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ダンジョンセトラーズ  作者: 高橋五鹿
第一章 樹海に飲まれるもの
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第20話 目的を持つ者

 レミーは建物の修繕作業に駆り出されていた。

 先日の戦闘で壊された跡が痛々しい。

 現場監督の衛兵に組合からの命令書を見せてから、レミーと話をする。


「外の樹海の調査だと?」

「うん。組合からの正式な命令。参加する本人の了承も要るけどね。どう?」

「望むところだ。異論は無い」


 樹海に消えた一族の謎を追っているレミーなら、当然そうくると思っていた。

 死体回収や清掃、警備だけで時間を浪費するのは本意ではないだろう。


「じゃ、パーティの人員(メンバー)を紹介するよ。付いて来て」


 グルイーザと合流すべく、ふたりでアニーの宿へと向かう。




 宿屋に到着して中へ入ると、居たのは店主とアニーだけだった。

 店主の親父さんが気付いて先に挨拶をする。


「いらっしゃい」

「お邪魔します」


 レミーはそれなりに外見が怖いので、驚かせてしまうかとも思ったが、ふたりとも普通の反応だった。

 開拓街の接客業ともなれば、このくらいでは動じないのかもしれない。


「グルイーザなら上の部屋だよ。呼んでこようか?」

「お願いしようかな」


 ドタドタと階段を上っていく音を聞いてからしばらく待つと、アニーに手を引かれてローブ姿の少女が現れた。


「モリア、お前なあ。いつ来るのかちったあ予定を……。む、そいつがそうか」

「レミーだ。よろしく頼む」


 互いに軽く自己紹介を済ませ、本題へと入る。


「治癒師に関しては、一度外の様子を見てから募ったほうがいいかなって」

「そうかもな。それはお前に任せる」

「モリア、いつ出発する予定なんだ?」

「今から」

「今ァ!?」


 グルイーザは非難の声を上げたが、別に出発が早いことに異論はないらしい。

 モリアが勝手に慌ただしく予定を積み上げていくことが気に食わないそうだ。

 それを聞いたレミーはひと言、「分かる」とだけつぶやいた。




 街中には人の気配が少ない。

 皆、外に出るのを恐れているのだ。

 見かけるのは衛兵や開拓者ばかりである。


「ちょっと人前で話すのはまずい情報があってさ。詳しくは外に行ってから話す」

「む……そういうことかよ」

「こんな時間に出発するのは妙だとは思ったがな」


 時刻は既に正午を過ぎている。

 帰りの時間も考えるならば、たいした距離は移動できまい。

 樹海探索は早朝に出発するのが定石なのだ。


「今日は一時間分だけ……五キロ程度しか進まない。何も見つからなければすぐに帰る」

「南側の樹海までの距離がそんくらいって話だったか? ……って、なんで北門に向かってんだよ」

「後で説明する」




 北門の前では顔馴染みの自由開拓者パーティが警備をしていた。

 多分エメリヒの根回しだろう。


「おう。モリア、レミー。お前らが来たら通せって言われてここ来たのついさっきだぜ? もう行くのか……。ん? そのべっぴんな嬢ちゃん誰?」

「うちのパーティメンバー。こう見えて頼りになるんだよ」

「ふーん。まあお前がそう言うなら通すのは構わねえけどよ。じゃ、段取りを説明するぞ」


 街の周囲を徘徊していた獣たちは、侵入をあきらめたのか二日前に比べてその数を減らしているらしい。

 しかし北門は樹海の近くということもあって今もそれなりの数の群れが(たむろ)している。


 小隊が出発する際は、まず弓矢で獣の数を減らす。

 しかる後に門を開け、集まってくるであろう獣を掃討してから調査に行くという流れだそうだ。


 壁上の衛兵に合図が送られ、弓矢での攻撃が始まる音が聞こえた。

 しばらくすると、上からの合図を受けて地上も動く。


「じゃあ、門をすこーしだけ開けるぜ?」


 ギリギリと音を立てて、分厚い門がひらかれていく。


「俺は外で戦おう。門を抜けた獣はモリアに任せる」

「了解」

「えっ?」


 門を通り抜けようとする獣を一匹ずつ倒す予定だったのか、外に出ようとするレミーに門番たちは少し慌てる。


「ひとり討って出る! 誤射に気を付けてくれ!」


 すかさず白鉄札が壁上に怒鳴った。

 上の男も一瞬驚いたようだが、すぐに射手に伝達される。


 ロングソードを抜きながらゆっくり歩き、門の外へとレミーは出た。

 獣たちが駆け寄ってくる気配を感じる。

 射手も応戦しているが、レミーに近い位置は射ちづらいのだろう。


