◆ 婚約式前日 ◆ 婚約式
◆ 婚約式前日
明日が婚約式だ。今アウラと4人の家族達はアルブス伯爵家にいる。
新国王の恩赦によりイライザに加担した貴族と令嬢たちは爵位を落とし放免となった。
しかし元家族は国外追放となり今日誕生日を迎えたアウラが正式にアルブス伯爵家の後継者となったのである。優秀なヴィクトル公爵の手にかかりアウラを迎えると決めたその日から着々と準備が進められていた。傷みかけていた邸宅が修繕され辞めさせられた優秀な使用人たちを呼び戻し、かつての伯爵家のように息吹を蘇らせていた。
特に何か月もかけて再生された、代々に亘りアルブス伯爵家の庭師が手を掛けた美しい庭には、母との沢山の思い出が思い起こされ、アウラと4人の家族たちは涙を流さずにはいられなかった。
庭の片隅には庭師の家の他にコック長パーニスと死んだ妻のリラと娘の3人で暮らしていた小さな家もあった。
パーニスはひとり、その家の玄関扉にそっと手を触れた。
一瞬強く吹いた風が死んだはずのリラの声を運んできた。
――あなた、おかえりなさい・・・
パーニスは心の中でそっと返事をする
(ああ、ただいまリラ)
ひとしきり庭を巡り屋敷に入ると辞めさせられていた使用人たちが出迎えてくれた。皆は目に涙を溜めて必死で笑顔を作っている。
母の代から古くはもう何代もこの伯爵家を支えていてくれた使用人達は正当な主のアウラを心から歓迎したのだ。
その中の一人がアウラの前に躍り出て話す。一番初めに辞めさせられた母ぺルナの右腕だったメイドだ。
「アウラ様おかえりなさいませ。まずは明日婚約式をお迎えになることをお慶び申し上げます。この屋敷には当面主人はおりませんが・・・私たちはいずれアウラ様が授かるお子の誰かがこの屋敷に戻る日まで大切に管理いたしましょう。今は先代の奥様のお部屋を戻しておきました。よろしければ向かわれますか?」
嬉しそうにアウラが頷き4人の家族と母の部屋の扉を開けた。
不思議だ・・・母の匂いがした。
(一度は部屋の調度品も片づけられたはずなのに・・・)
アウラは母が最期に寝ていたベッドサイドに佇み記憶の波に静かに身をゆだねた。
その時の母は続けて言葉を紡ぐことが難しくなっていた。もうすぐにでも天の迎えが迫っていたから。
「ア、アウラ・・・ごめんなさいね・・・母はあなたの行く末を傍で見守ることが叶わない・・・でもアウラは立派に育ってくれた・・・母は愛する人を亡くし生きる術が見つからなかったけど・・・アウラがいてくれた・・・あなたを残していくことが、少し心配だけど・・・アウラを助けてくれる家族を見つけることが出来た・・・それが私の手柄かしら・・・」
そこまで話して咳き込む母。私は母の細い背中をゆっくり摩る。
「ゴホッゴホッ、アウラ・・・伯爵家のためにアウラを生んでしまったかも知れないけれど母はアウラという宝が尊く誇らしいのです・・・私の愛するアウラ・・・あなたの手の中に沢山の知恵と勇気を授けたつもりよ。イドラは自分を甘やかし努力しない事でこれから報いを受ける事でしょう。あなたは支えてくれる家族を大切にして・・・いずれ・・・幸せになるのですよ・・・なれるわ・・・アウラな・・・ら」
もうペルナの目の焦点は定まっていなかった。アウラは・・・一生懸命にアウラのためにぺルナが頑張っていてくれたことが痛いほど分かっていた。楽にしてあげたかった。しかし思わず小さな声が漏れる。
「お母さま・・・」
最後の力を振り絞りぺルナがアウラを見つめた。
ぺルナを囲むみんなが泣いている。
パーニスがぺルナに声をかける。
「奥様、ありがとうございました。天国で先に逝ったリラが待っていますよ。またあいつを傍においてやってくださいな!あいつは奥様が大好きだったんだ!アウラ嬢ちゃんは俺たちが絶対守るから安心してください!」
眼を瞑り息が止まった筈のぺルナは聞こえていたのか・・・口元が微笑んでいた。
それから確かにアウラは守られた。必要な教育もマナーも自らを守る術も研ぎ澄まされていった。
アウラにとって明日、婚約式を迎えるためにこの屋敷に来ることが次に進むための新たな決意に他ならなかった。
アウラはこうして今までも心を整理してきたのだ。これでまた未来に進むことが出来る。
(お母さま・・・いってきます・・・そしてありがとうございました)
◆ ◆ 婚約式
ラティオーの猛烈な我儘で早めに設定されていたアウラとの婚約式が新国王就任のどさくさの忙しさで延ばされた。
このまま婚儀も繰り下がるのでは?と用意をする商会や使用人達は戦々恐々としている。
ラティオーの執念は恐ろしい。こんな時にもせっかちが生かされた。
「せめて、このタイミングで婚約式をしないとアウラとの婚儀が益々延ばされるのだ。皆!大変だが頑張ってくれ!」
これがラティオーの初恋なのだろう。
苦笑いをしつつも何とか公爵家の次期後継者の頼みを聞く事に心を砕こうとする屋敷の者たちだった。
