◆ 義母と義姉がやってしまいました
今ではすっかり舞踏会の様子を掴んだアウラはイライザの出方を見ていた。
王城会場で顔を合わす高位貴族達はあらかた顔馴染みとなりアウラはすでに居場所をしっかりと確保する立場にあった。
(昨日、お父様とラティオー様達がバース子爵ご夫妻を救出してくださった。今朝方、自室に戻ったイライザ王女は舞踏会の準備の為にまだ気付いていない。もう本日をもってしかない・・・
次の計画に進むにもイライザ王女の出方次第だけれど、その前にアレ達から片付ける事になるのでしょうね)
私はアレ達を一旦視界の端に追いやりラティオー様の隣で王立裁判官の方達と歓談していた。
ラティオー様は本来は公爵家嫡男で裁判官の職には就くはずもない。だが父の宰相補佐をこなしつつ王国の法の部分を勉強しようと3年前から勤めているそうだ。
婚約式の後に本格的に宰相補佐だけに従事するそうなのだが歯に衣着せぬ物腰とスピード感と勘の良さ、おまけに公爵家の肩書きはただの裁判官達では立ち入れない貴族の中を抉るのに重宝されていたようで惜しまれているらしい。
(ラティオー様は公爵家に胡座をかかず努力されていたのですね。私も頑張らなくては・・・)
アウラはラティオーの一助となれる喜びを噛み締めていた。
そこに礼儀を弁えない二人が近づいてきた。
義母と義姉は自分達の知らなかった、本来の美しく悠然と構えるアウラに驚きつつもイライザ王女から与えられた命令をこなす事に頭を切り替えた。
義母のマリーが大声を張り上げる。
「アウラ、貴方。何をヘラヘラ笑っているのかしら?相変わらず気持ちが悪いわね!」
会場に入った頃から鼻が曲がりそうなほどの香水の匂いにアウラは誰だかすぐに分かったが、こちらに来るまで知らぬフリをしていた。
ほんの数か月会わなかっただけで随分とみすぼらしくなった義母マリーと義姉のフローラだった。
義姉のフローラは王立裁判官の若者に色目を使っていたが義母に腰の辺りを突かれると突然、役目を思い出したかのように罵声をあげた。
「アウラ!貴方だけが幸せになるなんて許せないわ!
会場の皆さま!
聞いてくださいませ!
この女は家にある高価な物を持ち出す盗み癖があるのですわ!」
義母のマリーも続けて大声を上げ
「実の父親を貴族牢に入れるなんて!なんて薄情な子なの!それもこれも貴方が家にいる時からワガママ放題で手に負えず・・・私達がどれほどの苦労をしたと思っているの!」
会場は舞踏会初日以来の新たに現れた珍客に困惑していた。
会場中の注目を浴び二人の罵声は止まらない。この二人にこれだけの立ち回りが出来るのは偏にイライザ王女という後ろ盾があるからだ。
フローラは目を吊り上げアウラを陥れようと躍起になっている。
「公爵様、こんな女とは別れるべきですわ。今まで黙ってましたけど・・・毎夜毎夜殿方を自分の寝室に連れ込んだ阿婆擦れでもありますのよ」
マリーも同調する。
「ホホホホ、本当に公爵家が恥をかきますわよ!公爵家ともあろうものが盗み癖の阿婆擦れを家に招き入れようとするなんて」
王城会場の隅々まで轟く罵声にもアウラは冷静だった。
義母と義姉の前であえて華麗な身のこなしで完璧なカーテシーを披露する。
会場の貴族達にはアウラの美しい所作が義母と義姉の言葉に疑念を抱くのに充分であった。
アウラの鈴を転がすような美しい声。
アウラがこの反撃の場を逃すわけがない。
(私は、たったひとつの真実を口にするだけ)
「ふふふ。お久しぶりでございます。マリー様、フローラ様。
どれほどの苦労ですか?私はアルブス伯爵家にいた時から何も手をかけていただいておりません。学院にも通わせていただけず家庭教師もつけていただけませんでしたから・・・」
アウラの虐待されていたのでは?という告白に王城会場がざわついた!
学院にも通わず家庭教師もつかなかったアウラの品位と教養・・・如何にして培われたのだろう?
分が悪いと、更に反論しようとする義母。
「そっ、それは貴方がワガママばかりで家庭教師をつけようとしても・・・」
「それくらいにしておけ。この二人を捕らえよ。夫の伯爵がいる隣の貴族牢が空いている。連れて行け!」
父のファーマ宰相が命を出した。
マリーは公爵を見て先日の怒りが沸々と蘇ってきた。公爵家の門前で追い払われたことが。
(私達には公爵より偉いイライザ王女がついているのよ!支度金も寄越さないケチな男だって事をバラしてやるわ!)
