◆ まともな公爵様はせっかちな公爵様でもあった
結局は事前準備のための資料も渡されず流行遅れの亡くなった母のドレスに袖を通し応接間で名前すら知らない縁談申込者を待っていた。
約束の時間を30分程過ぎた頃に我が家の門をくぐる馬車の音がした。
「いよいよか!」
武者震いをしながらイドラが命令してきた。
「良いか、お前はヘラヘラ笑って私の言う通りにするだけだ。余計な事は何も言うなよ」
私は返事もせず目線を窓の外に向けた。
「チッ」
この父は、とにかく私の事は何をしようとも気に食わないらしい。
奇遇だ。私もあなたが嫌いだから。
コンコンコン。
執事長が頭を下げ縁談申込者の到着を知らせ部屋に通す旨を伝える。その時、執事長はわたしの目を見て安心させてくれた。
私もコクリと頷き執事長を見て小さく微笑んだ。
この縁談申込者は部屋に入る早々に話を始めた。手持ちの懐中時計を見ながら
「この度は30分と10秒遅れてすまなかった」
私はあまりに細かい時間の遅れを指摘するこの縁談申込者に内心呆れていた。
(10秒って瞬き一つじゃない。細かい人なのかしら?)
私の困惑した顔をひと目見て一瞬眼を瞠った様だが
「おや、私の婚約者候補はこの家では随分虐げられているのですね」
「!」
父がビクッとして顔を引き攣らせていた。
(あら?)
私はさっきの印象と違って状況を素早く把握した縁談申込者に興味を惹かれた。
父は取り繕うのに必死だ。屋敷一軒買えるほどの支度金目当てなのだから。
「ハハハ。な、何を言いますか?私はアウラの事を大切にしておりますよ。面白い冗談を・・・ハハ」
興醒めた目線を父に向け、その後チラッと私を見て見惚れる視線を一瞬したかと思うと
縁談申込者は何の了解も得ずさっさと部屋に入り客用の椅子にドカッと座った。一度背もたれに体を預けると腕を組み、ついでに足も組んで話し始める。
「私は仕事柄、たくさんの貴族の屋敷にお邪魔するのですよ、初対面の大切な場で婚約者候補の令嬢に似つかわしく無いドレスや小さな宝石ひとつすら身に着けていない事に非常に違和感を覚えますね?まったく・・・この家で婚約者候補一人だけが時代遅れのドレスを着ている事にどんな言い訳をなさるのでしょう?」
そこで咄嗟に義母が口を挟んだ。
「この子、アウラはアレルギーなんですの!金属はダメなんです!服も・・・そう、服も決まったものしか着れないんです!」
「ほう?そんなもの・・・一緒に暮らすようになると即座にバレる嘘ですよ。その時にはどんな申し開きを?」
私は益々窮地に追い込まれる家族達に溜飲が下がりこの縁談申込者に興味が尽きない。
「クッ!もういいですわ!早くこの小娘を連れて支度金を寄越してちょうだい!」
庶民出の義母は理詰めな物言いには対処が出来ないようだ。
先程まで縁談申込者に見惚れていたフローラだったが見つめ合ってしてしまった美形に顔を真っ赤にしながら精一杯声を張る。
「い、いくら顔が良くても!スタイルが良くても!私、貴方みたいな人嫌いだわ!」
フローラも派手にかましてくれる。
父も義母も義姉も顔を真っ赤にして怒りでブルブルと震えている。
笑み一つない端正な顔はひどく冷淡さを滲ませる。
「ふーん。私も貴方に好かれたいとはこれっぽっちも思わない。さて、私の婚約者候補はいかがされますか?」
やっと私の出番が来たようだ。
「それでは素性の分からない縁談申込者さま、ここでは何なので庭のガゼボでお話をいたしませんか?こちらです。ついて来てくださいませ」
ラティオーは落ち着き払った婚約者候補に思うところがあるのか、ゆっくりと席を立ち何も言わずにニコニコ笑いながらアウラに続いた。
(この令嬢は確か17歳のはずだが?この落ち着き払った態度・・・あの家族達の中では逆に浮いてしまうほどのマナーの良さと品位の高さはどう言うことなのだ?)
アウラは手入れが行き届かなくなり寂しくなった庭を案内しながらガゼボに着いた。メイドのミーナが香り高いお茶を用意して待っていた。
ガゼボに着くと先ずは優雅にカーテシーをしてラティオーを驚かせた。
凛と通る落ち着いた声で
「先に謝っておきます。素性を全く知らないのでご無礼があったら申し訳ございません。早速ですが、縁談申込者さま。私はお名前を存じ上げておりません。自己紹介をしていただけますか?」
あまりの美しい所作に一瞬見惚れたラティオーだったが気を取り直し直様答えた。
「失礼ながら私のことは何も聞いていないのですか?」
「はい。前もって情報を・・・とお願いはしたのですが」
「そうですか。なるほど。私はヴィクトル公爵家嫡男ラティオーと申します。貴女はアウラ・・・アウラ嬢はアルブス伯爵家のご令嬢でお間違いありませんね?」
ラティオーの確認口調が面白かったのか、アウラは柔らかく顔が綻んだ。
「はい。アルブス伯爵家次女アウラでございます。ふふ。まるで法廷の場に立たされたような気分ですね。その質問の仕方はまるでそれですわ」
「ほう。私は今日、仕事帰りなのですが時間ギリギリで慌ててここに参りました。先程からコートを脱がないのも仕事着のままでしたから。ここで脱いでも?」
「?ええ、どうぞ」
ラティオーが上着を脱ぐと
「法衣・・・?ですか?」
「そうですね、正確には王国裁判官の一人ですが。宰相補佐と兼務で仕事をしております。私は先程もお話しした通り貴族裁判の前にはその家に伺います。そして家での様子を見る事があり・・・ハッキリ申しましてアウラ嬢は明らかに虐待されていると思いますが?」
ラティオーは穏やかに微笑んでみせる。
(さて、アウラ嬢。とりあえずご自分の状況をどこまで把握しているのか、揺さぶってみるか?)
