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開く音  作者: 紅井さかな
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閲覧ありがとうございます。



午前零時。


家族の皆が寝静まった中、俺は一人でスマホでアニメやら、ドラマやらを自室で鑑賞していた。この空間には俺しかいないとわかっていてもあえて布団を被りスマホを見る事でこっそりと悪い事をしている子どもの頃ようなドキドキを味わっていた。


深夜のこの時間は俺にとって最高の時間だ。誰にも邪魔される事はない。聞こえてくるのは沢山の不揃いな虫の鳴き声と、深夜にも関わらず忙しく走り回る車の音だけ。そして俺のスマホから聞こえるアニメの登場人物の声と俺の心臓の音だけ。自分だけの世界ができたようだった。



俺は静かな夜が好きだ。何故か落ち着いた気持ちになる。何に対しても頑張らなくていいようで安心して過ごせる。



どれだけ起きていても明日は土曜日と言う事で学校は休みだ。何も心配する事はない。「学校が休み」何て心が躍る響きだろ。金曜日の夜は楽しすぎる。土曜日に特別な用事がある訳ではないけどウキウキがとまらなかった。この瞬間の為に一週間を頑張って生きている。土曜日の夜にも、日曜日の夜にも感じない。金曜日の夜にだけ感じられる幸せだ。





午前二時を回った頃、ハンバーガーを一口で食べられそうな程に大きな口を無意識に開けてあくびをしていた。じんわりと涙が出てくる。心なしか、目の疲労も溜まって目の奥に錘が入っているような感覚に襲われた。




そろそろ寝るか。




俺だけの世界はこうしていつも呆気なく、幕を閉じる。長いはずの夜もあっという間だ。今日何かやり遂げた事はあるか?今日そういえば、母さん怒ってたなー。でも俺は悪くないし。さっき見た、アニメのキャラクター可愛かったな。


部屋の電気を消し、布団を丁寧にかけ、目を閉じるも自問自答が止まらない。さっきまでの楽しかった雰囲気は消え、夜が本気を出してくる。


今日の記憶が俺の頭の中を駆け巡り、鮮明に思い出させてくる。完全に脳が覚醒状態だ。


誰かが言っているのを聞いた事がある。その日が充実できなかったからと言って、夜更かしするのは自傷行為にあたると。それを聞いた時俺はそれなりにショックだった。俺は何かに流される事はない。占いや心理学なんか信じていない。誰かが勝手に考えた法則で俺には関係ない。信じている人を馬鹿らしいとさえ思っていた。なのに自分の行動がまんまと当てはまっていたなんて。俺も普通の人間なのだと、どこにでもいるタイプの人なのだと痛感させられる。


もとより、別に中二病って訳でもないし、特別だと思っている訳でもないのだが。なぜか自分の事を妙に高く評価し、信じている部分があった。




寝たい、眠れない、寝たい、眠れない。ずっとその事を考えて時間はもうどのくらい過ぎただろうか。羊を数えるのも気付けばもう五百六十頭までいってしまった。焦ると眠れないのはわかっているが一睡もできないまま朝になってしまうのでないかと考えてしまう。明日は土曜日だから生活に支障が出る事はないのだけれど。急いで寝なければならない訳でもなく、焦る必要もないのだけれども。


余計な事を考えて悲しい気持ちになってしまう為、眠りに着くまでのこの時間が1番嫌いだった。夜更かしは好きだけど、夜が本気を出すと怖くてたまらない。気持ちまで暗闇に飲まれていくようだ。




キッチンに水でも飲みに行こうか。ついでにトイレにも行こうか。



そう思って俺は重たい身体をゆっくりと起き上がらせた。すでに髪はボサボサで寝巻きの下の素肌は少しだけ汗ばんでベタついている。


ここは二階の俺の部屋。キッチンは階段を降りて一階にある。そこまでの距離さえ遠く感じる程に面倒臭さが勝っていた。しょうがない。行くか。




「ガチャ」




ハッとして耳をすませる。俺の部屋のドアの向こうから何か音がした。……ガチャ?玄関が開く音によく似ていた。


こんな夜中に何故玄関が開くのだろうか。泥棒だろうか?身体が固まる。玄関の鍵は閉まっているのを寝る前に確認したはず。でもあれは玄関が開く音意外に考えられない。風の音などではないと思う。



どうするべきだ?




とりあえず深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、もう一度耳をすましてみる。



俺は飛び抜けて耳がいいわけではない。しかし確信した。床の上をゆっくりと擦れるような足音がする。沢山の不揃いな虫の鳴き声の中に、忙しく走り回る車の音の中に確かに、確実にそれは聞こえる。右へ左へと足音は俺の家の中を彷徨っているようだった。音が少し遠いから一階にいるのだろう。




この家には穏やかな父さんと、優しいけど少し怒りっぽい母さん、ミーハーな姉さんが住んでいる。



何の目的かもわからないこの足音に皆殺されてしまうのだろうか?明日の朝一のニュースで一家惨殺事件と言う大きな見出しが出るのかと脳裏によぎってしまった。


いや、この足音は実は地球に来た宇宙人で一番実験に適した人間を探してここまで来たのもしれない。この前そんな内容の番組をテレビで見た。馬鹿にして笑いながら見ていたが、自分がこんな状況になるならば回避する方法を探す為にもっとしっかり見ておくべきだった。後悔ばかりが先走る。




何にせよ、正体のわからない足音の存在に気づいているのはきっと俺だけだ。俺が何とかしなければ。




俺の部屋に武器はない。戦えそうなものはない。こんな事になるならば備えておくべきだった……。




仕方ないから目の前にあった、ティッシュの箱を武器の代わりに持つ事にした。一発殴るくらいならこれで充分だろ。……ティッシュの箱で戦える相手は虫くらいだって知ってる。相手は二足歩行だ。俺にほぼ勝ち目はないだろう。


キッチンにさえ上手くいければ、鍋もフライパンも包丁だってある。そこを目指して、ティッシュの箱一つで向かうしかない。足音に遭遇しませんように。何も起こりませんように。





その間にも足音は家の中を行ったり来たりしていた。







最後まで読んでいただきありがとうございました。

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