者はなるべく残ってほしい。

 人材の流出を防ぐには、街に残ったほうが得だと思わせなければならないだろう。


 ここまではエメリヒなら分かっているだろうし、説明するまでもあるまい。


「それなら聞きたいことがあるのですが、街の食糧はどれくらい持ちますか?」

「井戸水の問題はまだ調査中だが……」

「食糧はどんなに持たせても半年でしょうね」


 ――半年?


「思ったよりずっと長いですね?」

「街の地下食糧庫は無事だったからな。城塞都市の常として、長期籠城戦は常に想定されている」

「隣接国の無い北の辺境だからといって、それを疎かにしなかったのは領主の功績です」


 ライシュタットは城塞都市としては規模に対しての人口が少ないので、その分長く持つということもあるだろう。

 街が樹海に飲まれたのは夕刻だったので、家畜の収容も済んでいた。

 もし周囲の畑も奪還できるなら、時間的猶予は更に伸びる。


 ――広大な地下食糧庫の存在は聞いていたけど、それほどのものだったとは。


 しかし、モリアの懸念事項もその地下にあるのだ。


「それだけ地下が広いなら、未発見の魔物も潜んでいる可能性はないでしょうか?」

「二日前の襲撃以降も、何回か生きた獣は発見されています。屋内に潜んでいて家畜や、あるいは街の人が犠牲になった事例もありました」

「奴らも同じところにじっとしているわけじゃないだろうから、あらかた発見されたとは思うんだがな。いや……地下だと食うもんには困らないから、ずっと潜ってるってこともあるか?」


 それもあるだろう。

 ただ、保存食糧の多くは穀物と思われる。

 肉食の魔物は畑の作物には手を出していない。


「魔物の大半は自然界の生物が進化したものです。ほとんど移動せずに待ち伏せで捕食するような生物……例えば蜘蛛(クモ)なんかは、長期間食べなくても生きていけますよね」


 蜘蛛が地下に居るかどうかはともかくとして、樹海の生物が地下にも潜んでいた可能性は否定し切れない。

 エメリヒたちもその危険性に気付き、深刻な表情になる。


「街の北側に発生しているアンデッドの件が片付いたら、次は地下を調査しようと思います。畑はその次ですね。そちらは特に案はありませんが」

「地下の食糧を取ってくるのも、開拓者小隊の仕事にしたほうが良さそうですね……。井戸の調査も」

「畑は開拓拠点同様に防護柵を作るしかねえか。規模は段違いだけどな。半年以内に形になればいいが」


 街の北側を流れる大河がなくなったのも痛い。

 大量の水や水産資源に頼ることが出来なくなったのだ。

 樹海の至るところにある小さな水の流れは北側でも確認できたが、街の人口を養えるほどかというと微妙なところである。


 ――魚、食べられなくなるのかなあ。


 別段魚が好きなわけではないが、食べられないとなると惜しくなる。

 モリアの中で、樹海を脱出する理由がひとつ増えた。




「そういえば、モリア君にはまだこの街の領主のことを話していませんでしたね」

「……? ええ、まあ」


 確かに聞いてはいないが、自分にはあまり関係なさそうな人物だ。


「領主はもう一ヶ月以上、病に臥せっています。ライシュタットの役人は有能なので、街の運営には今までなんの支障もなかったのですが――」

「第二拠点の反乱報告辺りから、雲行きが怪しくなってな」


 ベルーアが言っていた問題とはそのことかと、モリアは以前の会話を思い出した。

 領主に適切な対応を促そうにも、本人が不在では話にならない。

 役人たちは有能だが、不測の事態には対応が追い付かないということらしい。


 今までは領主の回復を待っていたが、この非常時だ。

 代行を立てる、あるいは領主交代も視野に入れて緊急の会議がおこなわれている。

 エメリヒもベルーアも、それに参加しているそうだ。


「それで、次の領主は決まりそうなんですか?」

「順当にいけば次期領主であろう方々は、今回の事態には対応できないと辞退されているのです」

「そのうちのひとりが、この組合長なんだけどよ」


 街が樹海の奥地に移動したという荒唐無稽な話も、《グリフォン()(アイ)》から直に伝えられれば疑う者のほうが少ない。年配の貴族たちは、かの大魔法使いの活躍を嫌というほど聞いてきた世代だろう。


 その場合、老貴族たちの考えることは何か。

 普通なら樹海からの脱出であろう。少数精鋭なら可能性はあるとベルーアも言っている。貴族の護衛はあまり表には出て来ないが、腕の立つ者が多いのは想像に難くない。

 領主になってから逃げるくらいなら、初めから引き受けはしまい。


 一応エメリヒの言い分によれば、街のために尽力する気はあるという貴族もいるらしい。

 しかしそういう真面目な貴族に限って、自分の力不足を悟って領主就任には二の足を踏むのだそうだ。


「エメリヒさんが領主になって、ギルターが組合長じゃ駄目なの?」

「私には兵の指揮はとても……」

「オレに組織の運営なんて出来ると思うか?」


 では衛兵で一番偉い人間が領主では駄目なのか。

 恐らく駄目なのだろう。モリアには政治が分からない。


「身分が高そうで、戦闘の指揮も出来そうな人物……。ジークさんも、確か貴族って話でしたね」

「お前を引き抜こうとしてた奴か」

「ジークリーセ様のことですか? あの方はこの街の貴族ではないのです。しかし……そうか……その手が――」


 エメリヒには何やら考えがあるようだ。

 少しは役に立てただろうかと、モリアは今度こそ話を切り上げる。

 相談を続けるふたりに挨拶をして、組合長の部屋を退出した。




 建物の外に出ると、辺りはすっかり暗くなっている。

 レミーたちはまだ飲んでいるのだろうか。

 反乱鎮圧の報奨金を一部受け取っているから、酒代は問題あるまい。

 黒鉄札の仲間たちは久々に羽を伸ばしているだろうし、長くなりそうだ。


 先に帰るべく宿舎に向かおうとして、エメリヒの言葉を思い出す。


 ――人を信じる、か。


 今の話も……自分のことも、そしてあの孤児院のことも。

 レミーとグルイーザには伝えておこう。

 そう考え、モリアは行き先をアニーの宿へと変更した。

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