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第1話 突然の婚約破棄

よろしくおねがいします。

「アナスタシア、お前との婚約は破棄する」


 私は一瞬、ミカエルが何を言っているのかまったく理解できなかった。

 頭の中で無機質な音声が繰り返されている。

 婚約、破棄……。

 どのくらいの時間が経過したのだろう。実際はそれほど長い時間ではなかったはずだ。

 しばらくして、私はようやく彼の言葉の意味を理解できるようになってきた。


「どうして? 私が何かいけないことをしてしまったの?」

 自然に出てきた第一声はこんな言葉だった。

 自分でもどうしてこんな言葉が出たのかわからない。

 反射的にそう言ったのだ。


「……」

 ミカエルは私の問いに答えず、口を閉ざして黙り込んでいる。

 何かを算段している様子に見えた。


 確かに私たちの婚約は誰もが納得するようなものではなかった。

 ミカエルは男爵であるドルー家の三男。

 対して私は、ただの平民娘。

 皆が言った、釣り合うはずがないと。

 けれど、皆が駄目だと言おうとも、私は信じていた。私たちの愛は、身分の差など楽々と超越するであろうことを。

 今にして思えば、甘かったとしか言いようがない。


 二人の出会いはこうだった。

 場所は忘れもしない王宮舞踏会。私はそこの給仕として採用された。


「やった! ついにやったわ!」

 私は友人に喜びを爆発させた。


「よかったねアナスタシア、これであこがれの舞踏会を間近で体験できるわね」


 そう、憧れの舞踏会をついに体験できる。私の心は踊っていた。夢うつつの状態で単純に舞い上がってしまっていたのだ。

 そんな高ぶった気持ちの中で現れたのがミカエルだった。

 今でもはっきりと覚えている。

 飲み物をのせた銀盤を持って歩いていると、彼が声をかけてきたのだ。


「一つ頂いてもいいですか?」


 私は声をかけてきた若者にワインを差し出した。

 すると彼は驚くべき言葉を発したのだった。


「私はミカエルという者です。もしよろしければ、私と一緒に飲みませんか?」


「えっ?」


「君と飲みたい気分なんだ」


「わ、私は仕事中ですので」


「そのようだね。でも少しくらいなら休憩してもいいんじゃない?」ミカエルはそういうと私の手首を握り、体を引っ張りはじめた。


「そ、そんな、困ります」


「大丈夫ですって。誰にも見つからない場所があるんだ」


 舞踏会ホールではリズミカルな音楽が流れていた。そんな中、私は飲み物をのせた銀盤を持ちながら、彼に引っ張られ会場の外へと連れ出されたのだった。


「さあ、ここなら大丈夫だ。誰にも見つからずに二人で飲むことができるよ」


 庭園のすみの柱に隠れた場所に小さな屋外テーブルがあり、ミカエルは私をそこに座るように促してきたのだ。私は言われるがまま、その場に腰掛けた。見ず知らずの人にこんなところに連れてこられ、何がなんだかわからない。


「乾杯しよう。君の美しい笑顔に乾杯だ!」

 ミカエルはそう言うとワイングラスを掲げた。

 動転してしまっている私は、何も持たずにただじっとその場に座っていた。

 その姿を見て、ミカエルは自分のグラスを持ちながら椅子から立ち上がり、私のすぐ横まで来る。彼の体から体温が伝わってきそうな距離だった。

 私が動けずにじっとしていると、彼はグラスをそっと私の前に置いた。そして私の手を取ると、それをグラスへと誘導する。私より一回り大きい、節々がしっかりした男の人の手が私に触れていた。


