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開く音  作者: 紅井さかな
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足音は変わらず右へ左へと一階を彷徨っているようだ。床を擦るように歩く音が響いて聞こえてくる。



顔を両手で軽く叩き、気合いを入れると心の準備が整った。


俺はティッシュの箱を握り、呼吸の音も響かないように気をつけながら静かに自分の部屋のドアを開けた。スマホは寝巻きのポケットへ入れたが、向こうから見つからないようにあえて明かりは照らさない。懐中電灯も使わない。自分の目だけで戦うつもりだ。


作戦では気づかれないように相手を背後から狙うか、こっそり動画か写真を撮って通報する。もしも宇宙人なら大発見になるなどと考えたりもした。どれも確実な勝算はないが。


とりあえず足音の正体が家族に襲い掛からないかが一番心配である。



部屋を出て俺はそっとかがむ。足音はやはり一階から聞こえてくるようだ。俺の勘は当たっていた。すぐに遭遇する訳ではなさそうなので少しだけ安心した。幸い、家族は皆二階で寝ている為、皆今の所は無事なようだ。



音が出ないようにそろりと廊下を歩き、ゆっくりと階段に脚を伸ばす。こんなに音がでないように気をつけて歩いたのは、昔保育園でやった忍者ごっこ以来だ。あの時は楽しかった。敵に捕まっても失敗しても笑ってやり過ごせた。しかし今は違う。ちょっとのミスが命とりだ。


さっきよりも汗で肌がベタつきなんだか動きにくい。ティッシュの箱を滑って落とさないように気をつけなければならない。いつもより、階段も長く感じる。下へ向かう程に暗闇の中へ自分が吸い込まれていくようで怖かった。心拍数が上がっていく気がする。



ぽたっとおでこから流れる汗がティッシュの箱の上に落ち、音が響いてしまった。あれだけ気をつけていたのに、予想外の所で音がでてしまった。俺は急いで口を押さえてその場にしゃがみ込む。



どうしよう。やばい、やばい。 



焦りからか呼吸も荒くなってくる。


恐る恐る足音に耳をすます。すー、すーっと床を滑るようにその足音が近づいてくる、気がする。




どうしよう。どうしよう。




更に汗が止まらない。こうなったらもうしょうがない。ここは階段だし、上に立っているのはこっちだから突き落とすなり何なりできる。大丈夫、きっと勝てるだろう。勝手に家に入って来た向こうが悪いのだから。怪我したって知るか。俺は腹を括って立ち上がった。こうして潔く決断できる自分の事は少しだけ好きだ。



足音がこっちに向かってくる。足音がどんどん大きくなる。


怖い、怖い。




「ガチャ」





足音はどこかの部屋のドアを開けて中に入って行った。はー、助かった。怯えながらも階段の下の方や廊下をチラッと覗き込むと、トイレの中の電気がパッとついたのが見える。トイレに入ったようだ。


とてもラッキーだ。今の隙に動かなければと言わんばかりに俺は静かにかつ急いで、階段を降りた。汗でビタビタの手を必死に動かして、今はもう誰も使っていない本棚をリビングから二つばかり運んで来てトイレのドアの前に置いた。これでトイレのドアは開かないはず。足音の正体は出てくる事ができないはずだ。これで解決だ。無事に捕まえる事ができた。



ティッシュの箱は活用シーンがなかったけれど、ティッシュの箱だけで俺は勝利を勝ち取る事ができたようなものだ。



意外とあっさりだった。トイレには窓があるが人が逃げ出せるような大きさでもないし、とりあえずは大丈夫だろう。安心してはーっとため息をつく。



よかった。本当によかった。




俺はそのままキッチンへ行って水を飲んだ。からっからだった喉が潤う。身体全体が安心して水を吸収して行くのがわかる。戦いの後の水は格別美味い。ビタビタに汗をかいた為、一杯だけじゃ足りない。もう一杯飲もう。




その時だった。



「コンコン」




背筋が凍る。トイレの方から音がする。トイレのドアを叩く音だ。

足音の正体がトイレから出ようとしているのだろうか。








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