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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第一章 樹海に飲まれるもの
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第24話 降魔石

 樹々のざわめきのようなものが聴こえたのは気のせいだろうか。


「モリア、ここに居たか! 魔術師殿の言う通り、北側にはとんでもない数の群れが居るそうだ」


 元第三拠点の隊長が、斥候からの報告を知らせに来た。


「今から出発する。すまないが、殿(しんがり)を頼む。自分の命を優先しろよ!?」

「はい。そちらもご武運を」


 拠点内の人間は慌ただしく動き始めた。

 モリアたちが動くのは一番最後。

 全ての人間がここから去った後である。




 拠点から全ての人間が出たことを確認すると、拠点内で待機する。

 列に追い付くのは容易だし、最後尾は練達の開拓者たちだ。多少離れても問題はない。

 それよりも北に集まっているという魔物の確認と、可能であれば足止めをしておきたかった。


「むっ。あれを見ろ」


 レミーの視線を追うと、樹海の奥、樹木の上の枝葉が(うごめ)いている。

 風で揺れているとか、枝に乗った獣が揺らしているとか、そんな動きでは断じてない。

 樹々に隠され全貌は分からないが、樹木そのものが移動しているようにしか見えなかった。


「どうやら本当みてえだな。ゾンビを操る迷宮守護者の他に、植物を操る樹海の悪霊も相手だってのか」


 モリアの考えは、それとは少し違う。


「その二体は同一人物というか、同じ存在では?」

「先月かそこらに魔物化したような人間が、迷宮守護者にまで進化しているはずはない。と、あたしは思うがな」

「それは――」

「来るぞ!」


 レミーの声でその会話は中断された。

 樹海の奥から無数の獣の気配がする。

 第一開拓拠点に居た者たちの総数より、その気配は明らかに多い。

 最低でも三百は超えようかという数の軍勢がこちらに迫りつつある。


「多過ぎる。これでは俺たちが抜かれたら、先に逃げた者たちに追い付かれるぞ」

「うん無理。残念だけど、出発が少し遅すぎたね。僕たちも列の最後尾まで退却して、囲まれないように戦うしか――」


 だが、グルイーザはそれに待ったをかける。


「いや、まだだ。とっておきを使うからもう少し敵を引き付けろ。そうだな……上手く一箇所に誘導できるといいんだが」

「――!?」

「了解。なら防護柵の扉、(かんぬき)を外しておこうか」


 モリアは北側の扉へと走った。

 レミーは一瞬躊躇(ちゅうちょ)したが、モリアが賛同したためグルイーザに従うことにする。

 魔術師の力量は分からないが、モリアの判断は信用できると考えたのだ。


 閂を外すと扉の隙間、そして樹々の隙間越しに敵影を確認する。

 軍勢の全貌が徐々に明らかになっていく。

 先頭は足の速い四足獣。だが、移動速度はゆっくりだ。

 奥の方には猿のような獣や、衛兵らしき姿のゾンビも見える。

 全体で歩調を合わせているのかもしれない。


 ずっとこの調子で移動してくれるのならば、意外と逃げ切れるだろうか。

 もちろん、攻撃の瞬間までこの速度ということはあるまい。

 仕掛けてくるならば、どれくらいの距離からか。


「モリア! もう戻って来い!」


 グルイーザに呼ばれ、扉から百メートル付近に居る彼女の位置まで下がる。


「今から使う魔法の効果範囲は半径およそ百メートル。ゾンビどもの動きを止めることが出来る。なるべくこの範囲に敵を入れたいが難しいだろう。だが効果は少しだけなら滞留するから、その間は足止めを期待できる」


