◆ たった一度のコック長が出した課題
コック長がまだ若い頃この王国では大規模な戦争があった。
戦線の調理部門の部署で見習いをしていたパーニスの類い稀なる舌を活かそうと軍部は考えた。
「お前は〈外さない舌〉を持っていると聞く。この料理に毒を混ぜ解らぬようにするのだ」
軍部の横暴な命令にパーニスは真っ先に反論した!
「お断りします。私の料理は人の腹を美味しく満たす為にあるのです。人を殺すためではありません!」
バシッとパーニスの頬を叩く軍部大臣は激しく抵抗するパーニスを堅牢な地下部屋に押し込んだ。
部屋には何種類かの小動物と幾つもの毒が並んで置いてあった。
そして小さなキッチンと食材や調味料・・・。
引きずられる様にしてこの部屋に押し込まれたパーニスは身体中の痛みで暫く起き上がる事も出来なかった。夜には高熱になり料理人の大切な利き腕も腫れ上がり軍部はやむ無く一人の侍女を付き添わせた。
翌日の昼ごろパーニスは目を覚ますと身体中に巻かれた包帯と手当てされた顔の様子を利き手とは反対の手で確認した。
「目が・・・覚めましたか?」
「あんたは?」
「はい、私はリラと申します。暫くパーニス様のお手伝いと助手になるよう言付かりました。まずはお食事を召し上がりますか?」
「えっ?食事?」
「私がお作りしました。しがない田舎料理ですが、私の故郷のものです」
パーニスはなんとか起き上がりリラの手を借り少しずつ口に運んだ。
口の中に広がる優しい旨味が喉を通り胃袋に染み渡った。
(ああ・・・これが料理だ。暖かく人を癒すもの。私が作りたいものだ!人殺しに手を貸すなんて!大切な料理を馬鹿にするな!)
一啜りするたびに元気になるが軍部に対する怒りが込み上がってくる。
パーニスの気持ちを汲み取った様にリラが小声で話した。
「パーニス様は毒を仕込む料理を作りたくないのですね?」
パーニスはスプーンを動かす手を止めてリラを見た。
「俺は・・・」
「俺は・・・料理人だ・・・」
「ええ。そうですね。それではフリでもしましょうか」
「えっ?フリ?・・・そんなことが可能なのか?」
「パーニス様、この戦争はもうすぐ終わるでしょう。私はアルブス伯爵家の侍女をしております。主人のペルナお嬢様から頂く手紙でこの戦況を知りました。少しの間、毒の研究のつもりでフリをして凌いでいきましょうか」
「あんたは・・・俺に協力してくれるのか?・・・あんたに被害はいかないか?」
「ご心配なく。この程度もこなせなくてアルブス伯爵家の侍女は務まりません。まず、パーニス様はお身体を治しましょうか」
若いパーニスだったからなのかリラの献身的な介護のお陰か二日もすると回復して軍部の監視下のもと毒の研究料理を作るフリをし始めた。
この時覚えた毒の種類と致死量・・・そして匂いと味が後に役に立つこととなるのだが。
モタモタと成功しない美味しい毒はとうとう完成しなかった。
終戦のドタバタで二人は忘れ去られ数日のうちにアルブス伯爵家により救出された。
二人は伯爵家に帰るとリラはペルナ付きのメイドに戻りパーニスはコックとして採用された。リラとパーニスは伯爵家にて仲を深め夫婦となった。
それから幾年月の時が流れ
母ペルナの部屋ではコック長となっていたパーニスと12歳になったアウラ。母のペルナ立会のもとにテーブルに並べられた小瓶と対峙していた。
「アウラ嬢ちゃん、この授業はな・・・一度きりだけだ。二度とやらないからな。きっちりと一度で覚えてくれ」
アウラは頷く。この授業の話を母から聞いて覚悟を決めて臨んでいた。
「いいか、まずは匂いを覚えてくれ。無味無臭のものもあるが俺より鼻の良いアウラ嬢ちゃんなら何か分かるかも知れないな。その毒の小瓶の前にある紙が毒の名前と成分表と効能、そして解毒方法だよ」
「アウラ・・・本当はこの毒に一生出会わないことが一番良いのだけど貴族としてあり得ない事ではないの。あなたを守る糧となるよう良く学びなさい」
母ペルナの言葉をしっかり聞く。アウラはひと瓶ひと瓶ゆっくりと香りを嗅ぎ軽く揺らしてトロミを見ていき手元の紙を必死に覚えた。
暫くして、アウラは母を見てコクンと頷いた。覚えた様だ。
部屋に立ち込めた毒の香りが蔓延する前に窓は開け放たれた。
コック長パーニスが行った・・・たった一度の臨時授業だった。
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