アウラはラティオーに余裕な瞳で見つめながら話した。
「ふふ。そう思われて当然ですわ。縁談申込者・・・もといラティオー様とお呼びしても?」
(ほう。これは・・・)
「ええ。遠慮なくどうぞ」
「ありがとうございます。
それではラティオー様・・・
私からの質問です。
この虐待は罪になりますか?」
ラティオーは未だ17歳の令嬢らしからぬ発言に益々興味をそそられた。
(ほう、何も知らない訳じゃ無いと?)
「正直、貴女は・・・アウラ嬢はどうしたいのですか?復讐でもします?」
「ふふふ・・・いいえ、このままいけばこの家は終わりますから。今では早くこの家から出たいと思いますの・・・ただ、お許し願えるのなら私の家族四人を連れて出たいのです」
「四人とは?」
「ここにいるメイドのミーナと執事長、そしてメイド長とコック長です」
「・・・ここの屋敷の要ではないですか?良いのですか?私としては何十人と連れて来られても構いませんが?」
(何を言っているのだ?)
しかしアウラには迷いの色が見えない。
その眼は美しくもあり獰猛でもあった。
「いいえ、この四人だけで結構ですわ。本来は要であるはずなのに父が自分で人を雇い入れたので問題しかありません。しかし・・・」
「・・・しかし?」
「あのう、婚約前提の話になっておりますか?この会話は・・・」
(はは、面白いじゃないか!)
「ああ。それならその方向で行きますのでご心配なく」
「ふふふ。面白い方ですね・・・ラティオー様のような方で良かったのでしょうね」
ここでアウラは紅茶で喉を潤した。
そして
「突然、父から縁談話を命令されて
私も内心はやはり不安があったようです・・・
あと一年で成人となりましたのに・・・
あの父からは先手を打たれたかと
悔しく思っておりました」
(命令されたのか・・・)
「先手?・・・ああ。アウラ嬢はもし、この婚約話が無く一年が経ち成人となった暁には、どうするおつもりでしたか?」
ラティオーはもはやアウラの答えが気になって仕方なかった。
(アウラ嬢の言葉が・・・例え何を言ったとしても・・・)
アウラは清々しいほどの笑みを浮かべる。
「勿論、ガッツリと自分の手で復讐して
この伯爵家を取り戻しますわ」
ラティオーは片眉を上げて僅かに目を見開き感嘆していた。
「良いですね。ですがアウラ嬢はまだ一年足りません。私との婚約で釣り合いますかね?」
少し挑戦的なラティオーの質問だが
アウラは逆に試すように話す。
「ラティオー様は面白がっておいでですね。ふふ。もうここに今まで通りに居る事は叶わないでしょう。仕方がないのでさっさと攫ってくださいませ」
ラティオーはアウラの挑発ともとれる言葉に不思議と嫌な気持ちにならなかった。むしろ
「ハハハ。面白いよ、アウラ嬢!では遠慮なく攫って見せましょう。因みに私の評判はご存知ですか?」
「いいえ?では因みに私の評判はご存知ですか?」
「いいえ。しかしこれから楽しみなことには変わりません。おいおいお互いを知っていきましょう」
ラティオーは今までのどの令嬢にも感じたことのないワクワク感で心が満たされ喜びに浸っていた。
「はい。喜んで」
アウラは話の分かるラティオーに一瞬、うますぎる話と心の片隅で危機感を抱いたが困った時は前に進む性分なので腹を決めた。
アウラはここからが強いのだ。
その日のうちにヴィクトル公爵家から迎えの馬車が来た。
ラティオーは約束通り私だけでなく家族の四人も迎えてくれるようだ。
(荷物なんて殆ど無い・・・でも・・・)
アウラと四人の家族は豪奢な馬車に乗り込む前に長年住み慣れたアルブス伯爵家の邸宅を見渡した。
(一時だけ留守にしますね、お母様・・・)
ヴィクトル公爵の馬車は私と家族の四人を乗せてアルブス伯爵家を離れたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
とても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
楽しく読んでいただけるように頑張ります。
よろしければブックマークの登録と高評価をお願いしますm(__)m。
そしてこれからの励みになりますので
面白ければ★★★★★をつまらなければ★☆☆☆☆を押して
いただければ幸いです。