4
閲覧ありがとうございます。
少しだけドアを開けたつもりだった。
しかし、想像以上に足音の正体の力は強かった。少しだけのつもりが内側から掛かる力が強すぎてドアは全開になり、同時に俺は勢いで尻餅をついた。
握っていたフライパンは床に打ち付けられ、ドンっと鈍い音が響き渡る。絶対絶命だ。俺は咄嗟にぎゅっと目をつむり、両手で顔を隠した。人間が急に狙われた時ってこんなポーズするんだとドラマで見た事があったが本当だった。逃げ道がなくなるとこうするしかないのだろう。
「あっはっはっは!!」
笑い声が聞こえる。足音の正体の大勝利と言う事だろうか。
「アンタ尻餅ついて何してんのよ!!」
恐る恐る目を開けるとそこにはお腹を抱えて笑っている姉さんの姿があった。
「姉さん!?」
「こんな夜中に本棚持ってきて、私の事閉じ込めて何やってんのよ。アンタの尻餅見たら、面白すぎてすっかりどうでもいい気分になっちゃったけど、すごく怖かったんだからね!!」
「ご、ごめん。……姉さん?本当に姉さんだよね?」
「何言ってるのよ。気持ち悪いわね。悪い夢でも見てたの?ってか、フライパンなんか持ってもしかして本気で私の事狙ってた……?」
「違うよ!家の玄関が開く音がしたんだ。足音がずっと家の中を彷徨っていて……」
「玄関が開く訳ないじゃない!ちゃんと鍵が掛かっているし。……私の足音かな?キッチンに行って水を飲んだ後、トイレに来たけど、誰にも会ったりしてないよ」
「でも、確かに……玄関を開ける音がしたんだ」
「きっとアニメやドラマの見過ぎよ!こんな深夜まで起きてるから、勘違いするのよ。きっと風か何かの音だって!脅かさないでよ。一緒に本棚片付けてあげるから、さっさと寝るわよ!あ、あと私本当に閉じ込められて怖かったんだから、明日ケーキ奢ってよね!!」
「ごめん……わかった」
足音の正体は不審者でも宇宙人でもなく姉さんだった。俺の勘違いだったのか?あの音は確かに玄関の開く音だったと思ったのに。
姉さんに怒られながらも、自室に戻ってきた。完全に気持ちのモヤモヤが晴れた訳ではないが、しょうがない。寝るか。もうすぐ夜が明けてしまう。外が明るくなればもう心配はいらないだろう。でも俺は、何故かどうしてもフライパンが手放せなくて、ぬいぐるみを抱いて眠る子どものように、フライパンと一緒に眠りについた。
「起きなさいよー!!朝よー!!!」
今日は休みだと言うのに、母さんの呼ぶ大きな声で目が覚める。目覚まし時計にも勝る声の大きさだ。隣には昨晩と変わらずフライパンがいる。フライパンと無事に共に朝を迎える事ができた。何事もなく朝を迎える事ができたのだ。
ベッドから降りて、カーテンを開けると気持ちの良い朝日が俺の身体を包み込んだ。
スマホを見ると時刻は午前八時だ。
俺は眠たい目を擦りながら、母さんが用意してくれる朝食を取ろうとリビングへ向かった。キッチンの方からとても美味しそうな香ばしいバターの香りがしてくる。今日の朝食はパンだろうか?
リビングには父さん、母さん、姉さんが既に揃っていた。
テレビでは朝の報道番組が流れていた。横目でチラッと見ると空き巣事件のニュースを取り上げていた。意外と近所で起きた事件らしい。犯人は逃走中だとか。
テーブルに着くと母さんが大きな声で喝を入れて来た。
「休みだからってダラダラ寝てないの!」
こんがり焼けたトーストを握り、プンプン怒りながら姉さんも昨晩の事を話してくる。
「ちょっと聞いてよ、お母さん!昨日の夜こいつが私の事トイレに閉じ込めたのよ!?本当信じられない!」
「ははっ。まぁ、落ち着いて」
父さんはいかにも苦そうなコーヒーを片手に、笑いながら聞いている。
皆、普通だ。皆いつも通りだ。
「ねえ、昨日の夜、玄関のドアが開く音聞こえなかった?」
「馬鹿ね!開くわけないでしょ!ちゃんとお姉ちゃんに謝りなさいよ。それよりもアンタ、フライパン知らない!?」
誰も疑問に思っていない。
やっぱり俺の気のせいだったのか。気のせいならそれで良いのだ。皆が無事ならよかった。
俺は疲れているのかもしれない。今日は早く眠ろう。
「ちょっと待って。今持ってくるから」
俺は階段を駆け上がり、母さんにフライパンを渡す為に自室へと向かった。
「えーっと、フライパン、フライパン……」
おかしい。今朝、フライパンと共に朝を迎えたはずなのに見つからない。ベッドの上に置いていたはずなのに。脚が生えて逃げていくなんて事があるのだろうか。
どこに行ったのだろう。俺は掛け布団をめくってみたり、ベッドの下を覗いてみたりしてフライパンを探していた。
「……キィー……」
背後から音がする。
クローゼットが開く音だ。どうして?俺は身体が固まってしまった。完全に無防備だ。昨晩のように汗が一気に額に溢れ出す。使えそうな武器は近くにない。
ベッドの横にある姿見に目をやる。ちゃんと見えないが背後に誰かがいるのは分かる。黒っぽい人影がチラついた。
心拍数が上がっていく。
俺はゴクっと唾を飲み込むと、恐る恐るゆっくり後ろを振り返る。
そこには真っ黒なパーカーとパンツに、帽子を被った女が立っていた。気持ち悪い程ニヤニヤしながらこちらを見ている。左手には俺のフライパンを持っていた。今度こそ、姉さんではない。
「ゴンッ」
一瞬の出来事だった。
声を出す間も無くフライパンは俺の頭に直撃した。今までに感じた事のないものすごい痛みが頭を走る。痛いっ、痛い。動けない……。意識が遠くなる。皆を助けなければ行けないのに。
この人の顔は確かさっきテレビで……。
玄関が開く音はやはり夢なんかじゃなかった。
俺が昨晩脳裏によぎった一家惨殺事件は朝一ではなく、夕方のトップニュースになってしまった。
『えー、今日の午前八時半頃、一家惨殺事件が起きました。調べによりますと、犯人は昨日、同じ地域で起きました、空き巣事件の犯人と同一人物のようです。殺害されました家族と、犯人に面識はなく犯人は「隠れるのに、良さそうだったから昨晩家に侵入した。持っていた針金で鍵を開け、怪しまれないようにまた鍵をかけた後、一晩中家の中に身を隠していた」と話しているようで……』
開く音にはお気をつけください。
読んでいただきありがとうございました。