◆ 絶対味覚と初舞踏会
初舞踏会の会場は人々の熱気で溢れていた。実の父に反対されデビュタントにすら出た事もないアウラ。
ある日突然、彗星の如く現れた美しく品位ある佇まいで落ち着き払ったアウラに会場の人々は目を離すことが出来なかった。
(あの美しい娘が変人公爵家のお眼鏡に適ったのか?)
(変人公爵家にゆくゆくは嫁ぐ娘か!)
会場内の者たちは心中でほぼ同じ考えを巡らせていたようだ。
この王国一の美麗の貴公子だった宰相補佐のラティオーと腕を組み公爵家に守られるように現れた事でさらに大きく注目を集めていくアウラだった。
しかしその実父は今、貴族牢に収監中である。
ラティオーが言うには
「このまま出すと面倒でしょ?アウラとの正式な婚約式が終わったら今までの罪状を含め処分が下されるだろうね。父上が宰相だから正当な処分になるよ」
アウラはラティオーの言うことに納得する一方、複雑な気持ちが胸に去来する。
「そうですか、分かりました。父には今回の牢獄生活で色々考え直してもらえたら良いのですが・・・」
流石にアウラも同じ敷地の王城にいる父に思うところがあるようだ。
しかし今はそれどころではない。アウラは素早く気持ちを切り替える。
目の前でどんな状況になろうとも往なすつもりである。
完全で無くてもこの場所の掌握もするつもりだ。
(さて、どの計画にも当てはまらない事が起こった時にこそ私の才幹が試される)
アウラは改めてお腹に力を入れ背すじをグッと伸ばした。
王城の舞踏会場でラティオーに寄り添い婚約者としての紹介をされている。
今紹介された者達の顔と名前を微笑みながらつぶさに覚えていくアウラ。
アウラは時々、通り過ぎたうしろを振り返る。覚え切った貴族達の情報に漏れが出ないよう再度、頭の中で整理し直す。
聞いたエピソードと顔を一緒に確認して前を向いた時には完璧に頭に補完されていった。
それは声と匂いさえも。
この舞踏会には隣国からの招待客も多数参列していた。
公爵家嫡男で宰相補佐のラティオーに話しかけてくる者が実に多かった。
ある程度はラティオーも対応していたが込み入った話になると自然にアウラが通訳を買って出て場の空気を和ませてゆく。
しかし突然、王城会場が緊張に包まれた。
バチンッ!
アウラの肩を叩く会場中に響く音。
「ちょっと、そこの貴方!ラティオーから離れなさい!」
(来た・・・イライザ様ね)
私とラティオー様はゆっくり振り返りイライザに対峙した。
アウラを叩いたイライザ王女に激しい怒りを向けるラティオーの腕をアウラは一度、ギュと優しく握った。
それはまるで『大丈夫』だと合図を送るような仕草だった。
私はラティオー様の腕から抜けてイライザに向かって優雅にカーテシーをする。目下の者からは挨拶が出来ないのでイライザが話すのを待つつもりでいた。しかしイライザの短気がこうじて早々に次の手をあげようとする。
咄嗟にラティオーがイライザの手を弾いた。
「何をするの!ラティオー。この子は私に素直に叩かれれば良いのよ」
(なるほど、噂通りの短気ワガママ娘だわ)
私はそれでもカーテシーの姿勢を崩さず直接自分に声が掛かるのを待った。あまりにも端麗で格調高い姿勢に会場中がアウラに魅了されてゆく。
イライザは忌々し気に声を発した。
「ふん、貴女、名前は?どうやってラティオーに取り入ったの?」
殺意のこもった真っ赤な瞳がギラギラとアウラに睨みを効かす。
アウラはこれっぽっちも意に介さず自己紹介をした。
「王女様にご挨拶申し上げます。アルブス伯爵家次女アウラでございます。ラティオー様には縁談の場で良いご縁をいただきまして以後親しくさせていただいております」
激情の形相を隠しもせず睨みつけてくるイライザに対峙しながら心の中で思うアウラ。
私は・・・今は余計なことは言わなくて良い。イライザ王女の自分勝手な性格は私の身分からは一度で落とし前をつけることは難しい。今日のところはイライザ王女の軽率で自制の効かない性格を会場中の者たちに・・・普段を知らない地方貴族達にも分からしめる事が大事・・・ゆくゆくは自滅の一歩となりましょう・・・
私はあの日・・・テラお姉さまが仰っていた事、
『王家の唯一の恥であり汚点のイライザはこの王国の行く末に必要のない人。国王が存命のうちに追い遣るのは難しいのです。アウラ、ラティオーの為でもあるけどこの王国の為にもイライザの力を少しでも削ぎ落とす為に尽力してください』
私はお姉さまの願いも背負ったの。頑張ってみせるわ
会場がザワザワとした。国王夫妻に第一王太子夫妻。そして王室ファミリーが来臨された。
国王陛下や王家の者が現れるとイライザは小声で話すも悪態をついた。
「ふん!命拾いしたわね。アウラ・・・絶対に許さないわよ。ラティオーは私の物なの。貴方には悪魔が口を開けて待っているのよ。死をも覚悟することね」
最後にキッと一睨みして王室ファミリーに紛れてゆくイライザ。
(これ程の人の前であれだけのことをしたのに父王の前でだけは大人しい。テラお姉さまが仰っていた通りね。それなら・・・)
アウラは想像を超えたイライザ王女の態度に計画の練り直しを頭の中で考えていたが国王の挨拶が始まり中断を余儀なくされた。
「皆のもの。このルミナス王国の舞踏会を開催する。年に2ヶ月開かれる大切な執務会議と並び大切な社交の場である。存分に親交を深めこのルミナス王国を共に栄えたもう」
貴族達は一斉に杯を挙げ国王に忠義を捧げた。
それは、、、
突然に声が上がった声だった!
