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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第一章 樹海に飲まれるもの
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第25話 呪石魔法

 さらに三十分の時間が過ぎた。

 周囲には前方の集団が倒したであろう獣のゾンビが転がっている。

 白鉄札の中には、一攫千金を求めて遠くの街からやって来た凄腕もいるという。

 そういった者たちが先頭付近を固めているのだろう。

 ならば、樹海の突破自体は問題ない。

 問題があるとすれば後方……。


 レミーが後ろを気にしながら言う。


「来たな」

「凄く速いというほどじゃないけど、こっちの倍近い速度だね」


 第一拠点で何割かを無力化はしたが、依然としてこちらを大幅に上回る数。

 街まで残り僅かとはいえ、列の後方がゾンビの群れに飲み込まれれば犠牲が出るのは避けられないだろう。

 モリアとレミーがどれだけ奮戦しようと、大勢の人間を一度に守り切ることは出来ないのだ。


「仕方ねえ。あまり使いたくない手だったが……」


 グルイーザは袖口からひとつの石を取り出した。

 石の表面には、何かの細かい模様が彫られている。

 古代語魔法で用いられる呪文の文字ではないかと、モリアは考えた。


「それも迷宮石?」

「そうだ。これは火成石(かせいせき)という。こいつに込めた術の効果範囲は半径五十から六十メートル。降魔石の魔法と違って人間も味方もお構いなしだ。だからあたしが手に持ったまま使うことは出来ない。あと、一度使えば砕け散ってそれっきりだ」


