◆ 舞踏会前の城下街デート
舞踏会のシーズンは執務が大幅に増えるシーズンでもある。
普段会えない遠方の貴族達も王国の集中議会に参席して議論を交わし王都での執務をこなす。
そのおまけが社交場の舞踏会なのだ。
「アウラ、急で悪いが今日の昼に市井に出掛けられる?」
朝食を囲む場でラティオー様から声がかかる。
アウラは今日の予定を考えて特段急ぎの用が無いと分かり
「はい。大丈夫です。お昼までに準備をしておきますね」
食後にお母様から市井での服装を教授願いクリーム色の軽めのワンピースを勧められる。
支度をしてもらうアウラの後ろから心配そうに母が声をかける。
「いいこと、アウラ。今日は舞踏会前の最後のお休みだから王都街も人が多くて華やかな事でしょう。だから危ない事もあるのよ。アウラは大勢の人の中にいる事に慣れていないからラティオーから離れず気をつけて楽しんで来なさいね」
母の意見はアウラに王都街の喧騒を想像させた。
「そうですね。はい、お母さま。気を付けてまいります」
期待を裏切らない返事。アウラをすっかり気に入ったグロリエは髪飾りやリボンを鼻歌混じりにアンナと選んでいった。
昼前に準備が整ったアウラがエントランスに向かうとラティオーがいつもよりラフな格好で待っていた。高身長で引き締まったスタイルの美形は何を着せても似合ってしまう。
(ラティオー様はこんな軽装でも素敵ですね)
素直に浮かんだ感想がアウラをひどく驚かせた。無意識だったはずなのに気がつくと意識している自分に気づき恥ずかしさで頬がほんのり色づいていた。
(え?私ったら・・・今、何を・・・)
ラティオーもアウラを見つけて薄く目元が赤らんでいた。
(アウラはこの公爵家に来てから日一日と益々美しくなる。眩しいアウラから目が離せないなんて・・・階段を下りる静かな所作や何をするにも無駄な動きがひとつも無い・・・ただただ美しい女神のようだ)
素直な心の声を閉じ込めた。
アウラとラティオーは一言も話さないが赤くなった顔同士で馬車へと歩き出した。
そんな初々しい二人を屋敷の者達はそっと見守るのだった・・・
馬車から降りると王都街の熱気は凄まじかった。
たった二ヶ月しか開かれない王国の集中議会だ。
国中から人が集まる議会の休日に人々のボルテージは上がる。出店も立ち並び色々な店も門戸を開け放ち人々でごった返している。
アウラは初めての王都街に辺りをキョロキョロと見渡して急ぐ人達の肩にぶつかった。
急いでラティオーは大勢の人並みに慣れないアウラを抱き寄せ自分が盾になり目指す店に向かった。
それは婚約式で使う指輪をアウラと選ぶためだ。
「アウラ、婚約式まで時間がなくてね。一から誂えるものも後に作るが、婚約式の間に合わせに必要な指輪は二人で決めて良いと父上から言われている。今日しか日にちが取れなかった。だからアウラの意見も聞かせておくれ」
アウラは初めて入る宝石店で目がチカチカしていた。
「ラティオー様、私の意見は余り役に立ちそうにありませんわ。どうぞラティオー様がお好きなものにしてくださいませ」
ラティオーは軽く溜息を吐き
「アウラらしからぬ決断力の無さだね。好きなものはない?」
アウラは困った顔をして
「宝飾を学ぶタイミングで母が亡くなり手元の宝石も全て父と義母達に奪われてしまいました。これから学ぶつもりですが、今は正直何を選んだら良いのか分からないのです」
一瞬ラティオーの顔が曇ったが
「アウラ、では何も考えずにこの宝石店の中をゆっくり巡り素直に気に入ったものを幾つか選んでごらん」
アウラはそれならと言われた通り宝石店をゆっくり見て回った。
「あっ・・・」
「ん?どれ?」
ガラスのショーケースを指し示し
「・・・この指輪が亡き母のよくしていた形に似ています。幼い頃から羨ましく思っていたものです」
ラティオーはそっとケースから取り出してアウラの指にはめてみた。
それを見ていた宝飾店の者が
「まあ、誂えたようにピッタリでございます。このエメラルドは裸石の時から既に高値で取引され丁寧で高技術なカッティングを施した一点物でございます」
その話を聞いたラティオーとアウラは、ジーーと店の者を見た。
「ラティオー様、これは一点物ではありませんね。確かに素晴らしい物ですが」
「アウラ、流石だ。やはりこの店員は怪しいな」
「そうですね。急に微動だにせず呼吸が浅くなりました。情報も与えすぎて早口になりました」
「くくく。アウラ最高だよ」
固まった店員は観念した様で
「申し訳ありませんでした。一点物ではなく他に揃いの指輪とイヤリングとペンダント、ブローチとタイピンにカフスまで取り揃えてございます」
と言い切ってペコリと頭を下げた。
「アウラはそれでも気に入ったの?」
「ふふふ、そうですね。今の言葉を聞くと二人の望むものが一通り揃うのではありませんか?」
「分かった、店の者。それをひとまとめにヴィクトル公爵家に届けておいてくれ」
この国の宰相を勤める公爵家のことを知らずに嘘の混じった商いをしようとした店の者は震えあがってしまった。
そんな店員にお構いなしにラティオーとアウラに連れ立っていた執事長セバスチャンが奥に回って小切手を切っていた。
「もう嘘はありませんね?」
とりあえず念押しはしっかりする執事長に店の者は激しく首を上下に振った。
「アウラ、この舞踏会が終わったら、本来通り我が家に商人の者を招き宝石やドレスを作ることになるだろう。残念ながら舞踏会シーズンの前から終わるまではどこも手一杯だからね。しかし直接赴くことは余りしないのだが・・・くくく、アウラと来て楽しかったよ」
宝石店に入った時はどうなる事かと肝を冷やしたアウラだったがラティオーの言葉に嬉しさが込み上げてきた。そうなると周りのお祭り騒ぎはアウラの心をどんどん浮上させてゆく。
「そうなのですね。私も楽しかったです。ラティオー様、あれは何でしょう?」
アウラは見るもの見るのもが目新しく人々の活気が溢れる街並みに魅了されていた。
そんなアウラを優しく見つめるラティオーだったが
突然吹く強い風にアウラの髪が靡いた。
咄嗟にアウラの髪を抑えるラティオー。
アウラは急いでスカートを抑える。
ハーフアップの美しい髪は柔らかくラティオーの指の隙間から逃げてゆく。
暖かく眩しい日差しの中で金色の髪が艶めき美しいアウラのエメラルドグリーンの瞳はキラキラと輝いていた。
(アウラ・・・君は美しいよ・・・)
人はたったの数日で恋に落ちるものなのか・・・
ラティオーはざわめく胸の内に戸惑っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
とても嬉しいです。
どんどん二人の距離は縮まりお互いを信頼していきますね。
これからもよろしくお願いします。
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