 彼は私の手をグラスに持っていっているだけだ。単純に私はそう思おうとしていた。

 すると突然、ミカエルが私の顔を覗き込んできた。

 肉食動物ににらまれ動けなくなった草食動物がそこに存在した。私は何が起ころうとしているのか全くわからなかった。

 ただ、彼の顔がどんどんと私に近づいてきた。

 そして彼の唇が私の唇にそっと触れたのだった。


「ごめん、君があまりに美しかったから……」

 唇を離したミカエルはすぐにそう言ってきた。

 男の人とキスなどしたことのなかった私は、ただただ固まるしかできなかった。


「また会えないかな」

 ミカエルはそう言って私を解放したのだった。


 それ以降ミカエルは、暇を見つけると私を呼び出し、いろいろな場所に連れて行くようになった。

 貴族しか利用できない馬車に乗り、貴族しか参加できない食事会に連れて行かれたこともある。

 私は夢見ごこちで舞い上がってしまっていた。

 いつも頭の中にミカエルの姿があり、一人でいると無意識に彼の名前をつぶやくまでになっていた。

 そんな私に、ある時ミカエルがこう言ったのだった


「君と真剣にお付き合いをしたい。もちろん結婚を前提として」


 私はその日、初めてミカエルと一緒に夜を過ごしたのだった。


 その夜のことがあってしばらくすると、ミカエルの行動に変化がみられるようになった。

 私に会いに来る頻度が明らかに減ってきたのだ。

 私は思った。

 何かミカエルの気分を害するようなことをしてしまったのか。

 私の心は揺れた。

 そんな時、私が町を歩いていると、とんでもない光景を目にしてしまう。

 ミカエルが他の女性と歩いているところを目撃してしまったのだ。


 あれは誰だろう。

 若い女だった。

 姿を見る限り、私と同じ平民に違いなかった。


 私はいけないものを見てしまったと感じ、物かげに隠れながら二人の様子を伺った。

 ミカエルは最近私に見せることが少なくなった笑顔を、その女性に向けていた。

 女性も幸せそうにミカエルを見つめている。

 以前の私の姿がそこにはあった。


  ※ ※ ※


 久しぶりにミカエルから呼び出された私は心が踊っていた。

 大切な話があるというのだ。

 きっと結婚に向けての話に違いない。

 今までは言葉だけの婚約だったが、ついにいろいろなことが具体的に動き出すのだ。

 町を抜けた教会のある広場でミカエルは待っていた。私は小走りで彼に近づく。

 これから二人でお茶でも飲みながら今後のことを話し合うのだと思っていた。

 ただ、そう思っていたのは私一人だったと後でわかるのだが。


 ミカエルは私が近づくと、どこに行くでもなく、その場でじっと立ち続けていた。

 立ち話なんだろうか?

 私がそう感じた時、彼の口が開いた。


「アナスタシア、お前との婚約は破棄する」


 ミカエルは間違いなくそういったのだった。


「どうして? 私が何かいけないことをしてしまったの?」


「……」


 私の頭の中に、偶然町で見かけた女性が浮かんできた。


「どういうことなの? 誰か他に好きな人ができたの?」


「実はそうなんだ。この度、君とは別の女性と正式に婚約することとなったんだ」


 正式に婚約?

 私とは正式ではなかったとでも言いたげな口ぶりに聞こえた。


「君にも紹介するよ」

 ミカエルはそう言うと後ろを向き、片手をあげた。

 それを合図に、教会の脇から一人の女性が歩いてきた。

 町で見かけた平民女とも違う、上品な服装をした上流階級の女性がそこにいた。


「セギュール伯爵家のご令嬢、エヴァ様だ。普段は君が話をできるようなご身分の方ではない。失礼のないようにな」


 明らかに私とは育ちが違う空気を醸し出したエヴァが私の前に立ち止まった。


「こんにちは、この人は誰?」

 エヴァは私を見ながらそう言った。


「舞踏会で給仕をしているときに出会った、単なる話し友達だよ」

 ミカエルは軽い調子で答えた。


「ふーん、あなたも物好きね」

 エヴァはそれだけいうと私など眼中にない様子でそのまま前に歩きはじめた。


「じゃあ、そういうことだから」

 ミカエルはそう言うと、エヴァの後ろを歩いて行く。


 私はその場に一人、取り残されたのだった。

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