「違う!違います!これは私の領土のワインではありません!」
一人の貴族が声をあげた。
ワインを飲み歓談していた会場が不穏な空気に包まれたる。
ルミナス国王陛下は宰相のヴィクトル公爵のファーマに目配せをした。
一度頷き騒ぎの場に顔を出す。
「いかがいたした?」
ガタガタと震えながらも声の主はしっかり説明を果たす。
「これは・・・このワインは我が領地のものではありません。この舞踏会初日の大切な日に我が領地のワインを献げる事になったと王国から確かに通達がありました!なのに・・・これはあんまりではありませんか!」
大の大人が涙声で訴えた。
小さな領地でこれ程の宣伝効果を得られることなど無いに等しい。どれ程心待ちにしたかは考えに難くない。
皆は一斉に困り果てた。ワインの違いを説明できる者がいないのだ。微かな風味の違いはなんとなしに分かるが・・・この領地のワインかどうかなど誰も説明できない。
「あのう、ワインの領主様。今、他に自領のワインをお持ちですか?」
アウラが徐に声をかけた。
ヴィクトル公爵家の皆の口元は微かに笑っている。
「なにを!この小娘は何を言っているのだ!?」
ワイン領主とは違う別の貴族が声を荒げた。
「そなたは誰だ?」
ラティオーが不愉快そうな声をあげる。
「私はパンス子爵だ。なぜこの小娘がこの場を仕切ろうとするのだ。納得がいかんな」
私は右手を胸に当て緩くカーテシーをしてパンス子爵を見た。
「パンス子爵様。初めてお目にかかります。・・・しかし犯人が止めに入ってはいけませんね」
途端にビクッとして血走った目で唾を飛ばしながら反論してきた
「はは、小娘風情が何を言うかと事かけば、犯人とは無礼だ!」
慌てふためくパンス子爵に会場内の者たちは胡乱な目を向けた。
私は勿体ぶるように
「ふふ。子爵様の領地でもワインを作っているのですね。こんなに美味しいワインをお造りになるのに何故入れ替えたのですか?」
「ハハハハハ。いよいよおかしな事を言う小娘だ。どこにそんな証拠がある!?」
「おかしな事を言うのは子爵様ですわ。入れ替える時に零されたようですね。ポケットに入っている布?・・・ハンカチかしら?それからこのグラスに注がれたワインと同じ匂いがしますわ」
お父様の宰相が
「こいつを取り押さえポケットを調べるのだ」
すると王室騎士団がすぐさまパンス子爵を取り押さえズボンのポケットに手を入れハンカチを取り出した。
ハンカチには盛大にワインのシミが付いている!
「それは!それはさっき零したが・・・入れ替えた訳じゃない!飲んだワインを零しただけだ!証拠じゃないぞ!離せ!」
「あのう、お嬢様。私はこのワインの領主ノワール男爵家のピノと申します。これがうちの領地のワインです」
震える手で自領のワインを差し出す男爵。
アウラは早速、王都のウエイターに二つの空のワイングラスを頼んだ。
アウラは二つのワインをグラスに注ぎ、まずは色を見てとろみを見て一口ずつ口に含み空気を口内で混ぜ合わせる。そして舌でゆっくり転がせた。アフターフレーバーの余韻もしっかり味わう。
そんなアウラをこの場の全ての者が固唾を飲んで見守っていた。・・・中には疑わしい顔を向ける者もいる。中には物見見物の者もいる。
しかし・・・
「分かりました。確かに二つのワインは紛らわしいほど似ておりますが土が違います。それに栽培する土地の高低差があるのか葡萄の本来の甘さも違いますね。ピノ・ノワール様のワインは高地の栽培なのか純粋な葡萄品種のようですし。パンス子爵様のワインは低地栽培のようで少し変異した葡萄のようです。低い土地では葡萄の変異はよくある事なので悪い事ではありません。しかしどちらも美味しいです。パンス子爵様、何故このような事をされたのですか?」
余りに正確に言い当てたアウラに驚くも怒りの声を上げるパンス子爵。
「くっ!なんなのだ?この小娘は!本当ならわしの領地のワインが一番なのだ!こんな小さな男爵家如きが舞踏会初日の栄誉あるワインに選ばれる訳がないのだ!・・・ほら見ろ!この場所で誰もが絶賛して飲んでいたではないか!」
「パンス子爵、そなたはこの栄誉を汚した事を後悔されよ。引っ立て!」
宰相の号令でパンス子爵は退場した。
「お嬢様、ありがとうございました」
ピノ・ノワール男爵は感嘆と称賛をアウラに向けて何度も頭を下げてお礼を言った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
とても嬉しいです。
絶対味覚羨ましい・・・
これからもよろしくお願いします。
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