 余計な説明を省き、起こるであろう現象だけを彼女は述べた。


「つまり拠点内に多くの敵が入るまで、粘ったほうが得なんだね?」

「承知した」


 モリアとレミーはグルイーザをかばうように前に立つ。

 石礫とロングソードをそれぞれ構え、正面を見据えた。

 ゾンビの群れが防護柵に激突する。考えも無しに体当たりを始め、騒音が鳴り響く。


 中央の扉に体当たりした一団は、あっさりと扉が開いたために拠点内へとなだれ込む。

 先頭の何体かは転倒し、後続に踏み潰された。

 決壊した堤防から水があふれるかのように、ゾンビの群れは膨れ上がる。


 距離五十メートル以内まで近付いた頃、一体の四足獣が動く。

 モリアたち目掛け、全速力で駆け出した。

 釣られるように、他の獣たちも動き出す。

 先頭の獣が三十メートルの位置まで迫った瞬間、飛礫で額を割られて地面を滑った。

 続けて後続の群れが波のように迫る。


「――消滅の場」


 グルイーザの声が響き渡った。

 彼女自身の魔力の流れから、それは恐らく呪文なのだろうとモリアは考える。

 しかし魔法の呪文というには妙に短く、また言葉そのものも平易な王国語だった。


 そして、拠点内にあふれる百体にも迫ろうかというゾンビの群れが、全て()()した。


 繰糸を切られた操り人形の如く、突然に力を失ったのだ。

 駆け出していた個体は続々と地面を滑り、歩いていた個体は崩れ落ち、扉に殺到していた群れは前方の倒れたゾンビにつまずいた。

 拠点内に転がり込んだ瞬間、その動力源を絶たれたかのように力尽きる。

 生命なき死体を操る魔力が、一切抜き取られてしまったかのようだ。


「上出来だ。逃げるぞ!」


 言うやグルイーザは振り返って南に向けて走り出す。

 後のふたりもすぐに続いた。

 モリアがグルイーザを追い越して先頭に、レミーが後方を守るようにして走る。

 南側の柵を越え、先に避難した列を追った。


「一体何をした? グルイーザ」

「予想よりとんでもないことが起きて、びっくりしてるんだけど?」

「走りながら……喋らせるな……」

「あ、ごめん」


 そう言うグルイーザも魔術師とは思えない俊足だが、モリアやレミーの脚に付いて行くのはさすがにきついようだ。

 ふたりとも、グルイーザに合わせて加減して走っているのである。

 それでも列にはすぐに追い付いた。


「おう、お前ら無事だったか。向こうはどうなった?」

「酷いことになってる。まあでも、あの群れと戦わずに済んだんだから、第一拠点の人たちはまだツキがあるよ」

「そ、そうか……」


 最後尾の黒鉄札にそう伝えるモリアは、このような状況でも前向きな軽口を叩く。

 グルイーザは息を整えながら、懐から円盤状の物体を取り出して眺めた。

 それを見てレミーが尋ねる。


「なんだ、それは?」

「これは時計――時間を計測する道具だ。第一拠点の避難開始から二十分は経過しているな」

「二十分……一時間の三分の一か。時刻の細かい単位は、俺にはまだ感覚がよく分からない。街までの距離も三分の一程度を稼いだ、ということでいいのか?」

「そうだ」


 ゾンビの群れがゆっくりと移動するならこのまま逃げ切れるだろうが、そうではない場合に備えるべきだろう。


「グルイーザ、さっきのはどういう魔法だったの?」

「半径百メートルの空間内で、迷宮からの影響を遮断した。つまりは迷宮化の解除だ。アンデッドなんてのは、迷宮の外じゃほとんど動けないからな」


 神官などの使う神聖魔法とは、全く異なる魔法のようだ。


「アニーの宿に獣が近付かなかったのも同じ術?」

降魔石(ごうませき)を使うところまでは同じだが、効力と範囲はだいぶ違う」


 降魔石というのは迷宮石の一種だ。

 しかしあれだけの魔法が使えても、敵から逃げているという事実に変わりはない。


「もしかして、色々と制約が多い術なのかな」

「そうだ。降魔石を元の位置から動かしたら短時間で無効化する。本来は移動しながら使うような魔法じゃないし、敵を倒せるような術でもない」


 魔物の行動範囲を操作するための魔法だろうか?

 モリアの知る、如何なる魔術の流派とも異なる技法。

 まるで失われた古代魔法――迷宮を制御する術の一種とすら思える。


「街に着いたら、北門の上で降魔石をもう一度使う。北門だけ防いでも戦術上はあんま意味ねーけど、ゾンビはバカだからそれでなんとかなるかもしれねー」


 ゾンビは知能が低いから、他の門に回って攻めるという考えすら浮かばない。

 と言いたいらしい。

 言われてみれば、理には適っている。

 迷宮守護者が見逃してくれるかどうかは、また別であろうが。

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