「公爵様、何を偉そうなことを仰っているのかしら?公爵家ともあろう方が未だに婚約支度金を渋っているくせに。呆れてものが言えないわ」
マリーの目論見は完全に狂っていた。
王城会場に集まる貴族たちは目の前の光景が信じられなかった。公爵家に・・・それもこの王国の宰相に・・・なんて口の利き方を!!
一枚も二枚も上手の公爵の冷たい声が響いた。
「もう戯言は終わりか?聞くに堪えんな。その辺のネズミより知能が劣ると見える。さて、今度こそ牢に繋ぐのだ」
すぐさま王都騎士団が暴れる二人に縄をかける。
そこにイライザがお供の令嬢数十人を連れて現れた。
義母と義姉は救いを求め顔を向けたが無視を決め込むイライザは涼しい顔だ。イライザは義母と義姉にだけ手に持つ扇子の陰から口元だけを見せた。
――ダ・・・マ・・・レ・・・コ・・・ロ・・・ス―――
「「 ! 」」
二人は声をあげず悲鳴を飲み込み連行された。
(なるほど、義母達はイライザ王女と何かあったようね)
アウラは瞬時に悟りイライザを警戒しつつ会場の空気を読んでいた。
――まだだわ・・・あと少し・・・
イライザは熱のこもった目で甘えるようにラティオーに猫撫で声を出す。
「ねぇラティオー、今すぐ私を連れてテラスに向かいなさい。そしてアバズレの貴方はここで私の友達と話でもしていなさいな」
私とラティオー様は声を揃えて
「お断りさせていただきます」と、あっさり告げた。
「馬鹿なことを。これは王女命令よ。
ラティオー早く私の手をとりなさい」
イライザは自分の右手を差し出すとお供の令嬢達がアウラを取り囲んで外に連れ出そうとしていた。
ラティオーは心底イライザ王女を蔑んだ。
(この血塗られた手をよくも・・・)
「王女、貴方は何を考え違いしているのです?私の愛しい婚約者をアバズレなどと。王女をお誘いする程、私は貴方に尊敬の念を全く感じませんが?」
王国一の美形が呆れたように冷笑してみせた。
「クッ!何を・・・ラティオー、貴方はいずれ私のものになるのよ。それは決まっている事。私にはそれが出来る力があるのよ。忘れない事ね」
イライザはラティオーを手放す事など到底許すことは出来ない。自分にこそ、この王国最高の男が相応しいのだから・・・
沢山の令嬢達に囲まれていたアウラも華麗に抜け出す。その姿勢は崩れることなくアウラの品位をより一層輝かせ皆は目を離すことが出来ないでいた。
しかし当のアウラは引き続き王都会場の空気を読んでいる。
――場内の空気が先ほどより変わっているわ、もう少し!
明らかに会場内の雰囲気は変わっていた。
会場内では不穏な空気が流れている。
いつものイライザのワガママぶりと対比するような典雅にして冷静且つ場を弁えるアウラに対し皆は王家の教育の浅はかさを垣間見た気がした。
果たしてイライザ王女は今まで通りで良いのだろうか?
貴族たちの誰もが思うこと、考えないようにしていた疑問だった。
今連れ出されたアウラの義家族達と何が違うというのだろう?
爵位の低い礼儀に疎い貴族たちですらイライザの暴挙を異様に感じている。
いや、権力を持っている分・・・余計にタチが悪い!
王家に口を出すことが出来ない貴族達だがイライザ王女には常日頃思うところがあるのだ。
アウラはこの時を待っていた。
――今だわ!
いよいよ会場の空気をしっかり読み切り静かに話し始めた。
「王女殿下に申し上げます」
バシッ!
すかさずイライザは手に持つ扇子でアウラの頬を打ち付けた。ラティオーは咄嗟に前に出ようとしたがアウラがそっと袖を摘んで止める。
興奮したイライザ王女は
「貴方の言葉は聞きたくないわ!何様のつもりで私に話かけたのかしら?お黙りなさい!無礼者が!」
アウラは毅然と顔を上げ可憐に微笑んで黙った。
「?・・・気持ちが悪いわね、一体何を笑っているのかしら」
それでもアウラは微笑んだまま黙っている。
「なんなの!やっぱり気持ち悪いわ!なんで黙ったのか言いなさい!」
アウラは毅然とした態度は崩さずイライザ王女を容赦なく追い詰めた。
「お許しをいただけたので、それでは改めて王女殿下に申し上げます。王女殿下は人の心の機微を察してくださいませ。このままで良い訳がありません。この王城会場内が今まで通りでしょうか?」
自分より歳も爵位も下の者に説教じみたことを言われ怒りでイライザの口元はワナワナと震えている。
ドス黒い声が垂れ流された。
「貴女に・・・たかが伯爵家如きに言われる覚えはないわ!」
その言葉に貴族達は反応した。伯爵家を如きだとは・・・。
アウラは薄く笑った。
( 掛かった・・・ )
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いよいよイライザのざまぁの幕開けが・・・
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