「ラティオー様、屋敷の者達に存外な我儘は許されませんよ。私は逃げませんのでゆっくり構えてくださいませ。ふふ」
しかしラティオーは大きくぶんぶん頭を振って
「違うよ、アウラ。私は1日でも早くアウラと夫婦になりたいのだよ」
はて?とキョトンとした顔で
「そんなに焦る事でしょうか?今も同じ屋敷で過ごしておりますし部屋も隣で何も不便を感じませんが?」
それを聞いていたラティオーも屋敷の者達も一斉にアウラを見て固まった。
(アウラ、そこまで頭が良いのに・・・そっちの教育はまだだったか・・・)
皆はゴホッゴホッと咳き込み蜘蛛の子を散らすようにその場から消えたのだった。
だが一人、ニヤだけがその場に残りニコッと笑いながらアウラの手を握り部屋に向かった。
その後しばらくしてアウラの部屋から
「ひゃー」
と言う絶叫が聞こえたのだった。
隣の部屋で窓を開けそわそわと待っていたラティオー。
一体、ニヤは何を言ったのだ?気にはなったがひとまず安心した。
ラティオーはまたもや思うのだった
(アウラの家族の皆さんありがとう!)と。
そして穏やかに時は過ぎ公爵家の新緑の庭園で無事に婚約式が執り行われた。
それは国王夫妻参加の盛大な婚約式であった。
一番の友達シュペはアウラの支度の付き添いをした。婚約式当日にアウラの自室に入る事が許される数少ない一人として。
「アウラ様、流石でございます。あまりの美しさに私の鼓動が、ドキドキが止まりませんの。ふふ」
アウラはシュペに抱きつき小声で話した。
「シュペ様、私・・・思っていたより遥かに幸せなようです。私もドキドキが止まりません。ふふ、やはりシュペ様と仲良しなのだと改めて思いますわ」
アウラに抱きつかれたシュペは笑顔でそっと身体を離して柔らかいドレスの皺を直した。美しいアウラを友として見送りたいから。
「アウラ様の幸せを友として心から祈っております。アウラ様、おめでとうございます」
誰も彼も笑顔だった。公爵家の敷地を囲むように領民達も祝いの言葉をかけてくれる。
ファーマはピノ・ノワール男爵家から贈られた極上のワインに舌鼓を打ち大いに喜んでいた。妻のグロリエは国王陛下だろうが所詮は娘の旦那だと、喜びのダンスに興じていた。
婚約式は恙無く執り行われたがラティオーとアウラのいるテーブルに未来の王太子や王女が色とりどりのクッキーをアウラの口に運ぶ。
「じゃあアウラ、次はこれ」
アウラは一口齧ると
「ふふ、これはコケモモの蜂蜜漬けが隠し味ですね」
「当たり!アウラ凄い!次はこれ」
お腹が膨らむからと一口だけ齧ったクッキーはラティオーの口に入れられる。アウラの残りが満更でもないラティオーが
「アウラの答えを聞いても分からないよ」
と、場を余計に盛りたてる。
次々に答えを当てるアウラに王太子が言った。
「アウラ、婚約式おめでとう。このクッキーは最後のとっておきだよ。さ、食べて」
アウラは少し不思議に思ったが素直にそのクッキーを口にした。
今までのクッキーと違ってホロっと口の中で優しく崩れていく。
「あっ・・・これは・・・」
絶対味覚のアウラに分からないはずがない!
アウラの目に涙の膜が張ってゆく。そしてコック長を探すアウラ。
周りには忙しなく動き回る公爵家の使用人たち。
アウラが連れてきた4人の家族はこの婚約式に家族として招待されていた。この後に婚儀を迎えるエンドとニヤは白の正装を着ていたが。
コック長はアウラと目が合うと大きく親指を立ててアウラに向けた。そして悪戯が成功したと王太子に続けて親指を立てる。王太子もニコニコと笑っている。
このクッキーだけはコック長が作った物・・・この婚約式に出ることが出来なかった亡き母の思い出の味・・・。
ポロポロと涙を流したアウラの残ったクッキーを齧ったラティオーが言った。
覚悟を決めた顔はアウラを眩しく見つめた。
「アウラ、優しい味だね。こんな優しい家庭を築いていこう。甘いだけではいられないだろうが例えどんな苦労があったとしても・・・この優しい家庭が待っていると思うと頑張れる。アウラ誓うよ。一生君だけを愛していくから。夫婦は助け合うのだよね。一緒にこれからも・・・」
うんうんとアウラは止まらない嬉しい涙で頷くことしか出来なかった。
こちらで本編終了です。
心からありがとうございました。
でもあと3話だけお付き合いくださいね。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
読んでくださる方がいたことが大きな励みになりました。
本編はおわりましたがいずれ外伝を2話投稿しようと考えております。
それが出来ましたらいつか読んでいただけたら嬉しいです。
本当にありがとうございました。
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