◆ 二人の執事長
◆ 二人の執事長
執務室で執事達が静かにペンを走らせながら屋敷にきた封筒を仕分けしていた。
隣国から来た手紙を今は自然とアウラの家族、執事長だったエンドが担当し翻訳し直し主に届ける。
アウラの類稀なる語学力は執事長エンドとメイド長ニヤの教えの賜物であるから。中途半端な翻訳などエンドにかかるとあり得ないのだ。
この公爵家の執事長セバスチャンは長年勤めあげ次の後継を考えていた。
一から教えるつもりが自分より遥かに能力が高いエンドを頼もしく思っていた。
領地経営もお手のものと帳簿の手腕も見事だった。
しかしエンドは何処かセバスチャンに遠慮し一歩どころか三歩も四歩も退いていた。
そんな事をセバスチャンは寂しく思っていた。
「少し良いですか?エンド様」
サッと机から顔を上げセバスチャンをまっすぐ見るエンド。
「普段の生活や仕事の場でもエンド様は何を遠慮されているのでしょう?」
自分の態度に何か不備があったのか思考を巡らせ
「何か改善すべき点がありましたか?」
不安からか逆に聞き返してしまったエンドにセバスチャンは優しい口調で返す。
「いいえ、何もありませんよ。強いて言えばエンド様が全てに遠慮されているのが残念です。私はいずれこの職を辞する時にエンド様に継いでいただきたいと思っているのです」
それを聞いたエンドは真っ青になり
「いいえ、私が先にこの職を辞します。ニヤと共にこの公爵家を去るつもりでおります。コック長やミーナがお世話になるだけで過分な事でございましょう」
やはりか・・・とセバスチャンは思っていた最悪を考え直すように諭してみる。
「そんな事を考えていたのですか?我が主人、公爵様はアウラ様の家族を我が家族と同等とお考えでございます。私が公爵家の大きなこの職を続けるのも時間が限られている事でしょう。若く能力のあるエンド様に引き継いでいただけると安心できるのですが。もしかしてそれこそ過分な事でしょうか?」
目がウロウロと辺りを彷徨い答えに窮していたエンド。
「・・・」
「もしかしてエンド様とニヤ様は将来を誓い合った仲でございますか?エンド様おひとりでは答えをいただくのが難しい様ですね」
「!」
今まで優しかったセバスチャンの口ぶりは少し意地悪なものになった。まるで狙った獲物を逃がさないと獰猛な一面をほんのチラリと覗かせる。優しさだけでは公爵家の執事は務まらない。
「こう言うことはニヤ様に直接話した方が良さそうですね」
「あ、あのうニヤには私から言いますので・・・その返事は少しお待ちください。お願いします」
軽く溜息を吐きセバスチャンは引いてくれた。セバスチャンは、気が利きすぎて周りを見て遠慮する癖が付いているエンドを勿体なく思った。
優しく見守るだけならこれで良い。
しかし公爵家で勤めていくならもう少し遠慮癖の内面の弱さが勿体無いと思う。
エンドは猛烈な教育と努力の賜物でここまでのし上がってきたのだ。内面が弱いならここまで這い上がれる訳が無い。
ただただ立場を弁えた遠慮なのだ。
(これは私が公爵家でやらねばならない最後の大仕事かも知れないな
逃がしませんよ・・・エンドさん。勿論、ニヤさんも)
セバスチャンは心に・・・年甲斐もなく熱い気持ちを激らせていた。
しばらく待っても返事がない。
エンドにしては信じられない遅い仕事である。
(やはりエンド様とニヤ様は・・・)
業を煮やしたセバスチャンは公爵家に相談した。
囲い込みたい二人を逃してはダメだ。
何より大切なアウラの家族だから。
公爵家の変人ぶりは有名だが一度囲った人をそれはそれは大切にするのだ。
公爵家の応接間にて公爵夫妻にラティオーとアウラ。そして各長達にミーナも同席していた。
「ははは。みんな表情が固いぞ。今からこの公爵家のこれからの話をする」
家長のファーマが口火を切った。
そして話を続ける。先程とは違う真剣な顔で。
「これから話す事は公爵家の根幹に関わる事だ。今、この場にいる者は口外無用だよ。それでは・・・」
その時、エンドが咄嗟に立ち上がりファーマの言葉を遮った。
「お待ちください。公爵様。私とニヤは聞く訳には参りません。この場を・・・公爵家を離れるつもりでございます」
続けて立ち上げったニヤも静かに
「公爵家の根幹を話す大切な場でございます。私たちはこの席を離れますのでその後にどうか、お話を続けてくださいませ」
二人は頭を下げて部屋を出ようとした。
「待ちなさい。二人は席に着きなさい」
威厳ある声が部屋に響く。
「君たちはこの公爵家が不満なのかね?」