 二頭の四足獣が両側から跳び掛かり、それを(かわ)すように上体を沈めたレミーが前へと進む。

 次の瞬間には血飛沫が上がり、獣たちは地面へ落ちた。


 三頭、四頭……五頭。

 レミーが動き、長剣が唸りを上げる度に獣の死体が積み上がってゆく。


 門の隙間から戦闘の様子を(うかが)うグルイーザが呆れたように言う。


「おいおい……なんだありゃあ。古代帝国の英雄かなんかかよ。あいつ生まれた時代を間違ってんじゃねえか?」

「多数相手に戦うところは、僕も初めて見るなあ」


 樹海の戦いでは、獣が近付いてくる前にほとんどモリアが仕留めてしまっていたため、レミーがここまで戦う場面はなかったのだ。

 北門の内側に大量の獣が現れたときは、このくらい活躍していたのかもしれない。

 二日前、最初に戦った黒豹はレミーでも一撃で倒せなかったのだから、この辺りの獣の中では大物の部類に入るのだろう。


 レミーの位置を迂回したのか、門の隙間からするりと一体の獣が走り抜けてきた。

 だが飛礫(つぶて)の風切り音と共に額を割られ、滑り込むように転倒する。

 白鉄札のパーティは慣れたもので、モリアの射線を邪魔しないよう一瞬様子を見てから長槍(ロングスピア)でとどめを刺した。


「む。お前、投石術を使うのか?」

「速くて大きい相手との接近戦は、僕には難しいからね」

「ふむ……」


 何か思うところがあるのか、グルイーザは考え込んでいる。

 門の向こうでは、戦闘を終えたレミーが振り返ってこちらに戻ってくるところだった。

 扉が三人分ほどの幅までひらかれ、白鉄札たちの何人かが外に向かう。

 矢を回収するためらしい。


「どうだった? レミー」

「群れの半分が途中で逃げて行った」


 どうやら勝ち目がないと悟ったようだ。

 賢い獣は手強いが、無駄な戦いをしなくてもよいという利点もある。


 あれだけの敵を倒してもレミーの剣は折れてはいない。

 しかし血に汚れ過ぎて、出発前から手入れが必要な状態だ。

 白鉄札の戦士が見兼ねて声を掛ける。


「レミー、お前もうちょっとマシな剣使えよ。俺の貸してやるからそれ寄越せ」

「すまん、助かる」

「ちゃんと生きて返しにこいよ?」


 矢の回収が終わると、皆に礼を言って出発する。

 背後で門が閉まる音がした。

 樹海までの距離は百メートルも無い。

 獣の死体を避け、かつての河川港へと向けて歩く。

 先頭はモリア。後方にグルイーザとレミーが続いた。


「水の無い船着き場ってのも、妙な光景だね」

「モリア。お前リーダーならレミーに実力相応の剣を用意してやれよ。魔剣とかじゃないとすぐ壊しちゃうだろこいつ」

「魔剣か。興味深いな」

「そんなもの、見たこともないよ……」




 樹木群の下へと入る。

 鳥や虫、小動物の気配はするが大きな獣は近くに居ないようだ。

 開拓地とは異なり、道が切り開かれているわけではない。

 樹々の間を縫うように、獣道を通って行くしかないだろう。

 枝葉の影で暗くなった中で確認した迷宮石は、薄っすらと光を放っている。


「さて。レミーには街の現状を話していなかったね。ライシュタットは今、元の位置から離れて樹海の奥深くに移動している」

「なんだと。それはもしや……」

「うん。百年前にレミーの一族の集落が消えたのと、同じ現象だと僕は思う」

「ああ、そういうことか。剣の腕だけでこいつを選んだわけじゃないんだな」


 グルイーザは今のやり取りで、だいたいの事情を察したようだ。


「困難な任務では士気が大事だからね。南への脱出じゃなくて、北の更に奥深くを調べるんだから尚更だ。目的を持つ人のほうが望ましい」

「なるほどな」

「あたしも別に構わないけどよ。南の脱出路も調べたほうがいいんじゃないか?」

「それは難しいなあ。ここ、街の元の位置から二百キロは北らしいから」


 一瞬会話がぴたりと止んだ。


「に……二百?」

「俺たちが居た第三開拓拠点は、街から六十ないし七十キロは北という話だったな。それより奥に進んで、帰ってきた者はいないとも」

「そういうこと。開拓者でも脱出は難しいし、街の人なんて連れて行けるわけないよ」

「それはどこからの情報だ? ベルーアか?」

「言えない。僕もグルイーザの名前は向こうに伏せてあるからね。直接()けば教えてくれると思うよ」


 それはもう、ベルーアが情報源だと白状しているようなものである。

 あくまで建前ということなのだろう。

 グルイーザは納得して、その質問を取り下げた。

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