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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第一章 樹海に飲まれるもの
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第26話 安全地帯

 レミーたちと一時別れたモリアは、グルイーザと共に北東の城壁塔へとやって来た。

 塔の入り口に向かうと、見覚えのある衛兵がこちらに気付く。


「お前は……特例開拓者のモリアだったな?」

「はい。また壁の上で仕事があるんですが」

「通達は受けている。通っていいぞ」


 エメリヒの根回しの速さに感嘆しながら、塔内へと入る。

 確かにグルイーザひとりだと、入り口で足止めされてしまっていただろう。

 例の隠蔽魔法も、このような狭い空間ではさすがに通用しないのではないか。


 塔の上から壁上に出て、北門を目指す。

 門の上には衛兵や開拓者から選ばれた射手が何人も配備されていた。


「あっ。あんたら、外の調査に出てた特例小隊だろ? なんだよさっきの火柱……何が燃えたらあんなことになるんだ?」


 火竜の息吹は射手たちも目撃していたようだ。

 樹海の樹々よりも遥か高くに燃え上がった火柱は、ここからだとさぞよく見えただろう。


「僕にもよく分からないんですよね……」


 適当にあしらいながら門の中央上の場所を空けてもらい、次の仕掛けの準備に入った。

 グルイーザはしゃがみ込んで、通路の材質を調べるように床や壁に手を触れる。


「ここの適当な場所に降魔石を埋め込み、北門の守りに当てる。動かしたら術が解除されちまうから、見張りには周知徹底する必要がある」

「組合長に伝えとくよ」


 モリアが周囲の見張りにも軽く情報を共有している間、グルイーザは街側の壁を石の設置場所に選んだようだ。

 床に設置して踏まれるのもどうかと思うし、外側の壁だと魔物からの攻撃で壁が破壊される可能性もあるだろう。そんな考えの結果であった。


 ローブの懐から取り出された石は、火成石と同様に古代文字が刻まれている。

 グルイーザはその石を壁に押し当てた。不可視の魔力が流れ、石は溶け込むように壁にめり込んでいく。


「――降魔の障壁」


 まるで最初からそう成形されていたかのように、降魔石は壁の一部となった。

 松明の炎のみで照らされる薄暗い通路で、石に刻まれた古代文字が仄かな魔力の光を放つ。

 モリアのみならず、見張りの兵たちもその光景に驚き見入っていた。


「これならわざと掘り起こそうとでもしない限り、石が動くことはないだろうね」

「効果範囲の外から、城壁をブッ壊されでもしねー限りはな」


 そんなとんでもない敵が居るのかと、兵たちは戦慄する。

 先程見た巨大な火柱の存在を考えれば、戦闘の規模は自分たちの想像を超えた領域に入りつつあるのだと、嫌でも感じざるを得ない。


「具体的な効果の内容は?」

「石を中心に半径五十メートル程度の範囲で、魔物の侵入を防ぐ。樹海の獣は多かれ少なかれ魔物化が進んでいるから、門を開けても入ってくることはない。普通の獣には効果がない。例えば、家畜とかが逃げ出すのを防ぐことは出来ない」


 世の地下迷宮などでは降魔石で造られた区域が存在し、そこに魔物が侵入することはない。

 その空間を新たに生成する魔法のようだ。

 組合には後で伝えるとして、周囲の兵にも話を聞いてもらう。

 今はまだその内容を信じられないかもしれないが、いずれは分かることだ。


「持つ時間はどれぐらい?」

「迷宮内で降魔石を使った安全地帯を新たに作っても、普通は数日で解除される。迷宮には自己修復機能があって、元の姿に戻ろうとするからだ。ただ、この樹海は自然環境と混ざり合った中途半端な迷宮だからな。どうなるかは分からない」