エンドとニヤは一斉に公爵を見て声が重なる。
「とんでもございません!寧ろ過分なご配慮をいただき感謝申し上げます!」
「私たちはここを出てもやって行けます。こんな優秀なメイド長がいらっしゃるのに二人もいては上に立つものがいずれ意見を違えると下のものが困ります。円満な今後を考えると私がいる事は良いことではありません」
「私もセバスチャン様のような経験も度量もありません。私では中途半端でございましょう。この先アウラ様を支える優秀な執事を育てていただけると幸いでございます」
言い切った二人は同時に下を向き主人の言葉を待った。
その言葉を聞いたアウラは最近の平和な日々とイライザの力を削ぐ計画遂行に気を取られ連れてきた家族の苦悩に気が付かなかった事を激しく悔やんでいた。
ファーマは容赦のない言葉を二人にぶつけた。
「ははは。どんな思い違いをしているのだ?君たち二人は随分と驕り高ぶっているな。もう少し考えが回ると思ったのだが」
最初にエンドが顔を上げた。
「申し訳ありません。仰っていることが・・・」
しかしファーマの追求する声は止まらない。
「エンド、ニヤ。君たちのアウラに対する忠義はそんなものか?今のアウラの顔を見てみなさい。そんなにアウラを悲しませて楽しいかい?」
二人はアウラを見た。
アウラは静かに涙を流していた。
「君たちはこの公爵家を都合の良い理由にしてアウラのお守りから逃れたかったのかな?」
エンドは拳を強く握り締め
「それは断じて違います。私とニヤは心からアウラ様を大切にお支えし続けるつもりでおりました。しかし公爵家の皆様にこれ以上ご迷惑をおかけするのが心苦しいのです」
ラティオーが口を開く。
「なんでそんな風に思うのか・・・君たちは分かっていない。私はあの日、アウラと共に来てくれた君たちを迎えた時から既に家族同然だったのだよ。私はもう何度、『アウラの家族の皆さんありがとう!』と絶叫したことか!君たちの功労たるや値千金なのだよ!分かる?公爵家は君たちが必要だしアウラから家族を離したく無いのだよ。そんなに頭がいいのに何を余計な事を考えるのかなーいや頭が良すぎるのがいけないのか?」
コック長とミーナは訳知り顔で小芝居じみた事をする。
「なあ、ミーナ。二人がここを出るならワシらも出ないとダメなんだろうなぁ」
泣きまねをしつつミーナは
「うっ、うっ・・・私はアウラ様の側から離れたく無いです!でも二人がこの屋敷からお暇するなら私もここにいる訳にはいきません!うっ・・・」
とりあえずハンカチで目元を押さえる。
セバスチャンは心臓の前に手を置いて
「話しておりせんでしたが私も歳老いたせいで最近はめっきり心の臓も弱くなっておりまして・・・いつまで持つのか・・・もしそんな時に育て途中の執事なら・・・この公爵家はどうなってしまうのでしょう・・・」
もう二人の囲い込み以外有り得ない。
それが分からない優秀な二人では無い。
何も話さなくても二人の心は通じている。
心に灯る決心も二人同時に明るく光った。
「確かに私たちが愚かでござました。これからも宜しかったらお仕えできる喜びをいただけますか?」
エンドが頭を下げた。
「私も驕り高ぶっていたのですね。身に染み渡りました。アウラ様を悲しませてしまった、この失態を一生かけて償って参ります。これからも宜しくお願いいたします」
ニヤはエンドの隣で頭を共に下げた。
実は二人以外の皆は内心盛大にホッとしていた。意外と頑固な二人を宥め囲い込み成功を喜んでいたのだ。もう心の中では盛大なるファンファーレと拍手喝采であった!
そしてファーマは
「先程言ったこれからの公爵家の話だが、二人も聞きなさい。とてもとても大切な公爵家の未来を繋ぐ根幹の話なのだ」
エンドとニヤは今度こそ聞く体勢に入った。
軽く咳払いをしたファーマは
「ラティオーとアウラの婚約式のすぐ後にエンドとニヤの成婚式をする事とする。君たち二人は早く身を固めこの公爵家を幾久しく支える一助となってくれ」
「「はい?」」
二人は同時に目が点になった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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これでアウラの家族の話はひと段落です。
明日から物語は進んでいきます。
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