 降魔石は移動しながらは使えないということであったし、立ち止まって使うには恐らく準備時間が足りないのだろう。


「それを敵の通り道にでも設置するのか?」

「あたしが使うならそれ以外に方法がないし、敵の予想外の動きには対応できない。そこで――」


 グルイーザはモリアにその石を手渡した。


「僕にこれを投げろ、と」

「味方には当たらず、敵をなるべく巻き込む場所に頼むぞ。点火にはあたしの呪文がいるから、ちゃんと声をかけろよ?」


 グルイーザは相変わらず魔法そのものの説明を省く。

 今はそんな説明をしている時間がないというのは分かるが、火成石という名前、点火という言葉からも嫌な予感しかしない。

 だが、他に有効な手段もない。

 不幸中の幸いか、風は南から吹いている。


「やるしかないか……」


 自分の投擲距離を百メートルと仮定し、味方を極力魔法の効果範囲から遠ざけ、敵を一匹も通さないことを目指すならば――

 ゾンビの群れの先頭を、五十メートルの距離までなら引き付けてもよいことになる。

 モリアは最後尾まで移動し、後ろの様子に神経を集中させる。


 敵の先頭は現在九十メートル後方。

 今から一分間の半分――すなわち三十秒後には五十メートルの距離まで近付くだろう。


 ――あと十秒、九、八……。


「グルイーザ!」


 振り返って敵の先頭を視認すると、火成石を全力で投擲した。

 目標は百メートル先。ゾンビの群れの先頭から五十メートルの地点。

 石は樹々の間をすり抜け、途中の細い枝葉を粉砕し、ゾンビの群れの頭上を抜けてその場所へと落下する。

 その間僅か二秒。


「――火竜の息吹」


 グルイーザは一秒で呪文を唱えた。


 瞬間、火成石の落下地点を中心に光が放たれる。

 光は瞬く間に紅蓮の炎へと変化し、周囲の樹々を埋め尽くした。

 燃え盛る炎は轟音を奏で、爆炎の中心から吹き飛ばされたゾンビが宙を舞う。


 一部はモリアの位置を通り越し、避難列の左右にまで降り注ぐ。

 同時に強烈な熱波が襲いかかってきた。

 前列のあちこちから叫び声が上がる。


「な、なんだァ!?」

「何が起きた!」

「うおおぉぉっっ!?」

「慌てんな! 追っ手を撃退しただけだ!」


 グルイーザの怒鳴り声で辛うじて混乱は押し止められ、振り返った者たちが見たものは――

 猛然と燃え上がり天を衝く巨大な炎と、辺り一帯で燃えながら崩れ落ちていくゾンビの群れだった。


 魔法の効果範囲そのものは確かに半径五十メートル程度ではあったが。

 もし百メートルよりも近い位置で使っていたら、吹き飛んでくる火だるまのゾンビ群に巻き込まれるところだっただろう。

 グルイーザ自身も実戦ではこの魔法を使ったことがほとんどなく、効果を予想できなかったのだと思われる。


「これはひどい」

「どういう意味だよ……」

「第一拠点で使った魔法も見事だったが、今のも凄まじいな。魔術師の力とは、これほどのものか」


 レミーの言葉に対し、グルイーザは補足を付け加える。


「この攻撃は呪石魔法だけでは不完全、的確な投石をおこなう人間が居てこそだがな。投石の達人は大軍をも蹴散らすって言ったろ?」

「その話、実話だったんだ……。でもこれ、もう投石術とはいえないでしょ」

「細かいことは気にすんな」


 帝国の戦史で語られる投石術の英雄は、呪石魔法の使い手でもあったということか。

 石に古代文字を刻んで術を行使する呪石魔法自体は今も存在するが、戦闘に使えるほどのものではない。

 魔術の流派としては完全に弱体化してしまっていることになる。

 かつては迷宮石を迷宮の外で使う方法があったのかもしれないが、その技術が失われてしまった以上、当然の流れともいえよう。


「街まであと僅かだ。追っ手が炎で足止めされている間に急ぐとしよう」


 レミーに促され、炎に見入っていた者たちも先を急ぐ。

 残りの距離を考えれば、体力配分を気にせず急いでも良い頃合いだ。


「森林で火属性の魔法を使うのは、禁じ手なのかと思ってたよ」


 狩人だろうと開拓者だろうと、森林で火を放つようなことはしない。

 魔術師にもそういう掟があるものと、モリアは考えていたのだ。


「いや、禁じ手だぞ? でもここは迷宮化しているからな。迷宮の修復作用が働いて鎮火するかもしれないだろ」


 かもしれない、だけで樹海を火の海にしたらしい。

 グルイーザの豪胆さは、魔法の腕前ばかりが原因ではあるまい。

 元からこういう性格なのだと思われる。




「樹海を抜けたぞ!」

「街が見えた!」


 先頭のほうから聞こえてきた声に、歓声が上がる。

 ついにライシュタットの街に到着した。

 追っ手の気配は無い。

 後列からも、樹海の切れ目とその向こうの城壁が見えてきた。


 やがて、最後尾のモリアたちも樹海を抜けて河川港へと出る。

 日は沈みかかっていた。

 先頭の衛兵は壁上の見張りと無事交渉を終えたらしく、城門が開かれている。


 モリアは後ろを振り返った。

 火竜の息吹(ドラゴンブレス)とかいう物騒な呪文で焼かれた樹々は未だ樹海を炎で照らし、黒煙が薄暗い空へと溶けていく。


 目を凝らして樹海の奥を見ても、動く樹木の影は見当たらない。


「モリア、追ってくる奴はいないぞ」

「また探す機会もあるだろう。そのときは俺も行く」

「うん……ありがとう、ふたりとも」


 ゾンビの群れを操る迷宮守護者には、必ず会わなければならない。

 だがそれは、少し先延ばしになったようだ。


 避難した人々の列は城門の中に吸い込まれていき、あとはモリアたち三人を残すのみとなった。

 直前に入った黒鉄札の仲間たちが立ち止まって振り返り、待っていてくれている。


「戻ったら、連中の酒を買ってやらねばな」

「街に帰れたんだから、店で飲めばいいのでは?」

「まだ北門の上で作業が残ってるからな。あたしひとりじゃ城壁には多分入れないから、モリアは手伝えよ?」


 第一開拓拠点、発見時の生存者は百七十二名。

 この日――彼らはひとりも欠けることなく、無事ライシュタットの街へと帰還した。

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