 ライシュタットの街自体が迷宮にとっては異物のはずだ。

 その理屈でいえば街自体がいずれ消えてもおかしくはない。

 街の中、あるいは樹海の中で迷宮の力がどのように作用するか、調べておくのは重要なことだろう。




 城壁塔を降りて街中に戻ってきた。

 壁上は人が多かったので、聞かれたらまずそうなことはまだ質問していない。


「他の門にも障壁を張るわけにはいかないの?」

「降魔石の予備がもうない。ひとつは探索に絶対必要だ」

「あ、もしかして野営用」

「そうだ。気付く奴はすぐ気付くだろうが、人にはあまり言うな」


 樹海踏破の難点は、獣の襲撃の多さからくる野営の難しさにある。

 逆にいえば、それさえ解決すれば長距離移動も可能なのだ。

 もちろん魔物の強さや、未知の脅威を考慮しなければの話ではある。


 樹海から脱出したい街の悪徳貴族が、グルイーザを従えるために手段を選ばず……などという、ろくでもない想像をしてしまう。

 そんなことが起きて彼女を怒らせたら、次はライシュタットを火の海にされかねない。

 入念な根回しが必要だと、モリアは改めて心に刻む。


「お前、連絡はまめにしろよ? なんでも直前に決めんな」

「……うん」


 よく聞いていなかったが、適当に生返事をする。

 いったんここで解散する流れのようだ。


「そうだ、宿の空き部屋――」

「ん?」

「いや、なんでもねえ……」


 何かを言いかけたグルイーザは、しかし続きを言わずに宿の方角へと立ち去った。


 ――空き部屋、か。


 街の外との行き来がなくなったということは、各宿屋の客はほぼ今のまま固定になるということだ。

 アニーの宿は一時期留守にしていた影響で、今はグルイーザしか宿泊客が居ない。

 食事処でもあるので他は無収入というわけではないが、経営は厳しいのかもしれない。

 街のこれから如何では、経営どころではないだろうが……。


 モリアはひとり、組合へと向かい歩き出した。





「お前なあ。なんかこう、事前にもう少し報告とか」


 書類が積まれた組合の受付カウンターを指でトントンと叩きながら、禿頭の大男は頭の痛そうな表情をしている。

 組合内の広間は、戻ってきた開拓者たちでごった返していた。


「おう、黒鉄(くろがね)のちっこいほう。世話んなったな」

「酒場で会ったら一杯奢らせてくれよ」

「ガキに酒を勧めるな」

「デカい男と美人の嬢ちゃんは一緒じゃないのか?」


 通りかかった者が次々に声を掛けては、ギルターに睨まれ散っていく。


「これでもすぐ報告に来てるんだけどね。今回は僕にも予想外のことが多かったというか」

「お前の行動に文句があるわけじゃねえ。……よくやった」


 人であふれた広間を見渡す目は、心なしかいつもより穏やかだ。


「レミーからおおざっぱな報告は受けている。北門になんか仕掛けたらしいな」

「ああそれ。組合長に伝えておいてほしいんだけど」

「上に居るから直接伝えろ」


 カウンターの中に入るよう促し、ギルターも席を立った。




 二階に上がり、ギルターの案内で組合長の部屋に入るとエメリヒが出迎える。

 やはり書類に忙殺されているようだ。

 応接用の席に座り、三人で話をする。


「反乱軍鎮圧に要人の救助、そして今度は開拓拠点に駐留する大勢の人間の救助、ですか。凄まじい活躍ぶりですね、モリア君」


 要人の救助というのが誰のことだか分からない。

 今まで関わった者の中に、それなりに偉い人間でも混ざっていたのだろう。


「第一拠点の人たちが無事に帰ってこれたのは、僕の功績じゃないですよ」

「凄腕の魔術師がいるらしいな」

「その方を、ぜひ私にも紹介してほしいのですが」


 どう返答したものかと、少し考えてからモリアは口をひらく。


「そのうち連れてきます。でも僕にどうこうできる人物ではないので、いつになるか……」


 樹海の魔物を撃退したのは、ほとんどグルイーザの魔法によるものだ。

 その報告はエメリヒも受けていると思われる。

 モリアは彼女の人物像を少し大げさに伝えているが、このくらいでちょうどいいだろう。


「分かりました。レミー君が言っていた、北門の防衛とはどのようなものですか?」

「迷宮の安全地帯ってご存知ですか? それを人為的に発生させる魔法らしいです。設置済ですが、今は魔物が居ないので検証はしていません」


 それを聞いたふたりは驚きの表情を浮かべる。


「そんなとんでもない魔法が使えるのですか? その方は……」

「弱点の多い魔法なので、運用にはいくつか注意点があります」


 モリアは城壁に埋め込まれた降魔石の存在や、それを動かしてはならないことなどを伝えた。


「術をかけなおしてもらえば、別の場所にも障壁を張れるってことだな?」

「ですが、今は確かに北門が最適解でしょうね」


 エメリヒとギルターは、上層部や衛兵たちに周知徹底すべく意見をまとめていった。

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