第21話 アンデッド
「なら、北に向かうのはなんでだ」
樹海の獣道を進みながら、次の質問に答える。
「迷宮が地形を入れ替える理由ってさ、別に建物が欲しいわけじゃないでしょ」
「だろうな。欲しいのは生き物――この場合は人間。迷宮という完結した世界に、新しい血を入れるのが目的だろう。生かしたまま欲しいのか、養分として欲しいのかは分かんねーけど」
魔物や獣たちは迷宮の中でも生きているから、生かしたまま欲しいという線も無くはない。
とはいえ、迷宮内で死んだ生き物は、迷宮の動力源として活用されるという説もある。
「じゃあ、ライシュタットの街だけじゃなくて周囲の畑まで巻き込まれてるのは何故だと思う? 作物が欲しかったのかね?」
「それもあり得なくはないが……単純に広範囲を切り取っただけのようにも思える」
レミーがそれに疑問を挟む。
「ひとついいか? 街の北側だけ樹海化している理由が俺にはよく分からないのだが」
「河の地形を入れ替えるのは無理だったんだろ。あ……ということは?」
「例えばだけどね。迷宮に飲まれた範囲は、街を中心に半径およそ五キロメートルとする。この範囲には――」
ベルーアはその件について何も言っていなかった。
制約が厳しい魔法であれば、見えなかっただけという可能性もある。
「――河の北岸。第一開拓拠点が含まれている」
モリアが北に向かう理由は、第一拠点の有無を確かめるため。
あとは街の北、五キロ先まで進むだけだ。
目標の地点まで半ばと思しき辺りで、それは現れた。
「前方に獣の気配……いや、人間かも」
「本当に人が居たのか」
「待て。それにしては妙な気配だ」
レミーがいち早く異常を察知し、それを聞いた一行は立ち止まる。
真っ直ぐな道があるわけではない樹海の奥地。
相手の姿は樹々に隠されまだ見えない。
状況を理解したグルイーザは精神を集中する。
魔力の触覚が周囲の空間に拡散し、目標の影を捉えた。
「前方に魔力反応がひとつ。人間じゃねえな。迷宮の魔物だ」
迷宮の魔物。
街で戦った鬼猿のような強敵を連想し、モリアの警戒心は高まった。
樹々の間を無造作に歩いて近付きつつある、それの姿を見ようと樹海の奥に目を凝らす。
樹木の陰からゆっくりと姿を現したのは――
開拓者のような姿をした男だった。首に提げているのは白鉄札だろうか。
「あれ?」
「なんだ……あいつは?」
モリアとレミーは意外な相手に疑問の声を上げた。
グルイーザが、なんらかの魔力を纏う気配を感じる。
敵の正体を識別する魔法を使っているのかもしれないと、モリアは当たりを付けた。
「……ゾンビだな」
「ゾンビ……とはなんだ?」
「動く死体のこと。ゾンビは正確にはその一種らしいんだけど。言いやすいから、王国ではその名前が死体の魔物の総称になったみたい」
モリアは一歩前に進み、ショートソードを抜いた。
振り向かずグルイーザに尋ねる。
「一応聞くけど、助ける方法はある?」
「ない……。もう死んでる」
ゾンビを見るのは初めてだが、人間とは異なる微かな魔力を感じる。
顔からは血の気が失せており、目の動きにも意思が感じられない。
歩いて距離を詰める。
開拓者らしい軽装だ。斧を持って、呻き声を上げながら近付いてくる。
斧が振り上げられた瞬間、モリアは三歩の距離を一気に詰めて、相手の心臓にショートソードを突き立てた。
即座に引き抜き、後方へと跳び退く。
開拓者のゾンビはそのまま地面に崩れ落ち、再び起き上がることはなかった。
「この人だけ、ってことはないだろうねやっぱり……」
「感染して増える魔物だからな」
「何か気を付けるべきことはあるか?」
レミーの質問に対し、グルイーザが説明する。
「ゾンビの体液が怪我などから体内に侵入した状態で死亡すると、そいつもゾンビになる可能性がある」
「ほう……」
「噛まれたら終わり、ってわけじゃないんだね」
「それは吟遊詩人とかが大げさに語ってるだけだ。身体には良くないだろうから、噛まれないに越したことはないがな」
続けて、戦闘の心得についての話となった。
「不死者の強みは、負傷や痛み、恐怖への耐性だな。生き物と違って『怯む』ということがほとんどない。総じて知性は低い。もちろん何事にも例外はある。そして――」
グルイーザは迷宮の魔物と戦った経験があるのだろう。
必要な知識だけを、具体的に教えてくれる。
「頭を潰す、あるいは首を刎ねる。それか心臓を刺せば死ぬ」
「急所への攻撃は効くんだな?」
「生物的な意味では効かない。頭部と心臓は魔術的な意味合いが強いんだ」
「なるほど。それなら生者と変わらないから問題ない」
「そんなことあっさり言えるの、お前くらいだけどな……」
「僕の飛礫じゃどっちも難しいね。近付いて戦うしかない」
先程のゾンビは開拓者なので軽装だったが、これが衛兵とかだと鉄の兜や鎧で武装していることも多い。
人間なら倒しようはあるが、ゾンビだとひと手間かかりそうだ。
「神官でも仲間にしとけば良かったかな」
神官の使う神聖魔法は不死者に対して高い効果を持つ。
世の治癒師はだいたいが神官だ。
つまり治癒師が居れば楽だったのだが。
慎重に人選をおこなおうとしたことが、裏目に出てしまったか。
「第一拠点、不死者の巣になっていたりしないだろうな?」
「それ、物語とかだと定番の展開なんだよね……」
「ゾンビの感染力がそんなに強かったら、東の迷宮の魔物とか全部アンデッドになっちまうだろ。実際はそこまでたいしたもんじゃねーから、妙な心配すんな」
更に北へと進む。
次に遭遇したのは四足獣の群れだった。
「数は五体……全部ゾンビだな」
「レミー、グルイーザの護衛お願い」
「承知した」
防具を身に着けない獣であれば、条件は普段とさほど変わらない。
近付いてきた獣のうち、三体は石礫の着弾と共に頭蓋を割られ活動を停止した。
だが、一体は頭部へ攻撃が命中したものの、怯まずこちらに向かってくる。
通常の獣なら即死とまではいかずとも、動きを止めてしまうほどの痛手のはずだ。
ショートソードを抜いて、すれ違いざまに一撃を加える。
首を半分以上斬り裂かれた獣は、そのまま転倒して動かなくなった。
残る一体はモリアを避けてレミーのほうに向かい、返り討ちに遭って地面へと沈む。
「怯まないというのは存外厄介みたいだな。認識を改めよう」
「動きを止めるなら、急所より手足とかのほうが良かったかな?」
グルイーザは戦闘中、モリアの戦い方を観察していた。
「モリア。お前の投石、目標に当てるだけならどのくらい飛ばせる?」
「当てるだけ? それなら百メートルは超えると思うけど、攻撃として成立するのは三十メートル程度までだよ」
「ん。把握した」
味方の戦力を把握するのは大事なことだ。
その一方、会ったばかりの者に手の内を明かさないのも当然といえる。
モリアはグルイーザの魔法を直接戦力として当てにはしていない。
何が出来るのかも分からないし、索敵や識別の魔法、迷宮や魔物の知識だけでもかなり助かっているからだ。
「人間と獣のゾンビ……複数種同時なんて珍しい。思ったより感染力の強いタイプかもしれねえな」